Side 二亜
コミコで愛くんとデート。諦めていたところに降り注いだチャンス。
なっつんから公認貰ってるし、ラタトスクやDEMが邪魔しないのも確認済み。
「えへへ、楽しみだな~」
うっかり眠れなくなりそうなくらい。
そうなるとあたしの中で葛藤が生まれた。
オタクなあたしとしては、コミコを全力で楽しまないなんてあり得ない。
欲しい本は手に入れる。見たいものは全部見る。
コミコは全てが一期一会。
同人誌はまた買えばいいなんて思っちゃいけない。そのサークルは半年後解散してるかもしれないんだから。
コスプレなんてきっとその会場でしか見られない。レイヤーさんは流行に敏感だから。
行きたい場所を厳選して、最高効率で楽しむルートを描き、当日は思いっきり楽しむ。これがオタクの流儀だ。
だけど、それを乙女なあたしが否定している。
ジャンパー、手袋、マフラー、リュック。フル装備でデートに参戦。
ガイドブック片手に会場内をずっと早歩き。道中は楽しい会話よりもサークルの位置や小銭の確認。
「女として終わってるよな~。どう足掻いてもただのオタクじゃん」
壁に向かって項垂れる。
どうして今日まで何も考えてなかったんだか。
無計画な自分が憎い。過去のあたしをシバいてやりたい。
愛くんに少しでも女扱いしてもらいたい。でも、コミコもちゃんと楽しみたい。
そんな感じであたしの中の
「どうすればいいんだか」
オタクに人生捧げたあたしには、答えなんて見つけようもなかった。
♦♦♦
そして、冬コミ二日目早朝。あたしは愛くんとの待ち合わせ場所に来ていた。
先に待ってた愛くん。彼にジトっとした目で睨まれてる。
「二亜さん、寝てないですよね?」
「あはは……」
あの後あたしは結局プランを考えまくって寝られず。気が付いたら朝になってた。
窓の向こうで覗く太陽。それを見てあたしは思った。
これ、寝たら起きられないやつだ――って。
徹夜で動くのは案外簡単なのよ。でも、一度寝たら数時間爆睡する。
ソースはあたし。
シャワーだけ浴びて部屋を出てきた。そして愛くんに一瞬で見破られ、そのまま呆れられていた。
「大丈夫だって。あたしレベルになると、徹夜なんて日常茶飯事だし。一日くらいどうってことないよ」
「二亜さん昨日売り子してましたよね?肉体的な疲労も結構なものでしたよね?日常とは程遠いと思いますが?」
「……」
ヤバイ。正論過ぎて何も返せない。
「一体何見てたんですか?新刊情報確認してたら、うっかりSNS巡回でもしちゃいました?」
「いや、今回はそういうのじゃないのよ」
普段は死ぬほどそういうことやってるけど。
「どうせなら、ちゃんとデートらしいデートにしたいなって。ほら、何気に人生初デートだし」
嘘は言ってない。ちゃんとしたデートは未経験。
愛くんとのデートに盛り上がってたって言ってないだけで。
「だったらどうして僕に言わないんですか?」
「いや、昨日の今日だしさ。連絡するのも悪いかなって」
「我慢しても仕方ないでしょう」
腰に手を当てて呆れる愛くん。いや、マジでその通り。
「二亜さん、行きたい場所のリストください。どうせ作ってあるでしょ」
「そりゃあるけど。死ぬ気じゃないと回り切れないよ」
コミコ戦士は基本行きたい場所をリサーチしてる。あたしくらいになると、第一から第三候補までは厳選してる。
第一候補だけでも結構パツパツだけど。
「問題ありません。これだけ丁寧なメモがあったら十分です」
愛くんはあたしの渡したメモをスマホで撮影した。それで、そのまま何か始める。
よくわかんないけど、スマホには謎の文字が羅列してる。ハッカーみたいだ。
「流石に作家さんとの交流はいいですよね」
「ま、まあ今回は諦めるつもりだけど。できれば、本は確保したいんだよね」
贅沢な願いだってわかってるけど、オタクと乙女の戦争は決着がつかなかった。
「だったらどうにかなりますね」
今度は電話をかけてる。
「令音さん、今ちょっといい?お願いしたいことがあって……」
相手はれーにゃんみたいだけど、何話してるんだか。
「はいこれで問題なし。それじゃあ行きましょうか」
愛くんは電話を切って歩き始めた。
「何話してたの?」
ほんの十分ぐらいで終わったけど、何が問題なしなのか全くわからなかった。
「優先度低めな本の確保はラタトスクに任せました。今晩には届けてくれるそうですよ」
「は?」
意味わかんない。何その二次元みたいなシゴデキは。
「あんな短時間でどうやって?愛くん頭にスパコンでも埋め込んでるの?というか、ちゃんと買えるの?」
メモ見たとしても無理だと思うんだけど。ラタトスクの人はコミコ素人だろうし。
コミコ回るのガチで大変だよ?何も考えず突っ込んだら欲しい本三冊で帰る羽目になるから。
「優秀なAIがいるので、力を借りました。これが伝言メモです」
「うわ、マジ?」
愛くんがスマホの画面を見せてくる。そこには巡回路と買い物リストが書かれてる。
ぶっちゃけ、あたしよりも綺麗だ。来年のコミコ手伝って欲しいくらい。
「はえー、すっごいなー……」
ラタトスクのこと見くびってたわ。そんなことできるなんて。
「本の確保がないなら余裕ができるでしょう。コスプレブースとかどうですか?」
あんな風に悩んでたのに。こんなにあっさり解決しちゃうなんて、やっぱかっこいいな。
「二亜さん、どうしたんですか?眠いです?」
ぼーっとしてたら心配されちゃった。こんなんじゃダメだ。
「いや、そんなことないよ。コスプレブース、行こうぜ!」
今日はコミコデート。存分に楽しまないと。
♦♦♦
最近は委託販売も増えてて、昔より同人誌が手に入りやすい。なんなら全部電子派の人までいる。
でも、あたしは断然現地派。自分の目でサークルブースを見て回るようにしてる。
ここにしかない本も多いし。毎年、面白いのがいるから。
「見てよ愛くん。野草研究会だってさ」
色々な食べられる野草を写真付きでまとめてある。ご丁寧にレシピ付きで。
「実用的な知識ですし、需要は尽きないんでしょうね。Vol.13ですか」
愛くんもふむふむ言いながら試し読みしてる。こういう採算度外視の本がコミコの醍醐味よ。
「あたしはこういうサバイバル能力ないから、いざというときは頼んだよ」
「サバイバル能力を鍛えてはいかがでしょう?キャンプなんておすすめですよ」
全部任せようとしたらあっさり断られた。いい笑顔であたしに自立を求めてくる。
レディに対する扱いがなってないんじゃないかな。
「やだー!あたしは根っからのインドアなんだよー!」
「あなたコミコに来る体力あるじゃないですか。ああもう、これだから大きな子供は」
冗談半分で抱きついたら、愛くんは振りほどこうとしてくる。ちょっと腕に力を入れて抵抗する。
なんだかんだ付き合ってくれる愛くん。こういう時間が結構楽しい。
♦♦♦
次にやって来たのはコスプレブース。レイヤーさんたちが寒い中頑張ってくれてる。
アニメやゲーム、漫画のキャラがそのまま出てきたみたいだ。
「ねえ、あれ再現度高くない?」
「『勘のいいガキは嫌いだよ』ってやつですか」
そこにいるのは某漫画の有名キャラだ。ほんの数話しか出ないけど、主人公と読者にトラウマを植え付けた絶許シーン。
あたしも初めて見たときは『ひっ』て声が出たよ。
三つ編みおさげのかわいらしい女の子。ちょっとやんちゃなデカいわんこ。
主人公と遊んで結構仲良くったのに、次の日にはアレだから。
「犬に髪の毛が生えてて不気味ですね」
「それがまた味を出してるんだよ。女の子もわんこも単体だとかわいいのに、合体するとあんなになっちゃうんだから」
仲良くなった女の子たちが合成されて、不気味な
■ーナと■レキサンダーはもうどこにもいないんだ。
「結構昔の作品なのに、やっぱ根強い人気があるんですね」
「え、昔?」
何を言っているんだい?■ガレンは最近の作品だろう。
「あれって十年以上前の作品ですよね。連載の終了から考えても」
「え、いやそんなわけ……」
「確か十年くらい連載してたので。連載開始から数えると二十年――」
「お願いだから止めてー!」
認めたくない。■ガレンがそんなに昔の作品だなんて。
それじゃまるで、あたしがおばさんみたいじゃないかー!
♦♦♦
夕日が差して、アナウンスが終わりを告げる。コミコ終了の合図だ。
手には戦利品がどっさり。いくら使ったかは考えちゃいけない。
「いやー、マジで楽しかったよ。ありがとう、愛くん」
衝動買いも楽しかった、コスプレブースや企業ブースも楽しかった。多分、あたし一人じゃこうはならなかったと思う。
「楽しんでいただけたなら何よりです」
愛くんは愛も変わらず冷静な顔をしてる。中学生らしくないね~。
「愛くんも楽しかった?」
「そうですね。これでもちゃんとオタクなので、こういうのは好きですよ」
そういえばそうだった。この子、割とディープなオタクなんだよね。
あんまりそんな風に見えないけど、ネタにも平気な顔でついて来るし。
「七罪は人込み嫌いですからね。誰かと即売会に来るなんて、一生なかったかもしれません。いい機会をくれて、ありがとうございます」
ふいに出てきたなっつんの名前で足が止まる。
「二亜さん?」
立ち止ったあたしを見て愛くんが振り返る。
この子、振りじゃなくてマジで気づいてなかったんだね。不意に刺されて思ったよりダメージだわ。
「いやー、デリカシーがなくてガクッと来ちゃったよ。仮にもデート中に別の女の子の話題を出すなんて」
ちゃんと誤魔化せ。これくらいの芝居、いつもやってるでしょ。
「そうですね。仮にもデートですもんね。失礼しました」
愛くんは素直に謝ってくれた。その素直さフラフラしそう。
自分で『仮にも』って言ったのに。その言葉を愛くんに言われるとグサッと来る。
「そんじゃ、あたしはこっちだから」
「はい、それではまた」
なんとか繕って愛くんと別れる。それがあたしにできる精一杯だった。
帰りの電車は少し泣いた。戦利品を抱きしめながら、周りの人の迷惑にならないよう。
♦♦♦
帰ってからすぐ、あたしは冷蔵庫を開けた。
中から銀色の缶を取り出してぷしゅと。そして、そのまま一息に喉へ流し込む。
戦利品を楽しむよりも、今はアルコールの力を借りたかった。
「かー、やっぱりキンキンに冷えたビールは旨いね」
旨すぎて涙が出てくる。ぽろぽろと全く止まる気配がしない。
「どうして、こんなことになってるんだろうね」
彼女持ちの子に横恋慕して。その彼女自身に見逃してもらって。
無理矢理デートに連れ出して。勝手に傷ついて。
「本当、馬鹿みたい」
自分で自分が何やってるかわからない。ダメ人間極めてるあたしだけど、もうちょっと賢いやり方はなかったものかね?
「せめて、愛くんがハーレム志望だったならー」
甲斐性はあるし、ちゃんと優しい。頭が良くて、たまに気が利く。
一人で独占するにはもったいない物件じゃないかな。
「なんて、無理か」
わかってる。あの子は最初からなっつんしか見えてない。
そもそもハーレムなんて興味ないんだろうね。
あたしは初めから友達枠。女として見られてなかった。
「あ~、酒が旨い」
夕食の用意もせずひたすら酒浸り。机の上には空き缶が並んでいく。
このまま眠ってしまいたい。じゃないと嫌な考えが止まりそうにないから。
「あれ、もうお酒ないの?」
冷蔵庫を開けると最後の一本があたしみたいに寂しくしてる。この前段ボール開けたばかりだと思ったのに。
「どうしよっか?」
今から買いに行くほど素面にはなれない。
このままベッドにもぐって全部忘れたらいい?
そんなあたしの消極的な逃げ道は塞がれた。インターホンが鳴ったから。
「こんな時間に誰よ?」
フラフラと千鳥足で通話ボタンを押す。そこに映ってたのは。
『よお、二亜。ちょっと上げてくれないか?』
「少年?」
五河士道。ハーレム作ってるプレイボーイだった。
今回の裏話は七罪の監視法について。
愛くんをずっと監視する宣言した七罪さん。二亜に配慮しているだけで普通に監視してます。千変万化鏡の囁告篇帙を使って。
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