ヒロインは七罪   作:羽国

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十香編を書いていた時は琴里編の内容を考えていました。四糸乃編を書いている時は八舞編、美九編の内容を考えていました。今は折紙編と名前の言えない章の内容が大体できました。

先の展開を考えすぎて筆が全く追いつきません。作者は何やっているのでしょうね。

今回は七罪視点です。それではどうぞ。


奇妙な一手

 私は買い物の為、街に出ていた。今日は私が食事当番の日。沈む夕日を見て、少し急ぐことにした。

 士道は狂三に『お前を救う』と宣言したらしいわ。士道も無茶するわね。

 狂三相手にそんな真っ向から。それが良いところでもあるのだけど。

 奇妙なことに狂三は未だ動く気配が無い。愛の知っている歴史だと、狂三は既に動いているらしい。それなのに動いていない。

 ただの気まぐれと考えられるような相手ではないわね。こんな状況だからこそ、警戒しておかないと。

 予告も無しでいきなり全面戦争になってもおかしくない。そんなことを考えながら歩いていた。

 ふとした瞬間に寒気を覚える。精霊として何度も向けられたことのある、冷たい殺意。

 立ち止まって振り返るけれど、誰一人いない。でも、あれが勘違いだとも思えない。

 しかし、その源がようやくわかった。最初は分からなかったけど、よく見ると明らかにおかしいものがある。

 よく見ると、電柱の影がゆらゆらと揺らめいている。旗のようなたなびくものの影が動くなら分かる。でも、動く筈のない電柱の影がこんな風になっていたら不自然でしかない。

 そして、こんなことが起こる原因には心当たりがある。あいつは影を操る能力を持っていた。

「出てきなさいよ、狂三。そこに潜んでいるのは分かっているわよ。」

「よくお分かりになられましたわね、七罪さん。」

 影の中から血のように紅いドレスを着た少女、時崎狂三が現れる。影から徐々に身体が出てくる様はまるで物の怪のよう。

「あんな不愉快な視線を送られたら、嫌でも分かるわ。」

 周囲に人影が無いことを確認して、霊装と天使を顕現させる。買い物袋は贋造魔女(ハニエル)の能力を使って収納する。

 これで辛うじて、戦闘準備はできた。

「きひひ、平和ボケしていないようで安心しましたわ。気づいていただけなかったら()()させて頂くつもりでしたから。それにしても、随分と可愛らしい姿になられたようで。」

 不気味な笑い声で心がかき乱される。平静を保たないと。

 こいつは今の私の事を七罪だって認識できている。あいつと会った時には大人に変身した姿しか見せていないのに。

 私の情報をかなり得ている。警戒されているのか、霊力(食事)として見られているのか分からない。けど、狂三に注目されているのは間違いないわね。

「私がどんな姿で過ごそうと私の勝手でしょう。それで、どんな用事で来たの?挨拶なら終わったでしょ。帰っていいわよ。」

 なるべく冷たくあしらう。これで本当に帰ってくれたら嬉しいのだけれど。

「あらあら、そんなつれないことをおっしゃらないでください。今回は七罪さんにプレゼントがあって参ったのですわ。」

「あんたみたいな薄気味悪い女からのプレゼントなんて、欲しくないけどね。」

 この女がまともなプレゼントを用意すると思えない。鉛玉をプレゼントとか言っても何も驚かない。この女ならそれくらいはやる。

 まともなプレゼントは期待しないで、全力で狂三の一挙手一投足を見逃さないように警戒しないと。

「そんなことおっしゃらないでくださいまし。七罪さんの喜ぶプレゼントを持ってきたのですから。」

 影の中に手を突っ込むと、その中から白い布の塊を取り出す。何なのか全くわからなかったけど、広げられることでその正体が分かった。

 白を基調としたウサギのデフォルメ。特徴的な黒い眼帯。手を入れるために開けられた穴。

 間違いなく四糸乃の相棒、よしのんだった。

「どうしてあんたがそれを!」

「きひひひひ。賢い七罪さんなら、それがお分かりになるのではなくて?」

 狂三は悪魔のように、唇の端を吊り上げた。

 完全に油断していた。まさか、四糸乃を狙ってくるなんて。

 ラタトスクは一体何をやっているのよ。

「ラタトスクの方を責めるのは良くありませんわよ。あの方たちは必死に四糸乃さんを守ろうとしたんですもの。()()()()()()の前では、呆気ないものでしたのですが。」

 狂三は私の考えを先回りしたように、ラタトスクの抵抗を語る。

 ラタトスクには狂三の戦力について話していなかった。その隙を狂三に狙われたのね。

 流石に何十、何百の狂三の前には手も足も出なかったでしょうし。

「それで何が目的?私に何かさせたいからここに来たんでしょう。四糸乃が無事なら話くらいは聞いてあげるわ。」

 四糸乃が食べられてしまったのなら、私の所に来てよしのんを見せる意味が無い。つまり、四糸乃は人質にされていると考えるべき。

 だったら、私の所に来た理由は取引。何か要求を通すために、四糸乃を取引の材料にしようとしている。

「ええ、ええ。四糸乃さんは無事ですとも。七罪さんがお願いを聞いてくださったら、無事にお返ししますわ。」

「早く言いなさい。私はあんたみたいな女と、長々お喋りしたくないのよ。」

「それでは端的に。わたくしを数人、あなたたちの家に招待していただきたいのですわ。」

 狂三はもったいぶっていた要求をようやく話した。しかし、婉曲的過ぎて狂三の真の狙いが分からない。

「へぇ、私たちの家にね。泥水と砂団子くらいしか用意できないけどいい?」

 精一杯の悪意を込めておもてなし(嫌がらせ)の内容を告げる。しかし、狂三は一切動じない。

「うふふ、歓待を求めている訳ではございませんわ。ただ、愛さんの兵装を壊すことができたらそれで良いのですわ。」

「それだけ……?」

 狂三は漸く要求を吐いた。それは意外にも控えめな要求。

 わざわざ四糸乃を攫ってまでしたいことが、愛の兵装を壊すこと?てっきり、私に大人しく食われろって言うのだと思っていたけど。

「それだけで構いませんわ。それが、一番重要なことですもの。」

「あんたみたいな女の言葉を信じろと?後から後から、要求を増やすんじゃないの?」

「わたくし、愛さんも七罪さんも怒らせたくありませんもの。士道さんを食べたら、四糸乃さんの霊力はほとんど頂くことができますし。わざわざ虎さんの尻尾を踏むつもりはございませんわ。」

 狂三は飄々と言ってのける。本当に人質を解放するか怪しいけれど、今は言うことを聞いていた方がいいようね。

「わかった。言うことを聞いてあげる。」

「ありがとうございますわ。」

 狂三は影の中から分身体を呼び出し、私の影に潜ませる。私のやることはこいつを家の中に招き入れること。

 自分でゴキブリを家に招き入れるようなものだけど、我慢するしかない。

「ただ、一つだけ言っておくわ。四糸乃に何かあったら、あんたを地獄の底まで追いかけて、その霊結晶(セフィラ)を奪う。あんたの望みが絶対に叶わないように。」

「……肝に銘じておきますわ。」

 これで釘は刺した。四糸乃の無事は狂三自身の命綱でもある。

 もしものときは何があっても殺す。分身体が何体出てこようと、世界の果てまで逃げようと、絶対に殺す。

 あの子に手を出したことを後悔させてあげるわ。

 

♦♦♦

 

 私たちの家には恐ろしいほどのトラップが仕掛けてある。招かれざる客を絶対に入れないように。

 玄関近くはまだ優しい。催眠ガスが噴射されて、ただの人間でも眠るだけで済む。

 でも、そこを踏み越えたら一切の容赦が無くなる。

 リビングに入るまでの間に、文字通りの即死トラップが仕掛けてある。顕現装置(リアライザ)を備えたレーザーが照射される。うっかり通ったら胴体に穴が開く。

 人間は勿論、精霊や魔術師(ウィザード)すら入るのが困難な場所ね。私か愛の許可が無かったら。

 いつも通りに罠を解除して家に入る。愛の靴が無かったから、多分家には居ない。

 忌々しいことに、狂三にとっては都合の良い状況ね。

 愛の部屋に入ると目的のものがすぐに見つかる。ラタトスクが製造した愛専用の装備《ノルン》。

 白と銀のシンプルな兵装。その背中には白い球体の武器、衛星(サテライト)が付いている。

 愛はこれをラタトスクに預けず、自分で管理している。いざというときに使えないようでは困るからと、メカニックの技術まで修めて。

 メンテナンスをしている姿をちょくちょくに見かける。

 私はその大事な兵装を壊す手助けをする。愛は後で怒るかしら?

 どっちにしろ、後でしっかり謝らないといけないわね。後のことを考えると、気が重くなる。

「それが愛さんの兵装でしょうか?」

 影の中から狂三が生えてくる。人の影を好き勝手に出たり入ったり。妖怪みたいな奴ね。

「そうよ。これが目的なんでしょ。」

「検めさせていただきますわ。」

 そういうと影に潜んでいた狂三がぞろぞろと姿を現す。四人は目の前の《ノルン》を確認する。他数人が部屋の中をうろちょろして、兵装っぽいものが無いか探している。

 ゴキブリ扱いしたけど、目につきにくい分ゴキブリの方がマシみたいね。狂三たちは熱心に十数分探してから、ようやく諦めた。

「終わったかしら?」

「ええ、ええ。」

「しっかり確認させていただきましたわ。」

「では、約束通りにこちらは破壊させていただきます。」

 狂三たちは銃で《ノルン》を撃ちまくる。過剰なくらいに何度も何度も。

 火花が飛び散って、硝煙の匂いがきつくなる。銃撃が止んだ頃には、《ノルン》は鉄くずにしか見えなくなっていた。

「随分念入りに壊すじゃない。……愛に何か恨みでもあるの?」

「別にそういう訳ではございませんわ。」

「むしろ、あの方はわたくしの希望の光。」

「相対するのなら、それ相応の準備が必要というだけですわ。」

「ふーん。」

 何を言っているのかさっぱり分からない。愛なら何か分かるのかしら?

 後で聞いてみましょう。

「それで、四糸乃は解放したのでしょうね?」

 一番大事なことを確認する。四糸乃のため、こんな不快なことをしたんだもの。

 ここから駄々をこねるようなら、然るべき対処をしないと。

「ご安心ください、七罪さん。四糸乃さんは既に開放済みですわ。ラタトスクの方に連絡してみてはいかがでしょう?」

 あまりにもあっさり開放したわね。信じられなかったから、ラタトスクに連絡しわよ。

 結果、本当に四糸乃は解放されていた。今はフラクシナスで保護されているらしいわね。

「随分、あっさり解放したわね。」

「そういう約束でしたでしょう?」

 正直、こんなに素直に言うことを聞くだなんて思っていなかった。むしろ、ここからどうするかを必死に考えていたのに。

 拍子抜けしたわ。

「それじゃあ、あんたたちの帰りは――地獄で良いかしら?」

 贋造魔女(ハニエル)鏖殺公(サンダルフォン)に変身させて、一番近くに居た狂三の首に突きつける。

 どうせ、分身体だけどこいつらを生きて返す理由はないわね。僅かでも戦力を減らすために、ここで殺しておきましょう。

「ええ、構いませんわ。それで、七罪さんの溜飲が少しでも下がるのなら。」

 首に鏖殺公(サンダルフォン)を突き付けた狂三は、抵抗せずに顎を上げる。『どうぞ殺してください』と言わんばかりに。

「あんた、死ぬことに抵抗はないの?痛みはあるんでしょ?」

「わたくしの命など所詮仮初のもの。わたくしの悲願の礎となるなら、その程度は甘んじて受け入れますわ。」

「……理解できないわね。そんな風に命を差し出すなんて。」

 本当に理解できない。私は痛いのも苦しいのも嫌。死ぬなんて絶対に嫌。

 生きているから楽しいことも幸せなこともある。人ってそういうものでしょ。私、精霊だけど。

「きひひひ。」

「理解して頂かなくても構いませんわ。」

「もとよりこれは、わたくしだけの復讐。」

「その過程で犯した罪も得た結果も、全て受け入れて地獄に堕ちますわ。あの女を道連れに。」

 他の狂三も、首を差し出した狂三に同調するように喋り出す。本当に不気味な奴らね。

「はあ……気が削がれたわ。あんたたち、とっとと出て行きなさい。」

 虫を追い払うように手でジェスチャーをして、狂三たちが出ていくように仕向ける。

「あら、わたくしたちを殺さなくてよろしいんですの?」

「殺す気が失せたわ。ここで殺したら部屋も汚れちゃうし。気が変わらない内に出ていきなさい。」

「……それでは遠慮なく。」

 狂三たちは影に潜って、ドアを開けることなく家を出て行った。

 一人になった私はソファに思いっきり倒れこんだ。お金をかけたソファは、身体にかかる重力を忘れさせてくれる。

「馬鹿みたいね。」

 さっきの行動を振り返ってそう思う。普通に考えたら、これから戦う相手の戦力は少しでも削っておくべき。でも、そうしたくなかった。

 理由は部屋を汚したくなかったのが半分。残りの半分は狂三に憐れみを覚えてしまったから。

 叶わない願いに全てを懸けている狂三に。もっと言うなら、叶ったとしても報われることのない願いを抱いている狂三に。

 あいつが同情なんて求めてないことは知っている。だから、これは私の勝手な感傷。勝手に敵に同情して情けをかけた自己満足。

 次に戦場であったら容赦はしない。だから、今日くらいは目を瞑って欲しいものね。

 

♦♦♦

 

「それで、《ノルン》がこんな無残なことになっているのか。」

 愛は見る影もなくなった部品を、カチャカチャと合わせて落ち込んでいる。ゆっくり時間をかけて説明したから落ち着いたけど、帰ってきてすぐはずっと混乱して叫び続けていた。

「ごめんなさい。」

「……いや、仕方ないよ。所詮はただの武器。代わりはいくらでも造り直せる。四糸乃の命には……代えられないよ。」

 愛はそう言っているけど、言葉に覇気がない。

 楽しそうに弄っていたから、結構愛着が有ったんでしょうね。本当に申し訳なく思うわ。

「狂三はこのために手を出さずに待っていたんだと思う。だから、今すぐにでも攻めてくるかもしれない。」

「代わりはあるの?」

「手元にはないね。僕の使う兵装は全部家に持って来ていた。フラクシナスに行っても、使いにくい非常用しか無い。」

 愛の装備は特注品が多い。愛以外の人間はほとんど使うことができない。

 辛うじて使える神無月も『普段使いはしたく無い』と言わせるような代物みたい。だから、代用品すらほとんどないのね。

「ラタトスクの本部に言えば二、三日で届けてくれるだろうけど……」

「狂三はそれより早く動くでしょうね。」

 愛はこくりと頷く。

 狂三は今動き出してもおかしくない。遅くとも、明日中には動くでしょうね。

 そんな時間じゃ、輸送すら間に合わない。

「一応聞くけど、非常用で戦うのは?」

「正直、僕は《ノルン》に慣れ過ぎてる。普通のCRユニットでも、ASTを相手取るくらいはできる。でも、狂三相手となると厳しい。」

 よく分からないけど、愛は魔術師(ウィザード)として相当優秀みたい。神無月曰く、全世界の魔術師(ウィザード)の中で十本の指には入るほどに。

 でも、その強さは精霊に辛うじて届かない。精霊の中で最弱クラスの私にすら、ほとんど勝てたことがない。それなのに使いにくい装備で戦うなんて無謀ね。

「今回は戦場に出るのは止めておいた方が良いわ。」

「不本意だけど、その通り。非常用で戦うなんて、F1レースにファミリーカーで出場するようなもんだよ。」

 微妙に変な例えだけど、言いたいことはなんとなく分かるわね。要は機体のスペックが操縦者の技術に追いついていないという話でしょ。

「じゃあ、今回はフラクシナスでお留守番ね。前線は任せておきなさい。」

「了解。僕は()()()()に集中するよ。」

 そして翌日、来禅高校の始業時間と同時に、狂三は仕掛けてきた。学校とフラクシナスの二箇所を同時に。




さあ、次回からは狂三との決戦です。あんまり戦闘では活躍していなかった七罪の活躍も有るのでお楽しみに。

アンケートをやっているのでお答えいただけると助かります。どっちでも物語は成立すると判断しているので意見を聞くことにしました。

今回も裏話を。実は狂三は愛君も知らないとんでもない情報を持っています。愛君が知ったら驚愕します。

しかし、その情報を持っているが故に、彼女は奇妙な立ち回りを強いられています。狂三が何を考えていたのかはいずれ分かるのでお待ちください。ただ、彼女の意図は結構シンプルですよ。

オリジナルの天使を登場させても良い?

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