長く忙しない日々が終わり、やっと家族の時間が戻ってきた。
そして今日は十一月十一日。みんなでお祝いすべき大事な日だ。
「お誕生日おめでとう、お姉ちゃん」
「おめでとう、折紙」
令音さんと二人でお祝いする。令音さんと二人で相談した本格仕様の誕生日ケーキが中央に鎮座する。
他にも二人で用意した料理が並んでいる。少し張り切り過ぎたかな?
「ありがとう、二人とも」
お姉ちゃんが長い髪を揺らして微笑む。その優しい顔はどちらのお姉ちゃんにも見える。
「昨日の今日なのに、二人には無理をさせてしまった」
僕が暴走してたの昨日だからね。まあ、お姉ちゃんの誕生日お祝いしないわけにはいかないから。
「大丈夫だよ。もともと準備は済ませてたし」
「食事が全て既製品になってしまったのは少し残念だけどね」
本当はいろいろ作るつもりだったのに。そんな余裕なくなっちゃったからね。
「問題ない。お祝いしてくれただけで十分」
お姉ちゃんは首を横に振る。やっぱり優しいんだよね。
「折紙、これは私からだ」
令音さんが白地に青のリボンが結ばれた化粧箱を取り出す。お姉ちゃんの髪色と瞳の色に合わせてある。
「令音さん、開けても?」
「ああ、確認してくれ」
リボンをほどいて中を開ける。そこには白に金の刺繍が入った財布が鎮座していた。
「令音さん、これ高かったんじゃない?」
よく見ると見覚えのあるエンブレムがついている。ブランドものじゃないかな?
「なに、これから一人前のレディになるんだ。身の回りの品も相応のものにするべきだ」
なんかかっこいい。大人の余裕を感じさせる。
「令音さん、ありがとう」
「ああ、気に入ってもらえたようでよかったよ」
令音さんはお姉ちゃんの笑顔を見て微笑んだ。
「僕からはこれかな」
令音さんと違って包装をしてもらうような気遣いはできない。用意したのこっちの僕だし。
「これはペンダント?」
お姉ちゃんは箱を開けて中身を取り出す。金色のチェーンの先には太陽と月が象られた卵状の装飾がついている。
「それ、ロケットだよ。中に写真が入れられるようになってるんだ」
お姉ちゃんが留め金を外すと、中には写真を入れられるガラスが入っている。
「これならお気に入りの写真を入れられるよ」
「ありがとう、大切にする」
お姉ちゃんはロケットを胸の前で抱きしめる。そんなに大事そうにされるとちょっと照れ臭い。
「今度、ここに入れる写真を撮りたい」
お姉ちゃんは僕と令音さんに同意を求める。僕たちとの写真をそこに入れるってこと?
「士道さんじゃなくていいの?」
てっきりそういう用途で使うものかと思ってたんだけど。
「士道も含めて家族で一緒に撮りたい」
「そっか……」
嬉しいな。士道さんと並べて考えてもらってることが。
ナチュラルに士道さんを家族認定していることはもう気にしない。あのお姉ちゃんだし。
「それじゃあ、また今度撮ろうか」
琴里を説得すれば、簡単に簡単にカメラも用意できるだろう。未来の性能を先取りしたものを。
「まだ少し時期が早い。準備ができたら撮ることにする」
「早いって?イルミネーションでも背景にするの?」
確かに十一月よりは十二月の方が映えるだろうけど。ロケットの小さい写真だよ?
「どうせなら五人全員揃った方がいい」
「五人って、まさか?」
家族という枠組みで出てくる人間。そんなの一人しか思いつかない。
「今回の事件でよくわかった。あなたには七罪が必要」
「お姉ちゃん……」
七罪のことそんな風に考えてくれてたんだ。家族に認められてうれしくなる。
「ふむ、空き部屋はあるし一人増えるくらいは構わないよ」
令音さんがあっさりと七罪が住むことを認める。この人、度量深すぎない?
「令音さん、そんな簡単に認めていいの?」
「別に構わないさ。君のような聞かん坊が認める相手だ。私が課すより遥かに厳しい試験を潜り抜けている」
いや、嬉しんだけど複雑な気分。
それ僕が面倒くさい人間だって言ってるようなものだよね?事実だけど。
「厳しいなんて言葉では生温い。七罪以外に合格できる人間が存在するか怪しい」
「お姉ちゃん⁉」
令音さんよりも酷いこと言われた。そこまで言うことある?
「ふふふ、決まりのようだね。君たちと同じように家事をしてくれたらそれでいいさ」
珍しく令音さんが満面の笑みになっている。この人本当に甘いんだから。
「というか、どうして三人暮らしのアパートに空き部屋があるの?」
普通に考えたら借りてる家に余りの部屋なんてないでしょ。令音さんの仕事部屋ってわけでもないし。
「四人で暮らすことを夢見ていたんだよ。そんな日はもう来ないと思うけどね」
令音さんがどこか遠くを見据える。その瞳には海でも映っているんだろうか?
崇宮真士を蘇らせるには、士道と十人の精霊を捧げないといけない。当然、七罪とお姉ちゃんもそこに含まれる。
令音さんはどっちかしか取れないんだ。僕たちか、崇宮真士か。
「大丈夫だよ、令音さん」
「愛?」
そんなの面白くないじゃないか。これだけしてもらって、令音さんと敵対するのが結末だなんて。
「始原の精霊が二人もいるんだよ。答えは一つじゃないって」
具体的な策はない。候補案すら出てこない。
でもやれる気がする。未来は希望に満ちているから。
「一緒に頑張ろう。家族みんなで」
「そうだね」
令音さんは夢見がちな子供を見るような困った顔で頷く。しかし、その顔はどこか嬉しそうでもあった。
♦♦♦
天宮市から遠く離れた空の上。魔女箒のような姿をした相棒に乗りながら、街を見下ろしていたわ。
風が吹きすさび、艶やかな翡翠の髪を舞い上げる。あんまり近づきたくないけど、もうちょっと場所は選んだ方が良かったかしら?
天宮市。ここに来ると毎回胸がざわつくから、近づかないようにしてた。
自分でも何言ってるかわからないけど、下手なリスクは取らないに限るわ。どうせ街一つ入れなくなるだけだし。
ただ、今回のことを考えると正解だったみたいね。
なんで五駅離れた街にいて霊力を感じ取れるのよ。頭おかしいんじゃないの?
「どうしたものかしら?」
流石に調べた方がいい?この国遊びやすいから滅んでもらっても困るし。
かといって情報を調べる手段もないのよね。関係者に近づくくらいしか。
「まあ、いざとなったら逃げたらいいでしょ」
汗臭く戦うのなんて面倒だから大嫌い。私が変身して紛れ込めば、バレることなんてまずないでしょう。
ヤバいと思ったらすぐに逃げればいい。それくらいの余裕はあるはずよ。
♦♦♦
骨組みがむき出しになっている鉄筋コンクリート。解体する余力もなく放置された倉庫は、野良猫のたまり場となっている。
前の世界で一時期滞在していた隠れ家。そこで私は待ち合わせをしていた。
「いらっしゃいましたね、折紙さん」
影が飛び上がり、人の形を成す。
血のような深紅のドレス。刻々と時を刻む金色の右目。
二つに括られた真っ黒な髪。そして令嬢のようなお淑やかな口元。
今回の功労者、時崎狂三が現れた。
「例のものは持って来て頂けたでしょうか?」
「ここに」
肩に下げた手提げかばんを見せる。その中に狂三の要求したものを入れている。
「狂三、今回のことは感謝している。あなたには是非お礼をしたいという気持ちもある」
今回、特に頑張ってくれたのは狂三と令音さん。この二人がいなければ、愛が戻って来ることは決してなかった。
「ただ、どうしてこれを欲しがるの?」
手提げかばんから一冊の手帳を取り出す。大事に保管していたけど、少し色あせてしまった花柄の手帳。
お母さんの遺品。生前の日々が記された日記。
「折紙さん。愛さんが生まれる少し前、胎児の際に始原の精霊になったことはもうお話ししましたね」
「それは私も知っている。一度調べたことがある」
前の世界でお母さんを担当した産科医の先生へ会いに行った。そこで愛が胎児のとき、精霊になったであろうことを確認した。
「でもこの手帳から、詳しいことはわからなかった」
調査はそこで止まってしまった。十四年も前のことだけあって、それ以上詳しく調べることは困難だった。
「ええ、そうでしょう。時間は物を風化させ、人の記憶を薄れさせますもの。
大昔のことを調べるのは難しいことですわ。過去を直接覗き込みでもしない限り」
狂三が意味深に笑みを深める。月に照らされたその顔は、確証を持っていた。
「あなたの能力なら、過去に何があったか調べられる?」
「おそらく」
以前も同じことを考えた。狂三の能力なら、十四年前何があったのか調べられるのではないかと。
「崇宮澪は愛さんの出生に関わる内容を秘密にしております。それに関しては二亜さんも調べることができなかったのです」
そういえば本条二亜も同じようなことを言っていた。妨害されていると。
「しかし、崇宮澪でもこんな落とし穴があるとは想像していないかもしれません」
確かにこれの存在を知っているのは私と愛と七罪だけ。これは令音さんにすら話していない。
「おいでなさい、
狂三の背後に機械仕掛けの大時計が顕現する。空間に溶け込むように存在するそれは、時間に干渉する天使。
「【
文字盤の『Ⅹ』から狂三の十へ力が吸い込まれ、装填される。以前見たのと同じように。
「折紙さんには一度お見せしましたね。これは人や物の記憶を伝える弾ですわ」
以前私と琴里に、前の世界の記憶を戻すため使用した能力。
令音さんもこのことに関しては妙に口を紡ぐ。十四年前に何かあったのは間違いない。
「わかった、試してみて」
「ありがとうございます、折紙さん」
私自身も気になっている。どうして始原の精霊を召喚したのか?
愛の話だと、令音さんがいないと始原の精霊は召喚できない。でも令音さんが始原の精霊を召喚するなんて、意味がわからない。
世界最強の存在なのに、わざわざ障害となり得る敵を召喚するだなんて不合理。
それに、最初の始原の精霊が、令音さんが生まれたのは三十年前。十六年も経って実行する意味がわからない。
他にもいろいろと疑問はある。それが過去を見ればすべてわかる。
狂三がお母さんの日記を耳に当てる。そして日記越しにこめかみに銃口を当て、引き金を引いた。
「え?」
狂三がばさりと日記を落とす。その横に狂三の銃も転がる。
その雑な扱いに少し怒りを感じる。
「これはお母さんの遺品もっと大事に――」
狂三の顔を見て声を失った。あの狂三が目を見開いて震えていたから。
「そんな、そんなことが……」
まるで幽霊でも、いやそれ以上に信じられないものでも見たかのような顔をしている。
「どうしたの、狂三?」
そのあまりの豹変ぶりに思わず声をかける。狂三は一体何を見たというの?
「折紙さん、失礼しました。わたくし、今すぐにいかなければいけない場所ができましたの。これにて失礼させていただきます」
狂三は頭を下げて即座に背を向ける。
「あっ」
狂三は止める間もなく倉庫を後にした。あの狂三があんなに慌てるだなんて。
のちに私はこの出来事が大きな歴史の分岐点だと知ることになる。
この出来事が狂三の、愛の、令音さんの運命を大きく変えた。この出来事がなかったら、私の人生は寂しいものになっていた。
しかし、この時点の私はまだそれを知らない。
みなさん、長い連続投稿にお付き合いいただきありがとうございました。これにて折紙編は終幕です。
ここから愛くんの物語は結末へ向かって進み始めます。番外編の後は第三部一章、七罪編です。少々お待ちください。
今回の裏話は狂三について。
最初から話していましたが、狂三がいないとこの作品は始まりません。その意味が皆さんはわかるでしょうか?
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