Side 愛
それでも始原の精霊ほどじゃない。四人で囲んで倒せない相手じゃない。
「はぁ!」
「それっ!」
四糸乃と琴里が二人がかりで六喰を攻め立てる。氷と炎の攻撃は確実に六喰の体力を削り取る。
「流石だね、二人とも」
片や大勢の部下を預かる司令官。片や誰よりも優しくて強い精霊。
とても頼りになる。
「鬱陶しいのぅ」
六喰はイラついた様子で天使を振るう。でも二人は余裕を持って攻撃をかわした。
七罪との戦い。そのまま休みなしで二人との戦い。
六喰と言えど体力は消耗していく。
「そろそろ仕上げだ」
六喰の動きを鈍らせる。周囲の空気を金属に変えてしまうイメージで。
「こんなもの!」
相手は精霊。こんなもの十秒持てば御の字。
でも、戦闘中の十秒は致命的だ。
待機していた七罪が戦いの中に滑り込む。そして、手に持った天使の奥義を使った。
「
「!」
六喰は大きく目を見開く。
七罪の持った天使は大きな鍵へ姿を変えた。六喰自身の持つ天使と瓜二つのものへ。
「悪いとは思ってるわよ、六喰」
七罪は鍵を勢いよく差し込む。六喰の持つ封解主を狙って。
そしてガチャリとその機能を閉じた。
「七罪、貴様!」
六喰は
しかし、手に持った天使に先ほどのような一撃必殺の能力はない。霊力をまとったただの棒だ。
「いったいわねー。……でも、それだけよ」
七罪はふらふらと立ち上がる。不敵な笑みを見せたまま。
「むくの、むくの天使を……」
「そう、あんたの天使を閉じたのよ。どうなるか、あんたに言うまでもないわよね」
明らかに動揺している六喰。状況を説明する七罪。
どちらが戦況を握っているかなんて言うまでもない。
「鍵に鍵をかけたらもう使えない——だったら嬉しいんだけど」
琴里は六喰を見守る。これで終わりじゃないかもしれない。
再顕現させたら戻る——なんて話だったら、また対策を考えないといけない。
さてどうなるか?
「むくにまたも屈辱を……」
六喰は悔しそうに顔を歪ませるだけ。天使をどうにかする様子はない。
「そう、よかったわ。これでちゃんと終わりになるのね」
琴里はほっとした様子で溜息を吐く。そして言葉を続けた。
「一度、話し合いをしない?
愛がムカつくのはわかるけど、最初から暴力で訴えなくてもいいと思うの。仕返しならいくらでも手伝うから」
琴里は六喰を説得しようとする。というか僕を責め立てようとしている。
六喰を宥めるための方便だろうか。それともただの本音?
「そんなことでむくの気持ちは……」
六喰の戦意はまだ消えてない。このまま気絶に持っていくしかないか。
「愛くん!」
そこに二亜が登場する。どうやら増援に来てくれたようだ。タイミングが悪かったけど。
「二亜さん、来てくれたんですか。でも、六喰はもう——」
「そんなことどうでもいいの!」
二亜は珍しく必死の形相で叫ぶ。その言葉に違和感を覚えた。
「二亜さん、どうしたんですか?」
二亜のあまりの様子に四糸乃が首をひねる。それくらい二亜は変だ。
「今すぐ動かないと。あいつが来ちゃ——」
必死になってここまで来てくれたのだろう。しかし、二亜の
「おや、意外な結果だね」
不意に声が響いた。今まで一度も聞いたことのない女の子の声が。
振り返るとそこには不気味な女の子がいた。
過剰な装飾で飾り立てられた、サーカスの道化のような女の子が。
頭に乗せた小さなシルクハット。どことなく不気味さを感じさせる黒い髪飾り。
黒と紫を基調としたゴシックドレス。そして、両腕に嵌められた手枷からは重々しい鎖が伸びている。
彼女に比べたら狂三がまともに見えるだろう。狂三はここまで不気味じゃない。
「六喰ならもしや、と思っていたのだけど。ここまで徹底的に負けてしまうとは」
精霊と精霊が激突する戦場。その中で彼女は散歩でもするかのように近づいてくる。
その声に込められている感情は恐怖でも困惑でもない。
「まあ仕方がない。何せ相手は私たちの叔父上なのだから」
虫に向けるような興味。そして、強烈な悪意だ。
「それにどちらにしろ結果は同じだ。私が全て貰う」
痛々しい傷の入ったまぶたの下。その双眸が僕たちを狙っている。
まるで獲物を呑み込まんとする蛇のように。
思わず硬直してしまう。あまりの事態で脳が追い付かない。
どうしてこいつがここにいる⁉
「あなた、一体誰?」
琴里が身を強張らせながら話しかける。その異様な雰囲気を感じているようだ。
「今すぐそいつから離れろ!そいつは精霊だ!」
『ッ!?』
二亜が叫びをあげる。その声で僕も正気に戻った。
視線が一気に少女の元へ集まった。少女はその状況でなお、にやりと笑う。
「酷いじゃないか、二亜。ネタバラシは嫌いなんじゃないのかい?」
少女はわざとらしく二亜に語りかける。同時に全員に緊張が走った。
相手が精霊だからじゃない。その少女の異様な雰囲気がそうさせた。
「好き嫌い言ってられる状況じゃないでしょ。あんたみたいなの相手にさぁ!」
「ふふふ、そうか」
二亜は冷や汗を垂らしながら悪態を吐く。
そうか、二亜はこいつの存在を知ってた。だから焦ってたのか。
「初めての方も大勢いるのでご挨拶を。わたくしは与えられた役割を果たすだけの矮小な存在。
与えられた名は『蓮』。どうかお見知りおきくださいませ」
突然現れた少女、蓮は大仰な仕草で一礼をする。
「精霊さん、ですか?」
「でも、見たことないわよ」
「私も知らない。一体何なのよ、こいつ」
四糸乃、琴里、七罪が困惑している。混乱するのも無理はない。
事件の最中に新たな精霊が現れたんだ。冷静に対処しろっていう方が無茶苦茶だ。
「全員気をつけろ!そいつの天使は三つの願いを叶える代わりに霊力を奪い取るぞ!」
それでも危険を伝えないと。下手すればこの場で誰かが
「どういう意味よ、愛?」
「ランプの魔人と悪魔を足したような奴だ。
絶対に願いごとを口にするな。それっぽいことを言うだけでもダメだ。
『何かが欲しい』とか『何かしたい』と言っただけで食われるぞ」
七罪たちはそのまま口をつぐんだ。とりあえず下手な解釈をされる危険はない。
冷静になれ。目の前の敵に集中しろ。
こいつはある意味最悪の精霊だ。
「おやおや、叔父上も私を知っているのかな?面識はないと思うのだけど」
蓮は僕に目を向けた。
二亜に向けるものよりもねばついている。それは僕の気のせいだろうか?
「崇宮澪が封印するしかなかった、危険な精霊だろ」
「……流石は叔父上。力だけでなく知識も持ち合わせているようだ。いや、本当に素晴らしい」
蓮は拍手をしながら全く感情のこもっていない誉め言葉を並べる。むしろ、嘲笑されているかのようだ。
その余裕が不気味だ。もし、僕の考えが正しいとしたら。
「いつから僕はお前の叔父になったんだ?」
「君は母の次、
予感が確信に変わる。こいつは僕が始原の精霊だと知っている。
そして、のこのことこんなところに来ているってことは——
「お前、何のために来たんだ?願いなんか叶えさせないぞ。
お前の天使は強力だけど、今すぐ接近戦に持ち込めば終わりだ」
「ほぅ、
天使の弱点を看破された。それでもなお蓮の余裕は消えない。
「叔父上と会う前に仕込みを終わらせたのは正解だったようだ」
最悪の結論が述べられる。その言葉で一気に血の気が引いた。
「愛くん、そいつの狙いは六喰ちゃんだ!もう
二亜が叫ぶ。焼き切れそうな頭に新たな材料がぶち込まれた。
そろそろ頭は限界だ。それでも沸騰しそうな脳を気力で無理矢理回転させる。
六喰の心の鍵。僕たちの居場所を知った手段。
全部が一本の線で繋がった。そして一つの結論を叩き出す。
突然六喰が崩れ落ちる。
「ちょっと、どうしたのよあんた⁉」
「力が、抜けて……」
七罪が支えるけど六喰はなぜか虫の息だ。まるで体力を奪われてしまったような。
いや、そうか——
「蓮、お前もう既に⁉」
「くくく、あはははは!
自分がただおしゃべりに興じるため姿を晒したとでも?存外愚かなものだな、叔父上、そして星宮六喰」
蓮は高笑いを上げる。そして、蓮を起点に世界が塗り替わった。
先ほど僕が使った
しかし、それは僕のものより遥かに強固で、醜く毒々しい。
「
「これがこいつの天使なの⁉」
結界の中は学校のグラウンドとは全然異なる空間。いや、そもそも地球上にこのような場所は存在しないだろう。
神話に登場する楽園。それを瘴気で腐らせたらこのようになるだろうか。
「素晴らしい。これが星宮六喰の霊力」
蓮は手を握ったり閉じたりして自分の力を確かめる。その身体からは膨れ上がった霊力が嫌でも感じ取れる。
「道化、貴様むくを
六喰は苦悶の顔を浮かべる。その問いに蓮はわざとらしく笑顔を見せた。
「何を仰いますか六喰様?わたくしはあなた様の願いを叶えるために全力を尽くしたではありませんか。
なればこそ、ほんの少し代価を頂いたにすぎません。あなた様の命を、ね」
「戯言を!」
道化のように恭しく、相手を立てるような口調で六喰を嘲笑する。
「しかし、第二の始原の精霊。警戒していたのだけど、肩透かしを食らってしまったな。これほど楽に事を為せてしまうとは」
「蓮、お前……」
甘かった。最近すっかり気が緩んでいた。
こいつは相当準備していた。僕が——始原の精霊が相手でも勝てるように。
「
蓮の手に霊力が集まっていく。暗黒のような光は大きな鍵の形を成す。
つい先ほどまで六喰が持っていたものだ。僕たちを苦しめた天使があの蓮の手に。
こいつにこれ以上好き勝手させちゃいけない。そのためには、今殺すしかない。
「《グングニル》」
魔力を収束して放つ死の一閃。エレンすら殺しかけた必殺技。
蓮の首を狙って素早く放つ。
「
しかし、蓮はその前に素早く天使を解放する。空間に穴を開け、その穴に飛び込んだ。
封解主の転移能力。もう使えるのか。
「恐ろしいな、叔父上。この天使がなかったら死んでいたじゃないか」
声は背後から聞こえた。こんな近距離で転移したのか。
長距離転移——しなかったのかできなかったのか。
どちらにしろ、首の皮一枚繋がった。まだチャンスはある。
振り向きざまに再び攻撃を仕掛けようと構える。だが、その手をすぐ止める羽目になった。
「愛、くん」
「二亜さん……」
射線上にいたのは二亜だった。
壁にするため二亜の背後に立った——わけじゃない。蓮が取ったのはもっと恐ろしい手だ。
「鋭く、
——しかし、期待外れだ」
蓮が持つ鍵。その先は二亜の頭に差し込まれている。
「始原の精霊がこの程度であるわけない。今の君では意味がない」
蓮は蔑んだ目で僕を見つめる。言葉通りの失望がありありと顔に書いてある。
「何をする気だ?」
声が震える。何をするか、そんなこと言われなくてもわかっている。だからこそ恐ろしい。
「なに、面白い話を聞いてね。
本条二亜は長く過酷な拷問の記憶を封印している。だから、正気を保っていられると」
蓮が二亜の肩にゆっくりと手を置く。地獄へ落とすため。
「その記憶、ここで開いたらどうなるだろうね?」
「止めろ、蓮」
蓮は解放しようとしている。
あらゆる苦痛をぶち込まれ、人の尊厳を踏みにじられた、おぞましい五年間。人を壊し、奈落に突き落とす絶望を。
「止めろー!」
ガチャリ。鍵の開く音が確かに耳に届いた。
地獄の釜は開かれる。
「あ、あ、あ、ああああああ、ああああああああああ……ッ⁉」
二亜の身体がガクガクと震わせ、頭を押さえてその場に膝をつく。ねじをぶち抜かれた人形のように。
「二亜ーーーッ!」
二亜の身体から漆黒の霊力が染み出す。徐々に地面を侵食し、呑み込んでいく。
精霊が絶望し切ったときに起こる最悪の末路。今、二亜は反転した。
「クソが!——蓮!」
「ふっ、やっとマシな顔をするようになったじゃないか」
蓮は二亜から離れ地面に着地する。こんな状況でもこいつは憎まれ口しか叩かない。
「鳶一愛、君に恨みはない。しかし、自分にも
自分が悪を為すために、君は欠かすことのできぬ重要なピース。そんな
蓮は手前勝手にべらべらと独り言を続ける。何を考えてるか知らないが今すぐ殺してやりたい。
でも、苦しむ二亜の声が僕を踏み留める。頭にかすかな冷静さが残る。
「君が殺さぬ限り私は悪を為す。それが嫌なら本気で来るといい」
蓮は再び封解主を使い、空間に穴を開ける。その逃げ道を塞ぐ余裕はない。
「また会おう、叔父上」
蓮は笑顔で穴に飛び込む。その顔は異常に腹立たしいものだった。
遂に名前が明かされた最悪の
裏話というか補足説明を。
彼女はゲーム、『蓮ディストピア』のみに登場する精霊。始原の精霊の負の感情から生まれ、次元の狭間に封印されました。
詳細はゲームを買ってみてください。
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