ヒロインは七罪   作:羽国

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争いの気配

「はい、それではさようなら」

 教卓の前に立つ先生の掛け声とともに、生徒たちは思い思いの行動をする。部活に向かったり、クラスメイトとのお喋りに興じたり。

 すべての授業が終わり、これから放課後になる。そんな中、僕は誰に話しかけられるよりも先に玄関へ向かった。

 

 ギリギリ怒られない速度で廊下を通り玄関へ。下駄箱の靴をひょいと投げて、代わりに上履きを突っ込む。

 着地した靴を素早く履いて、そのまま駆け出した。早く学校から離れるために。

 

 窓の向こうから赤いツインテが冷たい目で見てた気がするけど気にしない。そんなことより、放課後の楽しみだ。

『馬鹿なんじゃないの?そんなことに精霊の力使って』

 頭の中でも呆れたような声が響く。大人モードの七罪の声だ。

 

「大丈夫だって、霊力は使ってないから」

 この身体は始原の精霊の霊力に適応しつつある。霊力なしでも人間としてはオーバースペックだ。

 自転車を追い抜ける走力がある。その力をただの帰宅に利用していた。

 

 尋常じゃない速度で通学路を駆け抜け、家に到着する。適当に鞄を置いて胸ポケットからボールペンを取り出す。

 ボールペンをベッドの上に置くと、七色に輝いて人の形になった。いや、戻ったというべきかな。

 

 翡翠の色をした長く艶やかな髪。エメラルドのような輝きを見せる瞳。

 モデルのように艶やかなプロポーションと、それを映えさせる美しい姿勢。

 ボールペンは理想の姿を体現した七罪に変わった。

 

 僕もお姉ちゃんも学校がある。でも監視は僕たちがやらないといけない。

 だから、七罪はこうしてこっそりと学校に連れて行ってる。本人の能力で変身してもらって。

 

「ようやくまともに喋ることができるわね」

「それに関してはごめん」

 七罪は伸びをしながら、愚痴を言ってる。学校にいる間は喋らせるわけにいかなかったからね。

 

「でも便利な能力でしょ、僕の天使」

「……サイコメトリーってこんな感じなのね」

 僕の天使、断罪覇王(アズラエル)の能力は生物情報の解析と改変。ボールペンに化けた七罪の情報だってやりとりできる。

 疑似的なサイコメトリーだ。おまけに霊力消費ほぼゼロの超低燃費。

 

「ラグがなければ文句ないわ」

 欠点は会話のたびに数秒のラグができること。まあ仕様みたいなものなんだけど。

 

「無茶言わないでよ。こっちは脳波の通訳してるんだから」

 七罪の脳波を解析して、七罪の言いたいことを理解する。僕はこっそり筆談で返す。

 これで会話を成立させていた。

 

「脳波の通訳って……。あれ、そんなアホなことしてたの?」

「そうだよ、大変なんだから」

 断罪覇王(アズラエル)が壊れ性能でも、使ってるのは人間。

 ほぼ全ての情報を解析した七罪が相手だから、辛うじてできてる。七罪以外には……お姉ちゃんならできるかな?

 

「あんた、頭いいけど馬鹿でしょ」

「そんなことはないよ。高度な技術の有効活用と言って欲しい」

 今日のためにわざわざ開発した応用技術だ。言わなくても伝わるって素晴らしいじゃん。

 

「というか、そんなことしてまで私と話したかったの?」

 七罪は呆れた顔のまま僕のことを見ている。『いくら何でもやり過ぎ』って目が言ってる。

 

「そうだよ。七罪とずっと話していたかったから」

 七罪と話すために全力を尽くす。そこに何をためらう必要があるのだろうか?

 七罪と話す時間は至福のときだ。しかも一か月近く剥奪されていたから、禁断症状になっている。

 

「七罪のためなら喜んでこの天使を使おうじゃないか」

「止めてちょうだい。それそんな簡単に使っていいものじゃないでしょ」

 まあ、それは本当にそう。残り時間の意味でも天使の危険性の意味でも無闇に使うことはNG。

 ほぼ無料の解析だから気軽に使えている。

 

「はぁ、そんな堂々と宣言しちゃって。羞恥心とかないわけ?」

「ないわけじゃないけど、感じる場面じゃないでしょ」

 愛しい人と話したい。それは人間として当たり前の感情だ。

 何も恥じることはないと思う。

 

 恥ずかしいっていうのは、ロックかけて保存してある計画書たちの中身がばれたときかな。

 あれがばれると流石に恥ずかしい。特に令音さんにばれたら顔を合わせられない。

 

「あ~もう、わかったわかった。あんたと話してると調子狂うわね」

 七罪は手を団扇のようにして仰ぐ。

 顔に涼しい風を送るように。今、冬なんだけど。

 

「あんなに急いで学校から帰ったのもそういうこと?」

 七罪は半目になりながらこっちを見る。僕の意図を確認したいようだ。

 確認するまでもないと思うけど。

 

「もちろん、七罪と一分一秒でも早く話したいからだよ」

 七罪はボールペンだから学校の中だと普通に喋ることができない。断罪覇王(アズラエル)の疑似テレパシーはあるけど、疲れるし遅い。

 だから急いで帰って来たんだ。普通に語り合うことができる家に。

 

「それで、あんたは私と何を話したいの?」

「う~ん、そうだな~。どれがいいかな?」

 正直、話題は何でもいい。目的は七罪とのコミュニケーションそのものだから、既に果たされているようなものだ。

 七罪と程よく打ち解けられる話題。無限に思いつくけど、どれが一番いいだろうか?

 

「私から聞いてもいいかしら?」

「うん、もちろん」

 七罪が積極的な姿勢を見せてくれるなら大歓迎。例え、それが僕たちの敵情視察だとしても。

 

「どうして、あんたは私のことが好きになったの?」

 七罪は胸に手を当ててこちらの瞳を覗き込む。

 

「いろいろ、あったからね」

 改変する前の世界で出会っておおよそ二年。ほぼ毎日顔を合わせていた。

 命を預けて戦ったことは数しれず。一緒にアメリカに住んでたことまである。

 

「特殊な事情があるのは鳶一折紙から聞いたわ。でも、どれだけ時間を重ねたところで、どうしてそうなるのか理解できない」

「そこまで言う?」

 七罪は末期の病人でも見るような目をしている。好感度が異常なのは自覚してるんだけど。

 

「卵から孵ったばかりのひよこに見えるわ」

「なるほど、刷り込みレベルだと」

 それもう本能で愛してるってことじゃん。そこまでのことは――あるかもしれないね。

 

「確かにこの見た目だし、とっても便利な贋造魔女(ハニエル)の力もあるし。惚れるのはわかるわ。でも、どうしてそんなになっちゃったの?」

 七罪は僕の顔を捉えて離さない。割と本気で気になってるみたいだ。

 

「……」

 改めて考えると厄介な話題だな。七罪攻略の成否に大きくかかわる。

 答えなんて全部好きで終わりなんだけど。正直に気持ちを投げられない。

 

 それは隠してる本来の姿を暴くことになる。七罪がコンプレックスの塊だと思ってる姿を。

 

『どこにこんなの好きになるもの好きがいるのよ』

 前の世界で本人が言っていたことを思いだす。最近はそうでもなかったけど、昔は耳にタコができるほど聞いたな。

 

 中学生基準でも小さな身体。上から足元がしっかり見えるなだらかな胸元。

 美容院に行っても完全にまっすぐにはならない癖っ毛。よく不機嫌そうに半目を作る瞳。

 常に猫背気味な立ち姿。斜に構えて何事も悪い方に考える性格。

 

 本人は悪いものだと思っている。個人的にはかなり需要あると思ってるけど。

 暗くて超優秀で重い女の子?最高じゃないですか。

 

 まあ、それを言っても今の七罪は喜ばない。むしろ好感度は下がると思ってる。

 

 誰がいきなりコンプレックスを白日の下に晒されて好感度上がるものか。

 以前は半年かけて関係を作ってたからどうにかなった。会って一週間ちょっとの今やっても逆効果。

 

 それにきっと今の七罪には信じてもらえない。自分がコンプレックスを克服して前に進んでいたなんて。

 あまりにもギャップが大きすぎる。変わり過ぎた自分を受け入れられず、僕への疑念になってしまう。

 

「ねえ、どうなのよ?」

 かと言って、下手な嘘を吐いたら多分見抜かれる。相手は人間観察の天才なんだから。

 

 ただまっすぐ感情を投げるだけじゃダメ。それは主人公(士道)のやり方だ。

 偽りの気持ちで愛を囁くでもダメ。繕ったまま攻略なんてできないし、する意味を感じない。

  

「七罪、僕は何度も君に支えられた。七罪がいなかったら、僕は遠の昔に死んでいる。端的に言うと、そういうことだよ」

 嘘は吐くな。気持ちを偽るな。

 でも、七罪のコンプレックスも刺激するな。これはそういう戦いだ。

 

「ふ~ん。『私』は面倒な戦いに巻き込まれてたみたいね」

 半信半疑――だけど悪くない。こっちは荒唐無稽な別世界の話をしようと思ってるんだから。

 あり得ない話じゃない。そう思ってるだけで十分だ。

 

「詳細は省くけど、期限まで何もしなければデッドエンド。それで七罪は黙ってる性格じゃないでしょ?」

「デッドエンドってどういうことよ?」

 七罪が訝しげに僕のことを見る。

 

「僕以上の力を持った化け物が全ての精霊を殺し始める」

「逃げるのは?」

 真っ先にそれを考えるのが七罪らしい。僕と一緒で一番最初に考えることは魔王討伐じゃないからね。

 

「無理だよ。現実を好きなように改変できるチート持ちだから」

「何そのバランスブレイカー。サ終するときに出てくるやつじゃない」

 まあ、実際彼女がラスボスだったからね。そのラスボス、我が家で保護者やってるけど。

 

「だから、精霊全員で協力して戦う算段を考えてたの」

「それは確かに、戦うわね。死にたくないから」

 納得してくれたようだ。今の要素だけなら、こっちの世界の七罪でも同じように動くだろうから。

 

「なるほど、だからこの街には精霊が集まってるのね。その精霊を殺すための同士が集まったってところかしら?」

「そんなところだよ。もうちょっと平和的な感じだけど」

 ラタトスクの目的は平和的な精霊の問題の解決。あくまで崇宮澪の撃破は中間目標だ。

 今言う必要はないから言わないけど。

 

「それで、どんなことがあったの?もっと詳しく聞かせなさい」

「そうだね。まずは丸一年くらいアメリカで訓練してたことかな」

 お姉ちゃんやASTのみんなから逃げるために。精霊と関わってることがばれたら日本で暮らせないと思ってたからね。

 

「よく私そんな面倒なことしたわね」

「……目的のために必死だったんだよ」

 今思えば僕と一緒にいるため太平洋を渡ったんだろうな。というかそんなこと言ってたし。

 

顕現装置(リアライザ)持ってる犯罪組織潰したり、DEMの支社潰したり、精霊に声かけてヒヤヒヤしたり。今思い出してもなかなか濃い一年だったよ」

「どんだけバイオレンスな生活してたのよ、私は」

 七罪は半目で僕のことを見ている。また疑われていそうだ。

 

 行動派過ぎる自分の過去が面倒くさい。これで撃破数まで言ったら本格的に疑われる。

 酷いときは週四で破壊活動(掃除)してたから。

 

「仕方なかったんだよ。タイムリミットがそんなになかったから」

「いつなの?」

 士道が十の霊結晶を全て封印したら崇宮澪は動き出す。

 現時点で封印してるのは琴里、十香、四糸乃、耶倶矢&夕弦、美九、お姉ちゃん。六つの霊結晶が封印されて残りは四人。

 七罪を保留するとしたら残り三人。今までのペースからすると――

 

「遅くとも、春には戦争だろうね」

「今十二月なんだけど。あと三か月もないってこと⁉」

 七罪が驚くのも無理はない。それほどまでに時間はない。

 

「何よこのクソゲー。ふざけてるわね」

 七罪は爪を噛みながら悔しそうな顔をする。

 相手は最強の精霊。僕が未来を知った時点で時間は二年ちょっとしかなかった。

 僕も難易度ルナティックのみのクソゲーだと思う。

 

「何度も折れそうになった。死にかけたことも一度や二度じゃない。それでもやってこれたのは――」

「私がいたから?」

 七罪が僕の言葉を先取りした。

 

「うん。君がいたから僕は歩いて来れた」

 どちらにせよ、僕は戦いに巻き込まれていたと思う。でも、七罪がいなかったらどうなっていたことか。

 

「私、そういうタイプじゃないと思うんだけどね」

「そんなことないよ。真面目で努力家で才能がある」

 そして何より、優しい。誰かのために恐怖を乗り越えられる子だよ。

 

「…………」

「信じられない?」

「そう、ね」

 七罪は壁を見ながら考え込んでいる。今はまだ自分のことを信じられないかもしれない。

 でも、信じられるようにしてあげるから。七罪は強くて優しい最高の女の子だって。

 

♦♦♦

 

 いつも通りの我が家のリビング。七罪攻略のための空しい会議が開かれていた。

 俺と琴里と二亜の三人。令音さんや他の他の精霊たちは不参加だ。

 

「ねえちょっと妹ちゃん。何してくれてんのよ~?」

 琴里に詰め寄るのは赤ぶち眼鏡の少女、二亜。灰色の短い髪の奥から水色の双眸を不機嫌そうに覗かせる。

 

「悪かったわ、二亜。これは完全に私の失態ね」

 二亜の言葉に頭を下げる琴里。これは全て、折紙と愛に先手を取られたことが原因だ。

 美九に化けて我が家に潜り込んでいた七罪。それにいち早く気づいた折紙は正体を見破って拘束したらしい。

 その代わりに七罪の処遇は折紙が決めることになった。

 

「これでなっつんは愛くんたちと共同生活。少年に勝ちの目なんてほぼないよ」

 七罪は監視の名の下、二十四時間愛と一緒だ。俺が攻略するビジョンなんて全く見えない。

 これ全部、折紙が七罪を先に見つけたことが原因だ。現場にいたのに折紙に全部持っていかれた琴里は何とも言えないだろう。

 

「そもそもさ~、なんで私に声かけてくれたの?囁告篇帙(ラジエル)さえあれば、なっつんの変身見破ることくらい簡単だったのに」

「そ、それは……」

 琴里が二亜の言葉に言いよどむ。実際、全てを知ることのできる天使を使えば、七罪の変身を看破できた。

 

「そうだな、俺も考えが回らなかった。七罪が誰かに変身してくるかもしれないとわかった時点で頼ればよかった」

 俺も七罪が誰かに変身するかもしれないって聞いていた。琴里の任せきりにせず提案していればよかったんだ。

 

「いや、気づいてはいたのよ。二亜がいれば一発だって」

 琴里は気まずそうに口を歪める。歯切れが悪くてらしくない。

「じゃあなんでそうしなかったんだよ?」

 

「流石に入れ替わっても全く気づけないだなんて思わなかったのよ。士道や精霊たちのことは数時間置きに観測していたから」

 七罪の演技は確かに上手い。俺も四糸乃と入れ替わって悪戯されたことがあったけど、二時間くらい気づけなかったからな。

 七罪の技術が琴里の予想を上回った。そういうことなんだろう。

 

「それだけじゃないでしょ、妹ちゃん」

 二亜はにやりと笑って囁告篇帙(ラジエル)の角を琴里に向ける。その顔には確信があった。

 

「はぁ、そうね。あなたに精霊たちをずっと監視させたくなかったのよ」

 琴里は観念したように本音を語り始めた。

 

「そんなに信用されてなかったの?二亜ちゃん、泣いちゃいそう」

「だってあなたの協力する理由がわからないんだもの」

 琴里が泣きまねする二亜の言葉をバッサリ切る。腕を組んでいつも通りの上に立つ者としての姿を見せる。

 

「あんたどっちかというと愛の味方でしょ?なんだって私たちに協力してるのよ?」

「まあ、そうだな。愛に助けてもらったんだろ?」

 二亜は少し前までDEMに捕らえられていた。そこから救い出したのが愛と狂三。

 今、二亜が誰の味方をするかと言ったら愛だろう。

 

「狂三みたいに何か企んでいそうで怖いのよ。精霊たちの身を脅かす――まではしないとしても、スパイくらいはやりそうだもの」

 性格からして、狂三みたいに俺の命を狙うことはしないと思う。でも、何かしてきそうな気はする。

 

「いや~それはその~。少年がなっつんとくっついてくれると、あたしに都合がいいというか。そうでないとチャンスがないというか」

 二亜は両手の人差し指同士を合わせながらもじもじしている。こう言うと失礼かもしれないけど、まるで恥ずかしがる乙女のように。

 

「どういう意味だよ?」

「私の青春なんて終わったと思ってたんだよ。でも、でも……」

 二亜が顔を赤くして大きな声を出す。珍しく感情的になってるな。

 

「二亜、あんたまさか?」

 琴里が何か思いついたように問いかける。しかし、その問いはけたたましい警報によって遮られた。

 天宮市の人間は聞きなれてしまった災害の知らせ。空間震警報だ。

 

「いつも急だな!」

「士道、準備しなさい。早くフラクシナスへ」

 空間震が起こるということは精霊が現れるということだ。俺たちは精霊攻略の準備をしないと。

 

「ちょっと待った、少年、妹ちゃん」

 二亜が囁告篇帙(ラジエル)をめくりながら俺たちを制止する。

 

「どうしたのよ、二亜?あんたも早く逃げないと――」

「精霊じゃないかもしれないよ」

『え?』

 二亜は俺たちの反応を見ずに紙面を見ている。そこには世界のありとあらゆる真実が書かれている。

 

「やっぱりね。今このタイミングで空間震を起こす精霊なんていないと思ってたんだよ」

 二亜は確かめるように内容を読み上げる。先ほどの空間震警報がデマだったという事実を。

 

「じゃあ、まさか」

「来るよ、DEMが」

 二亜が久しぶりのDEM襲来を宣言した。




琴里との約束を守って律義に再攻略する愛くんです。彼は結構律義ですよ。

さて、今回の裏話は断罪覇王の応用について。

熟練度が上がって天使を出さずとも能力を使えるようになった愛くん。効果範囲内にいる生物に意識を向けるだけで解析できます。そして、過去に解析した対象はより詳細な情報がわかります。考えてること、体調、霊力の有無など。

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