Side 士道
二亜とのデートは終わった。二亜も楽しんでる様子だったし、自分では結構いい線行ったと思うけど――
「難しいだろうね、このままでは」
反省会の初っ端。令音さんの評価は厳しいものだった。
「令音としては微妙だったってこと?」
「二亜は楽しんでいた。それはデータからも明らかだ。ただ、好感度はほぼ上昇していない」
「――本当ね、気づかなかったわ」
令音さんが好感度の推移を画面に映し出す。琴里と二人でその画面に顔を寄せた。
グラフはグリッド線とほぼ平行。下がらない代わり、ほとんど上がってもいない。
俺は二亜の気持ちを動かせていない。淡々と突きつけられた。
「あんなにはしゃいでたのに」
「言葉にも態度にも嘘はないだろう。ただ、本心は一歩引いているのさ」
そう言われてみると納得できる部分がある。二亜の態度は全部同じようなものだった。
「二亜は分厚い仮面を被った道化。その仮面を剝がさないと攻略はできない。――とある子供の受け売りだよ」
「そこまでわかっててどうして二亜の気持ちに気づけないのかしらね。その子供」
琴里は
「出だしとして、決して悪い結果じゃない。ただ、このままだと二亜の心を開くのは難しいだろう」
俺も琴里も反論はなかった。今回のデートは成功と言えない。
♦♦♦
「どうすりゃいいんだ?」
次の日。俺はいつも通り、十香たちの夕飯を作りながら考えていた。
やらないといけないことはわかる。二亜の本心に訴えかけることだ。
でも、その方法がわからない。今回ばかりは愛に聞くわけにもいかないし。
「ん?」
机に置いていたスマホから着信音が鳴り響く。火を消して画面を見ると最近登録したばかりの番号だ。
慌てて通話ボタンを押した。
『やあ少年』
妙に格好つけた声が聞こえてきた。
「二亜どうして!? 」
『少年頑張ってるけど中々苦戦してるな~って思ってさ』
いつもの軽い笑いがスピーカー越しに聞こえてくる。俺が悩んでることも見透かしてるみたいだ。
「会議の内容を調べたのか?」
二亜の天使ならその程度いくらでも調べることができる。何せ全知なんだから。
『いや~、そんなことはしてないよ。ネタバレ嫌いだし』
「だったらどうやって」
調べてないのにどうしてわかったんだ。俺たちが上手く行ってないって。
『自分の気持ちくらいわかるって。
あたし、少年のこと嫌いじゃないけどさ。好きか聞かれたらライクって答えるよ』
「……そうか」
それは優しい否定だった。二亜らしく曖昧な口調でノーと突きつけられた。
『アドバイスしてあげようかなって。
本当はさ、あたしもこんなチートじみた真似は嫌いなんだけど。このまま足踏みしてると愛くんが出張ってきそうだしさ』
「そうだな」
今は令音さんが調整して関わらせないようにしているらしい。でも、長いこと続けていたら多分――
『だから教えてあげるよ。二亜ちゃんの攻略法』
「………………頼む」
本当は聞きたくない。聞いちゃいけない。
でも、俺にとやかく言う資格は、多分ない。
『あたしさ、ちょっと前までグレてたのよ。人間なんて碌なもんじゃないって』
「グレてた?」
そんな中学時代の俺みたいなことを二亜が?ちょっと信じられない。
『どんないい人でもさ、必ず悪いことやってるのよ。囁告篇帙を見てるとそれが嫌でもわかるんだわ』
「そうなのか」
二亜には悪いけど、実感がわかない。聖人君子なんてどこにもいないだろ?
『作品が大好きで性格も尊敬してて神みたいに崇めてた大先生。家では奥さんにモラハラしまくる最低男だったのよ』
「それは――」
『いじめ、不倫、脱税、エトセトラエトセトラ。人間み~んな何か悪いこと抱えてる。
囁告篇帙読んでいくうちにどんどん人間が嫌いになった』
吐き捨てるような言葉からは嫌というほど実感が伴っていた。
『それでさ、愛くんはその代表格。絶対、好きになるわけないって確信してた』
「愛のこと、好きなんだよな?」
二亜は今も愛のことが好きだから苦しんでる。なのに、好きになるわけないなんてよくわからない。
『今はね。でも最初は誰がこんな子好きになるんだろうって思ってた。正直さ、なっつんが好きになった理由が一ミリもわかんなかった』
「そんなにかよ?」
二亜は笑いながらそう言った。まるで、過去の自分を嘲るみたいに。
『囁告篇帙読んだら悪いことばっかり書いてあるんだよ。人を手にかけたのも一度や二度じゃない。
ウェストコットと大差ないと思ってた』
「それは――」
否定したいけど、否定できない。愛自身がそれを肯定していたから。
それでもDEMと、ウェストコットと同じだなんて。
『わかってる。愛くんはあんなのと一緒じゃない。
自分の目で見たからわかってる』
二亜は声を落ち着けてそう言った。今までの闇を振り払うかのように。
『悪いことをしてるから悪い奴じゃないっていうか。悪いことしたくてしてるんじゃないっていうか。
善人かって言われると間違いなく違うんだよ。
でもね、嫌いにはなれなかった。むしろ、そんなところが癖になるっていうか。
う~ん、自分でも何言ってるかわかんなくなってきた』
「いや、なんとなくわかるよ。俺の愛のこと好きだから」
手放しで称賛できるような奴じゃない。でも、そんなのは折紙も美九も琴里も一緒だ。
俺だってそう。人間誰でもそんなもんだ。
『ま、そういうことだよ。ビジネスライクでドライな関係でやっていこうと思ってたら、いつの間にかコロッとね』
「なるほどな」
二亜は変な空気を拭うようにお茶らけた口調に戻る。その余裕をなくした声色が少し微笑ましい。
『あたしも馬鹿だよね。
囁告篇帙に書いてあることが全てじゃないってわかってたのに。囁告篇帙で見たからって人の全部知った気になって』
「二亜……」
『結局、人間悪いことしてるかじゃないんだよ。そんな簡単なことを教えてくれたんだ、愛くんは』
「そっか」
別に二亜を口説こうと思って動いたわけじゃない。ただ、愛の在り方が二亜の心を融かした。
『結局、まとまってない変な話しちゃった。悪いね少年。あたし思い付きで動いてばっかだから』
「いや、教えてくれてありがとう二亜」
とても大事な話だった。二亜の心の奥を打ち明けてくれた。
「俺は愛の代わりにはなれない。でも、俺なりのやり方でお前を惚れさせてみせる」
『うん、期待してるよ。五河士道君』
二亜は電話の向こうで笑っていた。それは作り笑いじゃないと思う。
♦♦♦
シャーペンのノック部分で自分の頭を押しながら考える。内容は当然、二亜のことだ。
長年二亜が抱えてた悩みを解消した愛。七罪に遠慮して身を引こうとしてる二亜。
そして愛の代わりにあてがわれてる俺。
「誰も幸せになれないだろ」
わかってる。俺が二亜を攻略しちまえば全部丸く収まるって。
二亜自身がそれを望んでるって。でも、それができたら苦労はしない。
二亜の心は完全に愛に向いている。わかりやすい理由つきで。
「どうやったら二亜を攻略できるんだ?」
「ありのままの士道が一番」
呟いた独り言に返事があった。
横を向くと折紙がいつもの無表情で俺を見ていた。しかも、触れるか触れないかの至近距離で。
「うわぁ、折紙⁉」
「危ない!」
ガタンと大きな音を立て、椅子ごと倒れそうになる俺。だけど、その前に後ろから支えられて難を逃れた。
「大丈夫か、シドー」
「あ、ああ。ありがとな、十香」
「うむ、シドーに大事なくて安心したぞ」
十香は元気よくうなずいた。
「どうしたのだ、魂が抜けたような顔をしていたが」
「いや、ちょっとな」
俺、二人の前でぼーっとしてたのか。二亜のことに集中し過ぎてたな。
「新たなハーレム要員を検討中?」
「折紙⁉」
言い訳を考えていると折紙が確信を突いてきた。ものすごく悪い形で。
「なあ折紙、はぁれむとは何なのだ?」
「ハーレムは魅力的な男性が多くの女性を侍らせること。多くの女を堕としてきた士道にぴったりの言葉」
同時に野生のサバンナに放り込まれたかのような危機感が俺を襲う。
「五河くんってやっぱり」
「女の敵……」
「誰か五寸釘と藁人形もってないか?」
「簡単な黒魔術なら」
周囲にいたクラスメイトからのものだ。
女子からは軽蔑。男子からは嫉妬――を超えて殺意が向けられてる。
「ちょっと折紙、こっちに来てくれ」
「?理解した」
「あっ、待つのだ。シドー!」
折紙を連れて教室を出る。ついてきた十香も一緒に空き教室へ逃げ込んだ。
「急に止めてくれよ、折紙。クラスの奴らに変な目で見られるじゃないか」
もう既に見られてる気がするけど。
「本条二亜をどうやって落とすか考えている。違う?」
「違……わないけど」
そこまではっきり言われると流石に否定できない。
「士道のハーレム構築を妨害することは不可能。ならば、早く応援して正妻の座を得ることがリスクヘッジ。そう助言を受けた」
「誰の助言だよ⁉」
大体予想はつくけど。
「私は新たな女の存在を認める。正妻として」
「色々な意味で間違ってるよ!」
折紙の言動は本当に予想できない。以前にも増してそんな気がする。
「折紙、さっきから何の話をしていたのだ?」
「ふむ、十香耳を貸して」
「なんなのだ?」
十香は怪訝な顔をしながらも耳を寄せた。
「な⁉」
折紙が何かボソッと喋ると十香の顔がリンゴのように赤くなる。そして、もじもじとしながら俺をちらちら見ている。
「それはその、絶対しないといけないのか?」
「でなければ士道の女にはなれない」
折紙は十香の疑問に強く答える。詐欺師という言葉が脳裏をよぎった。
「そ、そうか。私も頑張るぞ、シドー」
「お、おぅ」
十香は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。折紙、一体何を話したんだよ。
「というか、二亜のこと。どうして折紙が知ってるんだ?」
話を無理やり本題に戻す。これ以上折紙のペースに乗せられるのは良くない。
「私は令音さんと七罪と住んでいる。これ以上の説明が必要?」
「……要らないな」
「直接聞いたわけじゃない。でも大体の事情は把握している。
二亜は、運がなかった」
折紙は一瞬目を伏せた。折紙も思うところはあるのか。
「二亜がどうかしたのか?」
「あー、どうしたもんか」
一人だけ蚊帳の外の十香が首をかしげている。流石にこの状況で話さないわけにはいかないか。
「私が説明する」
折紙は前に出て説明を始めた。
折紙の話したことはほとんど俺の知ってることと一緒だ。二亜が愛に惚れてしまって、自ら身を引いて、俺に攻略してもらいたがっていると。
「ふむ、そういうことだったのか」
十香は腕を組みながら頷いている。
「愛は七罪が好きで。七罪も愛が好きで。
なのに二亜は愛のことが好きになってしまったと。むむむ……」
十香はこめかみに指を当てながら何か考える。数秒後何かを確信したようにまっすぐな瞳を俺たちに向けた。
「しかし不思議だな。二亜はどうして気持ちを隠しているのだ?」
「いや、それは七罪がいるから。愛に告白しても七罪から奪うなんて無理だろ?」
愛は何よりも七罪大優先だ。二亜に勝機なんて――
「仮に士道に心に決めた人がいたとしても、私は気持ちを伝えたと思う」
十香は胸に手を当てて堂々と宣言した。その言葉に自然と背筋が伸びる。
「私を救ってくれたお礼と、この気持ちを伝えるために。士道を好きになってよかったと」
「十香……」
十香は微笑を浮かべて続けた。その顔は凛々しくて美しい。
「二亜は愛に気持ちを伝えた方が良いのではないか?」
「いや、でも二亜は知られたくないんだよ」
十香の言葉には強い説得力がある。確かに十香はそれで前に進めるだろう。
でも二亜と十香は同じじゃない。
「告白に拘る必要はない」
十香の言葉を聞いて目を閉じていた折紙。その目が光を宿した。
「二亜の問題は踏ん切りがついていないこと。次へ踏み出す儀式が必要」
「儀式?」
「そう、何でもいい。未練を断ち切らせるようなアクションが最適」
「う~ん」
儀式か。何かいい案はないのか?
愛に伝えず気持ちをぶつける。そんな都合のいい方法が――
「あった」
二亜にぴったりの方法が。これなら愛にばれることなく二亜の気持ちを思いっきりぶつけることができる。
「折紙、どう思う?」
「……詰める必要はあるけど、十分儀式として成立する」
折紙の賛同も得られた。これならイケるかもしれない。
「折紙も手伝ってくれるか?」
「もちろん。徹夜でサポートする」
折紙は既にやる気で溢れている。なんだか怖いくらいに。
「ようやくシドーらしい顔になったな」
十香は俺の顔を見てにこりと微笑んだ。
「俺、さっきまで変な顔してたか?」
「なんというか、らしくない感じだったぞ」
確かに変な感じだったかもしれない。霧の中でもがいていたような感じだったから。
「さあ、やるぞ!」
今度こそ、二亜を助けるんだ。
というわけで最後の一人の登場です。本格的に結末に向かってますよ。
今回の裏話は折紙の戦略について
ハーレムは認めて自分が一番になる方針で動いています。誰かさんの入れ知恵で。
合法的に重婚できる国に住むことを検討しているだとか。なんだこいつ。
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