机の上にはシュークリームが積み上げられている。まるで十五夜のお団子のように。
無論プチシューと言われる五百円玉サイズではない。一つ一つが拳くらいの大きさだ。
我が家には令音さんと僕という大の甘党が二人いる。必然的にちょこちょこお茶会が開かれるのだ。
「やっぱりプロのパティシエールが作るものは違うよね。家で作ってもこのザクザク感はなかなか出せない」
かぶりつくとクッキーシューの下からクリームがあふれ出る。シュークリームはカスタードと生クリームが混ざった、このクリームがいいんだよね。
「少々値段が上がってしまったのが残念だが、それでも十分に買う価値がある」
令音さんがスナック感覚でシュークリームを消していく。両手に持つとか大口を開けるとか下品なことはしていないのに、なんでその速度で食べられるんだ?
「お姉ちゃんの分はちゃんと残しておいてね」
「無論だとも。二個あれば十分かな?」
令音さんが残り少ないシュークリームを見ながら呟く。
「……まあ、十分だね」
お姉ちゃんは令音さんや僕みたいに大の甘党じゃない。二個もあれば十分だと思う。
ただ、一人で十個以上食べちゃうのか。令音さんのお金だし文句はないんだけど。
「ん?どうしたんだい、愛?」
「いや、別に」
カロリーはどこに消えてるんだろう?令音さんのきゅっとしまったお腹を見ながら考えた。
「令音さん、愛くん、助けて~!」
和やかなおやつの時間を楽しんでいると、お姉ちゃんがダイニングに入ってきた。長い髪をなびかせながら半泣きになっている。
「どうしたんだい、折紙?」
令音さんが砂糖の浮かぶコーヒーを口にしながらお姉ちゃんに問いかける。そのコーヒーで口直しできるの?
「聞いてよ令音さん。五河くんとのデートで”私”がとんでもないこと考えているの」
「うん?」
お姉ちゃんは必死な顔で令音さんに訴えている。しかし、令音さんの頭には疑問符が浮かんでいる。
「えっと、お姉ちゃんは士道さんとデートに行く約束をしてるんだよね?」
「そうだよ」
お姉ちゃんは精霊になったけど未だ封印されていない。そこで士道さんからデートのお誘いがあった。
前のデートは最後の最後で僕が台無しにしてしまったから、そのやり直しというわけだ。
考えるまでもなく琴里や士道はお姉ちゃんを封印する気だろう。そしてお姉ちゃんもそれをわかっている。
むしろ待ち望んでいるのだ。大好きな人に
「それは私も知っている。ラタトスクの解析官だからね」
令音さんはラタトスク側、つまり琴里や士道側の人間だ。当然、お姉ちゃんを封印しないといけないことも知っている。
今回は家族同然のお姉ちゃんが対象という事象もあって、作戦から外れているけど。
「よくわからないのは、『”私”がとんでもないこと』という部分だ。君は夢遊病の気でもあったかい?」
そこでようやく気付いた。令音さんはお姉ちゃんの現状を知らないのか。
なら、令音さんが不思議に思うのも仕方ない。かなり奇妙な状態だから。
「令音さん。お姉ちゃんは改変前の世界の人格と改変後の世界の人格が混ざってるんだよ」
狂三と士道が
歩んだ人生が違えば性格も変わる。お姉ちゃんは最早別人レベルで差が生まれてしまった。
「混ざらないものなのかい?」
「ある程度は混ざってるね。実際、今のお姉ちゃんはどっちでもないでしょ」
強靭な精神で目的へ突き進む改変前のお姉ちゃん。女の子らしさとコミュニケーション能力を備えた改変後のお姉ちゃん。
常にどっちの要素も持っているし、場面によってその割合も大きく違う。
「ふむ、なるほど。それで何が問題なんだい?別に身体を取り合っているわけではないんだろう?」
「そうなんだけど、そうなんだけど。五河くんのことになると変わっちゃうの!」
お姉ちゃんが必死な顔で主張する。僕は大体言いたいことがわかった。
「そっちのお姉ちゃんは何を用意してたの?」
「見てよこれ!」
お姉ちゃんがカバンを広げる。その中にはいろいろと犯罪臭のするものが入っている。
薬包紙に包まれた白い粉。茶褐色の瓶に入った液体。
振るとガサガサと音のする小箱。なぜか単体で存在している包装用リボン。
十香や四糸乃が見たら首をひねるだろうラインナップ。大体の用途が想像できてしまう僕は手遅れなんだろうか?
「ふむ、警察に中身を見られたら補導されるだろうね」
令音さんは中身を見て興味深そうにしている。
この人も結構変わってるよね。家族のカバンからこんなものが出ても動じてない。
「まあ、そんなヘマは犯さないでしょ」
警戒心の塊みたいな人だ。気を許した人以外は警察にだって見せないだろう。
重要なのはどう使うかだ。一応釘は刺さないといけない。
「説明してよ、
僕はお姉ちゃんの瞳の奥を見つめる。そこにいるだろうもう一人へ向けて。
「全て士道との仲を深めるための必需品。乙女の秘密道具」
お姉ちゃんの雰囲気ががらりと変わる。優しそうな目から、狩人のような強い意志を持った目へ。
僕の呼びかけで切り替わったようだ。前の世界のお姉ちゃんに。
「そういう強引な手は止めたんじゃなかったの?」
前の世界で強引すぎる手を使うと士道が引いてしまうと話したはずだ。それで前は健全なデート(当社比)ができたのに。
「学んだことはしっかり生かすつもり。これらのアイテムは最後の一押し」
「というと?」
令音さんも少し前のめりで聞いている。この人、止めなくていいんだろうか?
「士道は今回私にキスしようとデートに誘っている」
「そりゃそうだろうね」
今回の目的はお姉ちゃんの霊力の封印。当然、士道とキスをしないと封印できない。
「つまり、士道も私のことを強く意識している。もう一歩踏み込むには絶好の機会」
「まあ、そうなるか」
お姉ちゃんの覚悟のこもった目を見て苦笑いする。何も間違っていないからちょっと困ってる。
前はただ暴走しているだけだったのに。誰がこんなモンスター育てたんだか。
「愛、あなたは以前言っていた。最後の一押しとして薬やボディタッチを使うのは有効だと」
「言ったね」
飛び道具ばかりに頼るお姉ちゃんにそう言った。そればかりに頼っても士道を射止められないと。
「キスの前後で有効なものを選んで使用する。あくまで選択は士道に委ねる」
「それは……本当に最後まで行けそうだね」
そして今、飛び道具を有効活用している。以前とは大違いだ。
進化――しちゃったね。
「ふむ、子供の成長は早いものだ」
令音さんはあごに手を当てて和やかに微笑む。絶対そういう場面じゃないって。
「まあ、好きにしてよ。今回はプロデュースしなくていいでしょ」
前回は七罪と一緒に事前調査から計画までかなり手伝った。もうお姉ちゃんにそんなものは必要ない。
「大丈夫、お姉ちゃんの成長を見ていて」
お姉ちゃんが親指を上げてサムズアップしている。ははは、頼もしくなったことで。
「こっちのお姉ちゃんが泣かない程度にしてね」
「大丈夫。彼女も私」
その言葉は妙に説得力があった。
ごめんね、こっちの世界のお姉ちゃん。前の世界のお姉ちゃんは僕の手で止まることはなさそうです。
士道?別にあの人のことは初めから気にしてない。
♦♦♦
デート当日。僕と令音さんは家で過ごしていた。
デートを見に行くのも面白そうだけど、令音さんが見ないと言ったから。僕も合わせて報告を楽しみにしている。
今僕は家事の真っ最中。洗濯物を畳んでいると、令音さんが話しかけてきた。
「折紙もずいぶんと違う人生を歩んだようだ」
令音さんはコーヒーを飲みながら黄昏ている。
令音さんがいるのといないのでは人生は大きく違った。その道筋を、今の令音さんは知らない。
「少し、見てみたい気もするな」
令音さんの呟きを聞いて、自分の中に意識を向けた。多分できるな。
「令音さん、ちょっとおでこ出してくれない?」
そんな令音さんのもとに歩み寄り、人差し指を差し出す。
「こうかい?」
令音さんは特に疑問を投げることもなく、髪をかき上げておでこを差し出した。信頼されてるな。
「こんな感じで……どうかな?」
令音さんのおでこに指を当て、情報を流し込む。令音さんは目をぱちくりとさせた。
「これは……」
「前の世界の情報を令音さんの頭に流したんだ。狂三の
狂三の
僕の記憶を令音さんの脳へ。これくらいなら霊力の消費ほぼなしで使える。
「どう?前の世界の記憶は取り戻した?」
「ああ、そうだね。私も折紙と同じように前の世界の自分と統合されたようだ」
令音さんが少し頭を押さえている。一気に情報が流れ込んできたんだろう。
「なるほど、改めて大変だったようだね」
「全部、みんなのおかげでどうにかなった。僕一人だったら、今頃僕はここにいない」
ずっと支えられている。それがようやく見えるようになった。
「それで、君はただの感傷で私に塩を送ったのかい?私の正体を知っているんだろう?」
令音さんの、崇宮澪の目的は崇宮真士の復活。その過程で色々な人を犠牲にしないといけない。
こうして過ごしているけど、いずれは敵対しないといけない。令音さんはそういう相手だ。
「知ってるよ。でも、その前に家族でしょ?」
敵同士だけど家族だ。思い出が半分もないのは少し寂しい。
「はあ、毒気を抜かれるな」
令音さんは椅子に深く座り疲れたように笑う。
「人生をかけた計画が破綻するかもしれないのに、僕を助けようとした人が何言ってるんだか」
「……君は本当に何でも知っているな」
結局、みんな冷静な行動ができない。人はそういうものだ。
「令音さん。どういう結末になるかわからないけど、今はゆっくりしようよ。まだそのときじゃないでしょ?」
「そうだね。士道はまだ未完成。それまでは子守をしながら待つのも悪くない」
緊張した空気が弛緩していく。始原の精霊同士の牽制はひとまず終わった。
「そうだ、愛。記憶の代わりと言っては何だが、一つ教えておこう」
「何を?」
「七罪を死なせない方法だよ」
机を叩いて立ち上がる。あまりにもあっさり重要な情報がテーブルに載せられた。
そういえば、以前そんなことを言っていた。七罪のことはどうにかしてみせるって。
「あるの、そんな方法が?」
「あるとも。君にしかできない方法が」
令音さんは語り始めた。七罪を救う方法を。
令音さんの話を聞いて呆れてしまった。自分の至らなさに。
「確かに、それなら七罪は死ななくて済むかもしれない」
どうして思いつかなかったんだろう。自分が始原の精霊だと知ったとき、思いついてもよかった。
余裕がなかったからそこまでたどり着けなかった。本当に視野狭窄になっていたみたいだ。
「必要ならば私も手を貸そう」
「うん、お願い」
そんな手段必要ないのが一番だ。でも、保険は多いに越したことはない。
「
生物の情報を解析・改変する能力。こんな形で役立つとは。
「今更だが、君は今天使の能力を扱ってもいいのかい?君は霊力を扱ったら、その……」
令音さんが言い淀む。それも仕方ない。
僕は霊力を扱えばどんどん身体が精霊として完成していく。その先は僕自身の消滅に他ならない。
「基本的には封印して使わないようにしてる。もうほとんど残り時間がないから」
ポンポン使ってたら数日であいつに乗っ取られる。もう天使はほとんど使っちゃいけない。
「でも、これだけはやらないと」
「わかっているだろうね?繰り返してはいけないよ」
令音さんが釘をさす。それに関しては本当に迷惑をかけたし、みんなに助けられた。
「もちろんだよ。もうそんな逃げはしない」
自己犠牲は僕にとって楽な道。自分も幸せにする無理難題をやり切ってこそ僕の人生だ。
「わかっているならそれでいい。さて、これからの君を楽しみにしているよ」
令音さんはコーヒーを呷りながらスマホに目を移した。
「令音さん、恩は返すからね」
当人に聞こえないよう、小さく呟いた。
実るかどうかわからない理想を語っても仕方ない。もう少し現実味が帯びてから話さないと。
♦♦♦
その夜、お姉ちゃんは帰ってきた。すごく悔しそうな顔をしているから、結果は大体予想できた。
「お姉ちゃん、結果はどうだったの?」
「あと少し、あと少しだったのに」
机を何度も叩いている。
「シンとのキスはどうだった?」
令音さんが湯気の立つカップを持って席についた。令音さんも大体察しているみたいだ。
「素晴らしいものだった。士道の舌に私の舌を絡ませて――」
「もういいよ、お姉ちゃん」
ここで官能小説ばりの表現を聞く気はない。というか、キスできたのはわかってた。
お姉ちゃんの身体からは霊力がほとんど感じられない。霊力を封印された証拠だ。だから、今悔しそうにしている理由は――
「あと少しで士道の初めてと私の初めてを交換できたのに」
血涙が出るほど悔しがっている。そこまで士道と致したかったんだね。
「誘惑に失敗したのかい?」
「それは成功した。士道も大きく揺れていた」
まあ、ディープキスまでしたんだし。士道も男だからね。
「ただ、謎の男たちに取り囲まれた」
『ああ』
令音さんと僕の言葉が揃う。どこの誰が差し向けたのか理解したから。
きっと赤い軍服少女のツインテがやったんだろう。
「半分は制圧したけれど、もう半分に士道を連れ去られてしまった」
「ラタトスクの戦闘員を武装なしで制圧したんだ」
封印後なら霊装もCR‐ユニットもなしだ。それで制圧するなんて、人間じゃない。
令音さんの携帯が鳴る。令音さんはすぐに内容を確認する。
「琴里からメールだ」
「なんて?」
「『あんたの家の性欲モンスターに伝えなさい。私の目の黒いうちは、士道の貞操を渡さないわ』だそうだ」
令音さんが無感情に琴里の文面を読み上げる。その文面から、琴里の怒りが伝わってくる。
「理解した。五河琴里を超えてこそ、士道は私のものになる」
「なにも理解してないね」
お姉ちゃんは琴里と戦争する道を選ぶそうです。
「琴里がストレスで死なないように気をつけてね」
「善処しよう」
令音さんが力なく呟いた。
頑張れ、琴里。負けるな、琴里。
胃薬を片手に戦うんだ。
久しぶりの番外編ですよ。しばらくシリアス全開だったからこういう展開がようやく戻ってきました。七罪も揃ったら本格的に八茶けてもらいましょう。
今回の裏話は折紙の髪形について。
原作だと速攻バッサリしてましたが、この作品だと切ってません。理由は愛くんがもったいないって言ったから。それで未だ切らずロングのままにしています。
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