ヒロインは七罪   作:羽国

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意地と願いをかけた戦争

Side七罪

 

 約束の夜。精霊マンションの屋上では冷たい風が吹いていたわ。

 星空が静かに瞬いて、私の姿を照らす。時計を見るともうすぐ約束の九時。

 

「愛、大丈夫かしら?」

 

 自分で言っておいてなんだけど。三日で私の前から消えない保証をしろって、結構な無茶ぶりよね。

 せめて一週間くらいあげた方が良かったかしら?

 

 いや、でもあんまり時間空けるのもそれはそれで変な感じだし。長い間一人でぼーっと待ってるのも嫌だし。

 

 そんなどうでもいいことを考えていたら屋上の扉が空いたわ。良かった、ちゃんと来てくれた。

 私の姿を見て真っすぐこっちへ歩いてくる。淀みのない足取りで。

 

 準備が間に合わなかった――なんてことはなさそうね。顔を見ればわかるわ。

 それじゃあ、早速答えを聞かせてもらおうかしら。

 

「久しぶりだね、二人とも」

 

 突如、変な声が響いた。まるでボースチェンジャーでも使ってるような男か女かもわからない声が。

 声のもとを見ると、私と愛の間くらいで変な存在が立っていた。

 

「あんた何して――」

「悪いけど、移動させてもらうよ」

 不気味な声が合図をする。

 

 その声と共に世界が急に切り替わった。星の輝く夜から光のない変な空間に。

 まるで明かりの消えたプラネタリウム。

 

「これはまさか、隣界?」

 精霊たちが住む、この世ではない世界。

 やった本人の姿を見やる。なぜか知らないけど、()()()()()隠蔽工作をまだ続けてる。

 

「どういうつもりよ、令音?」

 仮面を剥ぎとるように顔を撫でると見知った顔が現れる。

 

「顔を隠しているときはその名前で呼ばないで欲しい。君たち以外にバレては困るからね」

 目の下にしっかりと刻まれたクマ。少しウェーブのかかった長い髪。

 掴みどころのない雰囲気。以前より少し柔らかくなった表情。

 

 紛れもなく、村雨令音だったわ。

 

「ふーん。あんたがラスボスだって隠してるの?」

「ラスボスか。言いえて妙だね。確かに私は最後に立ちはだかる敵になるだろう」

 

 私たちを助けていたラタトスクの解析官。その正体は私たち最大の敵、始原の精霊。

 

「ただ、しばらくそのつもりはない。今の私は彼らの保護者だ」

「なるほどね」

 何故か今は愛の義理の家族やってるけど。

 

「あんたと愛の関係は知ってるわ。でも、ここで出てくるのはマナー違反じゃないの?」

 この場は私と愛のためのもの。家族であろうと、横槍を許す気はないわ。

 

「ああ、わかっているとも。今日の私はただの舞台装置だ」

 令音は私の言葉を肯定する。敵意がないことをアピールするみたいに。

 

「舞台装置?」

「そうだよ、僕が頼んだんだ。これからすることに令音さんの力が不可欠だから」

 私の疑問に愛が答える。コツコツと歩いてこちらに向かっているわ。

 

 疑問はいろいろある。私に何も言わずにって勝手に令音を呼んでって気持ちも。

 でも、そんなことはどうでもよくなったわ。愛の持っているものを見てしまったら。

 

「あんたがどうして――霊結晶(セフィラ)を持ってるの?」

 思わず目を疑ったわ。おぼろげな記憶の中にしか存在しないけど、それは確かに霊結晶(セフィラ)だった。

 

 翡翠の輝きを放つ大きな結晶。見ているだけで呑み込まれそうになる圧倒的な力。

 人間を精霊に変えてしまう不思議な宝石。その正体は崇宮澪の、始原の精霊の力の一部。

 

 私の中にもある、霊力の塊。それが何で愛の手に?

 

「創ったんだよ。僕も始原の精霊なんだから、できない道理はない」

「創った?」

 霊結晶ってそんなに簡単に創れるものなの?理解が追い付かない。

 

「元々霊結晶は私の中の霊力を切り分けたものだ。同じ始原の精霊たる愛にもできるはずだ」

 令音の説明を聞いてようやく頭が回り始める。

 冷静に考えてみると、言われてみればその通り。愛も始原の精霊なんだから霊結晶(セフィラ)を創れてもおかしくないのかもしれないわ。

 

「七罪の中に霊結晶がある以上、士道さんは完成しない。でも、僕は七罪を渡す気も死なせる気もない」

「それは、そうね」

 

 私も士道とキスするなんて嫌。でも、私の中にある霊結晶は私が死なないと取り出せない。

 それがずっと悩みの種になってた。先延ばしし続けてきたけど。

 

「だから考えたんだよ。代わりの霊結晶を入れてしまえばいいって」

「……あんた無茶苦茶考えるわね」

 私に死んでほしくないから霊結晶を創りましょうって。簡単に言ってくれちゃって。

 

「いろいろ相談したけど、これと七罪の中の霊結晶を交換したら万事OK」

「安全対策についてもぬかりない。君の承諾さえあれば、すぐにでも始められる」

 とんとん拍子で話を進めていく優秀な変人ども。愛と令音は楽しそうにうなずき合ってるわ。

 知らないとことで大問題を解決してくれたみたいね。

 

 でも、それで大団円とはいかないわ。今、愛は精霊の力を使ったって自ら白状したんだもの。

 

「それで、霊結晶のことはわかったわ。私のために頑張ってくれたことも、感謝してる」

 私を想う気持ちは理解してるつもり。だけど、それとこれとは話が別。

 

「で?そのためにあんたはまた始原の精霊に一歩近づいたっての?自分の命を削って」

 愛はまた私のために自分を犠牲にした。私のためなら自己犠牲をするって行動で示した。

 

「そもそも、今日の本題はそれじゃないわよね」

 今日の本題はあくまで愛のこと。

 

 愛が私のもとから消えてない。それを証明しろって言ったはず。

 

「あんたは私の願いを踏みにじりに来たのかしら?」

 自然と視線が険しくなる。

 

 あんたはそんなことしない。そうよね、愛?

 

「安心してよ、七罪。ここまでは前座。本題はここからだよ」

 愛はにやりと笑ったわ。

 

 怒るのも否定するのも全部聞いてからでいい。そのときはそのときよ。

 聞いてあげましょうか。常に予想の斜め上を行く愛の考えを。

 

「この霊結晶の中には、僕の情報が含まれている」

「は?」

 愛の言葉は意味がわからなかった。

 

「これが僕を生かす楔になるんだ」

 でも、その後の説明はもっと意味がわからなかったわ。

 

 愛は正気を疑うような作戦を語り続けた。

 自分の運命を全部私に預ける。それを前提にした作戦を。

 

 私が失敗したら愛は存在ごと消えてなくなる。そう微笑を浮かべながら語ったわ。

 

「あんた、本気?」

「本気も本気だよ。七罪にあいつを説得してほしい」

 愛は語り続ける。いつも通り得意げな顔で。

 

「相手は始原の精霊だ。力ではどうにもならないし、七罪以上の交渉役はいないよ」

 交渉役って。そんな生易しいもんじゃないでしょ。

 

「それが証明になるとでも思ってるの?私だったら甘い顔して呑み込むって?」

 こんなことが言いたかったんじゃないのに。どんどんと言葉が荒くなる。

 

「ふっざけるんじゃないわよ!。私は、私はそんなものが聞きたかったんじゃない」

 

 ヒステリックに喚いて。ただただ面倒な女になってる。

 

「私は危ない橋なんか渡ってほしくない。死んでほしく……ない」

 

 私はただ、普通の幸せが欲しかっただけなのに。

 

「戦わずにシェルターの中でじっとしてる。簡単なことでしょう?」

 

 愛が馬鹿なこと考えて。折紙が暴走して。

 それを押さえるのに苦労して。ため息を吐きながら、案外悪くないって考える。

 

「どうしてそれすらできないの?」

 

 そんな忙しない日々がこれからも続いて欲しい。それだけなのよ。

 

「僕はアインを救いたい。あのどうしようもない馬鹿を放っておきたくない」

「何……言ってるの?」

 相手は自分を殺そうとした奴よ。それを救いたいですって?

 

「あいつはね、『鳶一愛』なんだよ。本人がそう言ってたし、僕もそう思ってる」

 

「わかんない、わかんない。何言ってるのか、これっぽっちもわかんない」

 真面目な顔して言われても全然納得できない。理解すら無理。

 

「僕はあいつで、あいつも僕なんだ。だから、あいつを救わなきゃいけない」

「自分を殺そうとした相手と友達になりましょうって?甘ったるいこと考えてるんじゃないわよ」

「そういう話じゃないんだ。あいつの悪行は、僕にも責任があるんだから」

 

 互いに譲らない状況。もう腐るほど見てきた。そして、いつも私が折れてきた。

 

 でも、今回は違う。折れる気はない。

 

「あー、もう疲れた。あんた馬鹿だからもう何も考えなくていいわよ。私が首輪つけて一生縛っておくから」

 

 自分でも何言ってるんだって思う。頭が勝手に愛に言うこと聞かせる方法を考えてる。

 

「二十四時間ずーっと隣であんたのことを見張るの。それで、あんたが次霊力使ったら二人一緒に心中」

 

 意識が海の底に沈んでいくみたい。

 暗く淀んだ頭で必死に愛に勝とうとしてる。愛をぎちぎちに絞めつけようとしている。

 

「それが嫌なら、わかるわね?」

 

 馬鹿みたい。でも、もうそれでいい。

 どうせ今の幸せを手放したらもう先はない。だったら、命がけでしがみついてやるわ。

 

 例え、愛の足を引っ張ることになっても。

 

「君たち、私がいること忘れていないだろうね?」

 

 後ろから呆れたような声がかけられる。一瞬、明らかに気まずい雰囲気が流れる。

 すっかり忘れてたわ。そう言えば令音がいたわね。

 

「流石にそんな会話を目の前でされるとね。私も背景ではいられない」

「そ、そうよね」

「あはは、ごめん令音さん」

 

 私なに言ってんのかしら?あんなの聞かれたら生きていけないわよ。

 

「君たちの関係は不健全で魅力的だね。少し、羨ましくなるじゃないか」

 

 令音は困ったような、嬉しそうな顔をしてるわ。まあ、こいつも思うところがあるんでしょう。

 保護者としては勿論のこと。恋人に先立たれた身としても。

 

 頭が少し冷えたわ。これで、もうちょっと落ちついて話ができるでしょ。

 

「勢いに乗って言い過ぎた部分があるのは認めるわ。でも、撤回する気はないわよ」

 私は悪くない。悪いのは愛よ。

 

「でも、僕も譲れない。あいつは、アインは救わないといけない」

 愛はまだ馬鹿なことを言ってる。本当に力づくで首輪してやろうかしら?

 

「そうか。では二人の願いを両方とも採用するのはどうだろう?」

 令音は両手を合わせて提案する。言いこと思いついたと言わんばかりに。

 

「どういう意味よ、令音?」

「簡単な話だ。七罪は愛の霊結晶を受け入れる。愛は七罪の監視を受け入れる。そして、相手を説得した方の主張が通る」

 

 令音は手を交差して私と愛の両方を指さす。交換条件ってことかしら?

 

「どうして私が譲歩する前提で動いてるのよ。私が譲歩する理由なんてないんだけど?」

 

 喧嘩したから折衷案って言いたいんでしょうけど。私に受けるメリットがないわ。

 

「譲歩ではないさ。これから主導権は君が握り続けるのだから。君が手綱を放すまで」

「……それはそうね」

 

 私が霊結晶を受け入れたところで、愛の言う通りにしなきゃいけないわけじゃない。この計画は私が協力するのが大前提なんだから。

 

「ただひたすらに、愛が霊力を使わないよう監視する。それができたら君の願いはかなったも同然だ」

「私が根負けしたら負けってこと?」

「その通りだ。ありきたりな言い方をすれば。七罪、君の気持ち一つで全て決まる」

 

 疲れるけど、それだけ。私が折れない限り負けはない。

 

「やるかい?」

 

 令音は穏やかな顔で挑発的にそう言ったわ。まるで私の気持ちを試すみたいに。

 上等じゃない。気持ちで決まると言われちゃ逃げられないわよ。

 

「私は負ける気なんてない。せっかく創ってもらった霊結晶だし、貰っておくわ。あんたの情報は使わせないけど」

 愛の方を見る。私同様、覚悟を決めた目をしてた。

 

「僕もいいよ。その程度のことはしないと、筋を通せない」

 まともな顔をするようになったじゃない。まあ、勝つのは私だけど。

 

「決まりだ。思う存分、気持ちをぶつけあうといい。私は後ろで見ているよ」

 令音はそう言って一歩引いたわ。こいつ、舞台装置というか仲介役だったわね。

 

「私前から思ってたのよ。躾のなってない馬鹿は一回教育しないといけないって」

 

 腕を組んで愛のことを見つめる。ええとても楽しそうね。

 これをきっかけに愛に言うこと聞かせるられたら。ふふふ、絶対に勝つわよ。

 

「七罪の要望は聞きたいけど。聞いてあげられないこともあるんだよ」

 生意気ね。だからこそ、叩き潰す意味があるわ。

 

『さあ、私(僕)たちの戦争(デート)を始めましょう』

 私たちの意地と願いをかけた戦争が始まったわ。

 

♦♦♦

 

「それで、早速霊結晶の交換をやるの?」

 わざわざ隣界に連れてきてるわけだし。初めからそのつもりだったんでしょ。

 

「もちろんだよ。お願い令音さん」

「ようやく、だね。これで本来の役目を果たせる」

 

 あの令音が胃もたれしたような顔してるわ。

 明らかに私たちの間に挟んじゃったし。なんというか、今回ばかりは申し訳なく思うわね。

 

「やること自体はとてもシンプルだ。今君の中にある霊結晶を取り出して、新しい霊結晶を入れる」

 聞いてる限り本当にシンプルね。ただ、何となく嫌な予感がするわ。

 

「まあ言ってしまえば心臓移植のようなものだ。そう難しいものでもない」

「どこが⁉あんた医者馬鹿にしてるの?」

 

「?」

 あ、ダメだこいつ。首捻ってる。

 なんでそれを簡単だと思ってるのよ。

 

「正直、霊結晶を創るより難しいことがあると思えない。手術ぐらいできるでしょ」

 そんな黄昏ながら言われても。大変だったんでしょうけど。

 

「安心していい。この世で最も霊力の扱いに長けた二人だ」

「いや、そうなのかもしれないけどねぇ」

 こいつら優秀だけど感覚バグってるのよ。

 

「七罪は僕たちに命を預けるの不安?」

「……その言い方はずるいわよ」

 

 愛に命を預けられない?そんなわけがないじゃない。

 だったら冗談でも心中なんて言わないわよ。

 

「はぁ、わかったわ。あんたのこと信じるわよ」

「うん、任せて」

 嬉しそうに言ってくれちゃって。この面倒な作業の何が楽しいんだか。

 

「イメージとしては本当に心臓移植に近い。一度仮死状態にして霊結晶を抜く。その後、なるべく間を置かずに新しい霊結晶を入れるんだ」

「本当に手術みたいね」

 ドキドキする。このままぽっくり逝ったら笑えないわよ。

 

「では、一気に行こうか。失礼するよ、七罪」

「え?」

 白いリボンのような武器が私の心臓を貫いたわ。胸からはシンプルな凶器が生えてる。

 

「令音、あんた……」

 完全に不意打ちじゃない。

 

「心臓を止めると言ったじゃないか」

 少し困った顔の令音を見ながら、私は倒れ込む。確かに、言ったけどねぇ。

 

 どんどん意識がかすむ。ははは、思い出がどんどん頭を駆け巡っていくわ。

 これが走馬灯ってやつかしら。

 

 愛と出会ったこと。正体がばれて、勝負したこと。

 折紙から逃げるようにアメリカに行ったこと。アホみたいに戦いまくったこと。

 

 四糸乃とみんなと出会えたこと。愛と恋人になれたこと。

 

 全部、私なんかには過ぎた思い出よ。

 でも、これで終わってやらないんだから。絶対に。




愛くんが霊結晶を創って七罪に渡す。これを考えたのがもう一年前ですか。時の流れは早いものです。

今回の裏話は霊結晶について。

令音のアドバイスを元に一か月ほどかけて創りました。断罪覇王に保存してある七罪の情報を基に色々調整したんですね。

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