始まる前に終わった 前編
Side 二亜
あたしの恋は始まる前に終わっていた。恋に堕ちたときには、もうどうしようもなかった。
好きになったのはもう何歳下かわかんないくらい年下の子供。現役バリバリの中学生。
鳶一愛くん。あたしはあの子の優しさに惚れてしまった。
愛くんになっつんがいるって初めからわかってたのに。敵うわけないって知ってたのに。
どうしてこうも心は言うこと聞いてくれないんだろうか?
これは報われない恋の話。あたしの初恋の話。
♦♦♦
あたしはDEMに長いこと捕まってた。道端で歩いていたところを不意打ちでガバっとやられて、そこからもう五年。
一生このままなんじゃないかと半分諦めてた。
そんなあたしを助け出してくれたのが愛くん。
なっつんとくるみんを引き連れてDEMの基地を襲撃。モルモット生活から抜け出すことができた。
地獄から救ってくれた王子様。そんな男の子と恋に堕ちる。
――とはいかなかったんだよなー。むしろ、最初の頃はマイナス印象しかなかったわ。
『あなたの天使の力を貸してください』
五年間捕まってた人を解放していきなりこれよ。冷めた目で淡々と。
助けてくれたし、漫画みたいに惚れちゃったりして。
そんなこと、少しは考えてたのに。あたしの乙女心はどっか行っちゃったわ。
「うわ、なにこれ?あの子ヤバくない?」
そんで
何考えてるかわかったもんじゃないし。正直、DEMよりマシってだけで、あんまいい印象はなかったし。
そしたら出るわ出るわ、愛くんの悪行の数々。
ASTを裏切って?DEMに喧嘩売りまくって?
「めっちゃ悪い子じゃん。くるみんと同じくらい悪いことしてるじゃん」
殺した人の数を比べたら、当然長いこと生きてるくるみんの方が多い。でも、愛くんはくるみんの十数倍のペースで殺してる。
「その上始原の精霊?関わりたくないわー」
思わず頭を抱えて唸っちゃったよ。これから益々凶悪になるってんだから、恐ろしくて仕方ない。
頭がいいけど危険な子。深く付き合ったらあたしまで破滅する。
助けてくれた恩は返さないといけない。だから、付き合いは最小限に。
そう思ってたし、今でも大きく間違えていないと思う。
違ったのは愛くんの根っこの部分について。そこは一緒に生活してみるまでわからなかった。
囁告篇帙は人の心について教えてくれない。囁告篇帙で得た情報は本物の体験に敵わない。
わかってたんだけどな。
♦♦♦
あれから愛くんとなっつんはあたしの家に住み始めた。漫画のアシスタントって形で。
なっつんにはそこそこ期待してた。アマで漫画描いてるみたいだし、戦力としては十分だろうって。
でも愛くんには期待してなかった。引くほど絵が描けないって知ってたし。
正直ニートでも良いやって思ってた。助けてくれた恩があるから。
家事手伝いしてくれたら御の字って。
あたしの予想はいい意味で裏切られた。愛くん、あたしの予想の百倍優秀だったのよ。
「二亜さん、夜食作っておきました」
「ありがとう、愛くん。愛してる」
「はいはい。ゴムかけもやっておきますね」
最初は簡単なアシスタントから。地味に面倒な雑用を、やって欲しいタイミングで丁寧にこなしてくれた。
「二亜さん、プリンターのインク買って来ました」
「え、なくなってた?」
「このペースだと明日中に使い切りますよ。在庫ないですし」
「マジ?把握してなかったわ」
その内、割と重要なことまでこなすようになって。
「二亜さん、編集さんとの締め切り交渉終わりました。デッドラインが明後日の十二時です」
「おっしゃあ!なっつんこっからラストスパートだよ」
「お願いだから一回死んでくれる、二亜!」
最終的にはあたしの重要なところ全部握られてた。
何あの子?絵が描けないのに、今までのどのアシより助かる。
婚姻届持ってきたら一生養ってあげるわ。冗談半分でそんなこと考えてた。
マジでそれくらい助かってたのよ。
ただ、気持ちが大きく変わったのはあの時かな。それまではライクだったんだけど、うっかりラブに変わっちゃった。
久しぶりに四徹目に入ってて、もう漫画描いてるのが夢か
そんで、最後のページ書き上げた瞬間フラっといっちゃったのよね。そんとき一番最初に思ったのは。
(このままだと原稿落としちゃう)
描き上げた最後のページは本当にできたばっかり。この上にあたしの顔が落ちたら終わっちゃう。
ここからやり直す時間も体力も残ってない。折角やり切ったってのに。
それくらい、本当に限界だったのよ。
「大丈夫ですか、二亜さん」
でも、終わる筈だった原稿は救い上げられた。あたしのことをしっかり見てた愛くんの手によって。
あの子はあたしの顔が原稿に落ちる前に支えてくれた。隣にいたなっつんより早く反応して手を伸ばしてくれた。
「うん、大丈夫」
我ながらチョロインだと思う。締め切り前の極限状態で助けられてコロッと。
「後は任せておいてください。データの送信はこっちでやっておくので」
「あはは、頼んだわ」
自分でもちょっとよくわかんないんだけど、DEMから助けてくれたときよりドキドキしたんだよね。
世界最強の悪の組織叩き潰すよりも、原稿手伝ってくれた愛くんの方がカッコよかったのよ。
♦♦♦
締め切りが終わってから、愛くんのことを目で追うようになった。
それまでそんな余裕がなかったってのもあるけど。それ以上に気になったから。
好きな子の行動って思わず見ちゃうって言うじゃん。あれかなーって。
そしたらわかったのよ。あの子の優しさと思いやりが。
暇があったら作り置きしたり、部屋の整理したり、あたしとなっつんの体調診たり。
手際のいい理由がよくわかった。あの子よく周りのこと見てるんだ。
必要なものは先に準備して。あたしの体調悪くなったら注意して。
だから、あたしが倒れたとき助けに入れた。
「愛くんは優しいんだね」
「そうですか?」
それで、本人に直接ぶつけてみたのよ。晩酌のついでに。
「ずっとあたしのこと見てるでしょ。この前倒れかけたとき、助けてくれたし」
「それを優しいと言うんですか?僕は天使を使って二亜さんの体調を把握してただけですよ」
本人には全く自覚がなかったけど。
「優しくないと体調なんて調べないと思うけどね」
「そういうものでしょうか?同じ能力が使えたら、誰でもできると思いますが」
謙遜や遠慮じゃなくて心からそう思ってる感じだった。
それでわかった。この子は不器用なだけなんだって。
「そんなわけないじゃん。あたしも人の体調くらい調べようと思ったら調べられるけど、やったことないもん」
「大した手間じゃないんですけど」
この子は優しい心を持ってる。でも、それをわかりやすく表現してくれない。
だから、誤解しちゃってた。
「もうちっとわかりやすくアピールした方がいいと思うよ。おねーさんからのアドバイス」
「……別にいいんですよ。わかってくれる子が一人いたら」
そして、愛くんは自分が不器用なことをわかってる。でも、直そうとあんま思ってない。
「それってなっつんのこと?」
「そうですね」
なっつんがいればそれでいい。そう思ってるから。
「そっか」
わかってた。
あたしは優しい愛くんに惚れた。でも、それはなっつんのおこぼれだ。
原稿手伝ってくれるのも、スケジュール管理してくれるのも、体調管理してくれるのも。全部、あたしがなっつんの隣にいたから。
「愛くんはなっつんのこと好き?」
「はい、勿論!」
愛くんは迷いなく元気に答えた。内心を隠すのが辛くなるくらいに。
あたしの恋は始まる前に終わってた。なっつんという強大な壁が立ちはだかっていたから。
♦♦♦
――十二月末――
――東京ビッグサイト――
年末の何かと忙しい時期。あたしには行かないといけない戦場がある。
広い会場に集まった、人人人。
みーんな欲望で目を血走らせながら歩き回ってる。目的の本を追い求めて。
コミックコロシアム、通称コミコ。
日本最大級の同人誌即売会。売る方にとっても買う方にとっても命を懸けた戦場だ。
当然あたしにとっても。
漫画描いてご飯食べてきたから、コネもキャリアもある。申し込んだらそれなりのスペースを用意して貰える。
「新刊一冊五百円です。お釣りは五百円になります」
あたしにできることは本を作って、売ること。それがあたしを立派なオタクにしてくれたこの界隈への恩返し。
印刷屋さんに無理して刷ってもらったこの三千部。何としても売り切ってみせる。
因みに残ったら冗談抜きであたしの部屋が埋まる。
「既刊と新刊一冊ずつですね。はい、丁度です。ありがとうございます」
当然、あたしだけじゃ手が足りないから助っ人も頼んである。
あたしの隣で同じように列を捌いてる白い髪の少年。件の愛くんだ。
本人は完全に手伝いのつもりで来てる。一応デートって形だけど。
「ハイこれ最後の新刊。ここに積んどくわね」
その後ろでせっせと段ボールを開ける翡翠の髪を持った少女が一人。
なっつんも一緒に手伝いに来てくれた。人付き合い苦手だってのに、健気だね。
「さあ、残り二十冊。ラストスパート駆けるよ!」
それから三十分後。あたしたちは新刊も既刊も売り尽くした。
♦♦♦
一仕事終えたあたしは撤収作業に勤しんでいた。コミコは帰るまで気を抜けないからね。
ここで新刊をなくしたり、財布スられたりで泣いた人を何人か見てきた。あとは周りに迷惑をかけて業界から干された人とか。
ちゃんと後腐れなく終わらせないと。
「いやー、久しぶりのコミコで色々不安だったけど、なんとかなったね」
DEMのクソ社長のせいで五年も参加できなかった。超久しぶりだったから忘れられてないか心配だったけど。
案外覚えてくれてるもんだね。ちょこちょこ心配してくれる人までいたよ。
「そうですね。売り子は初めての経験ですが、案外いい経験になりました」
「私はもう二度とやりたくないけどね。人間って今の半分くらいでいいんじゃないかしら?」
全く反対の意見を並べてる愛くんとなっつん。二人も一緒に荷物を片付けてくれてる。
そんな二人の雑談に乗る。少し期待を込めて。
「そんじゃ、なっつんは二日目参加しない感じ?」
今日はコミコ一日目。コミコは基本二日かけてやるから、明日もおんなじ感じでやってる。
あたしは当然二日目も参加するけど。なっつんがいないんだったら、ワンチャン愛くんと二人きりに。
「……二日目ね」
なっつんは自分の髪を指先で弄りながら悩んでる。唇を尖らせて愛くんとあたしを交互に見ながら。
あたしの目論見気づいているのかな?
「あたしはパスするわ。二人で楽しんで来たら」
そんでしばらく悩んでから結論を出した。
人込みが嫌だったのか、あたしに気を遣ってくれたのか。
……どっちもかな。
「そんじゃ、明日は愛くんをお借りしようかな」
どっちにしろ念願のデートだ。少し、いや結構気分が弾んでる。
冗談ぽく愛くんの腕に絡みに行く。まるでカップルみたいに。
「っ!」
それに一瞬眉をピクリとさせるなっつん。ヤバイ、浮かれ過ぎたか。
「……ええ、
ちょっとドキッとしたけど、すぐにいつもの不機嫌そうな表情に戻ってくれた。
ただ、語気が強かったのは気のせいじゃないと思う。独占欲バリバリな目も。
「だから、エスコートしてくるのよ愛」
「りょうか~い」
そんな空気に全く気付いてない愛くん。呑気な顔で鼻歌なんか歌ってる。
君は大物だねぇ。
まあ、何はともあれ、無事あたしは愛くんとデートの約束を取り付けた。
というわけでこの作品上の二亜は完全な負けヒロインです。どうしてそんなことになってるのか。
最近ハマってるラノベはあんまり関係ないと思います。多分。
今回の裏話は愛くんのサポートスキルについて。
だらしない二亜はガッツリ管理されていました。仕事の管理から家事全般、お金、日用品に至るまで。なんでこの子そんなことやってるんでしょうか?
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