崇宮澪の言葉通り、あれからほどなくして街は炎に包まれた。まるでここだけ戦争中のようだ。
白い灰が舞い散り、焦げ臭い匂いが充満している。多くの人が逃げ惑う中、俺たちは空を駆ける。
「愛さんを止めると意気込むのはよろしいのですが、わたくしたちは愛さんを止める
建物の屋根を跳び続ける狂三が問う。舞い上がった火の粉が狂三の顔を照らし出す。
「それ以前に俺たちは愛がどこに現れるかも知らないな」
ここからそう離れた場所ではないと思う。ただ、具体的な場所はわからない。
「場所は問題ない。未来の愛はこの時代の愛を標的としている。この時代の愛の近くで待ち伏せすればいい」
崇宮澪はあっさり答えた。どうしてこいつが愛の場所を知ってるんだ?
「あなた、妙に愛さんのこと詳しいですわね。始原の精霊として警戒していたからでしょうか?」
同じことを思った狂三が訝しげな目で崇宮澪を見る。
「そうだね。私はあの子を見るために、多くの時間を使った。君たちよりもきっと詳しく知っているだろう」
その言葉はどこか優しく、どこか嬉しそうだった。警戒という言葉で合ってるのか?
「だったら、愛さんの止める策でも思いつきますか?」
狂三が半笑いで問いかける。
そんなものはない前提での質問だろう。それがあったら苦労はしない。
「策……と言えるほど立派なものではないけど、方法は思いつかないでもない」
崇宮澪は自信なさげに言い放った。でもそれはこの状況で値千金の言葉だ。
「一体どういった方法ですの?」
狂三が追及する。俺も愛を止める方法なんて全く思いつかない。
「簡単な話だよ。相手は十四歳の中学生ということだ」
俺たちがその言葉の意味を理解するのは、なかなか難しかった。
♦♦♦
「うわーん!」
火事で燃える公園の中、幼い愛は泣いている。そんな状況で俺たちは隠れていた。
泣いている子供を放置していると罪悪感が募る。でも、必要なことだと言い聞かせてぐっと堪える。
「来たね」
崇宮澪の言葉通り、ここら一帯の空気が変わった。そこにいるだけで周囲を威圧する圧倒的な存在感。
さっき感じていたのと同じだ。間違いなく愛がそこにいる。
「では手筈通りに」
狂三とうなずき合い、いつでも攻撃ができるように構える。成功するかは賭けになるけど、もうこれしかない。
ちらりと愛の姿を覗き見る。
白く長い髪に白と黒のドレス。身も心も変わり果てた愛がそこにはいた。
こちらまで移動してきた愛は上空で止まり、天使を構える。天使の形が変わり、さっき折紙が使っていた天使に変わる。
愛の天使が光を収束させ、太陽のように輝き始める。その矛先は、やっぱり幼い愛だ。
幼い愛は炎が怖いのか自分が狙われていることに気づいていない。このままだと殺されてしまう。
その前にどこからともなく無数の白い帯が現れ、愛を縛り上げた。天使も同様に縛られて光を失っていく。
「これは⁉」
同時に幼い愛が忽然と消え去り、代わりに拘束した張本人が現れた。
「君がどのような姿になっているのかと思っていたのだけど。性別が変わるのは流石に予想外だね」
「あなたは……どうしてここに?」
愛は目を見開いて驚く。崇宮澪がここにいるとは夢にも思っていなかったみたいだ。
「君以外にも未来から来た子がいてね。君を止めたいと言われたんだよ」
「なるほど、狂三が……」
こっちの事情をわざわざ説明するような真似をしている。この後のためか。
余計な裏読みをされず、素直に気持ちを受け止めてもらうために。
「愛、君は自分のことを愛しているかい?」
「何を……」
崇宮澪の言葉は愛の意表を突くものだった。愛の顔には強い困惑が見える。
「答えて欲しい。そのくらいの時間はあるだろう?」
愛は崇宮澪をじっと見つめる。そして口を開いた。
「……あなたと同じだよ、
やたら名前を強調しているように聞こえた。詳しい事情は知らないけど、愛も崇宮澪も自身にいい感情をもっていないんだろう。
「そうか、それは辛かったね」
「…………」
崇宮澪は嫌味を受け止めて優しく答える。それを聞いて、愛は視線を逸らした。
「大事な人がいるんだろう。自分の命を捧げてでも守りたい人が」
崇宮澪は独り語る。愛の心情を推し量るように。
「狂三から聞いたんですか?」
「聞かなくてもわかるさ。君と私は同じなんだろう?」
さっきの愛の言葉をそのまま返す。その言葉は核心を突いているように見える。
「だけど、君が守りたいように君を守りたい人もいるんじゃないかな?」
崇宮澪は子供に問いかけるように聞いた。数秒の沈黙を俺たちは固唾を飲んで見守る。
「そんなことは、そんなことはわかってるんですよ」
愛を拘束している帯がぶちぶちとちぎれる。怒り任せに逃れようとしている。
「でも、仕方がないじゃないか。こんな危険な存在、世界にいていいわけがないじゃないか!」
歯を食いしばり、顔を歪めて霊力を溢れさせる。とても辛そうだ。
「存在そのものが悪だとでも?」
「ああ、そうですよ。始原の精霊の力を持った存在は悪になる。そんなこと、あなたが一番よくわかってるでしょ」
愛の慟哭は自分を斬りつける言葉に満ちていた。これ以上は見ていられない。
「ああそうかよ。じゃあ俺も悪だな」
「士道?」
「俺も精霊の霊力集めてるからな。お前のお仲間だ!」
「士道……」
地面に叩きつけられた愛は俺を恨めしそうな目で見る。『士道さん』じゃないのか。
「お前、心の中では俺のこと見下してただろ」
「そんなことは……」
否定の言葉はか細い。大きく間違えてはいなさそうだな。
「俺だけじゃない。折紙のことも琴里のことも、本当の意味では頼りにしてなかったよな」
「お前は優秀で頭がいい。戦い方を教えてくれたのもお前だし、本当にすごい奴だよ」
不格好でも雑でもいい。とにかく天使と一緒に気持ちをぶちまけろ。
「周りの意見が馬鹿に見えちまうのかもしれない。全部一人でやりたくなるのかもしれない。でも、それじゃあダメだろ!」
「くっ!」
愛は
「あなたに何がわかる!多くの人に好かれるあなたに!周囲の人と寄り添い合い、協力し合えるあなたに!」
天使の姿を
身体の力全部振り絞ってようやく止められた。今でも手がじんじんと痺れる。
「生まれたときから化け物なんだ。下手に人へ近寄ろうとすれば、目の前に溝が広がってるんだ。
誰の気持ちも本当の意味でわかりはしない。化け物は化物らしく、人と距離を取った方がいいじゃないか」
「それがお前の本音か」
吐露された愛の言葉。ようやく本当の姿を見られた気がした。
「でも、お前は誰かと一緒にいたいんだろ。だから、七罪に執着し続けてる」
天使と天使がぶつかり合う。攻撃は一発も食らってないのに、琴里の能力が身体を癒し続ける。
「お前の行動見てたら嫌でもわかるんだよ。本当は仲良くしたいだけの寂しがり屋なんだって!」
でも俺程度の力で受け止められてるってことはそういうことなんだろ。お前は俺の言葉で心を乱されてるんだろ。
「それが許されないから諦めたんだ。どこを見ても道が塞がってるから覚悟を決めたんだ。今更そんな言葉、口にするな!」
俺は思いっきり吹っ飛ばされる。地面に矢を突き立てて何とか踏みとどまった。
「俺がお前を肯定してやる。お前自身が否定しようと知ったことじゃない。それ以上にお前のことを肯定してやる」
「だったら止めてみてくださいよ。始原の精霊を」
俺に向かって吠える愛。その瞳にはこらえきれない涙があふれる。
「止めてやるさ。俺たちの力で」
互いに天使を構えてのにらみ合い。そしてその瞬間は訪れる。
「まさか私を忘れていないだろうね?」
白い帯が一斉に愛へ襲い掛かる。さっきと同じ拘束攻撃だ。
「忘れていませんよ。戦場であなたを無視できるわけない」
それを読んでいたかのように避ける愛。俺との一対一とは思ってなかったみたいだ。
「俺も少しはやるだろ」
「それでも決定打にはならない」
ああ、それはそうだろうな。俺は最後の一押しじゃないからな。
「
愛は背後から弾丸を受ける。その弾丸はすぐに効果を現し始める。
「かはっ!」
愛はその場に伏し、苦しそうにする。俺の攻撃なんかとは比べ物にならない大ダメージを受けて。
「狂三、何を……」
愛は這うように背後に目を向ける。そこにはくすくすと笑う狂三がいた。
「愛さん、ずっと戦った後なのでしょう。
愛がどれだけ強かろうと回復なしじゃこんなに戦えない。狂三はその回復をなかったことにしたんだ。
俺たちだけじゃない。折紙が、十香が、みんなが愛にダメージを与えてくれた。
俺たちだけじゃ絶対に勝てなかった。
「士道さんの言葉はわたくしも賛同しますわ。愛さん、わたくしのことも舐めていらっしゃったのでしょう?」
狂三は動けない愛の前で楽しそうに顔を近づける。愛は諦めたような目で狂三の言葉を聞いている。
「確かにわたくしは愛さんに比べれば非力な精霊の一人に過ぎません。ただ、それがあなたの障害にならないと思ったら大間違いですわよ」
「……そうみたいだな。今回は僕の負けだ」
愛は目を閉じ動かなくなった。しばらくすると、どこかに消えてしまった。
「狂三、これって」
「
狂三と顔を合わせ、頷き合う。俺たちは愛を止めることができたんだ。
「おめでとう、士道、狂三」
崇宮澪がパチパチと手を叩きながら近づいてくる。
「あんたのおかげだよ、崇宮澪。愛に本気の気持ちをぶつける。これが一番効くだなんて思わなかった」
あいつはいつも冷静に次の一手を考える。あそこまで感情を揺さぶることができるとは。
「どうしてあのような作戦を?」
「なに、あの子がたった五年で変わると思えなかっただけさ。口は素直じゃないけれど、行動は感情のままだよ」
狂三の問いに半笑いで答える崇宮澪。その言葉は見守るような立場からのものだ。
「これで歴史は変わるだろう。君たちの帰る未来がどのように変わるかは私もわからない。ただ、幸せなものになることを祈っているよ」
「あらあら、不幸をまき散らすあなたが言うと一味違いますわね」
狂三は最後まで嫌味たっぷりだ。本当に何があったんだ?
「君たちと会える日を待っている」
「ああ、きっとすぐ会えると思うぜ」
それと同時俺たちの視界は白く染まった。
俺たちは自分の時代に引き戻される。歴史が変わった俺たちの時代に。
♦♦♦
目覚ましがけたたましく鳴り響き、朝の到来を告げる。カーテンの隙間から朝日が差し込み、眠りを妨げる。
このまま順当にいけば気持ちよく朝を迎えられるだろう。しかし、俺が健康的に目覚めることはない。
「起きろー、お兄ちゃーん!」
「ぐほっ!」
愛しい妹の揺り起こしは過激だから。初撃でライダーキックを決め、そのままダンスに切り替わる。
「ふんふんふ~ん」
どこぞで聞いたアイドルの歌を口ずさみながらステップを踏む。マット代わりにされた俺は、その足を全て受け止めることになった。
「琴里、起きたから。もう起きたから」
「およ?起きたか、お兄ちゃん」
琴里の足をタップしてダンスを止めさせる。琴里は俺の腹の上に立ちながら足を止めた。
「十香がお腹を空かせて待ってるぞ~」
「わかった、すぐに行くよ」
琴里は空中で一回転した後すたっと着地した。その後、元気よく階段を下りていく。
目をこすりながらベッドから起き上がる。起きるのが遅かった俺も悪いけど、もうちょっと優しく起こしてくれないもんかね?
着替えてリビングの方へ降りていく。いつも通り、十香や四糸乃が集まっている。
「おお、おはようだシドー」
「おはようございます、士道さん」
「おはよう、十香、四糸乃」
十香たちと挨拶をかわしつつキッチンに向かう。冷蔵庫の中には玉子とベーコンがあるし、今日はベーコンエッグかな。
「お兄ちゃん、今日はやたら遅いけど昨日何かしてたの?」
琴里がソファの上で雑誌を読みながら寝転がっている。中学生の女の子にしては行儀が悪い。
「昨日は……」
そこまで言って思い出す。俺は愛たちと戦っていたんだった。
デジタル時計の日付を確認する。
今日は十一月四日。愛と戦った日の翌日だ。
「琴里、愛はどうなった?」
キッチンを飛び出してリビングの琴里の元まで近寄る。琴里は目をぱちぱちさせている。
「アイって誰よ、お兄ちゃん?」
「愛だぞ。折紙の弟の鳶一愛」
琴里は本気でぴんと来ていなさそうだ。
「なあ、十香や四糸乃も知らないか?」
「アイとは誰だ?」
「私も知りません」
「もしかして士道君また女の子増やした?隅に置けないね~」
みんな琴里と同じ様子だ。歴史が変わってみんなとの関係もなくなっちまったのか?
「ああ、もしかしてあの子?」
琴里が何か思いついたように指を鳴らす。
「知ってるのか?」
「アレでしょ。令音と仲良くしてるっていう姉弟」
「へ?」
琴里の口から出たのは意外な関係だった。
♦♦♦
フラクシナスの艦橋ではいつも通り私のかわいい部下たちが働いている。その一人であり親友でもある令音に話しかける。
「シンが愛と折紙に?」
「そうなのよ。どうしても会いたいって言ってて」
我が兄ながらちょっと何言ってるかわからない。会ったこともない姉弟に会いたいだなんて。
「精霊たちでは物足りなくなったのかな?」
令音が冗談めかした調子で話す。
「だったら士道の訓練時間を増やさないとね。新しい女にちょっかいかける余裕があるなら、それくらい簡単にやってくれるでしょう」
最近はほとんど精霊の出現がないとはいえ、そんな腑抜けた様子じゃ困るわ。狂三みたいな危ない精霊もいるんだし、もうちょっとしっかりしてもらわないと。
「まあ、それ自体は別に構わない」
「あら、いいの?」
ずいぶんあっさり承諾するわね。司令官としての命令に聞こえちゃったかしら?
「同じ年代同士で交流を広げるだけだ。特に問題ないだろう」
「それもそうかしらね」
確か姉の方は士道と同学年、弟の方は私と同学年だったわね。
「あの子たちの都合を聞いておくとしよう」
「私も同席するわ。士道だけだったら心配だし」
精霊でもない女の子を攻略されたら溜まったものじゃないわ。
「それと、あの子たちはASTに所属している。そのこと忘れないで欲しい」
「そうだったわね」
別にだからどうだって感じだけど、ちょっと面倒かもしれないわね。まあ、逆に内情探ってやるくらいのつもりでいましょうか。
「遂に来たか」
「何か言った?」
「いや、なんでもないさ」
令音が何かぼそりと呟いた気がしたけど。気のせいだったかしらね?
ようやく折紙編のひと段落です。ここから、改変後の世界の話に入っていきます。
今回の裏話は令音の行動について。
士道と狂三に出会ったことで五年間の行動も変わっています。どうなるんでしょうね?
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