さっきまで一面真っ白の世界にいたのに、普通の街中に放り出されていた。よく知っている景色が広がっている。
あの空間から追い出されたのか?いや、それでも外は愛との戦いで壊れた街並みが広がってるはずだろ。
何があったんだっけ?確か狂三を助けようとして――
「成功ですわね」
「うわっ!」
背後からいきなり声がした。その声に驚いて倒れ込む。
振り返ると狂三がキョロキョロと周りを見回してる。
そうだった、俺は狂三に撃たれたんだ。そしたらこんな場所に。
「あらあら士道さん。そんなからかい甲斐のある態度を取らないでくださいまし。虐めたくなるじゃないですか」
「……勘弁してくれ」
狂三が冗談めかした顔でくすくすと笑っている。いつもの狂三に戻ったみたいだ。
さっきまで狂三らしからぬ強烈さだったからな。髪を振り乱して殺意を振りまく姿はあまり似合わない。
「それで狂三、ここはどこなんだ?」
狂三の手を借りながら立ち上がる。エスコートされてる気分だ。
「今から五年前、八月三日の天宮市ですわ」
「八月……三日?」
八月三日って言ったら琴里の誕生日だよな。それで、五年前って言ったら確か。
「南甲町の大火災……」
俺たちの住んでいた地域一帯をまとめて焼き尽くした大事件。その真相は、精霊化して間もない琴里が力を暴走させた結果だ。
「わたくしたちは
「過去に……」
そう言われて辺りを見回す。確かによく見たら少し懐かしい感じがする。
あの店って確かちょっと前に新装開店してたはずだ。他にも俺の記憶と違う景色がちらほらと。
それに今は十一月だ。こんなうだるように太陽が照り付けてるわけない。
蝉もとっくに土に還ってるはずだ。こんな大合唱はあり得ない。
「観光している暇は残念ながらありませんわ。参りましょう」
狂三は俺の横を通り過ぎ、歩き始める。置いていかれないように俺も追いかける。
「それはわかったけど、なんだってそんな時代に来たんだよ?今俺たちがどうにかしなきゃいけないのは愛だろ?」
俺たちは愛をどうにかするために戦ってたんだ。それがどうして琴里の精霊化した日に来てるんだよ?
「琴里さんが精霊になり、士道さんに封印された日。もう一つの事件が起こっていたんですよ」
「もう一つの事件?」
狂三は歩きながら険しい顔になる。少しずつ狂三の歩調が速くなる。
「折紙さんが父君を精霊に殺されて精霊を憎むようになったこと、ご存知でしょうか?」
「なんとなく。折紙が前に言ってたから」
そこまで込み入ったことを知ってるわけじゃない。精々、それが原因で折紙がASTに入ったって聞いたくらいだ。
「その正体がつい先ほどわかりました。愛さんだったんですよ」
「な、どうしてそんなことになってるんだよ⁉」
ぞわっと鳥肌が立つ。脳が理解を拒む。
「愛さんは既にわたくしの天使を解析しております。時間を遡れるのはわたくし以外だと愛さんのみ」
そうか、愛と狂三は一緒に行動してた。その間にあの反則天使で狂三の天使まで使えるようになってたのか。
愛は
「愛さんはこの時代に戻ってきましたわ。そして、自分を殺そうとして誤って自らの父親を殺してしまうのです」
狂三がかつかつと音を立てて歩き続ける。狂三の苛立ちを表しているようだ。
「自分を殺そうとって、なんで愛はそんなこと?」
「さぁ、そこまではわたくしにもわかりません」
狂三は足を踏み鳴らして俺の方を見る。普段隠されている金色の瞳が俺を貫くように。
「ただ、愛さんにとって父君を殺してしまったその事実は『アレ』に身体を明け渡してしまうに足る理由となってしまった。そういうことですわ」
「『アレ』って愛の身体を乗っ取ってたあいつのことか?」
俺もほんの少ししか見ることができなかった。でも、あんな嫌な感じは初めてだ。
好きだから遊びたい。嫌いだから殺したい。
それ以上の行動原理がなかった。愛の怖いところを凝縮させたようだ。
「ええ、そうですわ。士道さん、わたくしたちは愛さんを止められなければ世界が滅びます」
「ははっ、マジかよ。全く笑えないな」
字面だけ聞いたら冗談だと笑っていたと思う。でも、狂三の顔はこれ以上なく真剣だった。
「始原の精霊はそれだけの力がありますわ。全盛期の崇宮澪と同じだとすれば、最低でも十香さんやわたくしの十倍強い。そう思っていただいて構いません」
狂三は俺の目の前で両手を上げる。その手で十を示しているのだろうが、俺には降伏のサインに見えた。
「ついこの間まで十香たちの力に目を丸めたのに、その十倍かよ?バトル漫画も真っ青なインフレだな」
強さが振り切れててもう現実感がない。そんなの相手にしたらその時点で終わりだ。
「世界の命運はわたくしたちの肩にかかっております。そのことをゆめゆめお忘れなきよう、お願いいたします」
狂三は俺を見ながらきれいな笑顔で笑った。その顔は俺の胃を締め付けるようだった。
♦♦♦
狂三の後を追って進む。どんどんと俺が昔住んでいた場所に近づいていく。
「それで、愛のことをどうやって止めるんだ?人の言うことを素直に聞くような奴じゃないぞ」
あいつはとにかく強情だ。折紙が言ってあれなんだから、俺が言って聞くと思えない。
「別に愛さんを説き伏せる必要なんてありませんわ。そんなことをしていたら、太陽が三回は沈んでしまいますもの」
狂三が冗談めかして笑う。狂三も一緒にいる間にいろいろあったみたいだな。
「だったらどうするんだよ?」
「簡単なことですわ。父君の方を愛さんに近づけないようにする。それだけです」
狂三は立ち止まってとある方向を見つめた。その先には一軒家が建っている。
「ここは?」
「五年前まで愛さんと折紙さんが住んでいた家ですわ」
狂三は当たり前のように答える。でも、俺は疑問が浮かんだ。
「ちょっと待て。狂三って俺と一緒でいきなり過去に戻ってるんだよな?前から計画してたわけじゃなくて」
「その通りですが、何か不都合でも?」
狂三はかわいらしく小首をかしげる。ただ、誤魔化されない。
「不都合はない。むしろ助かってる。ただ、なんで愛と折紙が住んでた家を知ってるんだよ?」
愛や折紙を追いかけたわけでもない。それなのに、狂三は迷わずここまで歩いて来た。
ここに住んでいたって知らないとそんなの無理だ。
「わたくし、情報収集は念入りにする方ですの。まして、愛さんのような興味深い対象であればなおのこと」
狂三の笑顔を見て怖くなった。琴里や折紙と似たような雰囲気がする。
法律なんて通用しないよな。ストーカー規制法なんて今更か。
「士道さん、隠れてくださいまし」
「おおぅ」
狂三に手を引かれて建物の影に隠れる。少しすると旧鳶一邸の扉が開き、小さな女の子が出てくる。
手提げかばんを持って鼻歌を歌う白い髪の少女。年は十歳を少し過ぎたくらいだろうか。
「折紙……」
「そのようですね」
それは五年前の折紙だった。建物の影から折紙のことを見つめる。
俺って今、小学生の女の子をこっそり見ているのか。なんだか、悪いことをしているみたいだ。
「どうする、追うか?」
折紙も現場に居合わせてるなら、折紙は親父さんと合流するはずだ。そのタイミングで遠ざければ。
「士道さん、何を甘っちょろいことを言っておりますの?」
「え?」
狂三は言葉よりも先に行動に移していた。狂三の影が伸び、小さな折紙の影に重なる。
「いや、何?」
狂三の影は折紙を呑み込んでいく。折紙は暴れて逃げようとするけど足を取られて逃げ出せない。
「助けて、お父さん!」
足掻けば足掻くほど足を取られていく。まるで底なし沼のように。
「狂三、やり過ぎだろ!」
「士道さん、世界の命運がかかっておりますのよ。この程度で騒がないでくださいまし」
「…………」
その言葉に何も言えなくなる。
「ご安心ください。折紙さんを確保して父君をこの場所から引き離すだけですわ。火事が起こるまで少し時間がありますし、今から動けば――」
狂三の影による拘束。誰も振りほどくことなどできない。
そのはずだったのだ。
突如、狂三の影が切断された。影を切るだなんておかしな話だけど、そうとしか表現できなかった。
地面ごと紙のように真っ二つにされていたのだから。
「やれやれ、ようやく踏ん切りがついたというのに。こんなにも堂々と手を出されたら、止めるしかないじゃないか」
それは悠然と歩いていた。精霊の力を見ても驚くことなく静かに。
ノイズだらけで男か女かもわからないような声。全身にモザイクがかかった姿。
その正体を俺たちはよく知っている。
『崇宮……澪⁉』
狂三と二人で驚く。そこには先ほどまで一緒に戦っていた人物がいたから。
「おや、どうしてその名前を知って……」
崇宮澪が俺の顔を見て硬直した。少なくとも俺はそう感じた。
「シン、どうしてここに?」
驚いた様子で俺の方を見ている。モザイク越しなのに、その震えるような感情が伝わってくる。
「シン?」
どうして俺のことを『シン』だなんて呼ぶんだ?俺をそう呼ぶ人なんて一人しか……。
「……いや、そうか。君の仕業か、狂三。君たちはこの時代の君たちではないのか」
崇宮澪は自分に言い聞かせるように話す。これはどういう状況なんだ?
「流石全ての精霊の祖といったところでしょうか?こんなにも早く見抜くだなんて」
狂三は不敵に笑う。しかし、その頬には汗が伝っている。
「何?何?」
小さい折紙が腰を抜かした状態で逃げようとしている。でも足に力が入らないのか、立てないみたいだ。
俺たちのことを交互に見て怯えている。いきなり襲われてこんな状況になったら怖いよな。
「君はこんなものに関わらなくていい。休日はお父さんに甘えているべきだ」
崇宮澪が指を鳴らすと折紙は消えてしまった。初めからそこにいなかったように。
「何でもありかよ?」
「愚痴を言っている暇はありませんわ」
狂三と二人で天使を構える。こんなことしてる場合じゃないってのに。
「折紙は家の中に戻しただけだ。怖い記憶は後でついでに消しておこう」
崇宮澪は俺たちの下に歩み寄ってくる。そして、俺たちの前で立ち止まった。
「話があるなら私が聞くよ。君たちは何をするために未来からやって来たんだい?」
静かに威容を発する崇宮澪。その姿はまるで、子を守る親のようだった。
♦♦♦
その後、俺たちは正直に全て包み隠さず伝えた。いろいろ誤魔化している時間も余裕もない。
何とか説得して今すぐにでも愛を止めるため動かないといけないから。
説得は案外短時間で終わった。こっちが一言えば十理解してくれるような相手だったから。
「愛の中には別の人格がいて……」
「なるほど、
十分もしないうちに、崇宮澪は俺たちの事情を理解していた。
モザイクが解除されないから信用はされてないみたいだけど。
「俺たちは愛を止めたい。だから、愛の親父さんを俺たちの時代の愛と会わせないようにしたいんだ」
必死に懇願する。だけど、うんと言ってくれなかった。
「悪いが、君たちの作戦に賛成することはできない」
「まさか、このまま未来がどうなっていいとでも?」
狂三は嫌味な口調で追及する。狂三はよっぽど崇宮澪が嫌いらしい。
「そう言っているわけではない。始原の精霊が暴れるのも、愛が苦しむのも私の本意でない」
まるで身内みたいな話し方だな。やっぱりこの人は愛と何か関係があるみたいだ。
「だったらどうして?」
「そのやり方ではダメだと言っているんだ。愛は自分を殺すことが目的だというなら、下手に干渉すると自分殺しを果たしてしまう」
「あ!」
そう言えばそうじゃないか。愛は過去の自分を殺そうとして間違ったんだから。
「君たちの目的が愛を殺すことなら、それで十分だろう。ただ、君たちの目的はそういうことなのかい?」
モザイク越しに放たれた言葉。それは俺の心にさざ波を立てる。
「私に君たちを止める資格はない。だから、これはただの提言だ。君たちの指針を聞かせてくれないか?」
そのまま崇宮澪は俺たちの返事を待った。沈黙が俺たちに思考させる。
愛が最初からいなかったことになればこの事件は解消される。ただ、そういったやり方は――
「俺は違うと思う。今回のことあいつが悪いと思ってるし、みんなに謝らせたい。けど、最初からいなかったことにして終わりになんて――したくない」
そっちの方が楽なのはわかってる。でも、それじゃあダメな気がするんだ。
「わかりましたわ。では方針を変えましょう」
狂三は特に反論することもなくうなずいた。
「反対しないのか?」
狂三は反対するかと思ったんだけど。自分でもちょっと傲慢なことを言ってると思う。
「別に、感傷に溺れたわけではありません。わたくしにとって愛さんは重要な協力者。失うのが惜しいと思っただけですわ」
狂三はいたずらっぽく笑った。俺はその顔が冷徹な人間のものには見えなかった。
「君たちの意思は固まったようだ。それでは私も協力するとしよう。君たちが優しい人間のままでいてくれて嬉しく思うよ」
崇宮澪は俺たちの間を通り過ぎる。
「課題は強情な子供の説得だ。他の精霊を相手にするよりも遥かに難しい」
そして、振り返って俺たちの方を見る。モザイクで前も後ろもわからないけど、そんな気がする。
「君たちの言う火事はすぐにでも起こる。それがカウントダウンになるだろう」
まるで未来を見ているかのように語る崇宮澪。その瞳には俺たちのわからないものがみえているに違いない。
「ただ、君たちならばやれると信じているよ。未来で培ったその力、是非見せてくれ」
俺たちは共通の目的を得て手を取り合った。
事情がややこしくなってる上に士道や狂三も全部は知らないから余計ややこしいですね。というか事情を全部知ってるやつがいません。なんでこんな設定にしてるんだか。
さて今回の裏話はモザイクさんこと令音さんについて。
遡る前の歴史だと村雨令音として活動していた方がファントムとして活動していた方から琴里に与える霊結晶を受け取って与えていました。
鳶一一家から離れる覚悟を決めるためです。愛くん、折紙、士道、琴里、父親の記憶を奪って離れようとしていました。
なぜか父親が死んでおかしなことになっていたけど、途中で止まれなかったわけです。その時点ですでに記憶は奪っていましたから。士道たちが来たのはマジで記憶を奪う直前です。
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