Side 琴里
七罪があんなに必死な形相で出て行った。それに精霊だなんて。
とりあえず私も責務を全うしないと。
即座に携帯を取り出して令音に電話をかける。
「令音、聞こえるかしら?」
『やあ、琴里。どうしたんだい、こんな時間に』
すぐに令音は応答した。でもまだこの事態に気づいてないみたいね。
「今すぐフラクシナスを私の学校に!」
『何かあったのかい?』
「精霊が出たらしいわ。今七罪が対処に回ってる」
『……わかった、すぐに手配しよう』
令音はすぐに動き始めた。やっぱり持つべきは優秀な部下ね。
『現れた精霊の識別名はわかるかい?言い方からして狂三や二亜ではないようだけれど』
「わからないわ。ただ七罪がそう言っていたの。真偽は確認できていないけれど、その前提で動いてちょうだい」
『……ふむ、了解した。ならば、未確認の個体かもしれないね』
「あり得るわね」
今回の七罪は異様に動きが早かった。何か知っていてもおかしくない。
『琴里、君はどうする?』
「しばらく現場で対処に当たるわ。こっちから指示を出すから、常に回線を開けておいて頂戴」
『了解した』
通信を切って教室の方を見る。令音なら心配はいらない。今のうちに情報を集めないと。
通信してる間に教室の前の廊下がすごいことになってる。通れないくらい人でいっぱい。
これじゃ中を見ることさえできない。状況は一刻を争うって言うのに。
「琴里さん、琴里さん」
「こっちこっちー」
「四糸乃?」
よく見ると廊下の脇で四糸乃とよしのんが手招きをしてる。何かあったのかしら?
少し不思議に思いつつ四糸乃に駆け寄った。
「どうしたの?」
「大変です、琴里さん」
「愛くんとおしゃべりしてたら、教室にいきなり精霊さんが出てきたんだよー」
「本当⁉」
「もちのろんだよ。よしのんのぱっちりお目々で見たんだからさ!」
四糸乃とよしのんは今一番欲しい情報をくれる。本当に助かるわ。
「どんな精霊だった?」
「とってもきれいな金色の髪の精霊さんでした」
「七罪ちゃんたちは『むくろ』って呼んでたね」
「……見たことない精霊ね。名前も聞き覚えがないわ」
過去、観測されている精霊は頭に入れてる。その中にないってことは未確認の個体ね。令音の言う通りだった。
「あと、愛さんと七罪さんをすごい顔で睨んでました」
「それって愛たちと敵対してるってこと?」
「そうだと思います」
私たちが把握してないところで精霊と接触していた?あいつらならあり得るわね。
だとしたら七罪が即座に動いてたのも納得できる。
「愛くんたちにおっきな鍵を向けてたよ。『屈辱を返してやる』ってさ~」
「それは
その大きな鍵が天使のことだとしたら。既にかなり拗れてる。
「それで、その精霊はどこに行ったの?教室にはもういないんでしょ」
精霊同士で争ってるならこんな人だかりができてるわけない。愛たちもいないし、どこかに移動したに違いないわ。
「愛さんたちは窓から出て行きました」
「精霊さんも追いかけて行ったよ!追いかけようかと思ったんだけどさ」
「琴里さんに、教えなきゃって」
ちょっと違和感があったけど、そういうことだったのね。
「ナイス判断よ、四糸乃。あなたがいてくれて本当によかったわ」
「……はいっ!」
四糸乃は少し嬉しそうにはにかむ。信じられないくらい成長したわね。
「教えてくれてありがとう。見に行ってみるわ」
そう思って駆けだそうとすると四糸乃に袖をひしっと掴まれた。振り返ると四糸乃に真剣なまなざしで見つめられている。
「琴里さん、何かお役に立てませんか?」
「四糸乃は今すぐ——」
——逃げて。そう言おうとして口をつぐんだ。
四糸乃は無言でじっと見つめている。その目が何より雄弁に語っていたわ。
今四糸乃が求めてるのは
今四糸乃は私を助けようとしてくれてる。そして今実際に助けてくれた。
精霊に力を借りるなんてラタトスクとしてあるまじきことだけど。事情を知っていて、力がある四糸乃は最高のパートナーになる。
「四糸乃、絶対私の言うこと聞くって約束してくれる?」
「勿論です」
四糸乃は力強くうなずいた。本当、強くなったわねこの子は。
「ついて来て」
「はい!」
「おっけー!」
四糸乃と二人でグラウンドに向かって駆けだした。
♦♦♦
Side 二亜
久々のくつろぎタイム。いきなり電話がかかってきた。
『急ですまないね、二亜』
「どったのれーにゃん。なんかあった?」
クールで通してるれーにゃんが珍しく焦ってる。こりゃ面倒ごとかな?
『愛たちが学校で精霊に接触したらしい』
「……ほ~ん、愛くんがねぇ」
いつもトラブルのど真ん中にいるよね。
自分で嵐を起こしてるのか。それとも嵐に突っ込んでるのか。
『危険があるかもしれない。君も近づかないように――』
「何が起こってるのか、
れーにゃんの警告を遮って話を持ちかける。れーにゃんの悩ましい息遣いが携帯越しに聞こえてくる。
『構わないのかい?』
「愛くんのこと、心配でしょ?」
『二亜……』
責任感の強そうなれーにゃんだもん。仕事投げるわけにいかないんだろうけど。
あんなに好かれてるんだから、内心穏やかじゃないでしょ。
「別に大した手間でもないし、調べておいてあげるよ」
『恩に着るよ』
そんな重く取らないでいいのにね。全く真面目なんだから。
「調べるのにちょっとかかるから。れーにゃんはお仕事に戻ってていいよ」
『ああ、頼んだ』
通話を切って早速囁告篇帙を取り出す。なんだかんだ誰より付き合いの長い相棒だからね。
いろいろ言わなくてもスッと教えてくれる。紙面を指でなぞると世界の真理が浮き出てきた。
「さてさて、何が起こってるのやら」
最近、どこか舐めてたんだと思う。
誰をっていうか、世界そのものを。まるでクリア後のエンドコンテンツをやってるような気分っていうか。
「ふむふむ、なるほど。星宮六喰に
バグレベルの難所を乗り越えちゃうと、世界の全てが易しく見えちゃうのよ。『辛いけど、あのときに比べたら』ってなるでしょ。
「愛くんたらこの子怒らせちゃったのか。――あれ、それっておかしくない?」
始原の精霊を封じ込めた。味方も劇場版並みのオールスター。
「ずっと宇宙で寝てたはずでしょ。どうやって改変前の記憶を思い出すのさ」
失恋を乗り越え心も強くなった二亜ちゃんは無敵。DEMごときに負けるわけない。
そんな気持ちがどこかにあった。
「誰か、そそのかした奴がいるでしょ」
だからこそかな?見逃してたんだよ。
意識の外にいた脅威を。DEMの底知れない悪意を。
「………………嘘でしょ。なんでそんなことになってんの?その組み合わせは頭おかしいって!」
血の気が引いたのは久しぶりだ。記述が増えるごとに絶望が増していく。
「れーにゃんに説明——してる暇すらないじゃん!」
事態は本当にデッドエンド直前。地獄の底までレッドカーペットが敷いてある。
「どうして、この状況になるまで調べなかったんだよ!せめてあと一日早ければさぁ!」
焦っても状況は覆らない。いつ天使が使われるかわからない状況。
一分一秒を争う。
「行くしかない。アタシが直接」
その決断に至るのは決しておかしな筋道じゃなかったと思う。
「それに現場には愛くんいるんでしょ。もしかしたら逆転の一手を考えてくれるかもしれないし」
不純な気持ちが混じった最善策。それが最悪の形で裏切られることになる。
♦♦♦
Side 愛
七罪は強くなった。
純粋な剣技だけで六喰相手に持ちこたえた。僕のサポートの上の結果だとしても、十分な健闘だ。
それでも終わりは来る。
「これで終わりじゃ!」
「くっ!」
六喰は
それでも七罪は何とか受け止める。しかし、手の力が抜けて天使を放してしまった。
体力と精神をすり減らすような戦い。集中が切れかける瞬間を狙われた。
これで七罪は丸腰。六喰の攻撃を防ぐのは不可能だ。
「存外強かったぞ、七罪」
六喰は七罪に向けて天使を大きく引いた。錠前に鍵を差し込むために。
「七罪!」
これ以上は無理だ。六喰のことを考えていたら七罪が。
——六喰を殺す。意識を切り替えようとしたそのときだった。
「
一条の光が放たれる。六喰は攻撃を中断して七罪から距離を取った。
その隙に攻撃した張本人は距離を詰める。見た目に似合わぬ軽やかな足取りで七罪と六喰の間に滑り込んだ。
「大丈夫ですか、七罪さん」
「四糸乃?」
口から冷気を放つ白い怪獣。その背中に乗るのは四糸乃だ。
いつからだろうか。四糸乃に助けてもらってばかりだな。
「はいはーい、よしのんもいるよー!」
白い怪獣——よしのんが七罪の前にどしんと立つ。まるで仔兎を守る親兎のように。
「……さっきいたのぅ。うぬも精霊じゃったか」
六喰は四糸乃を見て目を細める。邪魔者の登場にいら立っているようだ。
「用があるのは鳶一愛と七罪だけじゃ。むくはうぬに興味などないのじゃが」
四糸乃と戦いたくない。六喰の本音が伝わってくる。
「七罪さんも愛さんも大事なお友達です。傷ついてほしく、ありません」
その言葉はむしろ四糸乃を奮い立たせる。
「先に仕掛けたのはそ奴らなのじゃが」
「え?」
「眠ってたむくを叩き起こして無理矢理連れて行こうとしたからのぅ。むくも黙っておれんかった」
四糸乃は信じられないといった顔で七罪を見る。四糸乃の目を見て七罪は目を伏せた。
「六喰の言ってることは事実よ」
「七罪さん……」
「四糸乃が嫌な思いして戦わなくて大丈夫。これは私たちの問題だから」
七罪は天使を手元に引き寄せる。天使を杖代わりにして再び立ち上がった。
明らかに無理をしてる。体力が戻ってくるわけじゃないんだから。
「……だとしてもです」
四糸乃が悩んだのはほんの一瞬。小さく呟いて六喰に向き直る。
「おはなし、できませんか?」
「無理じゃのぅ。むくの気が晴れぬ」
固い意志を秘めた視線が交差する。小さな身体に大きな気持ちを抱えて。
七罪に代わって四糸乃が前に出た。二人の天使が激突する。
ここからは四糸乃と六喰の戦いだ。
申し訳ない。心からそう思う。
「大丈夫、愛?」
「琴里か」
僕の背後に琴里が立つ。
「一体どういう状況?」
「相手は精霊、星宮六喰。僕と七罪は恨まれてる。学校に殴り込みされるくらいには」
「あんたら何したのよ」
「ええと、マジでやらかしました。本当にごめんなさい」
琴里は呆れた顔で僕を見つめる。目を逸らすしかできなかった。
「……今はいいわ。お説教は令音に頼むから」
「はい」
今回ばかりは反論する気も起こらない。むしろ積極的に正座するべきだろう。
「それで、あの子の能力は?」
この期に及んで情報渋ったりしないわよね?——そんな副音声が聞こえてきそうだ。
「天使は
「具体的なイメージが湧きにくいわね」
「敵に差し込んだら機能停止。空中に差し込んだらワープゲート生成。その他便利な能力多数」
「……なんでそんなのに喧嘩売っちゃったのよ」
琴里が額を叩いて困っている。
六喰、やけくそなくらいに強いんだよな。終盤のキャラだから。
「それで、何か策はあるの?」
「……七罪、まだ
入り込む隙を伺っている七罪を呼び戻す。頑張ってまだ戦おうとしてるけど無理だろう。
「使えるけど、何考えてるの?」
「六喰を無力化する方法。確証はないけど、上手くいったら六喰をただの女の子同然にできる」
作戦を二人に話した。即席で詰めは甘いけど、リターンは絶大だ。
「なるほど、やる価値はあるわね」
琴里はうなずく。
「でも、それ私があの戦いに割って入る前提でしょ?正直、無理そうなんだけど」
でも七罪は自信がないみたいだ。さっきがさっきだから仕方ないけど。
「だから、六喰を弱らせる。イメージはHPをなるべく一に近づけるんだ」
「六喰は■ケモンなの?」
「実際そんな感じ。七罪が割り込めるくらいにしないといけないから」
七罪のツッコミを肯定する。例えがアレだけど、これが多分一番伝わりやすい。
「精霊を傷つけるのは趣旨に反するけど、今回ばかりは仕方ないわね」
琴里の身体から炎があふれ出す。炎は琴里を守る城となり、空気すら焦がす武器となる。
琴里は精霊の力を取り戻した。暴走のリスクを負ってでもことを収めると決めたか。
「短期決戦よ——さあ、私たちの
「ああ」
「仕方ないわね!」
方針は決まった。増援もまだ来る。
あとは詰将棋だ。
さて、どことなく不穏な空気が見え隠れ。一体どうなるのやら。
今回の裏話は六喰の不自然さについて
六喰と愛たちが接触したのは改変前。改変後はリセットされて心に鍵をかけた状態に戻るはずなんですよ。
なんで改変前の記憶を取り戻してるんでしょうね?
投稿日はいつがいい?
-
月曜夜
-
火曜夜
-
水曜夜
-
木曜夜
-
金曜夜
-
土曜昼
-
土曜夜
-
日曜昼
-
日曜夜