ヒロインは七罪   作:羽国

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等身大の救世主

Side 蓮

 

 空間に開けた穴を通り抜け、逃げた先はDEMの日本支社。ウェストコットたちの根城だ。

 

「はぁ、ぐっ……」

 穴を閉じた瞬間、全身の力が抜けて崩れ落ちる。窮地を救ってくれた新しい天使も砂のように消え去る。

 背中を預ける友の前でもないのに、なんとも情けない。

 

 相手は小さく偉大な私たちの叔父上。万分の一の力も出していないようだが、それでも私の首は危うかった。

 何重にも保険をかけておいたのは正解だったようだ。

 

「大丈夫ですか、蓮?」

 慌てた様子で駆けよってくるエレン。

 存外人間味のある行動を取るな。だが、そんな手を取る気はない。

 

「心配ありません」

 エレンの手を振り払って立ち上がる。弱みを見せるわけにはいかない。特にこの男の前では。

 

「作戦は上手く行ったようだね」

 到底人間のものとは思えない暗く濁った瞳。不気味に嗤う口元。

 アイザック・ウェストコット。

 

 この男は精霊を人とは思っていない。——いや、人すらもこの男にとっては玩具の一つ。

 隙を見せたら精霊()がいつ食い破られてもおかしくない。用心しなければ。

 

「いくら貴方様でも、今の今。ほんの数瞬前の出来事を知るのは不可能じゃありませか?」

「映像や観測値を見るまでもない。君は今、新たな天使の能力でこの部屋に戻ってきた。《ゾディアック》の霊力を奪えたのだろう?」

 抜け目のない男だ。まあ、どうせバレるのだからどうでもいい。

 

「ご慧眼恐れ入ります。ウェストコット様のおっしゃる通り、私は星宮六喰様の霊力を奪い、新たな能力(ちから)を手に入れました」

 霊力を振り絞り、新たに私のものとなった天使を再び喚び出す。

 

「ご覧ください。これが封解主(ミカエル)です」

 全てを開き、全てを閉ざす鍵の天使。金色の輝きが何と美しいことか。

 これを自分のものとして誇ることができる。最高の気分だ。

 

「くく、くくくく。ああ、なんて素晴らしい。君は本当に最高の仕事をしてくれた」

「勿体ないお言葉です」

 まるで自分が手に入れたような口ぶりだな。あくまで私のものだというのに。

 

「わざわざ私の援護を断って向かったのです。失敗して戻ってもらっては困ります」

 ウェストコットと違ってエレンは不満げな様子だ。自分が暴れられなかったのがそんなに不満なのだろうか?

 

「申し訳ありません、エレン様。しかし、これは貴方様を守るためだったのです」

「ほぅ、私相手にその言葉。随分舐めた口を利いてくれますね?」

 この程度の言葉で青筋を立てるとは。(いささ)か扱いづらい。

 

「我が母が力を失い堕落した今、最も警戒すべき相手は叔父上です。叔父上が本気で力を振るえば、塵のように消し飛んでしまうでしょう。

 例え、世界最強の魔術師(ウィザード)だとしても」

 

「……《アポクリファ》が始原の精霊ならばそれは否定できません。前回戦ったとき、微塵もそのように思えませんでしたが」

 悲しいことだな。始原の精霊の恐ろしさを真に知らない。

 

「何故かは存じませんが、叔父上は強大な力のほとんどを封じております。

 でなければ、私は屍となりこの場に戻ることも叶わなかったでしょう。

 あの方はそれほどの相手なのです」

 

「ならばむしろ戦力を増やすべきだったのでは?」

「即時撤退は単独の方が容易いのです。封解主(ミカエル)能力(ちから)があったとしても」

「ぐっ……」

 ようやくエレンでも理解してくれただろうか?

 

「よしたまえ、エレン」

「しかし、アイク!」

 

「結果は成功で終わった。彼女の筋書き通りに。褒め称えこそすれ、責める場面ではないだろう?」

「それは、おっしゃる通りです……」

 ほぅ、番犬を手懐けるのは上手いようだ。感謝の気持ちくらいは持っておこうじゃないか。

 

「それに、《シスター》の方も上手くいったのだろう?」

「ええ、勿論。予定通り反転させることができました」

 

「ならば私たちはそちらでいいじゃないか。残り物でエレンには退屈かもしれないけれど」

「いえ、決してそのようなことは」

 

「ようやく精霊を反転させることができたのだ。しっかりと仕留めておくれ、可愛いエレン」

「はっ、承知しました。必ずや反霊結晶(クリファ)をアイクの手に」

 叔父上を引き付けるための撒き餌がここでも役に立ったようだ。一石二鳥といったところか。

 

「お気を付けください。かなり疲労させましたが、叔父上はまだ何か企んでいるかもしれません」

「忠告痛み入るよ。胸に留めておこう。前哨戦で火傷しては目も当てられない」

 あなたたちに死んでもらっては困る。私の願いのために。

 

♦♦♦

 

Side 士道

 

 俺たちは今から反転した二亜を止める。

 街を守るため。何より、二亜を救うため。

 

「なぁ、折紙」

「何、士道?」

 折紙は武装を身に着けて戦う準備をしている。今は手に持った槍を確認していた所だ。

 

「二亜が愛たちのところに行ったのって、本当に急いでたからだと思うか?」

「……わからない。少なくとも、非合理的な判断だとは思わなかった。——ただ、愛に頼ろうとしていた可能性は否定できない」

「そう、だよな」

 令音さんに連絡すればよかったのに、わざわざ自分で向かったんだ。その方がしっくりくるよな。

 

「俺、少しは心を預けてもらってると思ってたんだけどな」

 同人誌を描き上げたときの何とも言えないあの顔。

 辛くて苦しくて、でも乗り越えて。解放されないまでも、どこか清々しさがあった。

 

 あれじゃダメだったんだろうか?まだ二亜は捕らわれたままだったんだろうか?

 

「……愛は士道とは別の人間。愛にしかできないこともある」

「ああ、わかってるさ」

 

 気持ちだけの問題じゃない。

 愛しか知らないことはある。愛しか思いつかないことはある。

 それは理解してる……つもりだ。

 

「——同時に、士道にしかできないこともある。今、二亜を救うことは士道にしかできない」

「……そうか、そうだよな」

 慰められた上に発破をかけられている。情けないことを言ったな。

 

「士道は何がしたい?」

「俺はただ……二亜を助けたい」

 

 蓮がどうとか、反転した理屈だとか、難しいことは正直よくわからなかった。ただ二亜が苦しんでいることだけはよくわかる。

 どんな理由であれ、女の子を苦しめる理由にはならない。そんな理不尽は許されるわけがない。

 

「士道には私だけを見ていてほしい気持ちがある。でも、ここで二亜を見捨てる人間ならば、好きになることはなかった」

 折紙は少し口元を緩めていた。

 

「折紙、俺を助けてくれるか?」

「勿論」

 

 一呼吸おいて前に出る。みんなはもう準備を終わらせ、待っていた。

 

「シドー、準備はできたか?」

「かかか、待ちくたびれてしもうたわ」

「迅速。夕弦は既に準備万端です」

「だーりん、二亜さんを助けに行きますよ」

「兄様、早く出陣しましょう!」

 

 戦意は十分。あとは出陣するだけ。

 

「士道、覚悟はできてるわね?」

 琴里が最後の確認をする。返事の前に鏖殺公(サンダルフォン)()び出す。

 

「悪い、みんな待たせたな。行こう!」

 俺たちは二亜のところへ転移した。

 

♦♦♦

 

「これは……」

 

 転移した先は地獄だった。

 破壊しつくされ、瓦礫の山になった校舎。焦土と化し焦げ臭い匂いを放つグラウンド。

 我が物顔で闊歩する影のような化物たち。数えるのも馬鹿らしくなるくらい、うじゃうじゃと湧き続けていた。

 

 そして、その中心。二亜はそこにいる。

 

 のっぺりとした顔で魔王のページをひたすらめくり続ける。二亜が魔王を操ってるんじゃなくて、魔王のために二亜が動いているようだ。

 めくったページの一枚一枚が化け物になり、野へ放たれる。まるで地獄の門だ。

 

 あの二亜がこんなことをしたいわけがない。すぐにでも助けないと。

 

『いい、士道?今回に限っては正攻法なんてないわよ。

 イチかバチかキスしてみなさい。それでお姫様にかけられた魔法がとけることに懸けるわ』

 

「琴里らしくないな。そういう無茶は俺が言うもんじゃないのか?」

『自覚があるなら自重してほしいものね。言いたくないけど、状況が既に詰んでるのよ。逆転するなら奇跡に頼るしかないわ』

「はっ、違いない」

 

 笑えてくる。藁に縋るような作戦じゃないか。

 絶望的な状況。もう、何度目のことだか。

 

「詰んでる?絶望的?それが足を止める理由になるかよ!」

 俺は二亜を助ける。そこに確率論も何もいらない。

 必要なのはこの気持ちだけだ。

 

『よく言ったわ、士道。信じなさい、二亜と一緒に過ごした日々を。なにより、自分自身を』

「ああ、わかった!」

 

 化け物を切り裂いて前に出る。

 

「私たちが道を作る」

「シドーは二亜を頼んだぞ」

 

 折紙と十香が化け物たちに攻撃を放つ。光を浴びて蒸発し、斬撃を受けてバラバラなる。

 二亜のところへ伸びるか細い道ができた。

 

「露払いは我らが引き受けてやろう」

「援護。士道は二亜のところに行くことだけ考えてください」

 耶倶矢と夕弦が俺を挟み込むように少し前を走る。盾となって化け物たちを蹴散らしていく。

 

「だーりん、私の応援を受け取ってください」

 美九の【行進曲(マーチ)】が身体を軽くして突き進む勇気をくれる。

 

「ありがとう、みんな!」

 足の裏に力を溜めて大きく跳躍する。化け物たちの包囲網を飛び越えて一気に二亜のところへ。

 

「————!」

 空中の俺は格好の的。化け物たちが声にならない声を上げて襲い来る。

 

「兄様には指一本触れさせません!」

 その化物たちを真那が一太刀で斬り伏せる。

 

「真那!——ありがとう」

 真那に背を向けもう一度加速する。今度こそ一気に二亜の元まで。

 

「がっ!」

 自らの皮膚で首を絞められたかのようだった。

 慣性を完全に無視して身体が止まる。空中に縫い留められたようで指先一つすら動かせない。

 あと少し。大股で跳べば二亜のところに届くというのに。

 

「…………」

 二亜はいつの間にか羽ペンのようなものを持っていた。俺をじっと見つめながら高速で神蝕篇帙(ベルゼバブ)に何かを描いている。

 

「これは……未来記載?」

 囁告篇帙(ラジエル)で見せた未来の出来事を確定させる技。それを反転した神蝕篇帙(ベルゼバブ)でも使っているのか。

 

 二亜は記載を止めない。目にも留まらぬ早さでペンを走らせる。

 

「鏖殺公が⁉」

 手に持っていた天使が消えた。二亜がそう描いたからだろう。

 俺が持つ天使さえも自由自在に操る力。正に神のような力だ。

 

「だからどうした!」

 胸の熱に任せて身体をつき動かす。

 ただ、二亜のところへ。その意志だけを込め。

 

「二亜、俺の声が聞こえるか!」

「…………」

 ゆっくりと身体が動き始める。錆びついていた歯車に油を差したかのように。

 

【二亜、頼む聞いてくれ】

 二亜に俺の気持ちを届けたい。その想いがいつの間にか形になっていた。

 声を届ける天使、破軍歌姫(ガブリエル)の力。それが閉ざされた二亜の心に届く。

 

「し、どー……」

 草が擦れるような小さな声。それでも、確かに二亜は言葉を発していた。

 

【そうだ、俺だ。士道だ】

「なん、で……」

 二亜の目には困惑の色が見える。

 なんで、か……。

 

【二亜と漫画描くのが案外楽しかったからかな?】

 俺は二亜と一緒にまた漫画を描きたい。理由なんてそれで十分だ。

 

「少年……」

 二亜の手から力が抜けて、ペンが地面に落ちる。俺を見ながら赤い涙を流していた。

 

【戻ってこい。俺がずっと隣にいるから】

 身体を縛っていた力が急に消える。俺は二亜に向けて手を伸ばした。

 

 二亜まであと数センチ。そんなところで——二亜の胸から光の刃が生えた。

 

「がっ⁉」

「二亜、……二亜⁉」

 二亜の口から大量の血が流れる。さらに、刃が抜けて胸からもおびただしい量の血が。

 とっさに倒れ込む二亜を受け止める。受け止めたその手にべったりと生暖かい感触が広がる。

 

「感謝します、五河士道。おかげで楽に《シスター》に近づくことができた」

 さっきまで何もなかった空間が揺らぎ、白銀の武装をした女が現れる。

 世界最強の魔術師、エレン・メイザース。その目は冷淡に二亜を捉えていた。




何だこの展開。作者は性格悪いな~。

さて、今回の裏話は未来記載を打ち破れた理由について。

原作にちゃんと書いてありますが、霊力で対抗できます。数人分の霊力持ちが対抗できないわけありません。

根性とかじゃないんです。
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