ヒロインは七罪   作:羽国

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最悪の一歩手前

「やあ、また会ったね、五河士道」

 夕日を背後にして、それはあのときのように嗤っていた。精霊たちを羽虫のように払い、蹂躙する化物。

「嘘だろ……」

 信じたくない。せっかく歴史を変えてまで封じ込めたのに。

 

「また同じことをされたら面倒だから言っておくね。十二の弾(ユッド・ベート)を使っても無駄だよ」

「な⁉」

 俺たちの企みは向こうに筒抜けだった?そして、対抗策がある?

 

断罪覇王(アズラエル)に刻まれた情報は消えない。それは歴史をどれだけ変えようと変わらないんだよ」

 体温がどんどん下がっていく。絶望で手が震えてきそうだ。

 

刻々帝(ザフキエル)は所詮別の枝葉に移ってるだけ。断罪覇王(アズラエル)は木を丸ごと変えてしまうんだから」

 愛を乗っ取った精霊は自らの持つ杖に頬ずりをする。断罪覇王(アズラエル)の恐ろしさが改めて身に染みた。

 言ってることは半分も理解できない。ただ、俺たちのしたことは無駄だというのはよくわかった。

 

「お前は何がしたいんだ?」

「あれ、君には言わなかったっけ?私はただ七罪とお姉ちゃんと遊びたいだけ。」

 あどけない顔をしてあごに人差し指を当てる。まるで幼い子供のように。

 

「別に崇宮澪みたいに世界に害を為したいわけじゃない。DEMみたいに世界を我がものにしたいわけじゃない」

 どんどんと歩いていく。

 しかし、その足は俺に向かっていない。どこか別の方向へ向いている。

 

「私はただ『鳶一愛』として暮らせればいい。それさえできればあとはどうでもいいよ。まあ、邪魔する奴は全部殺すけど」

 俺の横で立ち止まり肩に手が置かれた。その手がまるで石像のように重くのしかかる。

 

「君たちが望むなら、崇宮澪やDEMの排除を手伝ってあげてもいい。だから邪魔しないでよ」

 その声は酷く冷たかった。しかし、非常に魅力的でもあった。

 こいつにさえ逆らわなければ平穏に暮らせる。そんなことを一瞬考えてしまうくらいには。

 

「そんなこと、できるわけないだろ!」

 鏖殺公(サンダルフォン)を顕現させて全力で振り抜く。そんな不意打ちでさえ、この化物は軽く天使で受け止める。

 天使を通してその恐ろしさが伝わってくる。まるでコンクリートを殴っているような無謀さを感じてしまう。

 

「止めてよ、君はお姉ちゃんの婚約者なんだから。君を殺したら、お姉ちゃんが悲しむじゃないか」

「ああ、そうかよ。でも義理の家族ってのは打ち解けるまでに時間がかかるもんだぜ。俺と琴里もそうだったよ」

 こいつを見逃したら俺たちは平和に暮らせる。でもそこに愛はいない。

 そんなこと認めてたまるかよ。あいつを犠牲にして、この先進めるかよ。

 

「そういうものなのか。じゃあ、努力しないとね」

 愛の姿をした精霊は大きく息を吸い込む。そして、最悪の攻撃を放った。

『仲良くしよう、お義兄ちゃん』

 鼓膜に響いた『お願い』に従いたいと思ってしまう。目の前の精霊に協力したい誘惑に駆られる。

 

「これは……破軍歌姫(ガブリエル)?」

 以前美九が使用していた『お願い』と一緒だ。対象の心を操り、従わせる『声』の力。

 こいつ、俺を洗脳しようとしている。家族って言うのは口だけかよ?

 

「そんな方法で……仲良くできる訳ないだろ」

「どういうこと?」

「こんな力づくでいうことを聞かせるようなやり方で、お前と仲良くしたいと思うわけない!」

 全力で『お願い』の力に抗いながら文句を言う。こんなので聞くわけないだろうけど――

 

「そうなの?じゃあ、止める」

「え?」

 その場を支配してた『お願い』は効力を失った。蜂蜜でも詰められていたような耳が一気に解放される。

 そのあまりの突然さに地面へ倒れてしまった。

 あの不快な声は聞こえない。身体も自由に動く。

 

「ちょっと、黙ってないで何とか言ってよ」

 愛の姿をした精霊は膨れた顔で俺を見る。その言葉に放心してしまった。

「あ、いや悪かった」

「うん」

 俺の言葉を聞いて素直にうなずいた。小学生の子供のように。

 

 これは、どういうことなんだ?あんなにもあっさり止めるなんて。

「どうして止めたんだ?」

「君が言ったからだよ」

 物わかりの悪い子供に説明するように話される。

 

「俺が言ったら止めるのか?」

「家族でしょ?ある程度譲り合うのは当然のことじゃないの?」

「いや、それはそうなんだけど……」

 なんというか、価値観がぐちゃぐちゃだ。言ってること自体は正しいんだけど、その土台ができてない。

 

「そもそもどうして破軍歌姫(ガブリエル)なんて使ったんだ?」

「だってあれが一番私の気持ちを届けやすいでしょ?」

 こいつ、天使をメガホンか何かだと思ってるのか?

 

「そんなことしちゃダメなんだよ。天使を使って人に言うことを聞かせるなんて」

「そうなんだ。じゃあもうやらない」

 

 怖さの一端が見えた気がする。こいつにとって、天使を使うのは気軽なことなんだ。

 形を持った奇跡を携帯のように気楽に扱う。そしてそれが悪いことだとすら思っていない。

 だから、悪意を持ってないのに恐ろしい天災になってる。

 

「五河くん、それは何?」

 振り返ると折紙がすぐそこに立っていた。愛の姿をした精霊を見て手を震わせている。

「折紙、これは――」

「お姉ちゃん、会いたかったよ~」

 愛の姿をした精霊は折紙に抱きつく。折紙はその速さに反応できない。

 

「ショートのお姉ちゃんもいいけど、ロングも似合ってるね~」

 愛の姿をした精霊は折紙の髪を手櫛ですく。愛おしいと言わんばかりに。

「お姉ちゃんってどういうこと?あなたは何者なの?」

 折紙の顔が恐怖で歪んでいく。気分としては肉食動物に顔を舐められているようなものだ。

 

「そっか、こっちの世界では初めましてだね。私は愛だよ。ちょっと体を弄ったんだ」

「愛くん?一体、どういうこと?」

 折紙は混乱している。こっちの折紙は愛が精霊だって知らないんだから当然だ。

 

「そんなに怯えないでよ。私は何があってもお姉ちゃんの味方だから」

 愛の姿をした精霊が優しく折紙の背中を撫でる。しかし、それは逆効果だったようだ。

「いや、離れて!」

 折紙はそのまま払いのけて距離を取る。そして精霊をにらみつけた。

 

神威霊装・一番(エヘイエー)

 折紙の服が消え去り、まばゆい光に包まれる。光は折紙自身を守る城としてその姿を変える。

 現れるのは天使のような白いドレス。ヴェールに包まれたその顔は、ウェディングドレスの花嫁のを彷彿とさせる。

 前の世界で見たのと同じだ。折紙が霊装をまとった。

 

絶滅天使(メタトロン)

 折紙の周囲を無数の羽が舞う。全てを焼き払い、殲滅する光の天使だ。

 そのまま、愛の姿をした精霊に襲い掛かる。

 

「ありゃ、いきなりこれは刺激が強すぎたかな?」

 それをやすやすと躱し続ける精霊。声色からしてまだ全然余裕があるのだろう。

「落ち着け、折紙。無暗に攻撃しちゃダメだ」

 あいつは一人で精霊全員を相手にできる化物だ。一人で立ち向かっても敵いっこない。

 

「五河くん、アレについてい知ってるの?」

「少しはな」

 馬鹿みたいな力を持ってる。七罪と折紙に執着している。息を吸うように恐ろしい天使を振り回す。

 俺が知ってるのはこれくらいだ。改めて考えると、絶望をより強固にするだけだな。

 

「とにかく話を――」

刻々帝(ザフキエル)――【四の弾(ダレット)】」

 突如、弾丸が空気を切り裂く。愛の姿をした精霊の背中に着弾する。

 完全な死角から撃ち込まれた一発。それは最強の精霊に届いた。

 

「上手いね、時崎狂三」

 愛の姿をした精霊は背後を見て笑う。射手に最大限の敬意を込めて。

刻々帝(ザフキエル)の能力はあなたにも通じる。どれだけ強がっても、その事実は変わりませんわ」

 狂三が茂みの近くから現れる。その顔は一撃決めた直後なのに苦しそうだ。

 

「また少しお別れだね。もう少しだけ待っててよ、お姉ちゃん」

 その言葉と同時に倒れ込む。同時に四の弾(ダレット)の効果が発現する。

 時間を巻き戻し、愛の身体を精霊のものから人間のものへ戻していく。

 

「愛くん?愛くん、大丈夫?」

 折紙は近寄って愛の肩を揺さぶる。その姿は完全に人間の愛のものへ戻っていた。

 

「狂三……」

「数日ぶりですわね、士道さん」

 狂三が俺のもとに歩み寄ってくる。

 

「見ての通りです。事態は一刻を争いますわよ」

「みたいだな」

 

♦♦♦

 

 あの後、愛はフラクシナスの厳重な警備の中に収容された。本気で動き出したら気休めにもならないけど、何もしないよりマシだろう。

 そして同日の夜。主要な面々が集められた。

 

 そして、我が家のリビング。そこには張り詰めた空気が漂っている。

 集められたのは俺、琴里、狂三、二亜、折紙、そして令音さん。

 本来敵対しているような面々まで顔を揃えている。それだけ状況が切迫しているってことだ。

 

「それで士道、あれは何なの?」

 琴里は真剣な顔で問い詰める。嘘や誤魔化しは通用しない雰囲気だ。

 

「それについてはあたしから説明させてもらうよ」

 大胆なスリットの入ったシスター服を着た少女が前に出る。灰色のショートヘアの奥からイタズラっぽい目が覗く。

 前の世界で狂三と一緒に現れた少女、二亜だ。全員の注目が二亜に集まる。

 

「そもそもあなたは何者?狂三がどうしてもって言うから許可したけど」

 琴里はいきなり現れた二亜に警戒を高める。

 

「本条二亜、精霊だよ。手に持ってる天使で何でも調べることができる」

 前の世界で聞いた情報を補足する。俺もあったのは一回きりだけど。

「へへへ、少年のお宝の場所から妹ちゃんのスリーサイズまでばっちりよ」

 二亜がおじさん臭い笑顔で笑う。その言葉に琴里も苦笑いをする。

 

「へー、それは面白そうな能力ね。どうして士道がそんなこと知ってるか気になるけど。」

 前の世界で知ったことだからな。琴里は当然知らない。

 

「状況は最悪じゃなくなった。でも、まだ最悪の一歩手前。崖っぷちってことだよ、妹ちゃん」

「どういうこと?」

 琴里が訝しむ。愛のことも知らないのにいきなりそんな話されたらそんな顔になるだろうな。

 

「いい機会だし最初から説明しようか。愛くんのこと、始原の精霊のこと」

 二亜が十字架のついた黒い洋書を取り出す。これこそ二亜の天使、囁告篇帙(ラジエル)だ。

 世界の全てが記されているらしい。

 

「今から三十年前。世界で初めて起こった空間震、ユーラシア大空災。これはみんな知ってるよね?」

「小学生でも習うことだな」

 俺も小学生の時に教えられた。世界初にして世界最大の破壊をもたらした空間震。

 そうやって空間震の悲惨さを学び、避難訓練の重要性を学ぶ。

 

「当然、これも精霊の現界によるものなんだけどね。このときに顕現した精霊こそ始原の精霊、崇宮澪だよ」

「なあ、前々から気になってたんだけど、そもそも始原の精霊って何なんだ?」

 前の世界で愛が全ての精霊の祖とか言ってたっけ?よくわからないまま流してたけど。

 

「文字通り、全ての精霊の起源だよ。あたしもくるみんも妹ちゃんも、精霊はみんな始原の精霊から力を分け与えられた存在」

「なんだ、その神様みたいな存在は?」

 力を分け与えるって、まるで神話の神様みたいだ。

「実際その通りかもね。精神はともかく、持ってる力は神様に最も近いよ」

 二亜は含みのある言い方をした。

 

「つまり、精霊は全員元人間ってこと?」

 琴里が目を見開いてテーブルを叩く。二亜の話が本当だとしたら、全てひっくり返すようなとんでもない話だ。

「そういうこと。言ってしまえばあたしたちは始原の精霊の子供なんだよ。ただ一人を除いて」

「それが愛ってことか?」

 二亜がこくりとうなずく。

 

「この世界で始原の精霊の召喚が行われたのは全部で二回。三十年前と十四年前」

「鳶一愛って確か私と同じ年、十四歳よね?」

 琴里が重大なことに気づいた。それってつまり……。

 

「妹ちゃん、察しがいいね。愛くんは胎児のとき、始原の精霊にされたんだよ。

 本当に異例中の異例。スペシャルベビーだね」

 二亜が冗談めかした声で話す。ただ、全く笑うことができないメンバーがいる。

 

「待ってください。それってつまり、お母さんはそのせいで死んだってことですか?」

 折紙が声を震わせる。折紙と愛のお母さんは愛が生まれたときに亡くなったらしい。

 

「……そういうことだよ。君のお母さんは始原の精霊召喚の余波で弱り、亡くなった」

 二亜が気まずそうな顔で答える。これを茶化すことは誰にもできない。

 

「誰なんですか、そんなことをしたのは?」

「悪いけど、それは私もわからない」

「なんでですか?その天使は全部知ることができるんじゃないんですか?」

 折紙の叫びが部屋に響く。長い髪を振り乱し、二亜に詰め寄る。

 

「始原の精霊にブロックされちゃってるんだよ。どーも崇宮澪は秘密主義みたいでね。私自身も始原の精霊絡みの内容は人から聞いた話や推測を交えて全体像を把握してる」

「許せません、始原の精霊。お母さんや愛くんをそんな目に遭わせて」

 折紙の目には怒りの火が点る。

 

「ここまでは前提のお話。どっちかというとここからが本題の話だね」

 二亜が気分を切り替えるように大胆にジェスチャーをする。全員の耳目が再び集まる。

 

「とんでもパワーを身に着けた愛くんだけど、当然その力をいきなり使えるようにはならない」

「始原の精霊の力は人の身には強すぎる。そういうことかい?」

 令音さんが重々しく口を開いた。

 

「れーにゃん大正解。あたしたちの身体に入ってる霊結晶(セフィラ)でさえ適合するかどうかはイチかバチか。始原の精霊の力なんて、ただの人間に使えるようなものじゃないんだよ」

 二亜は指を鳴らしてクイズの司会者のように令音さんの答えを絶賛する。

 

 そうだよな。俺を含め、精霊のみんなは毎月のように検査を受けてる。

 それだけ精霊の力は不安定なものなんだ。当然、その何倍もの力を持つなんて無謀だよな。

 

「だったらどうしたって言うのよ?もう力は身体に宿ってるんでしょ。そんな出したり入れたりできるものでもないじゃない」

 琴里が疑問を呈す。確かにそうだ。

 精霊の力がどうにもならないから十香たちは困ってたんだ。だからこそ、俺の封印する能力が重宝されてる。

 

「そりゃ、あの反則天使のせいだね」

「そうか、愛の天使か」

 天使のコピーばっかり見せられてたからどんな能力かすっかり忘れていた。前の世界で愛自身に説明された。

 

「愛くんの天使、断罪覇王(アズラエル)の能力は生物の情報の解析と改変。生物の在り方を自由自在に変えることができる。自分自身の霊力を封じ込めることすらね」

「何よその能力。私の天使がかわいく見えるくらいふざけた能力ね」

 琴里が悪態を吐く。確かにあの天使と比べたら、灼爛殲鬼(カマエル)はまだ優しい方かもしれないな。

 実際のところはそれ以上に恐ろしい。

 

「だから莫大な力を持ってるものの、ほとんど使えなかったんだよ。でも十四年間、何もしていなかったわけじゃない」

「愛くんは力を持ってることを隠してたってこと?そんな風には見えなかったけど」

 折紙が口をはさむ。家族のことを悪く言われて少し口調が尖っている。

 

「愛くんは何も知らなかったと思うよ。オリリンも見たっしょ、愛くんじゃないもっと恐ろしい人格を」

 折紙もその言葉を聞いて思い出したようだ。あの幼く邪悪な人格を。

 

「アレは何なんですか?」

「何かって言われると難しいね。霊結晶に宿る人格?天使の本来の持ち主?まあそういった感じの存在だよ」

 二亜は自分自身の言葉に首をかしげながら話を進める。

 

「アインというのはどうだろうか?」

 令音さんがぼつりと呟く。今度は令音さんに視線が集中する。

「令音、どういう意味?」

「もう一つの人格の名前だよ。いつまでももう一人の愛と言うのは面倒だろう?」

 琴里の問いに令音さんが答える。たしかに、俺もアレとか呼んでいてちょっと面倒に思っていた。

 

「虚無……ですか。確かに無から生まれ無に帰すべき始原の精霊にはふさわしい名前かもしれませんね」

 そんな恐ろしい意味があったのか。愛の名前をもじっただけかと思ってたけど。

「それじゃあ、もう一つの人格の名前はアインで決定しようか。それでそのアインだけど、愛くんの身体を少しずつ改変してたんだよ」

 二亜が早速決まった名前を使って話を続ける。順応性が高いな。

 

「それは、始原の精霊の力に適合する肉体へ変えていた。その認識で合ってるかい?」

「理解力高いね、れーにゃん。その通りだよ。

 アインは自分の力を受け入れる『器』として、愛くんの身体を育てていた。いずれ自分がその身体を乗っ取るために」

 二亜は恐ろしい内容を語る。嫌な想像に背筋が凍り付く。

 

「それじゃあ、愛くんはどうなるの?」

「近いうちにアインが取って代わるだろうね。愛くんという存在を丸ごと消し去って」

「そんな……」

 折紙が崩れ落ちる。愛の絶望的な運命を知って。

 

「なんで、なんで愛くんがそんなことになってるの?

 ただの男の子だよ。ちょっと変わってるだけで、家族思いの優しい子だよ。

 なんで、そんな……」

 折紙が愛の行く末に涙を流している。令音さんに抱かれながら。

 

「順番がおかしくない?」

 今度は琴里がつぶやいた。

「どういうことだ、琴里?」

「アインは鳶一愛の身体を乗っ取るために変えている最中なんでしょ。だったらなんで今表に出てきているのよ」

 言われてみればそうだ。それじゃあ順番が逆転している。

 

「妹ちゃん正にそこだよ。だからこそ最悪じゃなくて最悪の一歩手前なんだぜ」

 二亜が意味ありげに琴里の方を指さす。

 

「確かにアインは今表に出てきてる。でも、それは完全なものじゃない。愛くんが主導権を投げ出してるから一時的に出てこれてるんだ」

「主導権を……。そうか、愛に前の世界の記憶が戻ってるんだな」

 愛は前の世界で絶望して身体を明け渡していた。その記憶が戻ったとしたら。

 

「少年もいいとこ突くじゃん」

「何?全くわからないんだけど」

 俺の言葉を肯定する二亜と反対に困惑する琴里。そういえば、ここまで前の世界の話をしてないのか。

 

「わたくしたちのいるこの世界は刻々帝(ザフキエル)によって歴史を変えた世界です。そして、前の世界の記憶を愛さんは思い出している。そういうことですわ」

 今度は狂三が前に出て説明する。この話については狂三が最適だろう。

 

「そんなことが?でも確かに刻々帝(ザフキエル)なら」

 琴里がぶつぶつと呟いている。流石の琴里もスッと受け入れられる内容ではないらしい。

 

「前の世界で紡いだ歴史が、紡いだ絆がありますわ。しかし、それを語るには時間があまりにも足りません」

 狂三は演劇の女優のように情感たっぷりに台詞を発する。どこかに台本でもあるかのように。

 

「先ほども申し上げましたが、事態は一刻を争います。なので、手っ取り早く参りましょう。おいでなさい、刻々帝(ザフキエル)

 狂三が大きく叫びをあげて天使を顕現させる。時間と闇を操る機械仕掛けの大時計、刻々帝(ザフキエル)を。

「【十の弾(ユッド)】」

 刻々帝(ザフキエル)の短針が文字盤の十を指し示す。同時に狂三の持つ銃に闇のような力が吸い込まれた。

 

「琴里さん、折紙さん、この弾にはわたくしの記憶をあなたたちに見せる能力があります。どうか、この弾丸を無防備で受けてくださいませんか?」

 狂三が琴里と折紙に銃口を向ける。当然二人は警戒する。

 ここにいる二人とも精霊だ。そのまま撃つだけじゃ避けられるかもしれない。

 だから狂三は受けてくれとお願いしている。

 

「害はないのよね?」

「誓って。今回お二人に危害を加えることは致しません」

 狂三は自分の胸に手を当てて答える。その瞳に迷いはない。

 

「いいわ、受けてあげる」

 琴里が真っすぐ狂三の目を見て答える。その答えに狂三は微笑んだ。

「琴里さん、わかってるんですか?相手は最悪の精霊、《ナイトメア》ですよ?」

 折紙が琴里の行動を引き留める。そりゃ、当然のことかもな。

 狂三は様々な悪逆非道を行ってきた。言葉を繕わずに行ってしまえば大罪人だ。

 

「確かに危険な行為かもしれないわね」

「だったら――」

「でも、最悪の精霊を信じるようなお花畑脳じゃないと、世界を救うなんて妄言吐けないのよ」

 琴里は折紙に向けて笑ってみせた。その笑顔は大胆不敵で頼もしい。

 

「私もお願いします」

 折紙が震えながら琴里の横に立つ。

 

「無理しなくていいのよ」

「無理なんてしてません。私も愛くんに生きて欲しいんです。そのためなら弾丸の一発や二発、受けてみせます」

 琴里の気遣いを拒否して折紙は銃口に身を差し出した。目を閉じて大の字に構えている。

 

「それではお二人とも、覚悟はいいですね?」

 狂三は二人に一発ずつ撃ち込んだ。

 

♦♦♦

 

「大丈夫か、二人とも?」

 二人とも頭を抱えて中々立ち上がらない。もしかして、何か悪い影響でもあったんじゃ?

 

「問題ない、士道」

 先に立ち上がったのは折紙の方だった。

 そして、その口調に驚く。抑揚がかなり抑えられているし、呼び方が戻っている。

 

「折紙、記憶が……」

「心配をかけた。もう大丈夫」

 髪はまだ長いまま。それに表情もどこか柔らかい。

 しかし、それは完全に前の世界の折紙だった。己を律し、冷静に判断を下すあの折紙だ。

 

「安心して、士道。あなたの恋人は帰ってきた」

 そのままナチュラルに俺に抱きつく。そして胸元をぴっちりとくっつける。

「ああ、わかった。お前の記憶が戻ったのはわかったから。だから離れてくれ!」

 棒立ちしているとそのまま捕食されてしまいそうな危機感。間違いなく折紙だ。

 

「ちょっと、士道から離れなさい折紙。全く、油断の隙も無いんだから」

 琴里が慣れた手つきで折紙を引きはがす。

 

「琴里、お前も……」

「……どうして忘れてたのかしらね。あんな問題児のことを」

 琴里も頭を押さえて記憶を掘り返している。同じように前の世界の記憶を取り戻したようだ。

 

「さてお二人とも、状況は理解できましたわね。では、どうすればいいかもおわかりでしょうか?」

 狂三は挑発的に問いかける。

「愛は自分の父親を殺してしまったことに絶望しているのよね?その絶望で身体をアインに明け渡してしまった」

 琴里が状況を整理する。アインが出てくるに至ってしまった経緯を。

 

「だったら、愛を絶望から立ち直らせる。それしか方法はない」

 折紙が単純な答えを出す。

 あらゆる手段は出しつくした。歴史を変えても、結局どうにもならなかった。

 強引だろうが何だろうが、もうこれしかないんだ。

 

「俺たちの手で、愛を取り戻すぞ」

 みんなの前で力強く宣言する。

 

「士道、少しは頼もしくなったじゃない」

 琴里はホルダーからチュッパチャプスを取り出し、口にくわえた。

「さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 最強の精霊を前に全員が手を取り合った。




ほとんど解説会です。そろそろキャラも読者の方も整理する機会が必要だと思いまして。そもそも、折紙編は情報量が多すぎます。誰がこんなことにしたんだか?

さて今回の裏話は二亜について。
当然世界が変わったことで二亜は再びDEMの中。しかし、場所を知ってる狂三は即座に開放。そして、一緒に狂三と行動しているというわけです。

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