ヒロインは七罪   作:羽国

134 / 159
意地と願いをかけた戦争

Side七罪

 

 約束の夜。精霊マンションの屋上では冷たい風が吹いていたわ。

 星空が静かに瞬いて、私の姿を照らす。時計を見るともうすぐ約束の九時。

 

「愛、大丈夫かしら?」

 

 自分で言っておいてなんだけど。三日で私の前から消えない保証をしろって、結構な無茶ぶりよね。

 せめて一週間くらいあげた方が良かったかしら?

 

 いや、でもあんまり時間空けるのもそれはそれで変な感じだし。長い間一人でぼーっと待ってるのも嫌だし。

 

 そんなどうでもいいことを考えていたら屋上の扉が空いたわ。良かった、ちゃんと来てくれた。

 私の姿を見て真っすぐこっちへ歩いてくる。淀みのない足取りで。

 

 準備が間に合わなかった――なんてことはなさそうね。顔を見ればわかるわ。

 それじゃあ、早速答えを聞かせてもらおうかしら。

 

「久しぶりだね、二人とも」

 

 突如、変な声が響いた。まるでボースチェンジャーでも使ってるような男か女かもわからない声が。

 声のもとを見ると、私と愛の間くらいで変な存在が立っていた。

 

「あんた何して――」

「悪いけど、移動させてもらうよ」

 不気味な声が合図をする。

 

 その声と共に世界が急に切り替わった。星の輝く夜から光のない変な空間に。

 まるで明かりの消えたプラネタリウム。

 

「これはまさか、隣界?」

 精霊たちが住む、この世ではない世界。

 やった本人の姿を見やる。なぜか知らないけど、意(・)味(・)の(・)な(・)い(・)隠蔽工作をまだ続けてる。

 

「どういうつもりよ、令音?」

 仮面を剥ぎとるように顔を撫でると見知った顔が現れる。

 

「顔を隠しているときはその名前で呼ばないで欲しい。君たち以外にバレては困るからね」

 目の下にしっかりと刻まれたクマ。少しウェーブのかかった長い髪。

 掴みどころのない雰囲気。以前より少し柔らかくなった表情。

 

 紛れもなく、村雨令音だったわ。

 

「ふーん。あんたがラスボスだって隠してるの?」

「ラスボスか。言いえて妙だね。確かに私は最後に立ちはだかる敵になるだろう」

 

 私たちを助けていたラタトスクの解析官。その正体は私たち最大の敵、始原の精霊。

 

「ただ、しばらくそのつもりはない。今の私は彼らの保護者だ」

「なるほどね」

 何故か今は愛の義理の家族やってるけど。

 

「あんたと愛の関係は知ってるわ。でも、ここで出てくるのはマナー違反じゃないの?」

 この場は私と愛のためのもの。家族であろうと、横槍を許す気はないわ。

 

「ああ、わかっているとも。今日の私はただの舞台装置だ」

 令音は私の言葉を肯定する。敵意がないことをアピールするみたいに。

 

「舞台装置?」

「そうだよ、僕が頼んだんだ。これからすることに令音さんの力が不可欠だから」

 私の疑問に愛が答える。コツコツと歩いてこちらに向かっているわ。

 

 疑問はいろいろある。私に何も言わずにって勝手に令音を呼んでって気持ちも。

 でも、そんなことはどうでもよくなったわ。愛の持っているものを見てしまったら。

 

「あんたがどうして――霊結晶(セフィラ)を持ってるの?」

 思わず目を疑ったわ。おぼろげな記憶の中にしか存在しないけど、それは確かに霊結晶(セフィラ)だった。

 

 翡翠の輝きを放つ大きな結晶。見ているだけで呑み込まれそうになる圧倒的な力。

 人間を精霊に変えてしまう不思議な宝石。その正体は崇宮澪の、始原の精霊の力の一部。

 

 私の中にもある、霊力の塊。それが何で愛の手に?

 

「創ったんだよ。僕も始原の精霊なんだから、できない道理はない」

「創った?」

 霊結晶ってそんなに簡単に創れるものなの?理解が追い付かない。

 

「元々霊結晶は私の中の霊力を切り分けたものだ。同じ始原の精霊たる愛にもできるはずだ」

 令音の説明を聞いてようやく頭が回り始める。

 冷静に考えてみると、言われてみればその通り。愛も始原の精霊なんだから霊結晶(セフィラ)を創れてもおかしくないのかもしれないわ。

 

「七罪の中に霊結晶がある以上、士道さんは完成しない。でも、僕は七罪を渡す気も死なせる気もない」

「それは、そうね」

 

 私も士道とキスするなんて嫌。でも、私の中にある霊結晶は私が死なないと取り出せない。

 それがずっと悩みの種になってた。先延ばしし続けてきたけど。

 

「だから考えたんだよ。代わりの霊結晶を入れてしまえばいいって」

「……あんた無茶苦茶考えるわね」

 私に死んでほしくないから霊結晶を創りましょうって。簡単に言ってくれちゃって。

 

「いろいろ相談したけど、これと七罪の中の霊結晶を交換したら万事OK」

「安全対策についてもぬかりない。君の承諾さえあれば、すぐにでも始められる」

 とんとん拍子で話を進めていく優秀な変人ども。愛と令音は楽しそうにうなずき合ってるわ。

 知らないとことで大問題を解決してくれたみたいね。

 

 でも、それで大団円とはいかないわ。今、愛は精霊の力を使ったって自ら白状したんだもの。

 

「それで、霊結晶のことはわかったわ。私のために頑張ってくれたことも、感謝してる」

 私を想う気持ちは理解してるつもり。だけど、それとこれとは話が別。

 

「で?そのためにあんたはまた始原の精霊に一歩近づいたっての?自分の命を削って」

 愛はまた私のために自分を犠牲にした。私のためなら自己犠牲をするって行動で示した。

 

「そもそも、今日の本題はそれじゃないわよね」

 今日の本題はあくまで愛のこと。

 

 愛が私のもとから消えてない。それを証明しろって言ったはず。

 

「あんたは私の願いを踏みにじりに来たのかしら?」

 自然と視線が険しくなる。

 

 あんたはそんなことしない。そうよね、愛?

 

「安心してよ、七罪。ここまでは前座。本題はここからだよ」

 愛はにやりと笑ったわ。

 

 怒るのも否定するのも全部聞いてからでいい。そのときはそのときよ。

 聞いてあげましょうか。常に予想の斜め上を行く愛の考えを。

 

「この霊結晶の中には、僕の情報が含まれている」

「は?」

 愛の言葉は意味がわからなかった。

 

「これが僕を生かす楔になるんだ」

 でも、その後の説明はもっと意味がわからなかったわ。

 

 愛は正気を疑うような作戦を語り続けた。

 自分の運命を全部私に預ける。それを前提にした作戦を。

 

 私が失敗したら愛は存在ごと消えてなくなる。そう微笑を浮かべながら語ったわ。

 

「あんた、本気?」

「本気も本気だよ。七罪にあいつを説得してほしい」

 愛は語り続ける。いつも通り得意げな顔で。

 

「相手は始原の精霊だ。力ではどうにもならないし、七罪以上の交渉役はいないよ」

 交渉役って。そんな生易しいもんじゃないでしょ。

 

「それが証明になるとでも思ってるの?私だったら甘い顔して呑み込むって?」

 こんなことが言いたかったんじゃないのに。どんどんと言葉が荒くなる。

 

「ふっざけるんじゃないわよ!。私は、私はそんなものが聞きたかったんじゃない」

 

 ヒステリックに喚いて。ただただ面倒な女になってる。

 

「私は危ない橋なんか渡ってほしくない。死んでほしく……ない」

 

 私はただ、普通の幸せが欲しかっただけなのに。

 

「戦わずにシェルターの中でじっとしてる。簡単なことでしょう?」

 

 愛が馬鹿なこと考えて。折紙が暴走して。

 それを押さえるのに苦労して。ため息を吐きながら、案外悪くないって考える。

 

「どうしてそれすらできないの?」

 

 そんな忙しない日々がこれからも続いて欲しい。それだけなのよ。

 

「僕はアインを救いたい。あのどうしようもない馬鹿を放っておきたくない」

「何……言ってるの?」

 相手は自分を殺そうとした奴よ。それを救いたいですって?

 

「あいつはね、『鳶一愛』なんだよ。本人がそう言ってたし、僕もそう思ってる」

 

「わかんない、わかんない。何言ってるのか、これっぽっちもわかんない」

 真面目な顔して言われても全然納得できない。理解すら無理。

 

「僕はあいつで、あいつも僕なんだ。だから、あいつを救わなきゃいけない」

「自分を殺そうとした相手と友達になりましょうって?甘ったるいこと考えてるんじゃないわよ」

「そういう話じゃないんだ。あいつの悪行は、僕にも責任があるんだから」

 

 互いに譲らない状況。もう腐るほど見てきた。そして、いつも私が折れてきた。

 

 でも、今回は違う。折れる気はない。

 

「あー、もう疲れた。あんた馬鹿だからもう何も考えなくていいわよ。私が首輪つけて一生縛っておくから」

 

 自分でも何言ってるんだって思う。頭が勝手に愛に言うこと聞かせる方法を考えてる。

 

「二十四時間ずーっと隣であんたのことを見張るの。それで、あんたが次霊力使ったら二人一緒に心中」

 

 意識が海の底に沈んでいくみたい。

 暗く淀んだ頭で必死に愛に勝とうとしてる。愛をぎちぎちに絞めつけようとしている。

 

「それが嫌なら、わかるわね?」

 

 馬鹿みたい。でも、もうそれでいい。

 どうせ今の幸せを手放したらもう先はない。だったら、命がけでしがみついてやるわ。

 

 例え、愛の足を引っ張ることになっても。

 

「君たち、私がいること忘れていないだろうね?」

 

 後ろから呆れたような声がかけられる。一瞬、明らかに気まずい雰囲気が流れる。

 すっかり忘れてたわ。そう言えば令音がいたわね。

 

「流石にそんな会話を目の前でされるとね。私も背景ではいられない」

「そ、そうよね」

「あはは、ごめん令音さん」

 

 私なに言ってんのかしら?あんなの聞かれたら生きていけないわよ。

 

「君たちの関係は不健全で魅力的だね。少し、羨ましくなるじゃないか」

 

 令音は困ったような、嬉しそうな顔をしてるわ。まあ、こいつも思うところがあるんでしょう。

 保護者としては勿論のこと。恋人に先立たれた身としても。

 

 頭が少し冷えたわ。これで、もうちょっと落ちついて話ができるでしょ。

 

「勢いに乗って言い過ぎた部分があるのは認めるわ。でも、撤回する気はないわよ」

 私は悪くない。悪いのは愛よ。

 

「でも、僕も譲れない。あいつは、アインは救わないといけない」

 愛はまだ馬鹿なことを言ってる。本当に力づくで首輪してやろうかしら?

 

「そうか。では二人の願いを両方とも採用するのはどうだろう?」

 令音は両手を合わせて提案する。言いこと思いついたと言わんばかりに。

 

「どういう意味よ、令音?」

「簡単な話だ。七罪は愛の霊結晶を受け入れる。愛は七罪の監視を受け入れる。そして、相手を説得した方の主張が通る」

 

 令音は手を交差して私と愛の両方を指さす。交換条件ってことかしら?

 

「どうして私が譲歩する前提で動いてるのよ。私が譲歩する理由なんてないんだけど?」

 

 喧嘩したから折衷案って言いたいんでしょうけど。私に受けるメリットがないわ。

 

「譲歩ではないさ。これから主導権は君が握り続けるのだから。君が手綱を放すまで」

「……それはそうね」

 

 私が霊結晶を受け入れたところで、愛の言う通りにしなきゃいけないわけじゃない。この計画は私が協力するのが大前提なんだから。

 

「ただひたすらに、愛が霊力を使わないよう監視する。それができたら君の願いはかなったも同然だ」

「私が根負けしたら負けってこと?」

「その通りだ。ありきたりな言い方をすれば。七罪、君の気持ち一つで全て決まる」

 

 疲れるけど、それだけ。私が折れない限り負けはない。

 

「やるかい?」

 

 令音は穏やかな顔で挑発的にそう言ったわ。まるで私の気持ちを試すみたいに。

 上等じゃない。気持ちで決まると言われちゃ逃げられないわよ。

 

「私は負ける気なんてない。せっかく創ってもらった霊結晶だし、貰っておくわ。あんたの情報は使わせないけど」

 愛の方を見る。私同様、覚悟を決めた目をしてた。

 

「僕もいいよ。その程度のことはしないと、筋を通せない」

 まともな顔をするようになったじゃない。まあ、勝つのは私だけど。

 

「決まりだ。思う存分、気持ちをぶつけあうといい。私は後ろで見ているよ」

 令音はそう言って一歩引いたわ。こいつ、舞台装置というか仲介役だったわね。

 

「私前から思ってたのよ。躾のなってない馬鹿は一回教育しないといけないって」

 

 腕を組んで愛のことを見つめる。ええとても楽しそうね。

 これをきっかけに愛に言うこと聞かせるられたら。ふふふ、絶対に勝つわよ。

 

「七罪の要望は聞きたいけど。聞いてあげられないこともあるんだよ」

 生意気ね。だからこそ、叩き潰す意味があるわ。

 

『さあ、私(僕)たちの戦争(デート)を始めましょう』

 私たちの意地と願いをかけた戦争が始まったわ。

 

♦♦♦

 

「それで、早速霊結晶の交換をやるの?」

 わざわざ隣界に連れてきてるわけだし。初めからそのつもりだったんでしょ。

 

「もちろんだよ。お願い令音さん」

「ようやく、だね。これで本来の役目を果たせる」

 

 あの令音が胃もたれしたような顔してるわ。

 明らかに私たちの間に挟んじゃったし。なんというか、今回ばかりは申し訳なく思うわね。

 

「やること自体はとてもシンプルだ。今君の中にある霊結晶を取り出して、新しい霊結晶を入れる」

 聞いてる限り本当にシンプルね。ただ、何となく嫌な予感がするわ。

 

「まあ言ってしまえば心臓移植のようなものだ。そう難しいものでもない」

「どこが⁉あんた医者馬鹿にしてるの?」

 

「?」

 あ、ダメだこいつ。首捻ってる。

 なんでそれを簡単だと思ってるのよ。

 

「正直、霊結晶を創るより難しいことがあると思えない。手術ぐらいできるでしょ」

 そんな黄昏ながら言われても。大変だったんでしょうけど。

 

「安心していい。この世で最も霊力の扱いに長けた二人だ」

「いや、そうなのかもしれないけどねぇ」

 こいつら優秀だけど感覚バグってるのよ。

 

「七罪は僕たちに命を預けるの不安?」

「……その言い方はずるいわよ」

 

 愛に命を預けられない?そんなわけがないじゃない。

 だったら冗談でも心中なんて言わないわよ。

 

「はぁ、わかったわ。あんたのこと信じるわよ」

「うん、任せて」

 嬉しそうに言ってくれちゃって。この面倒な作業の何が楽しいんだか。

 

「イメージとしては本当に心臓移植に近い。一度仮死状態にして霊結晶を抜く。その後、なるべく間を置かずに新しい霊結晶を入れるんだ」

「本当に手術みたいね」

 ドキドキする。このままぽっくり逝ったら笑えないわよ。

 

「では、一気に行こうか。失礼するよ、七罪」

「え?」

 白いリボンのような武器が私の心臓を貫いたわ。胸からはシンプルな凶器が生えてる。

 

「令音、あんた……」

 完全に不意打ちじゃない。

 

「心臓を止めると言ったじゃないか」

 少し困った顔の令音を見ながら、私は倒れ込む。確かに、言ったけどねぇ。

 

 どんどん意識がかすむ。ははは、思い出がどんどん頭を駆け巡っていくわ。

 これが走馬灯ってやつかしら。

 

 愛と出会ったこと。正体がばれて、勝負したこと。

 折紙から逃げるようにアメリカに行ったこと。アホみたいに戦いまくったこと。

 

 四糸乃とみんなと出会えたこと。愛と恋人になれたこと。

 

 全部、私なんかには過ぎた思い出よ。

 でも、これで終わってやらないんだから。絶対に。




愛くんが霊結晶を創って七罪に渡す。これを考えたのがもう一年前ですか。時の流れは早いものです。

今回の裏話は霊結晶について。

令音のアドバイスを元に一か月ほどかけて創りました。断罪覇王に保存してある七罪の情報を基に色々調整したんですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。