ヒロインは七罪   作:羽国

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報い

Side愛

 

 DEMを退け、僕たちは日常を取り戻しつつある。

 主な被害はフラクシナスが撃沈したことくらいか。かわいそうなMARIA。

 

「うふふ、慣れたらこの家も案外悪くないわね」

 そして七罪は僕たちとの生活に順応していた。敵の女幹部のように足を組みながら笑ってしている。

 

 あれからおよそ一週間。七罪は食っちゃ寝生活を満喫している。

 そう、何もしていないのだ。監視という立場を逆利用して。

 

「そろそろ何か任せようか」

「同意。躾をするべき」

 

 令音さんとお姉ちゃんは遠目に七罪を見ながら密談してる。

 ちゃんと家事をさせるべきだと。

 

「気持ちはわかるけど、ちょっと待ってくれない?」

「あなたが教育するということ?」

 

 お姉ちゃん、七罪に対する棘が強いです。

 

「どうせならもうしっかり攻略しようと思って。そうしたら前の記憶を思い出せられるから」

 七罪は十分な家事能力がある。以前は僕と二人で分担してたから。

 

「では、誘うのかい?」

「うん、見ててよ」

 

 令音さんの言葉にうなずいて七罪のもとに近寄る。七罪は身体を半回転させて面白そうに僕を見ている。

 

「どうしたのかしら?お姉さんと遊びたいの?」

 すっかり余裕が出てきたようだ。完全にからかいモードだな。

 

「うん、そうだよ。デートしない、七罪?」

 こうして僕の攻略は大詰めに入った。

 

♦♦♦

 

 夕焼けで緋色に染まる展望台。七罪と二人で向き合っていた。

 デートも終盤。帰るまでの最後の時間。

 ゆったりとした空気が僕たちを包む。

 

「七罪、今日のデートはどうだった?」

 僕はとても楽しかった。久しぶりに七罪とデートに出かけられて。

 でも何より重要なのは、七罪が楽しめたかどうかだ。

 

「ふん、案外悪くなかったわね。及第点を上げてもいいわよ」

「それならよかったよ。七罪をちゃんと喜ばせることができたみたいで」

 僕は十分七罪のお眼鏡に適ったようだ。

 

「……正直、よく実感できたわ。あんたが私と一緒に過ごしてきたって」

 七罪は空を見上げて目を細める。今日一日を噛みしめるように。

 

「まるでパズルの空いたピースを埋められてるようだった。なんで私が楽しめるものを私より知ってるのよ?」

「七罪を楽しませるために必死に考えたから」

 読んでる漫画、食の好み、普段の言動。全部観察してデートプランを考える材料にする。

 

「癖になってるんだよね。七罪のことを考えるのが」

 呼吸をするように思考がそっちに行ってしまう。

 

「ふふふ、やっぱりあんた頭おかしいわね」

 容赦のない言葉だけど、その顔はとても朗らかだ。

 

 悪くない空気だ。今こそそのとき。

 覚悟を見せろ、鳶一愛。

 

「僕は七罪が好きだ」

 自分の気持ちをまっすぐに。勢いよくぶつけろ。

 

「一生傍にいて欲しい」

 七罪に向かって手を差し出す。頭を下げて真摯に。

 古典的で、言葉選びが下手で、ウケがよくないやり方だと思う。でも、これでいいとも思う。

 

「重いわね。あんた、気は利くけどモテないタイプでしょ」

 頭を下げたまま、七罪の顔を見ずに言葉を聞く。否定の言葉は重く心にのしかかる。

 

 喉が渇く。心臓がうるさい。

 告白をされたことはあっても、したのは初めてだ。こんなにも怖いものだったのか。

 

 拒絶の言葉が怖い。

 

「七罪……」

「でも、あんたとの生活は結構楽しかったわ。プロポーズを受けてあげてもいいと思えるくらいには」

 七罪は自分の髪を弄りながら唇を尖らせる。その顔を一段と紅く見えた。

 

「これからもよろしくね、七罪」

「ええ、よろしくね、愛」

 七罪が身体をかがめて高さを合わせる。

 七罪の肩を引き寄せ背中に手を回す。抱き寄せてぎゅっと力を込める。

 

 ああ、ここまで長かった。もう一度七罪と一緒にいるため。

 もう、いいよね。これで七罪は戻ってきたと思っていいよね。

 

「七罪、君に前の世界の記憶を返すよ」

「いいわ。私も何があったのか気になってたし」

 

 ずっと一緒に過ごしてきた思い出を。命を預け合った日々を。

 七罪に触れた手から流し込む。

 

「気持ち悪いわね」

「大丈夫、僕に任せて」

 

 余りに多すぎるからゆっくりと。

 コーヒーにミルクを混ぜてカフェオレを作るように。静かに注ぎ込む。

 

「僕は君の全てが大好きだよ、七罪」

 最後の一滴までしっかりと。

 

「……久しぶりね、愛」

「お帰り、七罪」

 全部流し込んだとき、七罪の変身は解けていた。小さくて可愛らしい、元の姿に。

 頭を押さえてふらふらとしている。

 

 そして雰囲気も大きく変わっている。一気に成熟したみたいに。

 

 髪をかき上げる仕草。半開きな目蓋とその奥で静かに輝く瞳。

 夜空の星のようなその魅力。間違いなく七罪のものだ。

 

「大丈夫、七罪?」

「ええ、問題ないわ。少し頭が疲れただけだから」

 少し足元がおぼつかないけどしっかり自分の足で立っている。頭を押さえながらも、その目には強い光が宿る。

 

「そんなことどうでもいいわ。――この怒りに比べたら」

「え?」

 今なんて言った?怒り?

 

「こんなにイライラさせられたのは生まれて初めてよ。あんたはいつも私の初めてを奪うわね、愛」

 七罪が髪をかき上げて僕にしっかりと見せる。その目には疑いようのない怒りが映っている。

 冗談めかしているけど、全く笑えない。こんな七罪、僕でも見たことがない。

 

 身体が震えてくる。目の前の小さな恋人が恐怖の象徴に見える。

 さっきとは違う意味で緊張が走る。何が起こっているんだ?

 

「七罪、何を?」

「歯を食いしばりなさい、愛。とりあえず、一発ぶん殴るから」

 七罪は小さな手を握り、ぎこちないフォームで拳を構える。

 

 何に怒っているのかわからない。どうして殴られなきゃいけないか、わからない。

 でも、僕が悪いんだろう。こういうときに、僕が悪くなかったことはないから。

 

「行くわよ」

 言葉通り歯を食いしばって身構える。身体を弛緩させて、痛みを受け止めることだけ考える。

 

「ふん!」

「っ!」

 鳩尾(みぞおち)に七罪の小さな拳が刺さる。体重が乗っていない一撃は、鈍い痛みを生んだ。

 

「七罪、気は済んだ?」

 お腹を押さえながら七罪の顔を見る。返事は、聞くまでもないようだ。

 

「何言ってるの?あんまりイライラし過ぎたから、一発入れただけ。これからが本番よ」

 七罪は目を細めて僕を見下ろしている。その冷たい視線が何よりも恐ろしい。

 

「私がどうして怒ってるか。あんたに理解できるかしら、自殺志願者さん?」

 七罪の怒りの理由は、言葉の最後に全部詰まっていた。

 

「僕が、精霊になって七罪を、お姉ちゃんを、みんなを。助けようとした……から」

 どんどん言葉が小さくなっていく。どれだけ酷いことをしたのか、改めて実感させられる。

 

「ええ、そうよ。みんなで幸せな未来を掴みたいって言ってるのに。あんたと来たら、裏でこそこそ自分をすり潰すようなこと考えてばっかり」

 七罪は僕の胸ぐらを掴んで顔をギリギリまで近づけさせる。

 

「挙句の果てに、意見が食い違ったら封解主(ミカエル)で私を封印。舐めてるんじゃないわよ。私の気持ちは全部無視?」

「そ、それは……」

 何も言えない。過去の自分の愚かさを見せつけられているだけなのだから。

 

「あんたと添い遂げたいって、私の気持ちは全部無視かって聞いてるのよ?」

 七罪の言葉が胸に鋭く深く刺さる。それでも七罪は止めてくれることはない。

 

「で、でも今はそんなこと考えてない。ちゃんと自分を大事に――」

「大方、士道や折紙に根性叩き直してもらったんでしょ?良かったじゃない」

 七罪は先回りして僕の言葉を潰す。まるで、知っていると言わんばかりに。

 

 

「う、うん」 

「でも、それとこれとは話が別。私の気持ちを無視した事実は変わらない。違うかしら?」

「…………」

 本当にその通り。七罪の言葉はこれ以上なく正しい。

 相手を想う気持ちを捨て去っている。心臓に突き刺さりそうなほど強い棘を抱えていた。

 

「それに、あんた精霊の力使ってたじゃない?あれは自己犠牲じゃないって言うの?」

「…………」

 エレンを相手に断罪覇王(アズラエル)の力を使った。それは間違いなく死へのカウントダウンを進めた。

 ただの自己犠牲。それ以外の言い様がない。

 

「七罪、ごめん……」

「あんたの謝罪なんて腐るほど聞いて来たのよ。そのたびに私は折れてきた」

 七罪は膝を曲げて僕に視線を合わせる。その目は酷く冷たい。

 

「今回同じようにしてやる気はないわ。言葉で許すような段階はとっくに過ぎてるの」

「ごめん、本当にごめん」

 

 馬鹿だった。

 

 お姉ちゃんに、令音さんに、みんなに許されたから。

 前に進めた気でいた。何か変わった気でいた。

 

 何も進んでいない。気構えが少し変わっただけで、本質はそのままだ。

 

「気持ちだけじゃ意味がないのよ。あんたが変わったって言うなら行動で示しなさい」

「七罪?」

 顔を上げて七罪の顔を見る。厳しい顔のまま僕をまっすぐ見ていた。

 

「ええよく知ってるわよ。

 真っ先に自分を切り捨てる、救いようのない馬鹿だって」

 

 僕の顔を掴んで無理矢理目線を合わせる。そこには厳しく優しい顔があった。

 

「でも、私が惚れた男はそこで終わりじゃないでしょ?」

 七罪は信じてくれた。こんなどうしようもない僕をもう一度。

 

「見捨て、ないの?」

 自然と目から涙がこぼれる。

 嬉しいのか、情けないのか、悲しいのか。自分でもよくわからない。

 

「泣いてるんじゃないわよ。……あんたよりいい男が現れると思えない。それだけ」

 七罪は荷物をまとめて帰り支度をする。僕たちの家がある方とは別方向を向いて。

 

「証明しなさい。あんたが変わったんだって。もう私の前から消えないって」

 変わらなきゃ。前よりマシになったって。ちゃんと七罪を安心させることができるって。

 

「それができたら、あんたのことをもう一度だけ許してあげるわ」

 優しい恋人をこれ以上失望させちゃいけない。最高の女の子の期待をこれ以上裏切れない。

 

「三日後の夜九時。精霊マンションの屋上で待ってる」

 それだけ残して去っていった。

 七罪の攻略は終わらない。これからが本当の攻略だ。

 

♦♦♦

 

 七罪と一緒に家を出て一人で帰ってきた僕。当然、令音さんたちに説明をすることになった。

「なるほどね、事情はおおむね理解した」

 令音さんがコーヒーを飲み、静かにカップを置く。

 

「七罪の気持ちは至極当然のものだ。わかるね?」

「……うん」

 令音さんは優しく僕に寄り添いつつ、七罪側に立った。僕もそれが妥当だと思う。

 

「正直なところ、愛の味方をしてあげたい。でも、今回ばかりは……」

 お姉ちゃんが言いよどむ。本当に優しいお姉ちゃんだ。

 

「いいんだよ。みんなが優しすぎるだけで、怒る方が自然なんだから」

 それだけのことをしてきた。みんなの想いを無碍に扱ってきた。

 むしろ今までがおかしかったんだ。

 

「僕は七罪の期待に応えたい。七罪がくれたチャンスを無駄にする気はない」

 死んでも七罪の出した課題を乗り越える。そのつもりだ。

 

「……ふむ、何か考えはあるのかい?」

「それが思いつかないから困ってるんだよね」

 僕が七罪の前から消えないことを証明する。それは本当に難しい問題だ。

 

「アインは今でも愛の身体を狙っている。間違いない?」

 お姉ちゃんが確認する。その言葉を契機にあの憎たらしい顔を思い出す。

 

 僕の中に宿る霊結晶(セフィラ)の化身、アイン。あいつは僕と殺しあうほど仲が悪い。

 そして、あいつは僕を自分が収まるための器としか思っていない。

 

「間違いないよ。あいつは常に僕の身体を狙ってる。今は霊力を遮断してるからほとんど何もできないけど」

 パソコンのコンセントを抜いて、ウイルスの暴走を防いでいるようなものだ。少しでも隙を見せたら浸食が進む。

 

「霊力を一切使わなければいいけれど……」

「使っちゃってるからね」

 既にエレンとの戦いで天使を顕現させた。これじゃあアル中くらいに信用がない。

 

「一度眠ってからゆっくりと考えたらいい。時間はまだある」

 お姉ちゃんの言葉でまだデートをした当日だったと思い出す。忘れてたけど、結構疲れがたまってる。

 

「うん、それを見越して時間をくれたんだろうし」

 行動で示し、証明する。

 ただ気持ちを伝えるだけじゃない。気持ちを目に見える形にして表現しないといけない。

 

 それはとても難しい。

 

「愛、君は難しく考えすぎるきらいがある。私から一つアドバイスだ」

 部屋に戻ろうとする僕を令音さんが引き留める。その言葉に僕は耳を傾けた。

 

「七罪が求めているものは誠意じゃなくて安心だ。君がいなくならない保証が欲しいんだよ」

「安心……保障」

 わかる気がする。ずっと心配ばかりかけてきたから。

 

「僕の命は僕だけのものじゃない。そういうことでしょ?」

 お母さんが、お父さんが紡いでくれたからここにいる。

 七罪が、お姉ちゃんが、令音さんが。みんなが支えてくれるから『鳶一愛』としていられる。

 

「それがわかっているなら君が道を誤ることはない。足を進めれば、七罪の求めるものに辿り着く」

「うん」

 僕の家族は甘すぎる。

 どれだけ悪いことをしても、許してくれる。後押しまでしてくれる。

 

「大丈夫、愛ならできる」

 お姉ちゃんまで一緒になって勇気づけてくれる。

 

「ありがとう」

 大好きだ。心の底から。




七罪編の構想はかなり昔からありました。ここからが本当の七罪編です。

今回の裏話は戦争の後始末について。
耶倶矢たちの救助や琴里の迅速な避難指示もあったおかげで全員軽症です。フラクシナスを除いて。どこぞのMARIAさんは不満げです。

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