起き上がるとそこは知らない部屋だった。ベッド、机、ソファ、観葉植物等々。
適度に生活しやすいよう整えられた部屋だ。でも窓がないから普通の家じゃないとわかる。
家を模した保護監視を目的とした空間。
原作で出てきたフラクシナスの部屋だろう。どうせこっちのことをカメラで見張っている。
「原作?」
原作って何だっけ?あんまりにもスッと出てきたけど、そんな言葉使ってたっけ?
よくわからない。頭がぐちゃぐちゃする。
頭の中をミキサーにかけられたみたいだ。記憶が落ち着かない。
「僕は鳶一愛。中学二……年生」
当たり前のことを確認しようとして、それすら口が止まってしまった。これじゃまるで自分が学校に通ってない不良みたいじゃないか。
まずは当たり前のことを思い出してみよう。一番身近な人のことを。
「僕は七罪の……恋人?」
どうしてだ?どうして家族のお姉ちゃんや令音さんよりも先に別の人の名前が出てくるんだ。
そもそも七罪って誰だ?僕に恋人なんていたか?
「転生者で……始原の精霊」
どんどん口が勝手に動く。知らないはずのことがすらすらと出てくる。
「この世界に、デート・ア・ライブに紛れた――」
自分の記憶と矛盾している。それなのに受け入れてしまっている。
「異物」
その言葉と同時に扉が開く。この感覚、二度目だ。
ああ、全部思い出した。どうして忘れていたんだろう、こんな大事なことを。
僕は鳶一愛。原作にいない異物だ。
この世界の、デート・ア・ライブの記憶を持った転生者。
今までの記憶が蘇る。七罪と出会い、一緒に遊んだ記憶。アメリカに渡り、
日本に戻り精霊攻略を手伝った記憶。お姉ちゃんと仲直りして、もう一度捨てた記憶。
心配する七罪を振り払って閉じた記憶。過去に戻ってお父さんを殺した記憶。
「そうか、混ざったのか」
前世の知識を使って、七罪やお姉ちゃんの人生をかき乱した前の世界の自分。
そんなこともつゆ知らず、平和ボケしていたこの世界の自分。
それらが混ざり合い、一つになった。それが今の僕だ。
「どっちにしろ、価値なんてないけど」
今までの記憶を振り返る。いろいろと頑張って来たけど、成功と言えるものは――ない。
できたつもりになって自分を騙していただけだ。頬を涙が撫でた。
七罪を幸せにしようと
その結果、七罪に鍵をかけて動かない人形にした。自分に命を預けた恋人を、不意打ちで裏切った。
お姉ちゃんの、鳶一折紙の人生が少しでもいいものになるように願った。非道な運命を捻じ曲げようとした。
そして、一度は死にかけた。一度救い上げて、自分の手で絶望を叩きつけた。
二人の人生をただかき乱しただけだ。下手すると原作以上に不幸になった。
結局、自分が幸せになりたかっただけなんだ。その欲望が醜すぎて直視できないから、二人の幸せっていう言い訳で飾ったんだ。
だから誰も幸せになれない。僕自身ですらも。
「ははは、お笑いだね」
乾いた笑いが出てくる。やること為すこと全部裏目に出る。
全身から力が抜けて、腕をだらりと下げる。もう立ち上がれない。
ただ愛情が欲しかった。少しでいいから、受け入れてくれる人が欲しかった。
そのためなら。命なんて惜しくないと心から思った。化け物が受け入れてもらうために、相応しい代価だと自惚れた。
でも、所詮僕は化け物なんだ。人と似たような形をしているだけで、人と分かり合えない化け物なんだ。
初めから自分の身を弁えていればよかった。分不相応な願いなんて持たなければよかった。
希望を持つから絶望を知ることになる。自分に何かできると思ったことこそ愚かだった。
「本当にもうどうでもいい」
もう消え去りたい。初めからいなかったことになりたい。
身体を折り曲げて赤子のように丸くなる。
『その願い、叶えてあげるよ』
耳元であいつが囁いた。自分の中にいる化け物が。
こいつに身体を渡しちゃいけないと思っていた気がする。こいつを世に出しちゃいけないと思っていた気がする。
でも、もうどうでもいい。また、泥のように眠りたい。
それじゃダメなのはわかってる。でも、もう疲れたんだ。
『おやすみ、器』
再び僕は意識の底に沈んだ。
♦♦♦
愛を救い出す覚悟を決めた私たちは、一晩中士道の家で必死に作戦を練っていた。お宝の宝庫だけれど、流石に今はそんな場合じゃない。
夜通し作戦を練り、ようやく活路を導き出すことができた。
「やはり狂三の策が一番効果的。というよりは、これしか勝ちの目がない」
そもそも愛は身体を明け渡している。心の奥に沈んでいる愛に声を届けるところから始めないといけない。
方法はこれしかない。そう思えるくらいに、狂三の策は愛の性格を捉えていた。
「愛さんを呼び戻すのですもの。冥界へと進んでいる足を止めてでも食いつくようなものでないと」
狂三はくすくすと笑っている。酷い言い分だけれど、間違っていない。
「それやるの?下手すると世界が滅びるわよ。正直、やりたくないんだけど」
琴里が渋い顔をしている。気持ちはわからないでもないけど、仕方がない。
「どっちみちアインを押さえないといずれ世界は滅びる。その策を実行して欲しい」
「そこまでおっしゃるのであれば、やらないわけにはいかないじゃないですか。ねえ、琴里さん?」
狂三は楽しそうに琴里の方を見る。琴里は五秒ほど沈黙を貫く。
「はぁ、わかったわよ。準備はしておくわ」
琴里が嫌そうな顔で作戦を了承する。これで決行可能。
「それじゃあ、ちょっと休んでからにしましょうか。準備に時間もかかりそうだし」
琴里が伸びをしてたまった疲れをアピールする。私も少し眠気を感じている。
「それではまた昼頃に――」
解散を宣言しようとしたとき、琴里の携帯が鳴った。明らかに異常を
「はい、わたしよ。何があったの?…………愛が逃げたですって⁉」
通信していた琴里が声を上げる。その声に全員が振り返る。
「足取りは?……わかったわ、あなたたちはそのまま観察を続けなさい。私が指示するまで一切手を出しちゃダメよ」
琴里が通信を切ってため息を吐く。そして、こちらを見て一言。
「聞いての通りよ。愛が逃げたわ」
眉間に皺をよせ、事態の悪化を明らかにした。
「愛の様子は?」
「完全に精霊化しているわ。おそらく、アインの方が出てきている」
琴里は私の意図を察して答える。その答えは最悪のもの。
全員に嫌な緊張が走る。
「そうですか。流石に丸一日は持って欲しかったのですけど」
狂三が歯噛みをしながら愚痴をこぼす。
「しゃーないよ、くるみん。もともと愛くんは絶望してたんだから、時間稼ぎができただけでじゅーぶん」
本条二亜が狂三の肩を叩いて元気づける。しかし、全員の顔は暗いまま。
「愛はどこへ向かっているんだい?」
令音さんが疑問を投げかける。脅威もないのに逃げたということは、何か目的があるということ。
今までの行動を考えるとその目的地は――
「ここよ」
琴里は人差し指を地面に向ける。全員の視線が私のもとに集まる。
「オリリンはまだ精霊になってから日が浅いんでしょ?うまく霊力を隠してるみたいだけど、わかる人にはわかっちゃうんだよね」
本条二亜が
数日前にこの力を手に入れて以来、自己流で何とか抑え込んでいたけれどやはり不十分だった。ASTを早々には辞める決意をしたのは正解だったみたい。
「アインはそれが感知できるんでしょうね。フラクシナスからここまで真っすぐ向かってる。このままだと十分後には到着するわ」
琴里がリミットを告げる。とにかく時間がない。
「やはりアインは私を求めている」
「アインの執着が君に向いていることは間違いない。その感情の強さだけは愛と大差ないだろう」
令音さんの考えには同意できる。あまり嬉しくはないけれど。
「だからこそ、作戦には都合がいい」
制御不能な化け物を確実におびき寄せられる餌がある。こんなにわかりやすいアドバンテージはない。
「狂三、すぐに準備を」
「わかりましたわ。琴里さん、この近くで都合のいい場所はございますか?」
「――精霊マンションの屋上ね。みんなはフラクシナスへ避難させるわ」
各々が持ち場につき、準備をする。これが最後の大勝負になる。
「見せて差し上げますわ、わたくしのやり方というものを」
狂三は両腕に銃を構えて笑う。その顔は大胆不敵で、非常に彼女らしいものだった。
♦♦♦
ずっと暗闇の中にいた。見せつけられる幸せそうな風景を見て、ずっと羨ましそうだった。
優しく笑いかけて大事にしてくれるお姉ちゃん。ちょっと素直じゃないけど、いつも大好きって感情をくれる七罪。
ずっと二人のことを見てきた。それなのに、話すことも触れることもできなかった。
どれだけ焦がれたか。どれだけもどかしかったか。
ずっと
そんな空しい日々ももう終わり。これからは毎日本物のお姉ちゃんを抱きしめられる。
お姉ちゃんの霊波はこっちから感じる。かなり薄いけど、
「ちょっと移動したね」
さっきまではこの家の中にいた。でも今はその気配が少し薄くなってる。
隣のマンションか。そういえば、七罪と過ごしたマンションだね。
部屋はなくなっちゃったんだけど。まあ、思い出は一から作り直せばいいか。
軽くジャンプして背の高いマンションの屋上へ登っていく。
ここで七罪と恋人になったんだっけ。懐かしいな。
「ん?」
屋上まで近づいて、変な気配が混じってることに気づく。これってあいつの霊力だよね?
屋上に着地して状況を確認する。そして、血が沸騰するような怒りが漏れ出した。
「ねえ、何してるのかな時崎狂三?」
そこにいたのはお姉ちゃんと時崎狂三。時崎狂三はいつかと同じようにお姉ちゃんに銃を突きつけていた。
お姉ちゃんが苦しそうな顔をしている。どうしてそうなったかわからないけど、狂三に捕まっちゃったみたい。
「きひひひ、ご機嫌いかがでしょうかアインさん?」
狂三はイラつく笑顔で雁首揃えて立っていた。吹けば飛ぶような
「アイン?何それ、私の名前?」
「ええ、ええ。あなたもあの方も愛さんでは区別がつかないではありませんか」
勝手に名前をつけたみたい。変な名前をつけないで欲しいけど、そんなのはこいつを殺してから考えたらいいや。
「好きにすればいいよ。大事なのは、どうしてお姉ちゃんに銃を向けてるかだよ」
お姉ちゃんに銃を向ける。そんなのは絶対許されない罪だ。そんなことする奴はすぐに死刑だよ。
「いえいえ、幸運にも折紙さんを捕まえられたもので。こうして利用させていただいたのですわ。あなたを食べるために」
狂三は果てしなく馬鹿なことを言う。そんなもの二重の意味で叶わないのに。
「時崎狂三、死にたいのなら素直にそう言ってよ。いつでも好きな方法で殺してあげるから。
焼け死にたい?窒息したい?氷漬けになりたい?それとも光に焼かれて塵一つ残さず消えたい?」
こいつはもう絶対に殺す。それはもう今決めた。
崇宮澪よりイライラするなんて。君は意外性ナンバーワンの精霊だね、時崎狂三。
「できるのですか?折紙さんはこうして指をほんの少し動かすだけで死んでしまいますの――」
もういい加減限界だ。
言っている途中で時崎狂三の首は宙を舞った。私が天使を
崩れ落ちる死体からお姉ちゃんの身体を取り戻す。見下ろすと時崎狂三の死体から血だまりができていた。
「時崎狂三。君はギロチンの上で喋ってたんだよ」
時崎狂三の死体を見て呆れる。もう少し頭のいい女だと思ってたのに。
改めてお姉ちゃんの状態を確認する。よかった、ちょっと汚れてるけど全くの無傷だね。
「そうですわね。二段階で構えていてよかったですわ」
ぎょっとして背後を振り返る。そこには時崎狂三が立っていた。
「ああ、今私が殺したのは分身体か。本体と大差なくてわからなかったよ」
改めて足元に転がった死体を調べる。うん、分身体だね。
そして今目の前にいるのも分身体か。本当に面倒なやつだね。
「まあ、そんなの寿命がほんの少し伸びただけだよ」
どこに本体がいようが、
「ええ、ええ。あなたは始原の精霊ですもの。無策でこの身を晒したりしませんわ」
背後からタブレットみたいなものを取り出す。それが秘策だとでも言いたげに。
「は?」
画面の向こうには時崎狂三がいる。わからないけど、多分本体だろう。
そして、時崎狂三と一緒に大事な大事な人の顔が映っていた。
「なつ……み?」
そこにはさっきお姉ちゃんと同じように七罪が拘束されていた。小さな体躯をぎちぎちに縛られて、身動きが取れない状況にされている。
「時崎狂三!お前いつの間に」
「さていつでしょう?しばらく見ない間に捕まえていたのかもしれません」
分身体はいやらしく笑う。ここまで含めて作戦だとでも言いたげに。
思ったより厄介な女だな、時崎狂三。タブレット越しじゃ七罪が本物かどうか判別できない。
「お姉ちゃんどころか七罪まで手にかけるだなんて」
アレはそもそも本物か?こっそりと分身体の情報を調べてみる。
あの女、今ここにいる分身体にさえ真偽を伝えてないのか⁉どうかしてるぞ。
『きひひひ、こちらの七罪さんはとても簡単に捕まえられましたわ。覚悟も経験もなくした七罪さんなど、恐るるに足りませんもの』
ちっ、完全に予想外だった。七罪を捕まえて人質にするなんて。思いついても普通やる?
『天使を捨ててくださいまし。さもなくば、七罪さんの命はありませんよ?』
画面の向こうの狂三は笑いながら七罪の首筋を撫でる。これからかぶりつく吸血鬼のように。
そして他の手段も封じられた。
はあ、ダメだね。
この状況から七罪を救い出すのは無理。時崎狂三も頭がおかしくなっちゃってるみたいだし。
後で
ごめんね、七罪。ちょっと痛いだろうけど我慢してね。
『そのまま大人しく自らの心臓を抉り取ってくださいまし』
そう思ったら少し冷静になってきた。ピエロのショーみたいな気分で見ることができる。
画面の向こうの狂三は胸の前で握りつぶすようなモーションを取る。そうやって死ねと?
「そんなに私の力が欲しいの?」
文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。こんな愚かな茶番につき合わせた馬鹿に。
こいつは一旦殺す。七罪を助けるのはその後だ。
『ええもちろん。始原の精霊の力を得られるなら、この程度の橋はわたってみせましょう』
狂三は叶わない夢のために覚悟を決めている。その先に道なんて存在しないのに。
『いずれは全ての精霊の力をこの身に集め、崇宮澪を殺してみせますわ。士道さんも、愛さんも、折紙さんも、七罪さんも余すことなく食らいつくして』
狂三は高らかに笑い、幻想を語る。あまりに滑稽で笑っちゃうよ。
怒りも一周すると逆に落ち着いてくるんだね。いい勉強になったよ。
「もう遺言は済んだでしょ?死んでよ、時崎くっ――」
天使を振るおうとしたら、心臓が跳ねた。これは、まさか?
♦♦♦
暗い闇の中で、目と耳を塞いでうずくまっていた。かすかに見える外の景色から自分を遠ざけるように。
もう全部諦めたんだ。これ以上、この世界に干渉する気はないんだ。
ここにいるのは鳶一愛の残滓。もうじき消え去る、砂埃みたいな存在。
最後の時くらい安らかに。そう思っていた。
『いえいえ、幸運にも折紙さんを捕まえられたもので。こうして利用させていただいたのですわ。あなたを食べるために』
また狂三がお姉ちゃんに手を出した?助けに――行っちゃダメだ。
僕はもう関わらないって決めたんだ。ここでまた目を閉じるべきなんだ。
ほんの少し。ほんの一瞬外の景色を垣間見る。
『できるのですか?折紙さんはこうして指をほんの少し動かすだけで死んでしまいますの――』
狂三の首が飛ぶ。勝負は一瞬であまりにもあっけなかった。
そうだよね。あいつなら一瞬で終わらせてしまうよね。
僕がやるよりことが上手く運ぶ。やっぱり僕が動く必要なんてない。
再びうずくまり、顔を伏せる。このままここで――
『きひひひ、こちらの七罪さんはとても簡単に捕まえられましたわ。覚悟も経験もなくした七罪さんなど、恐るるに足りませんもの』
その言葉を聞き逃すことができなかった。塞いだ耳に届いてしまった。
幽霊のようにふらふらと立ち上がる。どこにも立ち上がる気力なんて残ってないと思っていたのに。
どうしてなんだろう?また拾いなおそうとしているなんて。
諦めたのに、なんでまたしがみつこうとしてるんだか。
『きひひひひ、天使を捨ててください。さもなくば、七罪さんの命はありませんよ?』
外の景色を見る。そこには確かに捕らえられた七罪がいた。その姿が淀んだ視界に映り込む。
僕はなぜこんなところでぼーっとしてるんだろう?縄で縛られて、苦しそうにしているのに。
『いずれは全ての精霊の力をこの身に集め、崇宮澪を殺してみせますわ。士道さんも、愛さんも、折紙さんも、七罪さんも余すことなく食らいつくして』
狂三の言葉が嫌にはっきりと聞こえる。もう何も聞かないと思っていたのに。
狂三に食べられる七罪。その光景はぼーっと見ている自分が許せなかった。
頭が良くて、真面目で、努力家で。でも寂しがりやで、臆病で、どこか慢心していて。
あの子が大好きなんだ。幸せになってほしいんだ。
「認められるか」
僕がどうなろうとどうでもいい。明日この世界からいなくなっていても、そういう運命だったと受け入れられる。
でも七罪はダメだ。
どうあろうと幸せになってくれないとダメなんだ。それだけは譲れないんだ。
だから、狂三。お前がその邪魔をするというなら。
「殺してやる、時崎狂三」
暗い、昏い感情が死体のようだった身体を突き動かす。
ああ知ってるよ。
僕はきれいな感情じゃ動けない。醜い欲望だけが僕を歩かせるんだ。
僕は自分の意思で闇から抜け出した。
内心冷や汗だらだらの狂三。マジでよく頑張りました。
今回の裏話は折紙がこっちの世界でも精霊化してる理由について。
当然やったのは令音です。士道から折紙が精霊になっていたことを聞きましたから。いろいろな事情を考慮して精霊にしたわけです。
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