十一月九日。
折紙との待ち合わせは定番のハチ公前だ。もう寒くなってたけどここは今でも人通りが多い。
時計を見ると時刻は九時前。約束は十時だけど、折紙なら多分――
「あれ、五河くん?」
折紙が俺を見つけて小走りで駆け寄ってくる。
「早いね、五河くん。まだ約束まで一時間あるよ」
折紙は少し息を白くさせて俺を見る。
前の世界の折紙はデートの一時間前には待機していた。今回も念のため早く来て正解だったようだ。
「そう言う折紙こそ早く来てるじゃないか」
「えっと、今日が楽しみで待ちきれなくて……」
人差し指同士をつんつんと合わせながらもじもじとする折紙。そのいじらしい姿に胸が高鳴る。
「俺も楽しみにしてたよ」
「それは……とても嬉しいな」
今にも立ち消えそうなか細い声で言い切った。
そのまま赤くなった顔を押さえてうつむく。カバンの紐をぎゅっと握って震えている。
『何このチョロイン?しゃべるだけで好感度が上がっていくんだけど』
右耳につけたインカムから琴里の悪態が聞こえる。それでようやく少し冷静になる。
これはただのデートじゃなくて精霊攻略なんだよな。もう少し冷静にならないと。
でも、目の前にいる少女は冷静さを失わせるくらいにかわいらしい。改めてその姿を見直すと、おしゃれしてくれたことがよくわかる。
白いフリルシャツが朝日に照らされて静かに映える。折紙の髪色と少し違う色合いが温かみを感じさせる。
キャンディスリーブできゅっと絞られた手元も、今の折紙の華奢さを引き立てる。ベージュのAラインスカートがそれをより押し上げる。
清楚な女の子って感じのコーディネートだ。
「とてもかわいいぞ、折紙」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
何とか最近は褒め言葉がスッと出てくるようになった。琴里の訓練の賜物だな。
「それじゃあ行こうか」
折紙をリードして総合ショッピングモールの方へ歩き出す。ここならいろいろあって行き先には困らない。
『士道、選択肢よ』
インカムを通して琴里の声が響く。フラクシナスのAIが選んだ選択肢だ。
①恋愛映画でムード作り。そのまま自分たちも盛り上がろう。
②冬に向けて季節の服をコーディネート。彼女を自分の好みに染め上げよう。
③結婚式場でフォトウェディング。将来の予行演習をしよう。
『僅差で①が最多。まあ妥当なところかしらね』
フラクシナスの面々がそれぞれの選択肢に対して投票を行い、琴里がインカム越しに集計結果を教えてくれる。
『②も捨てがたいですが、いきなりこれだと相手のコーディネートの否定になる可能性があります。ここは①が無難でしょう』
箕輪さんが①に投票した理由を付け加える。まあ俺も妥当だと思う。
相手が折紙じゃなかったら。
『そうね。というか、③はなんなのよ?過程すっ飛ばし過ぎでしょ。相手は高校生なのよ』
「待ってくれ、その中なら選んでみたい選択肢がある」
AIは折紙のことをよくわかっているのかもしれない。そんなことさえ考えさせてくれる。
『わかったわ。やりたいようにやってみなさい。これはあくまで士道の
琴里のお許しが出たから思った通りに行動してみる。確かホテルのホールだったよな。
♦♦♦
「五河くん、ここは?」
折紙が不思議そうに問いかける。何の会場かよくわかってないみたいだ。
「フォトウェディングの無料体験だよ」
会場に置いてある看板を指さす。そこには白いウェディングドレスを着たモデルさんが映っている。
隅にはフォトウェディング、本日限定、衣装貸出の文字が並んでいる。きっと喜んでくれるだろう。
『なーにやってんのよ、この馬鹿!今すぐ誤魔化しなさい!』
耳から鼓膜を破るような声が響く。琴里はお怒りのようだ。
「でも相手は折紙だぞ?」
『黙りなさいこのクソボケ兄!会って一週間経ってない相手と結婚考える馬鹿がどこにいるのよ?』
琴里は言い訳する暇もなく否定する。仕方なく撤収しようとする。
「折紙、悪い冗談――」
そこまで言いかけて折紙の手元で目が留まった。
「そうだよね。五河くんも人が悪いな~」
折紙は笑って誤魔化そうとしている。しかし、折紙の手は別の生き物のように動いている。
「折紙、それって?」
「え?」
折紙の自分の手元を見てようやく気付いたようだ。折紙の手はすさまじい勢いで必要事項を記入している。
氏名、年齢、住所などの情報を俺の分まで含めて。まるで書き慣れているような早さで。
「なんで、どうして?」
書いている折紙自身が困惑しているようだ。というかこの世界の折紙は俺の個人情報知らないはずだよな?
氏名や年齢は勿論のこと、住所まで正確に俺のものが書かれている。
「お願い、止まって私の手~!」
折紙の悲鳴がホテルのホールに響いた。
♦♦♦
「大丈夫か、折紙?」
「うん何とか」
あの後、錯乱した折紙を引き連れて適当な休憩所に入った。そこで飲み物を渡して今は落ち着いている。
「悪かったな、サプライズが効き過ぎちまったみたいで」
「ううん、私が勝手に暴走しただけだから」
折紙は左手で自分の右手をぷるぷると押さえている。暴走した右手がまだ信じられないようだ。
「そろそろ次の場所へ行こうと思うんだけど、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。すっかり待たせちゃったし、次の場所へ行こうか」
折紙は笑ってみせた。本当に大丈夫だろうか?
『士道、次の選択肢よ』
再び右耳で琴里の声が響く。
①気分を変えてボウリング。一緒に汗をかいて打ち解けよう。
②雑貨屋さんでショッピング。かわいいものが大好きな彼女にプレゼント。
③専門店で最新の高画質カメラを購入。あの子の毛穴まで余さず撮っちゃおう。
『今度は②が多いわね。理由は?』
『相手は元AST、つまり陸自の人間です。ボウリングのような競技では、圧倒的差がついて気まずくなる危険があります』
琴里の質問に対して中津川さんが答える。確かに前ビリヤードをやったときは圧倒的だったもんな。
『その点、雑貨屋なら気まずくなることはないでしょう。令音さんもかわいいものが好きな女の子だって言ってましたし』
椎崎さんがさらに後押しする。スマホケースに刺繍してたし、かわいいものが好きなんだろう。
確かに②も捨てがたいと思う。ただ、この中なら答えは明白だろう。
♦♦♦
「五河くん、ここカメラを売ってるお店だよね?」
「そうだぞ。ここなら大抵のカメラグッズはばっちりだ」
なにせ折紙自身から聞いた店だから。場所だけでも教えてもらっていてよかった。
利益よりも趣味を優先している店で、品揃えが大変いいそうだ。
『だから、あんたは馬鹿なの⁉どうして女の子がそんな店に入りたいと思うのよ⁉』
再び琴里の声が響く。
「でも、折紙だしなー」
『あんたは鳶一折紙にどんな印象を抱いてるのよ?』
悲鳴にも近いその声は俺の鼓膜を震わせた。
「そりゃ、いきなりホテルに連れ込もうとしたり、脈絡もなく抱きついてきたり、茂みに連れ込んでキスを迫ったりする女の子だけど」
『そんな痴女、この世に存在するわけないでしょうが!』
琴里には思いっきり否定された。全部俺の実体験なんだけど。
『とにかく却下よ、却下。二度とそんなアホなこと言わないで』
「わかったよ」
いい作戦だと思ったんだけど。
「ん?」
再び折紙を見ると虚ろな目をしていた。虚ろな目で置いてあるカメラを取り、俺に向けて構える。
その姿は妙に板についており、戦場カメラマンを彷彿とさせる。少しずつ画角を変えながら俺をレンズに収める。
日本人が箸を持つような自然さだ。あまりに自然過ぎて止めるタイミングを失ってしまった。
「ほほう、お嬢ちゃん上手いね」
奥の方に座っていた店主が俺たちの方までやって来た。優しそうなお爺さんだ。
「えっ、いや、あの……」
折紙はようやく我に返ったようで困惑している。自分で何をしていたかわかっていないようだ。
「君ならプロのカメラマンになれるよ。どうだい、私の秘蔵の品を見ていかんかね?」
お爺さんは仲間を見つけたような目で折紙を見る。その瞳は生者を冥界へ引き込もうとする亡者のようだった。
「え、遠慮させていただきます~」
折紙はカメラを置いてすごいスピードで逃げていく。俺はそれを追いかけた。
♦♦♦
望遠レンズでお姉ちゃんのことを覗き込む。気づかれないように別のフロアからこっそりと。
「折紙さん、珍しい顔してますね」
「お姉ちゃんのあんな表情は初めて見た」
パートナーのミケさんと顔を見合わせて複雑な表情になる。あの状況はどう判断したらいいんだろう?
悪い虫だったら問答無用で排除するつもりだった。お姉ちゃんを不幸にする人は消えてしまえばいい。
「困ってるけど、幸せそうでもありますね」
「……」
確かに振り回されて悲鳴を上げている。でも振り回されているところまで楽しそうな気がする。
僕じゃお姉ちゃんをあの表情にできない。きっとあの人だから出せる表情だと思う。
「あっ、愛くんもしかして嫉妬してるんですか?」
「……そんなことありませんよ」
玩具でも見るような顔で僕を見るミケさんから顔を逸らす。でも反対側に回って顔を見てくる。
「やっぱりそういうところはかわいいですね」
ミケさんは先輩風を吹かせてる。ASTに入ったの僕より後で、僕より弱いじゃないか。
それに――
「僕より身長低い癖に」
「なっ、それは言っちゃダメなやつですよ~」
ミケさんのポカポカ攻撃を受けながら望遠レンズを再び覗く。そこには笑顔のお姉ちゃんが映っていた。
♦♦♦
夕焼けに染まる展望台。天宮市が一望できるいい場所だ。
そこで五河士道とお姉ちゃんは向かい合っている。それを僕たちは茂みの奥から覗き込んでいた。
「わわわ、あれってキスをする雰囲気じゃないんですか?」
「……そうじゃないんですか」
レンズ越しに映る顔は二人とも赤く染まっている。夕焼けよりもさらに濃い赤色に。
お互いしか見えていない。あの世界に僕は入れない。
何だろうこの感情は。胸がざわつき、荒れ狂う。
お姉ちゃんが幸せそうなのに、どうしてこんなにざわつくんだろう?僕は何が嫌なんだ?
まだ二回しか会っていないから?あの人が信用し切れないから?
何か違う気がする。僕はどうしたいんだろう?
『大好きなお姉ちゃんの愛情が奪われること』
子供みたいな、でもどこか不気味な声が頭の中で響いた。何度も頭の中を巡り、深く深く心に刺さった。
「ミケさん、何か言いました?」
「え?何も言ってませんけど?」
気のせいだったのかな?でも確かに……。
『自分の心が満たされなくなること。それがたまらなく気に入らない』
「そんなこと、考えてるわけない!」
思わず反論してしまった。それがひどくわがままで身勝手なだったから。
「愛くん?」
突然騒ぎ出した僕を見てミケさんが心配そうに見てる。こんなの無視しないと。
『村雨令音で満たされる?いつ裏切るかもわからない、あの女だけで』
「違う、違う、そんなこと。そんなこと考えてるわけ」
令音さんが裏切るわけない。あの人は僕の大事な家族だ。
『ああ、もう十分弱くなった。これで押し流せる』
「ひっ、あがっ!」
どんどんと何かが流れてくる。体がどんどん侵食される。
全身が湧きたってぐちゃぐちゃとかき混ぜられてるみたいだ。こんなの僕が僕じゃなくなってしまう。
『やっぱりね。ほんの少し流したら、できかけの身体は帰って来るんだ』
ドロドロぐちゃぐちゃと黒い感情が溢れてくる。それが自分のものなのか、別の誰かのものなのかわからない。
ただそれは僕の感情と少し似ている。それは確かだ。
邪悪な声が頭の中で嗤った。それと同時に、僕の意識は消え去った。
♦♦♦
折紙と向かい合い、キスをするその瞬間。折紙以外は何も見えない――そう思っていたのに。
ふと全身に鳥肌が立つ。この世界を塗りつぶすような強大な気配は――あいつだ。
振り返ってその気配の根源を見る。少し離れた茂みから、白と黒の霊力が溢れていた。
「折紙、離れろ!」
「えっ、どうしたの五河くん」
折紙を置いて茂みの方へ向かって走る。近づく度に足を絡めとるように空気がまとわりつく。
そこだけ異世界になってしまったかのようだ。
発生源はおぞましい気配で満ちていた。そこにいるだけで他の生き物を威圧してしまう存在感。
「ひっ、いや、なんなの」
ミケさんが怯えた顔でその姿を見ている。そのあまりの異質さに声を上げることすらまともにできていない。
長くつややかな白い髪。歩くだけで大きく揺れる豊満な肉体。
煌びやかな白と黒のドレス。他を寄せ付けない圧倒的な天使。
その姿は前の世界と変わらずそこに存在していた。
「やあ、また会ったね、五河士道」
大人びた顔で邪悪に笑う。その顔は虫を生きたまま引きちぎるような恐ろしさがあった。
「嘘だろ……」
最悪だ。愛の中にいた始原の精霊が再び目覚めてしまった。
邪悪は再び顕現する。さあ、どうする士道?
今回の裏話は愛くんと美紀恵の関係について。
折紙が好き、年齢が近い、向上心あり等々様々な面で仲良くできる要素があります。普通に仲のいい組み合わせになってます。
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