ヒロインは七罪   作:羽国

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断罪覇王の真価

 愛には逃げられてしまった。霊力を使わせてあと一歩と言うところまで追い詰めたのに。

十二の弾(ユッド・ベート)を使って過去に戻ったか。こうあってはどうすることもできない」

 存在しない植物から作られたような、幻想的な霊装に身を包んだ令音さんが歩み寄る。愛がさっきまでいた場所を手でなでる。

 

「つまり、愛は過去に戻って歴史を変えようとしているということ?」

 対象を過去に移動させる能力。そういえば、愛もそんなことを言っていた。

「……だろうね。あの様子を見ると、あまりよくない方向に」

 

――だからこそ、ここで全部終わらせる。僕という異物が作り出してしまった全てを清算する――

 

 愛が最後に放った言葉。何を考えているかはわからないけど、どんな思いで言っているかはわかる。

 とことん自分を追い詰めるつもり。

 

「何か方法はないの?」

「……無理だ。追いかけるのなら同じ十二の弾(ユッド・ベート)を使うしかない。

 それができるのは狂三だけ。彼女は私に協力しないだろう」

 令音さんは自嘲気味に笑う。令音さんが時崎狂三に協力を求めるのは難しいということ?

 

「だったら時崎狂三を探して私が説得する。まだ諦める段階ではない」

 時崎狂三は愛と行動を共にしていた。現状、近くに来ている可能性は十分にある。

「仮に時崎狂三が協力したとしても、愛がいつに戻ったのかわからないと意味がない。

 霊力の消費量から考えて十年も遡ってはいないだろう。ただ、わかるのはそこまでだ」

「そんな……」

 愛が地獄に突き進んでいる。それがわかっているのに、止めることもできないだなんて。

 無力な自分が嫌になる。こぶしを握り締めても振り下ろす先がない。

 

「君の言う通り、まだ諦める段階ではない。私たちは最善を尽くすまでだ」

 令音さんは語り続ける。今私たちができることを。

十二の弾(ユッド・ベート)の効果時間は決して長くない。長くても精々一時間以内に戻ってくるだろう」

 愛が戻って来ない場合は考慮しない。戻ってきた場合を想定して動くということ。

「戻ってきた瞬間には間違いなく霊力が観測できる。その瞬間こそチャンスだ」

 

「今度こそ、愛を逃がさず捕まえる」

 深呼吸をして覚悟を決める。まだチャンスがあると信じて。

「七罪がいない今、君だけがあの子を抑え込める可能性を秘めている。頼んだよ」

「任せて欲しい」

 あの子を叱るのは本来私の役目。今度こそ、私のことを姉として頼らせてみせる。

 

「少し待つとしよう。再びこの場所に戻ってくるはずだ」

 先ほどまで戦闘に使っていた大樹から枝が伸びてくる。枝は渦を巻いて簡易的なベッドのようになった。

「身体を休めた方がいい。君もずっと戦いっ放しで疲労が溜まっているはずだ」

「……そうさせてもらう」

 十分な休息をとることも戦士の務め。常時緊張しているようではいけない。

 ベッドに身体を預ける。意外と柔らかく、寝心地も悪くない。

 これならば十分に休憩をとることができる。

 

 ここは私たち二人だけ。今のうちに、聞いておきたいことがある。

「令音さん、あなたは……」

 今回助けてくれたことは感謝している。ただ、その力を隠してラタトスクに忍び込んでいるということは……。

 

「あの子を正気に戻したい。それだけじゃ不十分かな?」

 私の言葉を察して先に返事をする。ただ、その答えは微妙に的を外していた。

 瞳から迷いが見える。令音さん自身、答えになっていないとわかっている。

 

「あなたには感謝している。昔のことも、今回のことも。だから、あなたの正体は誰にも語らない」

「……そうかい」

 しっかりと確認したわけでない。だけど、愛の言葉からこの人が始原の精霊であることは間違いない。

 全ての精霊の元凶であり、今なお、何かを画策している存在。それが令音さんの正体。

 

「あなたが私たちの前に立ちはだからないことを祈っている。心から」

「……そうありたいものだね」

 令音さんはそっと目を下に向けた。私と目を合わせようとしない。

 ……そういうこと。本当に残念に思う。

 

 目を閉じて本格的に身体を休める。その前に声が聞こえた。

「……あの子の言う通り私は打算的だ。期待しているから助けたんだよ」

「どういうこと?」

 令音さんは空を見上げて語る。その顔は少し笑っていた。

 

「いつもみんなをあっと驚かせるあの子なら、何か策を用意してくれるんじゃないか。みんなで笑い合える未来に繋げてくれるんじゃないかと、そう思っている」

「令音さん……」

「都合のいい話をしているのは理解している。でも、そんな都合のいい夢物語に縋りたい気持ちなのさ」

 私たちは争い合わなければいけない。互いの大事なものを賭けて。

 それでもあの子なら。どちらも幸せになれる第三の選択肢を用意してくれるかもしれない。

 

「ならばなおさらあの子の目を覚まさないといけない」

「その通りだ」

 今度こそ目を閉じた。未来が少しでも良いものになることを願って。

 

♦♦♦

 

 折紙と愛が謎の全身モザイクに連れ去られた直後。俺たちは別の来訪者と対峙していた。

「申し訳ございません。少々出遅れてしまいましたわ」

 血のような紅いドレス。刻々と時を刻む金色の瞳。

 淑女らしいおしとやかな笑顔。圧倒的な存在感。

 色々と因縁の相手、時崎狂三だ。

 愛と手を組んでいたから、来るだろうとは思っていた。だから、驚いたのはもう一人の存在だ。

 

「狂三、その人は誰だ?」

 シスター服という神聖な衣装を身にまといながら、正反対の印象を受ける少女。金色の装飾が施された黒い洋書を肩に担ぎ、ニヤリと悪戯な笑顔を浮かべる。

 灰色の髪の下から覗く水色の双眸は俺を見透かすような雰囲気を感じる。それにこの感じ、多分……。

 

「やあやあ、初めまして五河士道君。私の名前は本条二亜。君たちもご存知、世界で二番目に現れた精霊とはあたしのことなのだよ」

 本条二亜と名乗った少女は洋書をばっと開き笑みを深める。決めポーズまで取ってご満悦だ。

 

「ねえ、夕弦。第二の精霊って知ってる?」

「初耳。聞いたことがありません」

 耶倶矢と夕弦が首を傾げ合う。他のみんなも大体おんなじ様な顔をしている。

 せっかく紹介してもらって悪いけど、第二の精霊なんて聞いたことがない。精霊じゃないかなとは思ってたけど。

 

「あなたが精霊として現れたのは三十年近く前のことでしょう?ここにいる大半の方は生まれておりません」

 狂三が呆れたように二亜の肩に手を置く。精霊のみんなはわからないけど、他は全員に二十歳未満だからな。

 二亜があごを落としてショックを受けている。なんかごめんなさい。

 

「えーい気を取り直して、挨拶代わりに私の能力を少し披露しようか。ターゲットは君だ、少年!」

 二亜が顔を上げてビシッと俺に指さす。

「何をする気だ?」

 少し身構える。初見の精霊相手に油断なんてできない。

 

「五河士道、精霊を惚れさせてキスすることで霊力を封印する能力を持っている。その無害そうなフェイスとは裏腹に、何人もの美少女精霊を堕としてきたプレイボーイ」

 二亜は洋書をぴらぴらとめくってその内容を読み上げる。その内容は俺の個人情報だ。

 聞いている限り間違いがない。これが二亜の能力なのか?

 ……ちょこちょこ変な言い回しがあるけど。

 

「ちょっと前までモデルタイプ美少女にされてスカート姿で学校に通っていた。その魔性の魅力は男女問わず全ての観客を魅了し、文化祭を成功に……。

 何それ超おもしろそう!後で取材させて!」

 途中から目を輝かせて俺の方を見る。ただ、俺の方はいたたまれない。

「お前の能力はわかった!だからやめてくれ!」

 なんでこんな公開羞恥プレイされなきゃいけないんだ。せっかく男に戻れてホッとしてたのに。

 

「そこらへんにしておいていただけます?今は士道さんで遊んでいる場合ではありませんわ」

「ちょっとアイスブレイキングしただけじゃないの、くるみん。そんな怒ることないじゃんか?ね?ね?」

 狂三は短銃を二亜の頭に押し付ける。二亜はびびりながら両手を上げて降参のポーズをとる。

 なんとなく漂う締まらない雰囲気。俺たちさっきまで死にかけの戦闘をしてたんだけど。

「はぁ、どうして精霊はまともな人が少ないのでしょうね?」

 狂三は銃を下ろしてため息を吐く。なんだろう、狂三も苦労してるんだな。

 

「天使の名前は囁告篇帙(ラジエル)。見ての通り、森羅万象を知ることができる天使ですわ」

 狂三が語る間、二亜は黒い洋書をひらひらと振っている。

「森羅万象って、つまり何でもってことか?」

「そーよ。凄いでしょ」

 二亜が自慢げに鼻を鳴らす。

 凄まじい天使だ。直接的な戦闘力こそないものの、情報戦なら負けようがない。

 下手をすると社会的に殺されちまう。

 

「ま、いろいろあって今は愛くんたちにお世話になってるのよ。今回もくるみんと一緒に愛くんを追いかけてきたってわけ」

「はぁ」

 愛は俺たちから離れて別の精霊を仲間にしに行ってたのか。ある意味あいつらしいというかなんというか。

「それで、愛さんは今どちらに?つい先ほどまでこの付近で霊力を感じていたのですが」

 狂三が周囲をきょろきょろと見まわす。しかし、肝心の愛はどこにもいない。

 

「さっきまで戦ってたんだが、誰かに連れ去られちまった」

 俺たちは見てるだけしかできなかった。目の前であっという間に連れ去られちまった。

「誰かに連れ去られた、ですって?」

 狂三が目を見開いて驚く。そんな変なことを言ったか?

 

「一体どなたですか?」

「さ、さあ?全身モザイクで全くわからなかった」

 狂三は真剣な顔で詰め寄る。鬼気迫る様子だ。

 

「二亜さん!」

「もう調べてる。ちょっと待ちな」

 狂三は二亜の方へ向き直る。そちらでは二亜が囁告篇帙(ラジエル)を真剣な顔でめくっていた。

 さっきまでのお茶らけた空気が噓みたいだ。その光景に俺も身が引き締まる。

 

「……間違いないね。囁告篇帙(ラジエル)で調べられない。こんなことができる相手は一人しかいない」

「始原の精霊。崇宮……澪」

 狂三が顔を歪める。狂三のこんな顔、初めて見た。

 

「二亜さん、行きますわよ」

「そうだね。アレが出てきたとなったら、おちおちしていられない」

 狂三は足早に去っていく。それに二亜もうなずいてついて行く。

 

「待ってくれ」

 狂三の手を掴んで止める。狂三は紅い瞳で俺をにらみつける。

「なんでしょう、士道さん。生憎、わたくし今時間が推しておりますの。引き金が軽くなっておりますので、気をつけて発言なさってくださいまし」

 狂三は反対の手に握った銃の引き金に指をかける。余裕を崩さない狂三らしくない。

 

「俺たちも一緒に行くよ。ここでじっとなんてしていられない」

 一度十香たち、みんなの顔をみる。みんな何も言わずに頷く。

「死ぬかもしれませんよ?」

「俺たちも折紙ほどじゃないけど覚悟してるんだ。甘く見ないでもらいたいな」

 折紙に頼まれたから作戦に乗ったわけじゃない。

 俺も愛に言いたいことは山ほどあるんだ。こんな中途半端で終われるかよ。

 

「……いいでしょう。士道さんたちのこと、利用させていただきます」

「ああ、利用してくれよ。頼んだぜ、狂三」

 俺はあんまり頭がよくないからな。琴里も愛も折紙もいない今、狂三に乗せられるのも悪くないかもしれない。

 琴里は怒るだろうな。でも、ここでボーっとしてるよりマシだ。

 

「きひひひひ。いいですわ、素晴らしいですわ。その覚悟に敬意を表して、今は手を組んで差し上げましょう。では士道さん参りましょうか」

「ああ」

 狂三の横に並び立つ。狂三を横目に見つつ頷き合う。

「俺たちの」

「わたくしたちの」

 狂三が俺に続いてくれる。自然と言葉が重なって心が同じ方向を向いているのがわかる。

 

戦争(デート)を始めよう」

戦争(デート)を始めましょう」

 お前の目には俺なんてほとんど映ってないんだろ、愛。舐めるんじゃないぞ。

 

♦♦♦

 

 十二の弾(ユッド・ベート)の効果が切れて五年前から本来の時間に戻される。私は何もない白い世界に放り出された。

 器がお姉ちゃんたちと戦ってた場所だ。多分、崇宮澪が作った隣界だろうね。

 

 まだあの女は待ち伏せを続けてるのか。本当に鬱陶しい。

 でも、今は機嫌がいい。その程度の些事は見逃してあげよう。

 手をグッパーと握ってみる。その手で身体を(さわ)ってみる。

 足で地面を踏み鳴らす。軽快なステップが響く。

 世界の感触が伝わってくる。天使以外のものに触れられる。

 

「ふ、ふふ、ふふふ、あはははははははは!遂に、遂にこの身体を手に入れたぞ。ようやく私は自由だ」

 嬉しくて仕方がない。とうとうあの狭い牢獄から出ることができた。

 一時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだ。こうして私自身がちゃんと外に出られたんだから。

 

「あなた、愛?」

 早速、お姉ちゃんが出迎えてくれた。こんなに早く家族が迎えに来てくれたなんて。

 これ以上嬉しいことはない。崇宮澪(お邪魔虫)もついてるけど、そんなことはどうでもいい。

 夢にまで見たお姉ちゃんだ。もう我慢できない。

 

「お姉ちゃん、遊ぼう」

 颶風騎士(ラファエル)の風を呼び出してお姉ちゃんの元まで一気に駆け寄る。ちょっと勢いつけ過ぎちゃったけど、お姉ちゃんは受け止めてくれた。

「……違う。あなた何者?」

 でも、お姉ちゃんは怖い顔をしてにらんでる。さっきの痛かったかな?

 

「お姉ちゃんごめんね。ちょっと加減に慣れてなくて」

 お姉ちゃんの顔を見上げて謝る。悪い子としたらごめんなさいだよね?

「あなたに姉と呼ばれる筋合いはない。あなたは愛ではない」

 お姉ちゃんはよくわからないことを言ってる。器がいっぱい酷いことしたから、怒っちゃったかな?

 

「お姉ちゃん、安心して。私が本当の『鳶一愛』だから。『アレ』はただの器だから」

 お姉ちゃんを落ち着かせるために説明する。今まで好き勝手してたのが贋物で、私こそが本物なんだって。

「愛はどこにいったの。その身体はあなたのものではない」

 お姉ちゃんは私の言うことを聞いてくれない。頭のいいお姉ちゃんらしくない。

 

「本物の『鳶一愛』はあいつじゃなくて私だって。器は絶望して沈んで行ったよ」

「絶望?いったいどうして?」

 お姉ちゃんったらどうしてそんなことが気になるんだろう?あんな奴放っておけばいいのに。

「器ったら過去に戻って私のこと殺そうとしたんだよ。酷くない?

 その上、お父さんを殺して勝手に絶望して。」

 

「お父さんを……殺した?愛が……?」

「そうだよ。本当にあいつ余計なことしかしないよね~」

 今度はお姉ちゃんも流石に目を丸めている。流石に親殺しは許されることじゃないよね。

 これできっちり器に見切りつけてくれたらいいんだけど。あ、でも私まで一緒に嫌いになられたら困るな~。

 

♦♦♦

 

 体温が下がり心まで凍てつくような気がした。

 今聞いたことが信じられない。信じたくない。

 ただ、目の前の愛の姿が魔女と繋がってしまった。お父さんを殺した魔女と。

 

――腰まで伸びた長い髪。服越しでもわかる、豊満な体つき。悠然と浮かぶ影。――

 

 腰まで伸びた白い髪。変身した七罪のようなグラマラスな体型。

 どうして気づかなかったのだろう?よくよく考えてみれば、今の愛は魔女の特徴にしっかり当てはまる。

 

 精霊化した愛の姿がころころと変わっていたから?精霊となったのが最近だから?

 いや違う。

 無意識に除外していた。あの子は何があってもそんなことしないって。

 

「お父さんをどうやって殺したの?」

 本当はそんなこと聞きたくない。でも、確かめないといけない。

砲冠(アーティリフ)だよ。絶滅天使(メタトロン)の奥義で死ぬだなんて可哀そうに。骨すら残ってなかったよ」

 最悪の記憶が蘇る。お父さんを喪ったあの日の記憶が。

 じんわりと広がる頭痛を無視して会話を続ける。

 

「そのとき、近くに誰がいた?」

「お姉ちゃんがいたよ。お姉ちゃん、忘れちゃった?」

 間違いない。私の記憶と完全に一致している。

 

「どうしてあの子は……そんなことを?」

「さっきも言ったでしょ。あいつ、昔の私を殺そうとしたの。それでうっかり誤射しちゃって」

 私?私って、愛自身のこと?

 自分ごとこいつを殺そうとしたということ?そうやってこいつの暴走を止めようと――。

 

「あ、あ……あ……あああああ――」

 そんな覚悟を以て放った攻撃で、お父さんを殺してしまった。自らの手で親殺しをしてしまった。

 そんな、そんなことって。いくらなんでも、救いがない。

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。そんなに泣かなくても、私は生きてるから。お父さんのことは本当に残念だったけど」

 愛を騙る精霊が私の頭をなでる。無神経に遠慮なく私の感情に踏み込んでくる。

 こいつがその原因なのに、それを理解すらしていない。どうしてこいつは他人事なの?

 

「あなたが、あなたが愛を追い詰めたからこんなことに!」

 私に触れる手を払って睨みつける。

 こいつがいたからこんなことになった。こいつさえいなければ。

 

「どうしたのお姉ちゃん?怒っちゃいやだよ」

 居心地悪そうに手をもじもじとさせる精霊。ふざけている。

「お前が、お前が……あの子を。あの子を返せ!」

 どす黒い殺意が湧き上がってくる。私の中の霊力が怒りに呼応して荒ぶっている。

 全てが裏返っていくような、何かが私を侵食するような何かが溢れる。

 このまま衝動に身を任せたい。こいつを殺したい。

 

「落ち着くんだ、折紙」

 ふと、肩に手が置かれる。その手が私を踏みとどまらせる。

「令音……さん?」

「君の気持ちは理解できる。でも、その衝動に身を任せても愛は救えない」

 令音さんはそのまま私の前に出る。愛を騙る精霊との間に入るように。

 

「初めまして、というべきかな。私の妹よ」

「あんたなんかにそう呼ばれたくないね。同じ始原の精霊だからって気安くしないでよ」

 精霊は急に目を細めて反抗的な態度を取る。私に対する態度とは正反対。

「そうだね、私も君が妹だとは思いたくない。君の方を始原の精霊と呼ぶべきかもしれないけど、私はあの子の方が好ましい」

 令音さんも相手の態度をそのまま返すかのように刺々しい。

 

「あっそう。じゃあ関わらないでよ。私とあんたが顔合わせてもいいことなんてないでしょ?」

「そういうわけにもいかないんだ。その身体は君のものじゃないからね」

 一瞬の沈黙が流れる。二人の視線が激しくぶつかり合う。

 二人の戦意に当てられて少し冷静になる。沸騰寸前の頭にほんの少し水が差される。

 目的を忘れるところだった。私の目的は愛を連れ戻すこと。

 あいつを殺したらいけない。あいつの身体は愛の身体なのだから。

 

「もうムカついた。殺すから」

 精霊が断罪覇王(アズラエル)を顕現させる。その天使は愛が持っていた者とは同じに思えない。

 景色が歪んで見えるほどの禍々しい霊力を放っている。

 

「お姉ちゃん、こっちに来てよ。そいつ殺しにくいから」

 これだけ拒絶しても私はなぜか求められている。

 どうして私に拘るの?こいつと会うのは今この瞬間が初めてなのに。

 

「私はあなたの味方にはならない」

 怒りと殺意を抑えこんで純粋な戦意に変える。

「どうして?私たち家族でしょ?」

「あなたは家族ではない。むしろ家族に害をなす存在」

 私が求めているのはあの子。仮に、こいつが本物の『鳶一愛』だとしても関係ない。

 

「仕方ないな~。お姉ちゃんの説得は後でするよ。どうせ、崇宮澪に何か吹き込まれたんだろうし」

 呆れ顔でため息を吐く精霊。会話が一切通じない。

「ちょっと遊ぼうか」

 準備運動でもするように身体を伸ばしている。そして、断罪覇王(アズラエル)をステッキのようにこちらに向けた。

 

♦♦♦

 

 改めてあいつのことをよく見る。格好自体は愛と同じ。

 魔女の特徴である長い髪と起伏に富んだ体つき。豪華な白と黒のドレス。

 そして、あの恐ろしい天使。おそらくできることは愛と全く同じ。

 それなのに、愛よりも何倍も恐ろしく感じる。

 

 今さっきの私に近寄る動き。攻撃の意図を含んでいなかったのに、全く見えなかった。

「ごくり」

 嫌な予感が止まらない。

 愛でさえ遥かに格上だった。こいつはさらに上だとでも言うの?

 

「落ち着きたまえ、折紙。中身が変わっていようと、相手が強かろうと、やることは変わらない」

 令音さんが私を勇気づけようとする。しかし、その目は敵から一切離れていない。

 令音さんですら警戒を怠れない相手。文句のつけようがない強敵。

「わかっている」

 それでも、こいつを倒さないと愛は戻らない。やるしかない。

 

絶滅天使(メタトロン)

 天使を展開して即座に攻撃する。レーザーが文字通り光の速さで敵を貫く。

 おそらく、これがあの天使に対して一番効く。

 あの天使は全ての天使の力を使える恐ろしいもの。だけど、天使の姿を変える際にほんの一瞬の隙が生まれる。

 これだけの早打ちならば――

 

「すごいね、お姉ちゃん。今日初めて天使を使ったばかりなのに、そんなにうまく使えるなんて」

 全くの無傷だった。それどころか、パチパチと拍手して私の攻撃を褒めている始末。

「そんな、どうやって攻撃を……」

「ん?別に、普通に相殺しただけだよ。こんな感じで」

 愛を騙る精霊は私と全く同じ攻撃をしてみせる。私の顔の横をレーザーが通り抜ける。

 

「な⁉」

 私よりも攻撃が速い⁉それに今、天使の姿を変えずに攻撃した⁉

「どうしたの、お姉ちゃん?そんな顔して」

 愛を騙る精霊は首をかしげている。本当に不思議そうに。

 

「別の天使の能力は、姿を変えないと出せないんじゃ……」

「……ああ、そういうこと。器がずっとそうやってたから勘違いしちゃったんだね」

 手をポンと叩いて納得した顔をする。

 

「あれは天使の扱いが下手くそな器のために、私が用意したものだから。別にわざわざ姿を変えなくても能力なんて使えるよ。ほら」

 愛を騙る精霊が天使の一振りすると、風と炎と氷と光が一気に現れる。あれは精霊たちの天使の力。

「天使の形にもちゃんと意味はあるし、変えた方が使いやすいよ。でも、こっちの方が早いし便利じゃん」

 なんてことないことのように語る精霊。けれど、私にとっては絶望にも等しい。

 それはつまり、全ての精霊を一度に相手にするようなものだから。

 

「寂しいな。私は除け者かい」

 愛を騙る精霊を取り囲むように枝葉が展開される。令音さんの天使だ。

「邪魔しないでくれるかな?せっかくお姉ちゃんと家族水入らずで楽しんでたのに」

「天使の扱いは巧みでも、人付き合いはそうでないようだ。楽しんでいるのは君だけだよ」

 その言葉と同時に枝葉が剣のように鋭く尖り、襲いかかる。串刺しにせんとばかりに。

 

天使の鏡像(マラー・マラキット)――鏖殺公(サンダルフォン)

 今度は天使の姿を変える。夜刀神十香の振るう剣の天使へと。

「本当に鬱陶しいよね。一度捨てた家族にまた縋るなんて」

 左足を軸にしてコマのように回転する。剣の奇跡がぐるりと円を描いた。

 ただそれだけだ。とても対処行動には見えない。

 

「輪廻楽園――【枝剣(アナフ)】」

 遠慮なく枝葉は精霊に襲い掛かる。しかし、その刃は見えない壁に阻まれるように止まってしまった。

 ギリギリと音を立てるけどそれ以上進まない。何が起きてるの?

 

「その能力は⁉」

 令音さんが目を見開いて驚く。

「一体、あいつは何をしたの?」

 

「あらゆる概念、条理、そして世界の隔たりすら切り裂く刃。鏖殺公(サンダルフォン)の本来の能力だ」

「そこまで危険なものだったの⁉」

 つまり、空間そのものを斬り裂いて防いだということ?

 

 それが本当だとしたら、あまりに危険。夜刀神十香はそんな天使を振るっていたというの?

「十香は無意識の内に抑え込んでいる。あんなものを振るえば、世界がただでは済まないからね」

 夜刀神十香は非常になり切れない性格。鞘をつけたまま剣を振るうような真似をしても、納得できる。

 

「ただ、あいつは違う」

「その通りだ」

 世界の秩序よりも自分の感情を優先する。幼稚な精神であの危険な天使を簡単に振るってしまう。

 このまま放置すれば世界そのものが壊されかねない。それだけの危険性がある。

 

「どうすればいい?」

 あいつは玩具でも弄ぶかのように天使で手遊びしている。あれだけ油断しているのに、打開策が全く浮かばない。

 何かないの?あいつを倒す方法は?




愛くんは断罪覇王の本来のスペックの半分も出せていません。ええ、始原の精霊の天使があの程度のはずないんです。

今回の裏話は天使の鏡像について。

今回の話で語られているように精霊さんが作ったものです。天使の情報を解析、その情報を基に断罪覇王で使えるように加工、天使を再現。

こういった面倒な過程を全部代わりにやっていました。愛くんが使えるように。

彼女自身はそんなものなくても天使の力を使えます。その場で簡単にプログラムを組める玄人と、決められた場面でしか使えない素人の違いといえば分かるでしょうか?あの能力自体『七罪を救うよ』でちゃちゃっと作ったものです。

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