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最近シリアスな話しかしてないな。次の話はちゃんとギャグ寄りにしないと。そう思ったは良いけど、この話は過去に類を見ないほど重い話です。
それではどうぞ。
士道と別れた後、僕は医務室に来ていた。琴里に付きっきりの令音さんに会うために。
「令音さん、少しティータイムに入る時間はないでしょうか?教えてもらった店でケーキを買ってきたのですが。」
「魅力的な誘いだが……」
令音さんは真剣に悩んでいる。琴里とスイーツの間で揺れているようだ。
「令音さんは働き過ぎですよ。あれからずっと琴里を診ているじゃないですか。」
琴里が精霊化して丸一日以上。その間ずっと令音さんが対応している。
リフレッシュタイムを入れて然るべきだ。というのは建前だけど。
「……しかし、琴里を放っておけないな。」
令音さんはベッドで寝ている琴里を見る。荒い呼吸をしていて辛そうだ。
「そうなると思って、椎崎さんと箕輪さんに来ていただきました。」
令音さんの死角に隠れていた二人が顔を見せる。お願いしたら快く引き受けてくれた。
「村雨解析官が何でもできるからって、頼りすぎました。」
「医務官もいるので大丈夫です。私たちが代わるので、少し休んでください。」
令音さんの不安を取り除くために、言葉を尽くしている。琴里が集めただけあって、人情深い。
「……そこまでされたら、断るの方が悪い気がするね。甘えるとしよう。」
令音さんは重い腰を上げた。事前に準備した甲斐があった。
♦♦♦
僕は令音さんを連れて、レストルームに戻って来た。士道と真那は事前に適当な理由をつけて、別の部屋に移って貰った。
冷蔵庫からスイーツを取り出して、皿に並べる。令音さんは紅茶を淹れている。
「色々買ってきたので、お好きなのをどうぞ。」
モンブラン、ガトーショコラ、いちごタルトなど、合計十個買ってきた。
令音さんならこの程度簡単に食べるよね。この人尋常でない甘党だし。
令音さんは早速三皿並べている。むしろ足りなかった可能性があるな。
「食べながらで良いので、少し話を聞いていただけないでしょうか?」
「ここまでしてくれたんだ。話くらい聞くさ。」
忙しい中、話を聞いて貰うため、強引に手を尽くした。その成果は得られたようだ。
「では遠慮なく。……四月の終わり頃、七罪に告白されました。」
「話は聞いているよ。」
僕が七罪に告白されたことは誰にも話していない。七罪も言いふらすようなタイプじゃない。
でも、ラタトスク内では公然の事実となっている。
デートすることは言ったし、女性陣が察したのかもしれない。
「今も返事を保留しています。」
「どうしてだい?……私から見ると、断る理由がないと思うのだが。」
「そうですね。……言う通りだと思います。」
令音さんは不思議そうに聞く。端から見たら、どうして付き合わないのか不思議なのだろう。
既に二ヶ月以上同棲している。一緒に外国に一年滞在していた。
僕自身、七罪を幸せにするため動いていると公言している。精霊攻略でも命を預け合う仲。
他人事だったら、『どうして付き合っていないのか』と聞くレベルだ。それくらいに関係が進んでいる自覚はある。
「……もしかして封印のことを気にしているのかい?七罪もシンとキスをしないと封印できないからね。」
「……それに関してはもう無理じゃないですか?七罪と士道さんの関係はもう固まっています。恋愛関係に発展すると……思えません。」
七罪の士道への感情ははっきりしている。友達の恋人だ。それ以上でも以下でもない。
出会ったら挨拶をするし、困っていたら助ける。でも、義理を通す意味合いが強い。
好感度が友人未満の領域から上がることはもう難しい。だから、七罪の封印は現実的に難しい。
……そういう詭弁で現実から目を逸らす。下手な繕いは、誰よりも僕自身を誤魔化せていない。
「……ふむ。確かに、君の言う通り七罪の感情を動かすのは難しいかもしれない。
微妙に話題がそれている。令音さんには多分、見透かされている。
七罪を手放したくない。僕はそれしか考えていない。それ以外は全部後付けだ。
「封印のことは一旦考えなくていい。代わりに
「お気遣いいただき、ありがとうございます。」
どういった立場から言っているのかは分からない。でも、どっちにしろこの人にとって、僕の存在は邪魔な筈だ。
それなのに積極的な協力を申し出るとは。……この人は優しいな。
「……それで、七罪の封印の懸念を取り除いたあと、君に懸念はあるかい?」
「あります。」
「それは何だい?」
令音さんは子供を相手にするように、優しく問いかける。胸の中の蟠りを全部吐き出させようとしている。吐き出させて楽にさせようとしている。
「今の僕は七罪に相応しくない。そう思っています。」
誰にも言わなかった。七罪にすら一度も言ったことがない。
僕の秘密。それを溢した。
「……どうしてそんなことを?私は君以上七罪に相応しい人間を知らないよ。七罪のためにここまで頑張って来たのだろう?」
令音さんは本当に不思議そうに聞く。どうやらかなり高く評価してくれているようだ。
「そうですね。男としての条件だけ見たら、これ以上はなかなか望めないと思います。」
「……自覚があるのかい?」
令音さんは少しだけ目を大きくする。珍しく驚いている。
「七罪と違って、自己評価ができないわけではないので。」
僕は僕自身のことを客観的に優秀だと判断している。
数年して合コンにでも参加したら、人気があるのではないだろうか。経験がないから、実際どうなのかは知らないけど。興味もないし。
「では、一体何が問題なのかな?」
「問題は僕の精神性です。僕は七罪に依存しています。」
これが僕を悩ませている一番の問題。僕はこれのせいで昔からずっと自己嫌悪に陥っていた。
「人間だろうと精霊だろうと、誰しもそういうものだよ。君に限らず、一人で完結している存在なんていない。」
令音さんはどこか遠くを見ながら答える。令音さんの言う精霊は七罪のこと――ではないだろう。
「そういうレベルではありません。僕は依存相手がいないと自我もまともに保てない。今は七罪、その前は姉さんに依存して生きてきいる。成長でどうにかなるものだと思えません。」
僕という人間は酷く歪だ。能力の高さの代わりに精神が異常に歪んでいる。
矯正してどうこうできるレベルじゃない。根っこの部分で平均と大きく乖離している。
危ない思考と不安定な精神でずっと生きてきた。常に暴走の危険を抱えている。
冷静に許容される人間性ではないと思っている。それなのに、誰かに認めて受け入れて欲しいと思っている。勝手に矛盾している。
そんな自分がこの世で一番嫌いだ。アイザック・ウェスコットよりも。
「だから、自分は七罪に相応しくないと?」
「はい。僕が七罪に抱く感情は愛よりも依存が大きい。――いえ、正しくないですね。愛と依存の区別すら……ついていない。このまま関係を進めてよいと……到底思えません。」
七罪に告白されて改めて自分の感情と向き合った。僕が七罪に抱く感情は全く綺麗じゃない。
自分の醜さをそのものだ。劣情の方がマシに思えるような、おぞましい感情がぐるぐるしている。
「君の悩みを、少しくらい聞かせてもらうことはできないだろうか?」
令音さんの言葉が甘く心に染みわたる。どれを喋ってはダメか分からなくなりそうだ。
「七罪を……僕に依存させたいと思っています。一生僕から離れられないように、七罪の心を縛りつたいと思っています。……誰と友達になっても構わない。四糸乃を大事にすることは何も問題ない。それは七罪の魅力を引き立てる要素になるから。でも、僕が一番じゃないと嫌だ。僕と四糸乃を天秤にかけて悩んでもいい。でも、最後に絶対……僕を選んでくれないと嫌だ。何よりも僕を優先して、誰よりも僕を大事にしてくれないと……嫌なんです。そんな……我儘で醜い欲望ばかり……。これで……七罪と付き合うだなんて……言えません。」
ずっと抱えてきた想いが口から勝手に出ていく。誰にも言えないと思ってきた。誰にも話す気なんてなかった。
胸が軽くなるのを感じる。人に預けた分、僕自身は楽になっているのが分かる。
「……なるほどね。確かに重症だ。『そんなことない』とは言いにくいな。」
「……はい。」
令音さんはカップを喉を潤す。その所作からは何を考え思っているか分からない。
僕は相談相手にわざわざこの人を選んだ。理由は大きく分けて二つ。
一つは単純に適任者がいなかったこと。
子供組は人の恋愛相談に乗れるほど経験がない。他のラタトスクメンバーは恋愛経験が偏っている。
だから、この人しか相談できそうな人がいなかった。そういう消極的な理由もある。
でも本命はもう一つの方。崇宮澪の分身体であるこの人が、どのような答えを出すか知りたい。
崇宮真士のため、三十年の時間と数多の命を費やした人なら、僕が望む答えをくれるかもしれない。
綺麗に飾らない、人の業そのもののような答えを。
「……君の問題の本質は君自身の精神性ではない。君自身が自分を許せないことだよ。」
「……僕自身が?」
令音さんの答えは僕が望んでいたものとは少し違った。どういう意味だろうか?
「恋愛は自由なものだ。互いの了承さえあれば、どのような関係も成立する。君と七罪の関係を認めていないのは君だよ。」
令音さんはティースプーンを僕に向けて突きつける。その丸みを帯びた先端で僕を突きさすように。
「でも、今の話を聞いて七罪が受け入れるかは……」
あんな話を聞いて、喜ぶ人間がいるとは思えない。かと言って離さないのは不誠実だ。
どうすればいいか分からない。だから、僕は身動きができないでいる。
「受け入れるかもしれないよ。……少なくとも七罪は君の気持ちを頭から否定することはないだろう。」
令音さんはケーキを咀嚼しながらあらぬ方向を見る。その視線の先には蔓にハート形の葉がついている観葉植物が並んでいた。
意図が読めない。体勢を変えたら視線が変な方向に行っただけなのか?
「……まあ、七罪のことは一旦置いておこう。それを気にするのは後で良い。先に、君は君自身の問題を解決すべきだ。」
「……はい。」
令音さんの言い分には納得できないけど、確かに問題を一遍に片付けようとするのは良くない。順番に片付けていくべきだ。
「愛、君は自分自身が納得できるようにしないといけない。それは非常に難易度の高い問題だ。」
「そうですね。僕くらい面倒な人間はほぼいないと思います。」
わざわざ自分で自分を追い詰めて苦しんでいる。傍から見たら滑稽な行為だ。
「一応聞いておくけど、七罪を諦めるという選択肢はあるのかい?君がどうしても七罪と恋仲になることが厳しいなら、そういう選択もやむを得ない。君が七罪の前からいなくなれば、関係が進展する可能性はある。」
「…………………………。」
目を閉じて状況を想像する。結構リアルに想像できていると思う。
この街を離れてどこか適当な場所にでも移り住む。ラタトスクの力を借りて、聞いたこともない国に行けば七罪も見つけられないだろう。
そこで、精霊や
少し贅沢で平穏な日々を送る。そうして、ほとぼりが冷めた頃に日本に戻る。
皆優しいから逃げても謗られることはないだろう。むしろ、今までの功績で称賛してくれる。
七罪も姉さんも無事に生きている。そうでなければ世界そのものが滅んでいるから、仮定に意味はない。
優しく出迎えてくれて、その隣には当たり前のように士道がいる。
士道ともどかしい関係を築いている七罪がいる。
「……いや……ですね……ものすごく。士道さんを……殺したくなるくらいには。」
暗い感情が湧き上がってくる。頭が勝手に五河士道を殺す算段を組み立てている。
僕はここまで嫉妬深い人間だったのか……。
「……今の仮定は止めよう。本当にシンを殺しに行きそうだ。」
「すみません。」
冷静な仮面はもっと分厚いと思っていた。でも、想像を遥かに越えて脆かった。僕の本性は仮面を容易く突き破った。
繕うのが下手なのか、僕が感情的過ぎるのかは分からないけど。
「だったら、君は七罪に相応しい存在へならないといけない。」
「七罪に相応しい存在……ですか。」
「でも、勘違いしちゃいけない。スーパーヒーローではなく、君がなれる理想を描くんだ。等身大の君を見て、理想と折り合いをつけないといけない。」
「……難しいですね。」
目を閉じて今までの七罪との思い出を振り返る。一年半の記憶はかけがえのない大切な日々だ。
その中で、七罪は常に輝いている。
あの子を好きになった。そこから『鳶一愛』の人生は本当の意味で始まった。
「七罪は僕にとっては最高の女の子です。あれ以上の子は存在しないと思っています。
簡単に腕の中に収まる、小さな体躯が可愛らしくて……好きです。どれだけ頑張っても真っ直ぐにならない、癖っ毛と苦戦している姿が……好きです。
ほぼ日常的に不機嫌そうに半開きになっている目が、好きです。偶に自信満々で、格好つけている顔が、好きです。
面倒くさがりなのに、妙にきっちりしているところが、好きです。任された仕事には、全力で取り組む真面目なところが、好きです。
人付き合いが苦手なのに、寂しがり屋なところが、好きです。純粋な子には、強く出られないところが、好きです。
すぐに調子に乗ってしまうところが、好きです。すぐに後悔して、反省会を開いているところが、好きです。
自己評価は低いところが、好きです。その癖、多才で優秀なところが、好きです。
人をしっかり見ているところが、好きです。多くを言わなくても、相手の気持ちを察して、動いてくれるところが、好きです。
あの子の隣に立つなら、最高の男じゃないといけない。そういう呪縛に、僕自身が縛られています。」
どんどん頭の中で思っていたことが口を突いて出てくる。はっきりと言葉にすることで、自分の意識と考えが輪郭を帯びる。
やっぱり、僕はどうしようもないほどに七罪が好きだ。僕はもう七罪なしで成立しない。
「……それは愛の告白かい?」
「……これが愛の告白に、なるんですか?」
普段思っていたことを垂れ流しただけなのだけど。こんなもので七罪が喜ぶのだろうか?
「……君は人の心を察するのが苦手なようだね。今の言葉を聞いたら、七罪は平然としていられるわけがない。」
令音さんは紅茶を新しくカップに注ぎ始めた。そして、大好きな砂糖を一個も入れず、勢いよく飲んだ。
この人が、砂糖なしで紅茶を飲んでいるところを、初めて見た。
「告白に勇気は要らないみたいだね。早く君の悩みを解決して、七罪に聞かせてあげるといい。」
「僕が伝えていいと思えたならそうします。」
これが愛の告白だというなら、心が決まってから伝えたい。中途半端は嫌だ。
「……悪いことをしてしまったかな?」
「何が悪いんですか?」
令音さんはぼそりと呟く。悪いことなど全く心当たりがないから、何のことを気にしているかわからない。
「……いや、私が先に聞いてしまって悪かったなと思ってね。」
「勝手に僕がぺらぺらと話しただけですから。」
「……そうか。」
令音さんはまた変な方向を見ている。何か困らせることを言っただろうか?
「ともかく、だ。私は君なら答えを出せると思っている。君は聡い子だ。ヒントがあれば、後は自分で答えを出せるさ。」
令音さんはそう言った直後、七個目のケーキを食べ終わる。令音さんの食が早いのか、それとも長い時間話していたのか、いまいちわからない。僕には
「ありがとうございます。後は自分で考えてみます。」
「それが良い。君のことを心から応援しているよ。」
令音さんにお礼を言って僕は部屋を出た。
足取りは決して軽くない。けれど、進めそうな気がする。僕は答えに辿り着くための歩みを始めた。
♦♦♦
愛が部屋を出てから五分ほど経過した。もう戻ってこないだろう。
「出てきたらどうだい、七罪。」
部屋の隅に置いてあった観葉植物が光を放った。光が収まると複雑そうな表情の七罪が立っていた。
「……どうしてわかったの?」
「そこに並んでいるのはポトスだよ。君が変身したのは……ハートリーフに近い。葉の形が違うだろう。」
七罪は
しかし、即興だと粗がある。ちょっとした違いは、植物を知っている者なら簡単に見抜けるものだ。
「……どうして隠れていたんだい?流石に君でも、あの話を盗み聞きするのは、マナー違反ではないかな?」
愛は相手を選んで場を整えた。どういう基準かは分からないが、わざわざ私を選んだ。
盗み聞きは褒められた行為ではない。ましてあのような、心の核心に触れるような話なら、なおさら。
例え、七罪自身が議題の中心であっても。いや、だからこそか。
「別に私はあんな話を聞くつもりじゃ……」
七罪は罰が悪そうにしている。盗み聞きしようと思ったら、想定外にディープな話題で出ていくこともできなかった。そんなところか。
愛を心配しての行為だろう。私が咎めなくても七罪は十分に自省できる。
それに私も共犯だ。分かっていて敢えて見逃し、愛の本心を七罪に曝け出させたのだから。
「愛には黙っておこう。」
「……恩に着るわ。」
七罪に私の小言は必要ない。そう判断した。
ここからどうするか。それは七罪自身が決める問題だ。
彼女なら、愛のためになる行動をするだろう。私が下手に介入するよりずっといい結果になる筈だ。
「代わりに聞かせてくれないか?君は、彼の言葉を聞いて何を思ったんだい?」
私は興味を抱いている。愛と七罪の関係に。
私は彼女らに何を期待しているのだろうか?三十年間、一度もなかった感情だ。
「……正直、嬉しくて仕方がない。素直に喜んでいい状況じゃないって、分かってるけど。」
七罪は強く奥歯を噛み締めている。緩みそうな口に言うことを聞かせるように。
「君も、可愛らしいことを言うじゃないか。」
「悪い?」
七罪はむきになって反応する。この子は相変わらず天邪鬼だね。
「悪いことはないさ。意中の相手に想って貰うことは何よりの幸福さ。……しかし、大丈夫かい?君は一生縛りつけられそうだ。」
愛は七罪に尋常でない独占欲を抱いている。愛と恋人になるということは、その欲求を受け入れるということだ。
普通は受け止めきれない。それを分かっているからこそ、愛も悩んでいる。
「良いのよ。同じことを要求するから。」
「……君も大概ではないか。」
「愛の隣にいるなら、それで丁度いいと思わない?」
「……違いない。」
どうやら、七罪も愛に負けず劣らずといった様子だ。素直に祝福して良いのだろうか?
「それに、ほとんど知っていたことよ。」
「……何だって?」
聞き間違いだろうか?七罪がとんでもないことを、言ったような気がしたけれど。
「知らなかったのは、告白を保留にしていた理由だけ。愛の依存心が強いなんて、ずっと前から知っていたわよ。愛と依存がどうこうとか――そんな下らないことで悩んでいたなんてね。」
「……愛の様子を見ると、君にも話していないようだったがね。」
はっきりと言うことはしなかった。しかし、言葉の端々から秘密にしていると感じた。私の勘違いだったかな?
「言われたことはないわよ。でも、そんなのなんとなくわかる。あいつは私と
「それで、君は同じ家に住んでいると言うのかい?」
「そうよ。」
七罪は何でもないことのように話す。しかし、それがどれほど驚くべきことか、理解していないのだろうか?
「……私は君のことを見くびっていたようだ。」
愛が夢中になるのもわかる。これ以上望めない素敵な子だ。
「急に気持ち悪いわね。評価を上げるようなこと、言ってないと思うけど。」
七罪は訝しげに私を見る。どうしてこの子は自分をそんなに低く見積もるのだろうね?
この子への興味が一層強くなった。この子は愛の付属品ではない。あの子の隣に並び立つのに、十分な資格を持っている。
「……愛の悩みを下らないことと一蹴したね。愛は自分の依存心に苦しんでいる。君なら愛の悩みにどんな答えを出すんだい?」
下らないと断ずるなら自分なりの答えがある筈だ。七罪の答え。実に興味深い。
「質問が多くない?それに答えたら、約束は守ってもらうわよ。」
「誓うよ。これが最後だ。」
七罪は答えを渋っている。どうやら、深入りし過ぎたようだ。元々私は好かれていないが。
「そもそも愛と依存を区別する意味がないわね。愛は依存の一種よ。愛だの恋だの綺麗に飾ったところで、人の心なんてそんなものでしょう。」
「……なるほど。誰が言ったか隠しても、君に近しい人はすぐに分かりそうだ。」
ある意味七罪らしい、斜に構えた意見だ。しかし、一理ある。
人は誰しもが一人では生きていけない。だから、誰かに依存する。それを愛と言う名で美化する。
「否定するって言うの?」
「そんなことはないさ。……人の考え方は、人の数だけあるものだよ。」
誰もが頷く意見とは言えない。けれど、頭から否定することもできない。
「……そうね、これは私の考え。愛が自分で自分の答えを導き出さないと何の意味もないわ。例え、全く同じ答えに辿り着くとしても。」
「……随分冷静じゃないか。」
恋情に振り回されず、問題の本質が見えている。流石、と言う他ない。
これは愛が納得するか否かという問題だ。人から答えを貰っても終わりにはならない。大事なのは結果ではなく過程だ。
「もしかしたら、答えは一生出ないかもしれないよ。」
敢えて意地の悪い質問を投げかける。彼女はどんな反応を見せるだろうか?
「私が選んだ男は、そんな情けない男じゃない。私は自分を信じていないけど、自分の目は信じてる。愛した男を信じられなくなったら、終わりでしょ?」
七罪の目に迷いはない。愛を……信じているのか。
「……そうだね。君の言う通りだ。」
会えなくなった
「私は行くわよ。」
七罪はドアの方に近づきながら宣言する。
「……彼はとても危うい。しっかり見ておきたまえ。」
七罪は足を止めて振り返った。
「言われなくても分かっているわよ。愛は一人にしちゃいけない。」
「……やはり、君は気づいていたか。」
七罪は愛を一人で行動させないように注意している。今日の盗み聞きもその延長に思える。
今まではその理由が単純な恋心故のものだと思っていた。しかし、違うのだろう。
「当たり前でしょ。ずっと一緒にいるのよ。愛は放っておいたら、下手な精霊よりも……危険になる。」
「……君の言う通りだ。」
あの子は危険だ。力の大きさを考えると、狂三など比にならない。
今までは、理性で制御出来ていると思っていた。しかし、話を聞いて認識を改める必要があると判断した。
あの子の精神は不安定だ。七罪に何かあれば、世界を滅ぼす災厄となり得る。
もしかしたら、私より……。
「だから、私が見ている。例え断られても、愛から離れる気はないわ。……いいえ、違うわね。もう、離れられない。」
七罪はすがすがしい顔をしている。爆弾の見張り役とは思えない顔だ。
「……本当にお似合いだね。」
「……令音、今日なんか変よ。」
流石に話し過ぎたようだ。誤魔化す必要があるだろう。
「……私も人の恋路に興味があるんだよ。それに、解析官として愛のことは対策しないといけないからね。」
「……ふーん。あんたはそういうのに興味がないと思っていたわ。」
七罪は言い残して部屋を出て行った。
「……頼んだよ、七罪。」
七罪には感謝しないといけないな。あの子のお守を任せてしまった。
残りのケーキを皿に乗せる。あの子が私のために買ってきたと思うと、よく知っているケーキが一層美味しく思える。
初めてあの子がラタトスクに接触したとき、嬉しく思ったものだ。
可愛いあの子のささやかな願い。七罪とのことは応援してやりたいものだ。
私とあの子の願いを両方叶える手段はないだろうか?
目を閉じてケーキの最後の一口を味わう。
とても甘いな。舌がとろけそうなほどに。
心が満たされているのを感じます。こういうのを書くために作品を投稿しています。この話だけ七回くらい推敲しました。個人的には満足できるものになりました。
裏話をしましょう。どうして七罪が盗み聞きしようとしたのか。
七罪は四糸乃の様子を見るためにフラクシナスに来ました。四糸乃との会話も終わって、愛君と合流しようとしていました。そのときに愛君が令音を誘うところを見たのです。
ラスボス相手に何しようとしているんだと思い、先回りして潜んでいました。愛君が甘いのは七罪も知っているので。何かやらかししたらフォローしなくてはと思っていました。
しかし、中身を聞いたらこれでした。嬉しいやら、気まずいやらで七罪の感情はぐるぐるしています。