ヒロインは七罪   作:羽国

121 / 147
番外編:二亜のアシスタント

 家のチャイムが鳴らされる。

「はい、どなたでしょうか?」

「やっほー、愛くん」

 顔を見た瞬間、速攻でドアを閉めようとする。しかしドアに足が挟まれた。

 

「いや、ちょっと待ってよ。それはいくら何でも酷くない?」

 力づくでドアをこじ開けていく灰色のショートカットの女性。赤ぶちの眼鏡の奥からは狩人のような目が光る。

 絶対逃さないぞって意思を感じる。非力なボディで必死に僕とドアの引き合いをしている。

 

「だって嫌な予感しかしないんですから」

「そんなことないって。お姉さんがいいものあげるから」

「それ、アシスタントに給料払ってるだけでしょ!」

 お金なんかよりも平穏が欲しい。

 

「どうしたんだい、愛?玄関でそんなに騒がしくして」

 令音さんがリビングから出て僕の様子を見に来た。この騒動が聞こえてしまったようだ。

「あっ、れーにゃん。ちょっと入れてくんない?」

 二亜は引き合いをしながら令音さんに手を振る。しまった、令音さんを味方につけようとしている。

 

「……ふむ、君が相手なら入れないわけにもいかないな」

 令音さんは少し考えて答えを出した。

「愛、その手をどけるんだ」

「……はい」

 令音さんはこの家の主。その言葉を聞かない選択肢はない。

 

「やあやあ、お邪魔するよ~。あ、オリリンおひさ~」

 二亜は笑顔で部屋に入ってくる。ソファに座っていたお姉ちゃんに手を振っている。

「あなたは確か、本条二亜?」

「そうだよ~。全知の二亜ちゃんとは私のことなのだよ」

 二亜は眼鏡をくいっと上げてどや顔をしている。

 

「この人の認識は飲んだくれのダメ人間で十分だよ」

「ちょっと、愛くん酷くない?」

 二亜は僕の肩を揺さぶって文句を言う。ただ、僕としては妥当な扱いだ。

 

「文句は自力で朝起きてから言ってくれません?あなた放っておいたら昼まで起きてこないじゃないですか」

 調子に乗って酒を片手に深夜まで過ごす。そして次の日、太陽が完全に登り切ってから起きてくるのだ。

 誰が生活習慣の管理をしたと思ってるんだか?

 

「いや、それはその~。感謝してますって、愛くんよ~」

 二亜が漫画のようなゴマすりを披露する。なんでこの人はここまでコテコテなんだろう?

 

「ずいぶんと仲がいい」

「そうだね。同じ屋根の下で眠ったようだし」

 お姉ちゃんと令音さんが僕たちのやり取りを見て少し驚いている。多分何か勘違いしている。

 

「そりゃあ、半月ほど寝食を共にした仲だしね」

 二亜は腰をくねらせてセクシーポーズ(笑)を披露する。せめて上着脱いでからやって。

 

「七罪と一緒に漫画の原稿を手伝っただけだよ。復帰してすぐ締め切り破ろうとした愚かな漫画家がいたから」

 DEMから連れ出してすぐに二亜は漫画家として復帰した。生活基盤はあった方がいいし、それは全然問題ない。

 問題は締め切り直前の修羅場に僕と七罪を巻き込んだことだ。アシスタントいないし新しく雇うのも間に合わないから力を貸せと。

 

「それで、今日はどのようなご用向きでしょうか?」

 わざわざ丁寧に聞いてやった。その答えを予想しつつ。

 

「優秀なアシスタントを雇いたい――」

「嫌ですけど。あの地獄をもう見たくないので」

 二亜が言いきる前に答えてやった。あんな修羅場に戻ってたまるか。

 

「いや、あれは本条蒼二の復帰記念で特別重かっただけだって」

「二亜さん、あなたこっちの世界だと復帰直後ですよね?」

 あの修羅場は改変前の世界の話だ。そして、こっちの世界だと二亜のDEM脱出タイミングが少しずれている。

 

「僕の予想が正しかったら、今、復帰記念の仕事をしてるはずですけど」

「それはその、あはは……」

 二亜はあいまいに笑った。やっぱり爆弾抱えて来やがった。

 

「なんで自ら苦行に突っ込まないといけないんですか?編集通して出版社にアシスタント要求してくださいよ」

 地獄に突っ込むのは精霊のことだけで十分だ。自己管理できない人気漫画家の手伝いなんてしたくない。

 

「やだやだやだ!愛くんとなっつんが最強のアシなんだもん。あの心地よさを知ったら他のアシに戻れないんだよ」

「中学生を労働力扱いするな!」

 二亜は僕の腰に抱きついて子供のように泣きわめく。あんた実年齢五十近い大人だろ。

 

「七罪はともかく、愛が最強のアシスタント?愛が漫画制作のサポートをできるのかい?」

 令音さんが首をかしげる。遠回しに言ってるけど、『絵を描けるのか』って言いたいんだろう。

 

「確かに愛くんは絵が全く描けないよ。そこら辺の小学生連れてきた方がまだマシ。でも、それ以外は何でもできるんだよ」

 二亜が何故か誇らしげに語る。

 勧誘してるなら少しはオブラートに包んでよ。事実だけど。

 

「大体わかった。確かに愛は絵が描けなくても最強のアシスタントになれる」

 お姉ちゃんが何か納得したようにうなずく。どうでもいいから、この引っ付き虫剥がしてくれないかな?

 

「愛、手伝ってあげたらどうだい?」

「令音さん⁉」

「ねーにゃん♡」

 令音さんの言葉に僕と二亜は真逆の反応をした。

 

「君が起こした今回の事件。二亜もその立役者の一人だろう?恩を返してもいいと思うのだけど」

「それはその……」

 僕が起こした始原の精霊の暴走。精霊のみんなが一丸となって止めてくれた。

 狂三ほどじゃないけど、二亜の活躍も重要だった。二亜がいなかったら事態はここまできれいに収まらなかったかもしれない。

 

「れーにゃんいいこと言うじゃん。その通り、あたしがいなかったら愛くんは乗っ取られたんだよ。何かお礼はないのかな?」

 二亜は偉そうにどや顔をして胸を張っている。簡単に調子に乗っちゃって。

 

「私で良ければ手伝う。借りは早く返しておいた方がいい」

「……わかったよ」

 お姉ちゃんにまでそう言われたら仕方ない。デスマーチをとっとと終わらせよう。

 

♦♦♦

 

「それで、進捗状況はどうなってます?」

 二亜のパソコンを開いて内容を確認する。前とパスワードが一緒だから勝手に開くことができる。

「いや~、その~、あんまりできてないというか」

「締め切りが一週間後。進捗状況は――期待なんかできるはずないですね」

 進捗率十パーセントとか言われても納得する。相手はあの二亜だから。

 

「しかもこれ、前より進化してません?」

「編集と話してたらちょ~っと盛り上がっちゃって」

 パッと見た感じ、ボリュームが一・五倍になってる。このダメ人間、勢いだけで仕事受けたな。

 大方僕と七罪が手伝う前提で考えてたんだろう。本当、交渉失敗したらどうなると思ってたんだか。

 

「嫌味は後で山盛りにして言いましょう。今はとにかく作業しないと」

「本当、ありがとうございます!このご恩は絶対に返しますので」

 二亜が僕に手を合わせて拝んでる。神を信奉する信者のように。

「そんなのどうでもいいから、締め切りを普通に守ってください」

 七罪も漫画描いてたけど、こんな修羅場に巻き込まなかったぞ。プロとアマチュアとかネット媒体と紙媒体の違いはあるんだろうけど。

 

「二亜はお姉ちゃんに何すればいいか教えておいてください。僕はその間に予定立てるので」

「わっかりました!そんじゃ行こうか、オリリン」

 二亜はお姉ちゃんの背中を押して作業場に入っていった。さてやりますか。

 

「内容としては、二亜が死ぬ気で二週間ってところか」

 かなりの作業量だな。締切は一週間後だから二倍でやらないといけない。

 

「耶倶矢や夕弦を呼ぶって手もあるけど……」

 一度楽を覚えたら人間はまた手を出す。少なくとも二亜はそういう人間だ。

 下手をすればその辺の労働力も考慮した地獄を生み出すかもしれない。今後のために三人だけで終わらせたい。

 二亜は悲鳴を上げるだろうけど、できないことはないな。

 

「食事は宅配サービスを三人分頼んだらそれでよし。掃除も家事代行を頼んだから、一週間はこれで大丈夫」

 パソコンを開いて以前使ったサイトに登録する。最近はこういうのもネット一つで注文できる。

「睡眠時間は一日六時間で十分だな」

 一日二日なら徹夜させるのも手だけど、一週間は無理だ。脳が働く限界ラインは確保する。

「よし、できたな」

 打ち込んだ計画を印刷する。見ていて思わず口が引きつりそうになった。

 僕、睡眠時間削るの大嫌いなんだけどな。まあ、二亜を動かすためには仕方ない。

 

 作業場に入ると、既に二人が原稿に向かっていた。鬼気迫る顔で原稿に線を入れている。

「二人とも、五分だけ手を休めてこっち向いて。一週間の説明をします」

「待ってました」

 二亜が椅子を回転させてこっちを向く。お姉ちゃんも一緒にこっちを向いた。

 

「家事は業者を手配しました。編集さんのメールは僕が朝晩に確認して、どうしても必要なときだけ二亜さんに通します。作業以外のことで何か質問は?」

「あの~、お酒は許してくれますかね?」

 二亜が申し訳なさそうに手を上げる。

 

「ふむ……」

 正直、アルコールなんか入れずに作業効率上げろと言いたい。しかし、それで作業効率が上がる人間じゃないことは知っている。

 一週間はフラストレーションを溜めながら仕事できる期間じゃない。少しはガス抜きが必要だな。

 

「この一週間、二本だけ許可しましょう」

 作業効率を犠牲にせず、二亜のフラストレーションを溜め過ぎない。ギリギリのラインだ。

「ありがとうごぜえます、愛様神様仏様」

 また二亜に拝まれた。プライドの欠片もないんだから。

 

「作業の方はどうですか?」

「いや~、オリリンが優秀で助かってるよ。背景くらいなら完全に任せられるわ」

 二亜があははと笑っている。予想外に優秀な助っ人が得られてうれしいようだ。

 

「それじゃあ、大まかな流れは前と一緒で。二亜さんはメイン、お姉ちゃんが背景等のサブ、僕はゴムかけ等の汎用作業とスケジュール管理。意義はありますか?」

「ないよ、敏腕マネージャー!」

「右に同じく」

 二人とも首肯している。

 

「それじゃあ、始めましょう」

 サクッと会議を終わらせて作業に取り掛かった。

 

♦♦♦

 

 作業を始めて五時間。既に外は暗くなっている。

 部屋の中ではカリカリと原稿を進める音だけが響いている。僕はちらりと二亜の様子を確認して、判断した。

 即座に部屋を出て準備を終わらせる。そして、二亜に指示を出した。

 

「二亜さん、お風呂に入ってきてください」

「いや、こんな修羅場で入ってる余裕なんて――」

 二亜は断って作業を続けようとする。しかし、ペンを没収して止めさせる。

 

「前も言ったでしょう。お風呂の時間は脳のリフレッシュでもあるって。二亜さん作業効率が落ちてるの気づいてます?」

「え、マジ?」

 さっきから二亜の原稿を上げる速度が下がってる。ペンの音も鈍かった。

「ほらこれ。最初に描いたページとさっき描いたページですけど、細部を見比べたらわかるでしょう」

「まあ、ぶっちゃけ荒いね」

 遠くから見たら大きな差異はない。でも、よく見ると線の雑さが目立つ。

 

「今日もまだ三時間はやらないといけないんです。少し休憩してきて下さい。お湯張りはしておきましたから、しっかり湯船に浸かるんですよ」

「わかったよ、愛くん」

 二亜はようやく大人しく言うことを聞いた。

 

「お姉ちゃんも二亜が出たら行ってきて」

「了解した」

 背景を描きながらお姉ちゃんはうなずいた。

 

♦♦♦

 

『乾杯!』

 締切一時間前。編集さんに原稿を送って僕たちは祝杯を挙げていた。

「いや~、一時はどうなることかと思ったけど、やっぱり愛くんがいたらどうにかなるね」

 二亜はビールを片手に持ちながら調子に乗っている。本気でイラっとした。

 

「そんなに余裕があるなら次から一人で頑張ってください。応援してるので」

「そんなこと言わないでよ。給料いっぱい払うから」

 二亜は速攻で服の裾を持って泣きついて来る。もう何なんだこの人は?

 

「愛に絵を描く能力はあまりない。しかし、マネジメント能力は非常に高い。二亜が欲しがるのも理解できる」

 お姉ちゃんは一週間の様子を見てそう結論付けたようだ。

「でしょでしょ?進捗管理だけじゃなくて体調の管理までしてくれるのよ。なっつんとどっちがいいって言われたら、若干愛くんの方に傾くかな」

 二亜はお姉ちゃんの顔を見て何故か嬉しそうにしている。

 

「どう考えても七罪でしょう?僕がやったことなんて誰でもできますよ」

 スケジュール管理、家事の代行依頼、メールのやり取り、二亜の体調管理。誰でもやろうと思ったらできる。

「いや、君のレベルでやるのは無理だよ」

「私も同意する」

 二亜とお姉ちゃんは首を横に振った。僕は凡人の延長をやってるだけなんだけど。

 

「アシスタントとして本格的に雇われる気はなーい?これでも稼ぎはあるよ?」

 二亜はニヤニヤと笑っている。本当にこの人は冗談が好きだな。

「将来やりたいことが別にあるので」

 師匠(せんせい)の後を継いでアスガルド・エレクトロニクスを引っ張っていく。師匠(せんせい)との関係はなくなってしまったけど、ゼロから始めるんだ。

 

「そっか、それは残念」

 二亜は残念そうに笑った。

 ……言葉の暴力で殴り過ぎたかな?少しは飴をあげないと。

 

「これあげますね」

 代わりといったらなんだけど。二亜に三枚つづりの紙を渡す。

 二亜は受け取って首をかしげる。

 

「これは?」

「ここ五年の間に発売されたゲームやラノベ、漫画の中で二亜さんが好きそうなものをピックアップしておきました」

「へ?」

 二亜は変な顔をしている。それはどういうリアクションなんだ?

 

「五年間捕まっていて、コンテンツに触れることなんてできなかったでしょう?」

「そりゃ、もちろん」

 二亜は五年前にDEMに捕らえられてから拷問を受け続けていた。人らしい生活なんてさせてもらえなかったはずだ。

 

「五年分遡って遊ぶつもりですよね?調べるだけで時間を食うでしょう?しばらくはそれで我慢してください」

 そして助っ人依頼の頻度を下げてくれ。それが僕の切実な願いだ。

 

「うん……。うわぁ、すごい。王道からマニアックなやつまで並んでんじゃん」

「調べるだけならそこまで難しくないですよ」

 前世()は重度のオタクだった。時間がないから今はほとんどやってないけど、調べるノウハウは残ってる。

 

「乙女ゲーまで調べたの?」

「二亜さんが案外乙女なのは知ってますから」

 二亜の本棚を見たら大体の好みはわかる。原作でもかっこいいキャラにときめいていた。

 

「案外って、酷くない?」

 二亜は不満そうに僕の頬を突っつく。

 距離が近い。酔ってるな。

 

「だったらもうちょっと女性らしい行動を心がけて下さい。慎みと恥じらいは重要ですよ」

 二亜は親父みたいな行動が多すぎる。実は恋愛経験ゼロの癖に。

「そーだね。あたしもそこそこイケる見た目だし」

 二亜は親指を自分に向けた。女らしさがあんまないのはそういうところだぞ。

 

「ありがとね、愛くん」

「喜んでもらえたならよかったです」

 二亜は本当に嬉しそうに僕の渡した紙を抱きしめる。オタクはそういう生き物だよね。




二亜は書いてて楽しいですね。この人がいるだけで大抵の状況はギャグになってしまう。

今回の裏話は愛くんのマネジメント能力について。

人の気持ちを察するのは苦手なんですけど、人の体調はわかるんですよね。呼吸の速度、視線の動き、その人の出す成果物などから把握してます。生物の情報を解析できる天使なんてものもあるので、その辺に関しては下手な医者より有能です。

投稿日はいつがいい?

  • 月曜夜
  • 火曜夜
  • 水曜夜
  • 木曜夜
  • 金曜夜
  • 土曜昼
  • 土曜夜
  • 日曜昼
  • 日曜夜
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。