Side 愛
本堂に行くため坂道を上る。約束をしていたミケさんや偶然出会ったアルテミシア組と一緒に。
ミケさんが元気に前を進み、アシュリーがその後に続く。少し距離を空けてお姉ちゃんやアルテミシアが後に続く。
そして、七罪は最後尾で息を切らしていた。
「なんで無駄に高い所を選んだのよ」
元々運動が苦手な上に慣れない着物だ。既に疲れている。
「耶倶矢と夕弦の要望だってさ」
「煙となんとかは高い所が好きよね」
あの二人の扱い酷いな。別に否定しないけど。
「愛、背負いなさい」
七罪は端的に命令を下す。
「……りょーかい」
僕は大人しくそれに従った。これくらいのわがままはすっと聞くのが甲斐性だ。
そのまま七罪の背中に右腕を回す。
「はい、力を抜いて」
「え、あ……うん」
僕の右手に体重が預けられる。右手でしっかりと支えて、逆の手を膝裏に差し込んだ。
そして、バランスを取りつつ七罪の身体を持ちあげる。お姫様抱っこの形で。
「あんた、意外と力あるのね」
七罪は僕の腕を見ながら少し感心する。持ち上げられると思ってなかったみたいだ。
「前に言ったでしょ。オリンピック選手より体力あるよ」
女の子一人くらい簡単に持ち上げられる。小柄な七罪なら数十分は余裕だ。
「どうですか、お嬢様?」
「悪くない気分ね」
冗談めかした調子で聞いてみると七罪は鼻を鳴らした。赤くなっちゃってかわいい。
「あけましておめでとう。新年から見せつけてくれるわね」
頂上では偉そうに腕を組んだ琴里が待っていた。琴里らしく赤の晴れ着を着ている。
僕たちを見て呆れた様子だ。
「おめでとう、琴里。僕たちラブラブだから」
「あけましておめでとう、琴里。これがこいつの平常運転よ」
七罪を下ろしながら挨拶をする。
「次からコーヒー片手に待たないといけないかしら?砂糖もミルクも入っていない苦いのを」
そんな僕たちを見て琴里は肩を竦めた。
「体力がねーでいやがりますね、七罪。身体は全ての資本ですよ?」
その隣には真那もいる。こっちは普通にコート姿だ。
鳥居に背中を預け僕たちを見て鼻を鳴らす。
「僕が好きでやってるんだから、別にいいでしょ」
「これくらいの坂でへばってるようじゃ、先が思いやられますねー。まあ、その肉のない身体じゃ仕方ねーですけど」
真那はぷぷぷと口を押えて笑う。どうもこいつとは馬が合わない。
「何にもわかってないな。細い身体にも良さがある。少なくとも僕は七罪のミニマムボディが大好きだ!」
「今テメーの趣味の話はしてねーんですよ。このロリコン!」
「残念でした。僕自身が未成年だからロリコンでも何でもありません~。ただの男女交際です~」
真那とおでこをぶつけ合い、火花を散らす。
「そんな男勝りな性格してるから、ビジュは良いのに男が寄り付かないんじゃないの?七罪みたいに守ってあげたくなるしおらしさを見せたら?」
「軽い男に興味はねーです。最低でも真那に勝つ男じゃねーと」
おでこを押し合って力比べをする。随意領域を使った高度な技術の押し付け合いだ。
見た目は学生の喧嘩。でも実際のところは象が潰れるような力が出ている。
「アデプタスナンバー2に勝てる男がどこに存在するんだよ!」
「少なくとも兄様は勝てるでしょう!」
「人外の身内出してるんじゃねーよ、このブラコンが!」
周囲にバレず、余波も出さない。その上で相手をねじ伏せるために馬力を上げ続ける。
こいつに負けてたまるか。
「ねえ、こいつら一周回って仲良いでしょ」
「放っときなさい。そのうち終わるから」
琴里と七罪が背後で見ている。その冷たい視線をスルーして勝負は続いた。
なお結果は引き分け。チクショウ。
♦♦♦
真那と僕はふらふらになりながら本堂の方へ歩いていく。その少し先を琴里と七罪が歩いていた。
「ねえ、琴里。あいつらもラタトスクにスカウトしたの?」
七罪が既に賽銭箱の方にいるアルテミシアたちへ視線を送る。アシュリーがじゃらじゃらと鐘を鳴らし、他の面子が手を合わせている。
「相手はDEMよ。戦力はいくらあってもたりないわ」
琴里が少し目を鋭くさせる。琴里も先を見て準備を進めているようだ。
「だから真那のようにスカウトしたんでいやがりますか?」
真那が後ろから会話に入る。真那もあの面子には興味はあるみたいだ。
「そういうことよ。幸い、本人たちもやる気みたいだし」
「まあ、DEMを恨んでるでしょうし。敵の敵は味方ってことね」
七罪も納得したみたいだ。そりゃ、洗脳なんかされたら恨むよね。
「動いてるのはそれだけじゃないわ。はい、コレ」
琴里が差し出した金属のアクセサリのようなものを受け取る。タグの部分を見てみると予想通り、慣れ親しんだ名前が書いてある。
僕の専用兵装《ノルン》の緊急着装デバイスだ。
「もうできたんだ」
「ウッドマン卿が急いでくれたわ。大変だったらしいわよ」
「へー、流石
太陽に当てると刻印が輝く。こうして見ているだけでも少し楽しい。
世界の改変で失った僕の兵装。それが遂に戻ってきた。
「それ渡したんだから、もう絶対精霊化するんじゃないわよ」
「わかってるよ」
琴里の話を流して手をひらひらと振った。それよりもデバイスだ。
手首につけるとすごくしっくりくる。最近は精霊の力ばかりだったけど、僕はやっぱり
「本当、あんたは
七罪は困った顔で僕のことを見る。七罪自身はあんまり興味がなさそうだ。
「だって超高度技術の結晶だよ。このデバイス一つとっても凄まじい。こんな小さなデバイスで最新兵装を呼び出せるなんて、楽しくならない?」
人間の脳波で現実を捻じ曲げるオーバーテクノロジー。スマホよりも手軽に魔法を実現させる。
「はいはい、その話は後で聞いてあげるから。今はみんなと集合するわよ」
七罪は会話を途中で止めて僕の背中を押す。まだ語り足りないけど、七罪の顔を見て諦めた。
小さな子供でも見てるみたいだもん。
「あっ、愛くん、七罪ちゃん。こっちですよ、こっち」
ミケさんが大きく手を振って呼んでいる。その近くにはアルテミシアたちやお姉ちゃん、それに精霊たちも待っていた。
ミケさんは十香や耶倶矢、夕弦たちと仲良くしている。そういえば同級生だった。
「岡峰美紀恵を連れて来てくれたのは助かったわ」
琴里がミケさんを見ながら呟く。その目は思惑を孕んでいるように見えた。
「勧誘するの?」
琴里はこくりとうなずく。
琴里に教えたつもりはないけど、隠してもいない。最初からここで話をするつもりだったんだろう。
「ASTは優秀な人格者が多い。それが私の考えよ。できるならば引き抜いておきたいわね」
「同意するよ。僕も、お世話になった人たちを殺したくない」
珍しく琴里と方針が完全に一致した。
「彼女を足掛かりにできれば勧誘は手っ取り早くなるわ。なにせ現役のAST隊員だもの」
なるほど、流石司令官様。根回しのやり方が上手い。
「愛、前の世界の記憶って思い出させることはできる?」
ミケさんは前の世界で琴里たちと協力していた。その記憶があれば手っ取り早い。
「僕は無理だね。流石に霊力ゼロじゃ無理だ」
でも、それには天使の力が必要だ。霊力を使うなと言われている今、それはできない。
「でも、七罪ならできるよ」
「……
七罪なら全ての天使を扱える。その力があれば、前の世界の記憶を呼び出すくらい容易い。
「頼めるかしら、七罪?」
「人を便利ツールみたいに扱って。まあ、いいけど」
七罪はぶつくさ言いながらも天使を顕現させる。そのまま黒い洋書のような姿へ。
二亜さんの天使、囁告篇帙。これで前の世界の情報を呼び出すことができる。
「愛くん、どうしたんですか?」
ミケさんは険しい顔をしている僕たちを見て首をかしげる。その顔を見ると少し罪悪感が湧く。でも仕方がない。
「美紀恵、ちょっと耳貸しなさい」
「どうしたんですか、七罪ちゃん。内緒話なんて」
無警戒に耳を七罪の口元に近づけるミケさん。そして、七罪はぼそぼそと何かをつぶやいた。
「あうっ!」
同時にミケさんが頭を押さえて崩れる。急な体調不良に見舞われたみたいに。
「大丈夫、ミケ?」
その肩を抱いて支えるお姉ちゃん。少し不安そうな顔でミケさんの顔を見る。
「なんですか、これは?愛くんが精霊?」
どうやら成功したみたいだ。ミケさんは前の世界の記憶思い出した。
今は混乱しているけど、しばらくしたら落ち着くだろう。
「……そう、あなたも思い出したの。前の世界のことを」
お姉ちゃんはミケさんの頭を優しくなでる。
「これは一体何なんですか?愛くんが精霊だなんて。それに、十香さんまで?」
「心配しなくていい。思い出しただけだから」
ミケさんが落ち着くまでしばらくそうしていた。
「説明してください。どういうことですか?」
ミケさんはまっすぐ立って僕たちのことを見る。正面に立つのは僕とお姉ちゃんだ。
「それは前の世界の記憶ですよ。イフの世界線って言えば伝わりますか?」
「イフの世界線、ですか?」
ミケさんはあまりよくわかっていないようだ。元々いいとこのお嬢さんだし、そういうワードに親しみはないのかもしれない。
「もしも、僕がASTを裏切ったら。そういう世界のお話ですよ」
実際には他にもいろいろ違いがある。でも一番わかりやすいのはここだろう。
僕が七罪と出会ってお姉ちゃんたちを裏切るか。それとも出会うことなくASTに居続けるか。
そこが一番大きい。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。愛くんが私たちを裏切るなんて――」
「実際にやったんですよ。この世界じゃそうならなかっただけで、僕がそうした世界があるんです」
ミケさんの言葉を遮って自分の悪事を白状する。
「時崎狂三、《ナイトメア》の天使の力で世界を変えたんです。この世界はそういう世界なんですよ」
「そんな――」
ミケさんは落ち込んだ様子で下を見る。いきなりそんなこと言われても、処理しきれないだろう。
「コラ、無駄に空気悪くするんじゃないの。あんたのそういうところがダメなのよ」
七罪が僕の頭をこつんと叩く。そしてそのままミケさんとの間に入った。
「七罪ちゃん……」
「悪いわね、こいつ馬鹿で。知ってると思うけど」
ミケさんは七罪のことを不安そうな顔で見る。その顔を見て七罪は困ったように笑った。
「愛くん、悪い子なんですか?」
「まあ、悪い子っちゃ悪い子ね。一人で勝手に突っ走るし、迷惑かけてばっかだし、我が儘だし」
心配そうに問うミケさん。七罪はミケさんの言葉を否定しなかった。
「そうですか……」
落ち込むミケさん。七罪はその肩に軽く手をかけた。
「でも、あんまり変わらないわよ。どっちの世界だろうと」
「そう、なんですか?」
ミケさんは七罪の言葉に首をかしげる。
「ええ、そうよ。こいつはずっとシスコンで愛が重い寂しがり屋よ。ときどきアホみたいなことするのは、美紀恵のイメージと変わらないと思うけど」
「そう、ですね。愛くんは折紙さんが大好きな悪戯っ子ですね」
ミケさんは指で目じりをなぞって少し笑った。その顔を見てさっきの自分の言葉にもやっとした。
「愛くんは愛くんですよね。人間だろうと、精霊だろうと」
ミケさんは立ち上がって元気になる。いつものマスコットに戻ったようだ。
「まあ、そうですね。僕はミケさんに隠し事をしていました。でも、本性を偽ったことはありません」
「わかりました。信じます、愛くんのことを」
ミケさんは僕のことをまっすぐ見て頷いた。本当に強い人だな。
「ミケ、言わなければいけないことはまだある」
「どうしたんですか、折紙さん。改まって」
お姉ちゃんはミケさんの肩に手を置く。
「私も精霊」
お姉ちゃんは天使を顕現させる。白い羽たちはふわふわとミケさんな周りを舞っていた。
「はい?」
ミケさんは首を九十度傾ける。
「今まで黙っていてごめんなさい。少し前、私は精霊になった」
「え、ちょっと、折紙さんも精霊?精霊になった?」
ミケさんがショートしている。新情報に頭が追い付けなくなったみたいだ。
「あ、私も精霊よ」
「七罪ちゃんも?」
七罪も天使を顕現させる。それを見てミケさんは再び目を丸めた。
「実はミケさんの周り、精霊がいっぱいいたんですよ」
「そうだったんですかー⁉」
ミケさんが驚いている。この人は元気だな。
「はっ、ということはもしかして真那さんも?」
「ちげーですよ。真那はれっきとした人間でいやがります」
真那は不満そうに半目になる。一体、何が不満なんだか。
大好きな兄様もカテゴリとしては精霊だぞ。そもそも、お前も純粋な人間かどうかは怪しいし。
「そ、そうですか。みんな精霊なのかと」
「そんなことありませんよ。ただ、ちょっと打率が高かっただけで」
知り合った人の半分くらいが精霊か。立場上、仕方ないけど。
「はぁ、本題に入るまで長かったわね」
ようやく言い出しっぺの琴里が前に出る。ここまで長かった。
誰ののせいだって?知らないな~。
「岡峰美紀恵さん、あなたをスカウトしたいの。ラタトスクの職員にならないかしら?」
なお、このあとスカウトは保留になった。情報量増やし過ぎたね。
美紀恵がいいキャラしてるんですよ。本編で出番ほぼないのが本当にもったいない。
今回の裏話は美紀恵の奮闘について。
憧れの折紙も仲の良かった愛くんも出て行ったAST.その中で彼女はめきめきと実力を伸ばしています。ここでイベント発生がなければ、いずれ誰かさんの目に留まっていたでしょうね。
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