ヒロインは七罪   作:羽国

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作者は性格が悪いんですよ。しっかり理解してください。


最悪の誤解

「私は『魔女』の正体が《ウィッチ》だと思っている。」

 男は楽しそうに魔女の正体についての仮説を話す。

「《ウィッチ》?確かに、起伏のある肉体ですが……。」

《ウィッチ》は私から愛を奪った、この世で二番目に憎たらしい精霊。絶対に殺すと決めている。

 しかし、《ウィッチ》の能力は、自他を変身させるもの。極光を放つ能力ではない。

「君の懸念はわかる。確かに《ウィッチ》の能力は変身だ。決して、攻撃的なものではない。しかし、《ウィッチ》の能力は、それだけではない。他の精霊の天使をコピーする能力を持つ――そう私は予想している。実際、《ウィッチ》が明らかに自分のものではない天使を使用する場面を、何度も記録されている。」

「どういうことでしょうか?精霊の能力は、一個体につき一系統だけでは?」

 《プリンセス》は剣戟、《ハーミット》は氷、《イフリート》は炎。精霊の能力は一つの系統にまとまっている。

 多様な能力を使用する《ナイトメア》も時間という根本がある。《ウィッチ》が例外というのは不自然に思える。

「君の推測は正しい。恐らく精霊は一個体につき一系統の能力を持つ。でも、こう考えたら納得できないか?《ウィッチ》は自身の天使を変身させると。」

 男は推論を続ける。

「《ウィッチ》の能力の本質は変身だろう。だが、天使の力はそれで終わらないほどに奥深い。変身の応用として、自身の天使を他の天使に変身できてもおかしくない。」

 天使の能力の派生。確かにそれはあり得る話。そして、私自身がヒントを持っている。

「私は、《ウィッチ》が《ハーミット》の天使を使っているところを、見たことがあります。」

 《ナイトメア》、時崎狂三に襲撃されたとき、私は愛と《ウィッチ》によって助けられた。

 そこで、《ウィッチ》は怪獣のような天使を使っていた。《ハーミット》の天使を。

 いや、それだけではない。見たことのない天使も使用していた。

「……ほう。詳しく聞かせてくれないかね?」

 男は興味を持ったようだ。この男は知的好奇心が強い――それで合っているのだろうか?

「《ナイトメア》と《ウィッチ》の交戦を目撃したことがあります。その時、《ウィッチ》は怪獣のような冷気を放つ天使――恐らく《ハーミット》と同じものを使っていました。後、鎖と羽がつながった天使も。」

 微妙に嘘を吐く。愛がいたことと、私が人質にされたことを。議題の本質ではないから、恐らく問題ない。

「確かに、《ハーミット》の天使と同じ特徴だね。もう一つの天使は《ベルセルク》のものではないだろうか。」

 男は顎に手を当てながら記憶を探る。

「《ベルセルク》ですか?」

「風を操る精霊さ。文字通り風のような速度で飛び、嵐を巻き起こす。」

 この男に話を聞いて良かった。この情報だけでも値千金の価値がある。

「では、《ウィッチ》が他の精霊の力を使えることは、ほとんど確定と言っていいだろう。そして、《ウィッチ》は他の天使の力を使って、君の父君を殺した。これが私の仮説だ。」

「……確かに、その可能性はあります。」

 他に該当する精霊がいない以上、今はそれしか思いつかない。

 でも、本当にそうだろうか?《ウィッチ》は何度か見たが、イメージに合わない。

 そして、わざわざ別の精霊の天使を使って、お父さんを殺す理由が説明できない。一般人でしかないお父さんを。

「納得いかないようだ。君の疑念は動機かな?」

「おっしゃる通りです。」

 男は私の考えをあっさり見抜く。どこまでも人の心を見透かしている。

「では仮説をもう一つ追加しよう。ウィッチは能力の実験をしていたのではないだろうか?」

「……それは一体どういうことですか?」

 男が新たに出した仮説は全貌が全く分からない。でも、問題ないと思われる。懇切丁寧な説明をしてくれると、顔にそう書いてある。

「《ウィッチ》は狡猾で用心深い性格だ。未使用の能力を、実戦でいきなり使用すると思えない。」

 確かに、戦闘の際も《ウィッチ》は小賢しく臆病だった。こちらが仕掛けた罠は見抜いて対処するし、至近距離には寄せない。

 まるで鼠の反撃を恐れるかのように。

「《イフリート》が火災を起こした現場に、偶然居合わせたのかもしれないね。そして、それをカモフラージュとして利用した。我ながら悪くない推測じゃないだろか。」

「だから、試しに使ったと。でも、どうして私のお父さんを……。」

 試すだけなら適当な海洋にでも行けばいい。精霊ならそこまでこんなことではない筈。

「《ウィッチ》は人を小馬鹿にするのが好きな性格だ。標的は誰でもよかったのかもしれない。たまたま、目についた人間に当てる振りをして、ちょっと驚かすだけのつもりだった。あの精霊ならそれくらいの悪戯はするだろう。」

 《ウィッチ》ならやりかねない。あの害獣の悪戯気質は、仮設の裏付けに思える。

 あいつは臆病な癖に人を馬鹿にすることを好む。私たちも何度ふざけた攻撃をされたことか。

「でも、練習不足の能力で制御を誤った。そして、やり過ぎたことが怖くなって逃げた。そう考えたら《ウィッチ》の行動として不自然じゃないだろう。」

 それなら《ウィッチ》の行動として違和感はない。しかし、受け入れがたい話だ。

「なんだ、それは……。」

 私のお父さんはそんな馬鹿みたいな理由で奪われたというのか。ふざけるな。人の命を何だと思っているんだ。

 私の心は激しく燃えている。そして、水をかけられることはなく、薪がくべられる。

「君の弟も他の天使の力を使って洗脳した。――そう思わないかね?」

 続く言葉に私は激しく揺さぶられた。私の心の奥底に触れた。

「どうしてそれを⁉」

「真那の報告に書いてあったんだよ。指揮者(コンダクター)の本名が、トビイチアイだと。」

「コンダクター?」

 聞いたことのない言葉が急に出てきた。一体何なのだろう?

「……おや、知らないのかい。DEMの中では有名な話だよ。

 北アメリカ大陸の顕現装置(リアライザ)を保有する組織を、無差別に襲撃する謎の魔術師(ウィザード)のことさ。

 我々の支社も攻撃されていてね。アメリカの社員は、夜も眠れぬ日々を過ごしているよ。」

 男は舞台の役者のように大げさに説明する。

「………………。」

 その様子を女は無言で見つめていた。

「愛がそんなことを……?」

 あの子がそんなことをしたなんて信じられない。

「嘘だと思うのならば映像を見せてもいい。すぐに用意できるだろう、エレン?」

「ご命令とあらば、すぐにでも。」

 二人の言葉に迷いはない。証拠を捏造することもきっとない。

 この二人は真実を言っている。そうに違いない。

「……結構です。お二人の言葉で、真実であることは理解しました。」

 

 ――アメリカに行ってた。――

 

 愛は自分でそう言っていた。男の言っていることと整合性が取れている。

 でも確信が持てない。もう少し突っ込んだ質問をすべき。

「他に特徴は?」

「活動時期は昨年の五月から今年の四月にかけて。それ以来ぱたりと活動を止めている。

 顔は余り見せなかったようだけど、白髪で若い東洋人だと分かっている。

 白い球体のような兵器を一度に三つ以上操ることから、指揮者(コンダクター)という異名で呼ばれている。」

 何をどう聞いても愛としか思えない。

 活動期間は愛がいなくなっていた期間と一致する。外見的特徴もあの子そのもの。

 兵器もASTを撃退したときに使用したものと同じ特徴。同一人物としか思えない。

「そして、傍らにはいつも《ウィッチ》がいたそうだ。精霊と魔術師(ウィザード)が並んで戦う。随分と奇妙な光景じゃないか。」

 男は本当に楽しそうに語り続ける。何がおかしいのか分からないけど、死ぬほど憎たらしいその光景を、簡単に想像することができた。

「洗脳する能力を使用する精霊は、観測されていない。しかし、存在してもおかしくない。その能力を得て君の弟を洗脳した。そう考えると、この状況も説明できないだろうか?」

 男の仮説は妄想に近いものだ。しかし、状況がそれを補強し過ぎている。

「……洗脳を施したら、性格が変わることはありますか?」

「そうだね。顕現装置(リアライザ)()()()()洗脳を施した例をいくつか知っている。過度な洗脳を施したら、人格が大きく変容することは珍しくない。」

 男は妙に詳しい知識を披露する。でも、この男くらいの人間になると、嫌でも知ってしまうのかもしれない。

 DEMの重要人物ならあり得る。世界を牛耳る巨大企業のトップが、清廉潔白な人間という方が不自然。

 それに、今はそれを気にしている状況ではない。もっと重要なことがある。

 頭の中で今までの記憶が巡る。全てが説明できてしまう。今まで不可思議に思っていた出来事が全て。

 

――それは《ウィッチ》のため?――

――そうだよ。――

 

 愛は《ウィッチ》に強い感情を持っている。狂気的と言えるほどに。

 あの子は私の向けた銃の前に立ち塞がった。自分の命を一切顧みず。

 さらに、あの子は《ウィッチ》と一緒に国外へ逃亡した。家族を捨てて。

 どうしてそんなことをするのか、理解できなかった。でもこれで説明できる。

 それが洗脳によるものだとしたら。自分の身を危うくしてでも、尽くすことを強要されていたとしたら。

 

――あなたはあの精霊に会ってからおかしくなった。精霊の肩を持つようになって、いつの間にか《ウィッチ》のことばかり話すようになった。お父さんの事は忘れてしまったの?――

――あなた本当に愛?――

 

 愛の性格は急に変わった。きっかけは間違いなく《ウィッチ》との交戦。

 甘えたがりだったあの子が、急に冷めた態度を取るようになった。会話する時間が大幅に減り、外で遊んでばかりになった。

 最初は成長して姉離れしたのだと思っていた。大人になったのだと思っていた。

 でも、《ウィッチ》に騙されていたと知ってから、そうは思えなくなった。十中八九《ウィッチ》から何か悪い影響を受けたのだと思えた。

 《ウィッチ》と初めて戦った時に、洗脳を受けていたとしたら。性格の急変が洗脳による影響だとしたら。

 

――僕が急にいなくなったこと。ASTの皆に酷いことをしたこと。――

――父さん、母さん。ごめんね、親不孝な息子で。二人は生きていたら泣くかな?――

 

 愛は自分の行動に罪悪感を抱いていた。私に、隊長に、ASTの皆に、お父さんに、お母さんに申し訳ないと思っていた。

 あの子は変わってしまった後も、優しい子だった。あの子と戦った時、ASTの隊員は全員軽傷だった。

 わざわざ装備を狙って攻撃して、ケガさせないように気をつけていた。敵との交戦中に。

 それが《ウィッチ》の洗脳への抵抗だとしたら。苦しんでいる愛のあげた悲鳴だとしたら。

 

――士道、()()()精霊に何かされて……。――

 

 士道とデートした日、士道はどこか不自然だった。体調不良かと思う程度の些細な不自然さだった。

 でも、夜刀神十香から話を聞いて違うと分かった。夜刀神十香は、私と士道がデートをしていたのと()()()()に、士道とデートをしていたと言っていた。

 同じ時刻に同じ人間と別々の二人がデートをしてる。士道が二人存在していることになる。

 つまり、片方の士道は贋物。悔しいけど、恐らく私の方が贋物。

 私が士道と見紛うほど精巧な贋物を用意できる心当たりなんて一つしかない。《ウィッチ》しか。

 今まで、士道を誘って、どうして《ウィッチ》が現れたのか理解できなかった。でも、《ウィッチ》が洗脳能力を持っていたら説明できてしまう。

 彼まで洗脳されていたとしたら。士道にまで手が及んでいたとしたら。

 

 全てが一本の線でつながった。全てが収束して一つの事実を示していた。

《ウィッチ》は私から全てを奪っていた。愛だけじゃない。

 お父さんも、士道も。私の大事な人全てを。

「君は《ウィッチ》が憎いかな?」

 男は問いかける。女性に優しくする紳士のように。

「憎いに決まっている。」

 感情が黒く染まっていく。心の奥底に澱のようなものが溜まっていく。

 こんな気分になったのはお父さんが殺されたあの日以来。いや、もっと激しい感情が渦巻いている。

 逆に頭は氷のように冷え切っていて、今まで見えていなかったものが見える。そんな万能感がある。

 自分が自分じゃなくなっていく。そんな気がする。

 でも、どうでもいい。《ウィッチ》を殺せるのなら。憎き『魔女』をこの手で葬りされるのなら。

「殺す。殺す。絶対に殺す。私が、この手で。

 私から全てを奪った《ウィッチ》を。私から全てを奪った『魔女』を。

 お前の首を斬り落とすだけでは足りない。お前の胴体に穴をあけるだけでは足りない。

 ありとあらゆる苦痛を与えに与えて、最後は存在の痕跡すらこの世界に残させない。

 何千回殺しても、何万回殺しても足りない。お前の死で、お前の罪は贖えない。

 それでも殺す。お前の死を持って、お前の罪に終止符を打つ。

 私の全てを使って殺す。私の業も技能も知識も、全部使ってお前を殺す。

 私の存在はこのためにあった。《ウィッチ》を、精霊『七罪』を殺すために、私はあの日生き残った。」

 決意を口に出して確かめる。言葉が力を与えてくれる。そんな気がする。

「随分と心地の良い殺気を放つじゃないか。Ms.トビイチ、いやオリガミよ。」

「……失礼しました。取り乱してしまいました。」

 重要人物との対話中であるということを忘れてしまった。この人の機嫌を損ねたら、顕現装置(リアライザ)を取り上げられる。

 やっと復讐相手を、『魔女』を見つけた。こんな場所で武器を奪われるわけにはいかない。

「いやいや、君の気持ちはよく分かる。愛しい復讐相手を見つけたんだ。昂って仕方がないのだろう。」

 男は握手のような体勢で手を差し出して、三日月のように口角を上げる。

「ここまで話をした仲ではないか。折角復讐相手を見つけて、『はいさよなら』というのは寂しいと思わないかね?」

「一体何を?」

「君の復讐に手を貸そうではないか。デウス・エクス・マキナの総力を挙げて《ウィッチ》討伐の支援を行う。悪い話ではないだろう?」

 余りにも魅力的な提案。甘い果実のような誘惑を放っている。

 しかし、私に都合が良過ぎる。罠かもしれない。

「何が目的ですか?」

 相手のメリットが分からない。その懸念が辛うじて私を引き留める。

「君の弟を我が社に迎えたい。DEMは常に優秀な魔術師(ウィザード)を欲している。君の弟が我が社に入ってくれるのなら、それだけでお釣りが来る。それほどに君の弟は優秀だ。」

 なるほど。確かに愛はASTの部隊を一人で撃退し、崇宮真那と互角の勝負をするほどに強い。その力を欲しているのも、納得できる。

「それに精霊討伐は我々の悲願でもある。君が復讐を果たすと、君以外の多くの人間も幸福になれるのだよ。」

 精霊は世界の害になる人類共通の敵。この男も例外ではない。そういうことなら、理解できる。

 何一つおかしな点はない。この男の論理は、最初から最後まで筋が通っている。

 信じるしかない。そうとしか思えない。

「一緒に《ウィッチ》を討伐しようではないか。若き魔術師(ウィザード)よ。勝利の暁には、君たち姉弟をDEMに歓迎しよう。全ての精霊を討ち滅ぼす手助けをしてくれないかね?」

 全ての精霊を討ち滅ぼす。もしも実現できたのならば、どれほど美しい世界になるか。

 《ウィッチ》を殺し、愛と士道を取り戻し、全ての精霊をこの手で殺す。そして、最後は平和な日々を享受する。

 これ以上ない幸せな未来。そう思える。

 そんな夢に手が届く手段がある。今、目の前に機会が転がっている。

「協力してください。」

 それを逃す道理がない。私は男の手を固く握った。

 もう二度とこの手から零れぬように。もう何も奪われないように。

 このとき、私の目は曇っていた。目の前の甘い蜜に誘われて、誤った判断を下した。

 私は私自身の手で、愛を地獄に突き落とすことになる。たった一人残された、大切な家族を。

 

♦♦♦

 

 

「素晴らしい手腕でした、アイク。まるで一流の詐欺師のようですね。」

 ノルディッシュブロンドの少女、エレンは目を閉じて努めて平坦な声で称賛を送ってくれた。

「嘘は一つだけ。指揮者(コンダクター)はある程度襲撃する組織に基準を設けている。殺人を行ったか、自身に刃を向けた者を選んでいる。DEMのアメリカ支社も、我々が手を出してから襲われるようになりました。」

 そう、指揮者(コンダクター)は意思のない獣ではない。明確な行動指針を持った人間だ。

《ウィッチ》に洗脳されたというよりも、《ウィッチ》が影響されたという方が納得できる。

「後は、()()()()()()()()()()()()()()仮説を述べただけ。それであれほど巧みに誘導するとは。」

 エレンはよく分かっている。私は彼女に語り聞かせた仮説を否定する材料を持っている。

 恐らく、《ウィッチ》が他の精霊の天使を使えるのは間違いない。でも、我々が気づくほど多用し始めたのは、つい最近だ。

 どうして五年も前に練習していたのか説明できない。

 それに、洗脳の能力も使えないだろう。使えるなら、既に使用されている筈だ。

 何せ、DEMの支社をいくつも二人で襲撃していたのだ。使えるなら、もっと利口な手段をとるだろう。

 きっと、《ウィッチ》は洗脳などできない。恐らく、他の天使の使用には、何かしらの制限がある。

「相手を誘導するときに多く嘘を言うのは良くない。嘘に気づけば疑念を抱かれる。真実にほんの少しの嘘を混ぜるのが、一番効果的だ。」

 彼女は既に心に疑念を抱えていた。私はその疑念に指向性を与えただけだ。私好みの指向性をね。

「流石ですね。DEMをあそこまで育て上げただけはあります。口先で相手を転がすのはお手の物ですか。」

「そんなに褒めないでくれよ、エレン。」

「別に褒めてはいません。」 

「ふふふ、エレンはかわいいな。」

 長い修羅場を潜って来たのに、心はいつまでも少女のままだ。機嫌を損ねた子供のように私を睨みつける。くすぐったいな。

「しかし、本気ですか?彼女に協力するなどと……。到底あの指揮者(コンダクター)との戦闘について来れると思えませんが。」

 エレンは怪訝そうにする。なるほど、彼女では戦力にすらならないと。そういう心配をしているのか。

「そんなに心配しなくても、彼女は指揮者(コンダクター)の姉だ。素晴らしい才能を秘めているかもしれないじゃないか。」

「アイク?」

 エレンは冷たい視線を送ってくる。いちいち反応するから、揶揄ってしまうじゃないか。

「冗談……というほどふざけたつもりはないが、彼女が凡百の魔術師(ウィザード)でも大した問題はない。彼女は指揮者(コンダクター)への人質さ。指揮者(コンダクター)の動きを牽制してくれたら、それで十分だ。」

「人質ですか……。あの指揮者(コンダクター)相手に、そのような手段が通用すると思えませんが。殺戮をまき散らし、人の命を紙屑のように扱う、あの指揮者(コンダクター)ですよ。」

 エレンは私の考えに賛同しかねるようだ。確かに彼女の言い分も分かる。

 指揮者(コンダクター)は敵対者に一切の手心を加えない。活動初期はかなり優しかったが、最近相対した者の中で、生き残ったのは両手で数えられるほどだ。我々は長い死者の名簿を確認する羽目になった。

「しかし、面白いことを聞いたんだ。指揮者(コンダクター)は日本だと、ただの一人も殺していないそうだ。それどころか、負傷者すらほとんどいないと。」

 ASTからの報告書には指揮者(コンダクター)との交戦記録があった。どれほどの被害が出たのだろうと、楽しみに報告内容を確認して目を疑った。

 装備は破壊されたものの、人的被害はほとんど無に等しいと。ご丁寧に装備を狙って、人命を優先したようだ。

「まさか⁉それは本当ですか?別人だという可能性は?」

「あの特徴的な兵装や外見的特徴から考えても、ほぼ間違いない。それに、あれほど優秀な魔術師(ウィザード)が他にいると思えない。彼は指揮者(コンダクター)で間違いない。」

 信じられないのは理解できる。人格を取り換えたかのような甘さだ。

 だが、我々が指揮者(コンダクター)の性格を見抜けていなかっただけとすれば、不自然ではない。

「しかし、こう考えられないだろうか?彼は敵対者には冷酷になるけれど、身内には非常に甘い性格だと。」

「身内……ですか?」

「ああ、そうだとも。彼にとってASTは古巣だと言うじゃないか。かつての仲間を相手にすると、その刃が鈍る。映画のような美しい話ではないか。」

 今まで指揮者(コンダクター)の味方らしい味方は《ウィッチ》しかいなかった。だから、そのような弱点に意味はなかった。

 指揮者(コンダクター)は相当狡猾だ。

 何せエレンに一度見つかってから、活動範囲を北アメリカ大陸全てという広大なものにしてしまった。しかも、襲撃場所に法則性はないから、次どこに現れるか一切読めない。

 流石の私もそんな相手を放置するしかなかった。私も忙しい立場だからね。

 しかも、パートナーは《ウィッチ》だ。単純な戦闘力は低いと考えられているが、能力の応用性が高い。

 どちらか片方だけでも、捕まえることは困難だ。

 しかし、こんなところにカードが落ちているとは、思いもしなかった。しかも、切り札(ジョーカー)に成り得る。

「少なくとも、彼女は弟に深い親愛を持っている。彼女が敵として現れたら、指揮者(コンダクター)はどのような反応をするだろうか?」

 想像するだけで愉悦が止まらない。夜も眠れなくなりそうじゃないか。

「嗚咽をあげて刃を振るえなくなるだろうか?敵対者となったのなら、家族でも容赦なく斬り捨てるだろうか?それとも……。今から楽しみで仕方がない。」

「相変わらず、いい趣味をしています。」

 エレンが今日何度目か分からない誉め言葉をくれる。本当に、面白いことばかり起こる日だ。

「……結果はどうあれ、彼女が生き残ることはないでしょう。」

 エレンが彼女に()()を施している部屋を見つめる。今は力を蓄えている最中だ。

「分からないよ。彼女が生き残ったら、本当にDEMで引き取って構わない。指揮者(コンダクター)の実の姉というだけで、素体の価値は十分だ。」

 私は彼女にも期待している。この戦いを生き残ることができたのなら、歴史に名を遺す魔術師(ウィザード)になるだろう。

 楽しい舞台は明日、幕を開ける。




これが地獄です。しっかり準備しただけあって満足できるものになりました。

さて裏話をしましょう。今回は折紙に処置を施している最中の出来事。

最初のプランは折紙を捨て駒としてぶつけて愛君&七罪を確保。愛君は真那と同じ状況にするつもりでした。これなら、折紙がどうなっても関係ないですから。

でも、折紙が相当優秀なことに気づきました。原作と違って、《ホワイト・リコリス》を動かせるほどとはわかっていませんが。そこで、勿体ないと思って方針を少し変えました。それでも、倫理観捨てた選択しかしないんですが。
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