Side愛
自己犠牲を繰り返してきた僕。遂に七罪から愛想を尽かされかけている。
それを回避するために七罪からもらった最後のチャンス。七罪の前からいなくならないと証明すること。
かつてないほどの難題に僕は頭を悩ませていた。
人と交流して何かヒントを掴まないと。
そう思ってアポを取り付けたんだけど。なんでこんなことになってるんだか。
「元気がなさそうね、愛」
嬉しそうな顔をして僕を見ているのはどこぞの司令官様。
「テメーもそんな顔するんでいやがりますね」
肘をついて目を細めるポニテのさっぱり少女。
「なんでいるの?僕、士道さんと話をしたかったんだけど」
「別にいいじゃねーですか。優秀な真那たちが悩みを聞いてやろうってんですから」
真那が偉そうな顔で腕を組んでいる。自分で言うか、それを。
「まあ、相談に乗りたいってのは本当なんだよ。みんな愛くんとなっつんのこと心配してるんだから」
二亜が場を和めようとする。僕と妹ズの間に入る形だ。
「二亜さん、あなたもです。七罪とのことどうやって知ったんですか?」
でも、状況を考えたらこの人も大概なんだよね。なんで攻略済み精霊でもないのにこの家にいるんだか。
「え、いやーそのー」
二亜は明らかに動揺を見せた。
「いやね、愛くんが悩んでるってちょーっと小耳にはさんだから」
「へー、そうですか」
僕が七罪とデートした――つまり七罪に殴られたのは昨日だ。次の日の朝に噂が伝わるわけない。
小耳に挟んだっていうか、天使を使っただろ。
「まあ、別にいいですけど」
二亜に聞かれて不都合なことはない。むしろ、その力を借りることができるなら十分におつりがくる。
「だよね。だよね。大丈夫、お姉さんが力になってあげるから」
目を輝かせて僕の手を握る二亜。本当に調子いいな、この大人。
「それじゃあ遠慮なく相談に乗ってもらいましょうか」
「ああ、聞かせてもらおうか。珍しく俺たちを頼ってくれたんだから」
士道が朗らかに微笑む。少し、いやかなり嬉しそうな顔をしている。
――もう少し早く、頼るべきだったかな。
「事情は事前に話した通りです。僕が暴走して自分をないがしろにしてきたこと。それが遂に七罪の限界を超えてしまいました」
「難しい問題だな」
順当に悩む士道。
「まあ、むしろよく我慢したわよ」
七罪に同情する琴里。
「もーちょっと優しく言ってあげてもよかったんじゃない。って思っちゃったけどね」
明らかに昨日の会話を見てそうな二亜。
「自己犠牲、でいやがりますか。テメーはそんなことする奴には見えなかったんですけどね」
一人明らかに違う反応を見せる真那。
「いや、愛ってずっとそんな奴だっただろ?」
「何を言っていやがりますか、兄様。鳶一愛と言えば、規律を守らず好き勝手する子供じゃねーですか」
士道と真那が顔を突き合わせて互いに首をひねる。僕の印象にギャップがあるようだ。
「あーもう面倒だな。真那、ちょっとじっとしてろ」
「あ、ちょっと。勝手に触らねーでください」
抵抗する真那を軽く押さえておでこに触れる。そして情報を流し込んでやる。
「ほーら、全然痛くないだろ」
「いや、めちゃくちゃ気持ち悪いじゃねーですか。何してくれやがりますか」
暴れたところでもう無駄だ。処置は終了したから。
「愛、お前本当に何したんだ?」
抱えてうずくまる真那。士道はそれを心配そうに見つめる。
大丈夫、害はないから。
「歴史を改変する前の記憶を共有しただけです。真那だけ共有してなかったので」
なんだかんだあって主要メンバーのほとんどは前の記憶を持っている。
だけど、霊力を持ってない真那はできなかった。
さっき話がずれまくってたのはそれが理由だ。
「どうだ、真那?」
「どっちだろーとテメーはムカつく奴ですね」
頭を押さえながら立ち上がる真那。僕のことを恨めしそうに見ている。
どうやらちゃんと記憶を同期できたみたいだ。どっちの世界でも真那と仲悪かったからな。
「なんだよ、折角サービスしてやったのに」
「……偉そうな顔をしやがりますね。フラれる寸前のくせして」
「うっ」
的確に急所を抉ってきやがる。可能な限りオブラートに包んでいたのに。
「まあ、仕方ねーですよ。いつ死ぬかわからねーんじゃ、おちおちデートもできませんから」
「……珍しく正論を言うじゃないか」
いつもよくわからない自論ばかりなのに。
「七罪はあんたに死なれない保証が欲しい。そう言ってたわよね」
琴里が確かめるように呟く。その言葉にこくりとうなずく。
「まー難しい問題だよね。あたしも愛くんに死んでほしくないけど、いい案が思いつかないや」
「二亜さんでもですか」
「アインがかなり曲者なのよね。愛の身体から追い出すこともできないから」
「そう、だから対処法が見つからないんだよ」
アインは
あいつを引きはがすことは不可能だ。
「躾がなってないなら、言うことを聞くまで教育すればいいんでいやがりますよ。拳で」
真那が握りこぶしを作りながら主張する。できるわけないだろ。
「相手は始原の精霊だぞ。普通の精霊相手にひぃひぃ言ってるのに、無理だろ」
この前の戦いの結果はよく知っている。令音さん含めた総力戦をした上で圧倒的に劣勢だったんだ。
しかもあいつは遊び半分。どうにかできるとは思えない。
「こういう相手こそ平和的交渉に持ち込みたいけれど。無理そうだものね」
琴里の意見はもっともだ。始原の精霊に対処するなら力じゃなくて話し合いを選ぶべき――なんだけど。
「あいつの目的は僕の身体だからね」
つまり、最初から道が重ならない。譲歩とかそういう次元を超えているんだ。
可能性を探るけど八方塞がり。改めて事実を突きつけられる。
実際、どうすることもできないから先延ばしにしてるんだけど。どうすればいいんだ。
「なあ、アインってそんなに悪い奴なのかな?」
みんながうつむく中、士道がぽつりとつぶやいた。その言葉は水面の波紋のように広がった。
「士道、あんた何を言って」
「待って、琴里。士道さん、その言葉どういう意味ですか?」
なんだろう。この言葉を聞き逃しちゃいけない気がする。
何か重要な鍵になりそうな。
「いや、そんなに深い意味はないんだけど。前会ったとき、ちょっと思ったんだ」
士道は宥めるような手ぶりをしながら話を続ける。
「そう言えば、士道さんはアインに会ってるんでしたっけ?」
「少しだけな」
以前の戦いでアインが出てきたとき、士道は現場に居合わせていた。細かいことは聞いてなかった。
「士道さん、思ったことをもっと教えて下さい。抽象的でもいいので、可能な限り詳しく」
士道の記憶を具体化しろ。多分そこには何かがある。
「あいつさあ、俺のことを義兄扱いしてたんだよ。折紙がいろいろ言ったから」
お姉ちゃんが『士道は私の旦那様』とか言ったんだろう。で、アインがそれを真に受けたと。
「それでさ、俺が天使を使うのを止めろって言ったら止めたんだよ。家族の言うことだからってな」
「何ですって⁉」
琴里が驚愕した声を上げる。琴里すら知らなかったのかよ。
「どうしてそんな大事なことを言わないのよ、このアホ兄は」
「いや、その後色々立て込んでただろ。言う暇がなくて」
「あれから一か月経ってんのよ。いくらでも言う暇あったでしょうが」
普通に忘れてたんだな。まあ、本当にいろいろあったから仕方ないかもしれない。
でも、ここで言ってくれたのは大きい。
「家族の言うことだから従った。そういうことですね?」
「多分な。俺もあいつの中で家族認定されたんだと思う」
七罪やお姉ちゃんを大事な人として分類している。そして、その人の言うことなら聞くということか?
「だとすれば、七罪か折紙に言うことを聞かせれば」
琴里が良策を思いついたようだけど、事態はそう単純じゃない。
「いや、無理だろうね。アインは異常なほど僕の身体を器として執着している」
どうしてかはわからないけど、僕のことをどうしても消したがっている。
「アインって愛くんの身体に拘り過ぎなんだよね」
「二亜さんもそう思いますか?」
二亜は口元を歪めながらうなずく。僕と同じ結論に辿り着いていたようだ。
「いろいろと不自然だよね。自由になりたいなら他に方法がいくらでもあるだろうに」
「やっぱりそうですよね。あいつほどの力があるなら、この身体に拘る必要なんてない」
前々から思っていた。非効率すぎるって。
「どういう意味なのよ、愛?」
「手段を選ばなければ、あいつはとっくに自由になってるってことだよ。とにかく、あいつは僕の身体に拘ってるのは間違いない」
気持ちのいい話ではないし、あんまり話したくないかな。今の時点でやってないなら、これからもやらないだろうし。
「じゃあ、そのプランも厳しそうね。悪い考えじゃなかったんだけど」
「いや、それも大事だと思うけど。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ」
士道の言葉に全員が目を丸める。これだけの情報出しておいて、言いたかったことは別にあると?
「どういうことですか、士道さん」
「う~ん、なんだろうな。他の精霊のみんなに似てたんだよ」
士道は悩みながら話を続ける。かなり意外な方向に。
「私や十香たちとあいつが?」
琴里は嫌そうな顔で士道を見ている。
「みんな、封印する前はいろいろやってただろ。そのときと同じ感じがしたっていうか」
「ま~、いろいろやってたみたいだね。特にみっきーなんて大胆に暴れちゃって」
二亜が黒い背表紙の本を開きながら語る。今までの精霊たちの行動を振り返ってるんだろう。
美九は大量洗脳していたからな。他の精霊も大体街を吹き飛ばしてる。
「みんな悪いことをしようとしてやったんじゃなかった。嫌なことがあって、鬱憤が溜まって、どうしても逃げ出したくて」
随分とまあ可愛らしい言い方をするな。士道らしいけど。
「アインも一緒だって?愛くんを乗っ取ろうとしているのに?」
二亜が目を細めて士道を見つめる。僕も二亜と同じような心境だ。
士道の言いたいことはわからないでもない。でも、甘すぎてこのまま聞く気にはなれない。
「……いや、違うな。みんなを言い訳に使っちまった。一番似てたのは昔の俺だ」
士道は深呼吸をして吐き出した。まるで、自分の中の淀みを織り交ぜるように。
「昔の兄様でいやがりますか?」
「俺、小さいころに引き取られたんだよ。それで最初のころは家族を……試すようなことをしちまった」
士道が言いづらそうにぽつぽつと話す。まるで自分自身をえぐるように。
「……そうね。昔は色々あったわね」
琴里が少ない言葉で同意した。いろいろ知っている上で呑み込んだんだろう。
「愛されてるって実感が欲しかった。この幸せが俺の手から離れないんだって確かめたかった。間違ってるだなんて、多分最初からわかってた」
「少年……」
批判的だった二亜も勢いを引っ込める。士道の言葉には重みがあった。
「あいつも一緒なんじゃないかな。俺は昔の自分に少し重ねちまった」
ただの同情――それで切り捨てられるほど今の話は軽くない。
「あいつにも、何か悩みがあるんじゃないかな?」
というより、士道は本質を突いたんじゃないか。アインという存在の核を。
「……まさか?」
一気に記憶が駆け巡る。
オーシャンパークで初めて存在を知ったとき。
或美島で顔を合わせたとき。
令音さんを攻撃したとき。
あいつはなんて言っていた?
『――不甲斐ないなぁ。それでも本当に鳶一愛なの?情けなくて格好悪いなぁ』
『ああ、これ?お姉ちゃんの”情報”をもとに作ったんだ。いいでしょ?』
『お前なんか家族じゃない。私の家族は七罪とお姉ちゃんだけで十分だ!』
子供っぽい性格。家族への執着。
手段を選ばないスタンス。難しい天使を自在に操る頭脳。
一つの仮説を立てたとき、全てが一本の線で繋がる。いや、むしろどうして今まで気づかなかったんだ?
「アインの正体は……まさか?」
アインは感情の化け物。その感情は、どこから来てるんだ?
「直接、確かめるか」
崇宮澪がただの邪悪ではないように。あいつもただの邪悪ではないはずだ。
♦♦♦
白と黒が混ざり合う混沌の世界。僕かあいつの心象風景だとでもいうのだろうか。
浮いているのか歩いているのかもわからない。あるのは意識と力の流れだけだ。
「久しぶりだな、アイン」
目の前には鎖でがんじがらめにされた女がいる。僕の封印がここではこのような形になっている。
モデルのような大胆な体つき。絹糸のように白く艶やかな髪。
クールな顔立ちと青い瞳。
精霊化した僕の、いやアインの姿か。まるで大人モードの七罪とお姉ちゃんを混ぜ込んだようだ。
射殺さんばかりの瞳で僕をにらみつけている。
「そんな名前で呼ばないでよ。あの女がつけた名前なんて、反吐が出る」
令音さんが考えた『アイン』という名前。こいつは気に入らないようだ。
いや、令音さんを嫌悪しているといった方が正しいか?坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって感じだ。
「どうしてそんなに令音さんを嫌うんだ。あの人もお姉ちゃんと同じ家族だろ」
「違う。あの女は私を裏切った。信用できるわけない」
僕の言葉へ噛みつくように否定する。令音さんのことを毛嫌いしているようだ。
「むしろあの女と呑気に暮らすお前が理解できない」
「あの人がどういう立場に置かれていたかよく知っている。感謝こそすれ、恨む気持ちは全くない」
崇宮真士と僕たちを天秤にかけ、崇宮真士を取った。その気持ちは理解できるし、責めるつもりもない。
その決断をした後に、再び僕に手を差し伸べてくれたんだ。僕にとってはそれで十分。
ただ、こいつはそれを理解するつもりはないようだ。眉を潜めて嫌そうな顔をはっきり見せている。
予感が確信に変わっていく。こいつの歪さが改めて目に見えてきた。
「ふん、まあどうでもいいよ。どうせあと二、三か月の命なんだし」
アインは鼻で笑った。
その目はよく知っている。
自分より劣ると思った者を下に見る。傲慢なものだ。
ああ、なんて愚かなんだろう。愚かすぎて、見てるだけで溜息が出る。
「なあ、アイン。どうしてこの身体に拘るんだ?」
その感情を呑み込んでさらにもう一歩踏み込む。あと少し、決定的な何かが欲しい。
「は、何が言いたいの?意味わからないんだけど」
「お前がただ自由になりたいなら、器なんて適当に用意すればいいじゃないか。崇宮澪のように」
崇宮澪もこいつと同じ
「僕を殺して霊力の器を作る。それが最善策だと思うけれど」
何もわからなかった誕生直後とは違う。
「仮にそれができないとしても、器なんて僕よりもっといいものがいっぱいある。霊結晶に適合したみんなの身体や、
道徳をゴミ箱に捨てたら、そっちの方が遥かに効率的だ。少なくともただの人間を時間かけて改変するより。
「お前は何がしたいんだ?どうして『鳶一愛』になりたい?」
視線が交差して、長い沈黙が流れる。できれば、僕の予想が当たっていて欲しいところだ。
「意味がない。『鳶一愛』じゃないと、意味がないんだよ」
その言葉は小さくもはっきりと響いた。鼓膜と一緒に心まで震わす言葉。
「私は愛情が欲しい。家族が欲しい。普通の幸せが欲しい。そのためなら、なんだってやる」
なんてのことのない幸せを求めて。そのために手段を取り違える。
「そうか……」
哀れで愚かな怪物。そこにもう、疑う余地なんかない。
古い鏡を見せられるのは嫌なものだな。叩き壊したくなる。
「お前のやり方だと欲しいものが手に入らないぞ」
「何、死にたくないから命乞い?私がお前の言葉を聞くわけないじゃん」
鎖をガチャガチャと言わせながら暴れるアイン。まるで、かんしゃくを起こす子供のようだ。
「私はお前の全てを奪い取る。七罪の愛情もお姉ちゃんの愛情も全部私のものだ」
覚悟と憎悪に満ちた瞳は僕を殺すために燃えている。感情に火をくべて力と行動に変えている。
「アイン、お前のことを勘違いしていた。……そうだな、お前は初めから言ってたもんな」
私が『鳶一愛』だって。
そう主張し続けていた。その名前に捕らわれていた。
身勝手に従う相手を選んで、すり寄っていく。何が何でも愛情を独占しようとする。
なんて傲慢なんだろうか。
「少し待ってろ。お前を救い上げてやるから」
こいつの目を覚まさせないといけない。全ては僕が、『鳶一愛』が蒔いた種なのだから。
今回の裏話は『鳶一愛』という呼称について。
作者はずっとこいつを『鳶一愛』という呼称を使い続けていました。それには意味があります。
愛くんとアイン。二人揃って『鳶一愛』です。
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