あの日、私の住んでいた街は業火に包まれた。家が、木々が、逃げ遅れた人々が、等しく焼き尽くされて灰になった。
買い物に向かっている間に、見慣れた住宅街は地獄と化した。人々は悲鳴を上げながら、逃げ惑っていた。
「お父さん!愛君!」
その中で私は人の波に逆らって家に向かった。私が家に向かったところで何もできない。その事実に気づくには、私は幼すぎた。
しかし、意味はあったのかもしれない。この目で復讐相手を捉えることができたのだから。
「折紙、帰っていたのか。」
「お父さん!」
お父さんは何とか炎から逃れていた。けれど……。
「愛がいないんだ。見なかったか?」
お父さんは鬼気迫る顔で聞いた。火事が起こる少し前に家を出たという話だった。
「折紙は先に逃げなさい。」
「嫌!愛君を私も探す!皆で一緒に逃げるの!」
私は本当に聞き分けの悪い子供だった。時間がなかったから、お父さんは仕方なく一緒に連れて行ってくれた。
「うわーん!」
遠くで愛の泣き声が聞こえた。お父さんは声を聞いた瞬間に駆け出し、私も息を切らしながらついて行った。
愛は公園の真ん中で一人泣いていた。まだ、辛うじて火は回っておらず、奇跡的に愛は無傷だった。
「愛、良かった。」
お父さんは安堵していた。しかし、私は別のものに目を奪われていた。
「お父さん、あれ何?」
空には光が集まっていた。最初は太陽かと思ったけど、太陽は別の場所にある。
そして何より、光は徐々に大きくなっている。
「いや、分からない。でも、逃げるんだ、折紙。パパは愛君を連れてくるから。早く!」
お父さんの声に気圧されて、私は公園の出口に走った。お父さんは愛の方に走った。
その瞬間、光が急に指向性を持って放たれた。愛の方に向かって。
愛はそのことに気づいてすらいない。このままでは愛が危ない。
「愛!」
同じことを思ったであろうお父さんは、何とか愛の元まで辿り着き、愛を突き飛ばした。
その瞬間、何もかも消し去るような、破滅の光が降り注いだ。
お父さんが突き飛ばしたことで、愛は何とか光に当たらなかった。けれど、お父さんは光の中心に立ってしまった。
光が消えた後、地面にはクレーターのような跡だけが残っていた。
「お父……さん?」
引き返して、お父さんの方に向かった。
お父さんが生きているかもしれない。そんな、ゼロに等しい可能性を頼りに。
「痛っ……。」
クレーターのすぐ直前で、転んでしまった。擦りむいてしまったけど、今はそんなことどうでもいい。
すぐ傍にいる筈のお父さんに顔を向けた。そこには、黒い炭の破片が残っていた。
それが何なのか分かりたくなかった。理解したら認めてしまうことになるから。
大切な人は奪われたって。大好きなお父さんはもういないって。
「あ、あ……あ……あああああ――。」
でも、事実は覆らない。残酷な現実は容赦なく押し寄せる。
世界が歪むような感覚。胸の内を絶望だけで塗りつぶされる。
何故?どうして?
そんな意味のない問いが、頭をぐるぐると巡った。
私は顔を上げた。お父さんを消し去った、光の根源を探るために。
「ま……じょ?」
そこには
逆光で色は分からなかった。でもシルエットはよく見えた。
腰まで伸びた長い髪。服越しでもわかる、豊満な体つき。悠然と浮かぶ影。
『魔女』は何もせず、こちらをじっと見つめていた。
殺した人間を眺めるかのように。狩った獲物を確かめるように。
「お、まえ、が……。」
――お父さんを。
かすれた喉は声をしっかりと吐き出してくれない。それでも、怒りに支配された心は決意を押し出す。
「許、さない……!殺す……殺してやる……っ!私が――必ず……っ!」
絶対に許さない。お前をこの手で殺す。お父さんの仇は私が取る。
公園には火が燃える音と、愛の鳴き声が響いていた。
♦♦♦
私は意識を取り戻し、目を見開いた。呼吸が荒い。動悸が激しい。最悪の気分。
呼吸のリズムを取り戻すように深く息を吸う。少しずつ、身体が正常な状態に戻る。
嫌な夢を見た。私の人生の中の二つの最悪の一つ。
でも、むしろ好都合だった。改めて確認することができた。
「……やはり、違う。」
先日、初めて姿を見せた《イフリート》。あの精霊は『魔女』ではない。
今まで、《イフリート》が『魔女』だと思っていた。
大火災は《イフリート》が起こしたもの。あの日見た精霊も《イフリート》だと考えるのが妥当。
だから、《イフリート》を殺すことを、最優先目的にしていた。
けれど《イフリート》は、五河琴里は、記憶の中の『魔女』と合致しない。
五河琴里は身長、バスト、ヒップの全てが、中学生の平均を下回っている。士道の記録に映っていたものを確認したから、間違いない。
五河琴里は華奢な体型をしている。男に媚びるような体型をしていた『魔女』とは、違い過ぎる。
つまり、《イフリート》は『魔女』ではない。私のお父さんを殺した『魔女』は別にいる。
♦♦♦
今までの精霊の記録と向き合いながら、『魔女』の正体について考える。
《イフリート》が『魔女』でない以上、他の精霊が『魔女』ということになる。では一体どの個体が該当する?
条件は二つ。不必要に肥えた身体と極光を放つことができる能力。髪型なんていくらでも変えることができるから、考慮しない。
それらの条件に該当する精霊は存在しなかった。どの個体も、どちらかの条件を満たさない。
辛うじて一番近いのは《プリンセス》。士道に纏わりつく害獣。
アレはだらしない身体をしている。そして、あの斬撃は極光と見えなくもない。
しかし、目が腐るほど見た《プリンセス》と『魔女』はイメージが違う。
《プリンセス》、夜刀神十香はいずれ私の手で葬る。しかし、それと『魔女』とは違う話に思える。
やはり、情報が足りない。私に閲覧権限のない資料に、情報があるかもしれない。
いや、そもそもASTには限られた情報しかない。もっと力を持った組織の情報が必要かもしれない。
そう結論付けるのに、大した時間はかからなかった。
記録をしまい、部屋を出ようとする。すると出入り口で、隊長である日下部燎子と出会った。
「あー、いたいた。やっと見つけたわよ」
「隊長、何か用事?」
隊長は私を探していたようだ。もしかして、先日の《ナイトメア》の件で何かあったのだろうか?
「何かDEMのお偉いさんが、訪ねて来ててね。あんたが相手して欲しいのよ。」
「……DEM?どうして私が?」
デウス・エクス・マキナインダストリー、通称DEM。世界中に支社を持つ巨大企業であり、そのメイン事業は電子部品の開発・製造だと世間からは思われている。
しかし、本当のメイン事業は
そのような大物の相手をする理由に心当たりがない。
「そう言えば、あんたはまだ聞いてないんだっけ?真那ってDEMの出向社員だったのよ。なのに、《ナイトメア》がことを起こす直前に、辞表を叩きつけて離反みたいで。DEMのお偉いさんは詳細な事情を知りたくて、尋ねてきたってわけ。真那と一番仲良くしてたし、最後に真那を見たのもあんたでしょ?」
「なるほど、理解した。」
士道の実妹である真那とは個人的に何回か話をした。そして、学校の屋上で目撃している。私に話を聞くのは妥当。
特に不自然な点は見られない。士道に迷惑が掛からない程度に、話をしてもいい。
「分かった。すぐに行く。」
それに丁度いい。
DEMの人間なら何か分かるかもしれない。『魔女』の正体について。
♦♦♦
「連れてきました。こちらが、件の真那と仲良くしていた者です。」
「鳶一折紙一曹です。」
隊長に紹介されて挨拶をする。そこには、黒いスーツを着た長身の男と、少女とすら言えそうな年齢の女性の二人組が待っていた。
「……トビイチ?」
男の方が私の名前を復唱した。くすんだアッシュブロンドの奥で、鋭い双眸を光らせる。
その一瞬、蛇に睨まれたような不気味さを感じた。
「どうかされましたか?」
隊長が問いかける。その言葉を聞いて男は我に返った。
「いや、失礼した。私はアイザック・ウェストコットだ。デウス・エクス・マキナの
「エレン・メイザースです。」
二人は自己紹介をして、頭を下げる。態度は随分丁寧なのに、妙な冷たさを感じる。
「Ms.クサカベ、君は退出していただけないかな?少々込み入った話になるかもしれない。」
「……わかりました。失礼します。」
隊長は一瞬の戸惑いを見せたけど、すぐに退出した。私のことを案じてくれたのかもしれない。
相手は雲の上の人間。私の首など簡単に飛ぶ。
慎重に相手を立ち回らないといけない。『魔女』の情報を得るためにも。
この男を利用する。そのためなら、危ない橋だって渡ってみせる。
「さて、Ms.トビイチ。マナと仲良くしていたそうだね。どのような話をしていたのか、聞かせて貰えないだろうか?」
早速、本題に入った。世間話のように聞こえるけれど、これは事情聴取に近い。
私と真那との会話から、離反前の、真那の様子を確認するためのものだと思われる。
「《ナイトメア》を殺したときの話を聞きました。いつ、どこで、どのような武器を使って、あの精霊を殺したのか。」
士道の妹である話はなるべく出したくない。ならば、議題の中心を精霊の方に持っていくべき。
相手から情報を得るなら、こちらの情報で相手の気分をよくしないといけない。相手の興味のある情報を出さないといけない。
探らなければ。相手がどのような情報を欲しているのか。
「ほう、君にはその話をしたのか。なるほど、なかなか気に入られたようだ。それに、少なくとも君と話をした段階では、マナは《ナイトメア》への闘志を失っていなかったと……。」
男は話を聞いて機嫌をよくしたようだ。最初の手ごたえとしては悪くない。
「それで、マナを最後に見た時、彼女は何をして、何を話していたのかな?」
いきなり突っ込んでくる。ここまで早急な展開になるとは思わなかった。
あの時の光景を思い出して、少し考える。士道のことは聞かれるまで話さなくていいい。なるべく、真那と《ナイトメア》、《イフリート》を中心に話をする。
「《ナイトメア》と交戦をしていました。私は人質にされました。大量の《ナイトメア》によって。」
「大量の《ナイトメア》。……なるほど、やはり映像で見たものは間違いなかったようだ。実に興味深い。あれは全て《ナイトメア》で間違いなかったかな?」
「全員、《ナイトメア》と同じ顔、同じ霊装でした。」
食いついた。あの日見た同じ顔の群体は、この男に興味を引くものだった。
この調子で行けば、質問をできる立場になれる。
「それで、その後はどうなった?」
「《イフリート》が現れて、私は《イフリート》によって助けられました。」
《イフリート》は恐らく五河琴里で間違いない。でも、言ったら士道に迷惑がかかるかもしれない。
危険ではあるけど、ここは黙っておきたい。
「《イフリート》が人を助けたと。本当に興味深い。精霊がそのような行動を取るなんて。」
知的好奇心を相当刺激されたようだ。男はこれ以上ない上機嫌に見える。
「そして、《イフリート》は真那と協力して、《ナイトメア》と交戦していました。その途中で私は気絶しました。その後のことは分かりません。」
何とか交戦開始までは意識があった。しかし、《ナイトメア》によって与えられたダメージによって、私は気絶した。
気づいたら、自衛隊病院のベッドの上だった。最後にどうなったかは分からない。
「精霊と
「はい。」
「素晴らしい。君に出会えて本当によかった。これ以上ない収穫だ。」
男は高笑いしそうな勢いだ。目的は十分果たしたとみていいだろう。
「アイク。」
女が声をかける。秘書なのに随分と気安い呼び方をしている。
「ああ、失礼。少し興奮してしまった。気分を害していたら済まない。」
男は声を聞いて冷静さを取り戻した。一応、紳士的な振る舞いを心掛けているようだ。
「収穫だと思って貰えたなら、一つ聞いていただきたいです。」
「何だね?私が答えられる範囲で、答えようじゃないか。」
男は私の質問をあっさり聞いた。意を決して話す。
「私は五年前にこの街で起こった火災の当事者です。」
「五年前?……ああ、《イフリート》が起こしたものか。それで、何が聞きたい?」
男も知っていたようだ。これで話が早くなる。
「そこで私は《イフリート》以外の精霊を見ました。」
「ほう。」
男は関心を持ち、目を細める。男も『魔女』がいたことは知らないようだ。
「私は『魔女』と呼んでいます。長い髪、起伏のある肉体を持つ精霊でした。その精霊の放った極光によって、私の父は、死にました。」
「その精霊に復讐がしたいと?」
「はい。」
この男は頭の回転が速い。すぐに私の求める答えに辿り着いた。
「閲覧できる限りの精霊の記録を確認しました。けれど、該当する精霊はいません。」
「長い髪、起伏のある肉体。そして、極光を放つ能力か。」
男は沈黙して思考をめぐらす。数秒で答えを出す。
「確かに、該当する精霊は知らないな。しかし、一つの仮説を思いついた。」
男はにやりと笑いながら言い放った。その妖しい笑みに抵抗はあるけれど、誘惑の大きさに抗えない。
「っ!?それは一体?」
知りたい。『魔女』に、お父さんの仇に辿り着くヒント。
男は私の反応を見てより一層笑みを深める。目論見通りとでも言うかのように。
「私は『魔女』の正体が《ウィッチ》だと思っている。」
男はまるで自慢の玩具でも見せびらかすように、考えた仮説を披露した。抑えきれない愉悦が、瞳の奥からあふれていた。
最初に言っておきます。魔女について二つお願いがあります。
一つ目は魔女の正体についての考察は琴里編の本編が終わってからにしてください。でないと、重要な要素なしで考察することになります。
二つ目は魔女の正体についての考察は、公開される場所でしないでください。作者のハーメルンのメッセージかXのDMにお願いします。そして、考察するなら、明確な論拠ありでお願いします。あてずっぽうで当てても、正しいと言いません。
https://x.com/_hanekoku_
以上が考察をする方へのお願いです。特に考察とかする気ないよって方はスルーしてください。
さて裏話をします。今回はウェストコットの訪日理由について。
真那が離反したから来た――わけではないです。だとしたら、離反から訪日まで早過ぎます。別の理由で日本に来たら偶々、真那が離反した事実を聞いた。だから、本来の目的を一旦置いてASTの駐屯所を来訪した。これが正しい順番です。
本来の目的は愛君と七罪です。離反前の真那から報告されてましたから。