目の前に浮かぶのは箒の形をした天使。今まで何度も繰り返し見てきた七罪の相棒だ。
それが今僕の目の前にある。七罪のものとは違い禍々しい雰囲気を出しているけど、見た目は完全に同じだ。
一体どうなっている?
七罪は肩口から切断された痛々しい状態のままだ。とてもじゃないけど天使を顕現できる状態じゃない。
これは七罪の
それに、この白と黒の豪華なドレス。もしかしなくても、霊装なのか?
服そのものから力が溢れてくるなんて、他に思いつかない。それに僕の身体が女になっている謎現象。
どう考えても
『ぼさっとしてないで、天使を持って。』
「う、うん。」
僕の喉からソプラノボイスが出る。元から男にしては高い方だったけど、こんなに綺麗な声じゃなかった。
声帯から変わっているようだ。やっぱり僕は女になっている。
「こ、これは⁉」
凄い万能感だ。今なら何でもできそうな気がする。
「き、貴様は何者だ?一体……どこから現れた?
『さあ、丁度いい実験台がいるじゃないか。能力を試してみよう。犬でも猫でも何でもいいから、変身させるイメージをして。』
謎の存在が
迷っている暇はない。今すぐこいつらを倒して七罪を治療しないといけない。
普段の七罪の姿を思い出す。無機物だろうと生物だろうと関係なく、遍く全ての姿を変える自由自在な天使。
今、それが僕の手の中にある。
「
七罪の部屋にあるような、可愛らしい熊のぬいぐるみ。人間がそうなってしまった。
僕が本当に天使を使った?信じられない。
それに、どうしてこんなに馴染むんだ?手足を使うような自然な感覚で使えている。
『うまい、うまい。初めてなのにちゃんと使えてるじゃん。やっぱり
謎の存在は称賛を送ってくる。こいつが何者なのかは分からない。でも、チュートリアルのサポートだとでも思っておこう。
『じゃあ、次はちゃんと殺そうか。七罪を殺そうとした奴らなんて死んで当然だよね。
謎の存在は無邪気に殺意の籠った声を放つ。声色は年端も行かない少女なのに恐ろしい。
数多の戦場を越えた僕が、竦んでしまった。本当にこいつは何者なんだ?
……ただ、こいつの意見には賛同できる。七罪を殺そうとした奴らに生きる価値なんてない。今すぐ殺すべきだ。
さて、どんな方法が良いだろうか?
前から
「
当然ながら、魚は空中で息ができない。放っておいたら勝手に死ぬだろう。
元人間だと思うと、必死に暴れる姿は滑稽に想える。でも、こいつらの末路には丁度いい。
『魚にして窒息させるのか。いいね、死に方の中でも結構苦しいのを選んだじゃん。七罪に手を出した当然の報いだよ。』
「……そうだな。」
こいつに同意するのは不味い気がするけど、同じことを考えていた。こいつらに家族がいようが恋人がいようが、関係ない。
七罪に手を出した奴は全員死ぬべきだ。
『ぴちぴちぴちぴちって、可愛いね。絶対に助からないのに水を求めて暴れている。あ、海に流して人に戻すのも面白そうかも。太平洋のど真ん中でぽちゃんって。』
……僕も注意しないといけないか。ラインを明確に定めないとどこまでも堕ちていく。そうなったら、僕は七罪と一緒に立てなくなる。
必要ならばいくらでも殺す。誰でも殺す。
でも楽しんじゃダメだ。淡々と無感情に殺さないといけない。そうあるべきだ。
『それじゃあ、次は七罪だ。変身能力を使って治療するよ。』
「……そうか、それができるのか⁉」
どうしてそんな簡単なことに気づかなかったんだ。
当然、傷の治療にも応用できる。これならフラクシナスに届けるよりも早く七罪を治せる。
「七罪!」
七罪に駆け寄って様子を見る。本当に酷い状態だ。今死んでいないのが奇跡といっていいほどに。
フラクシナスに届けること時間すら惜しい。今すぐ治療しないと間に合わない。
『イメージして。普段の元気で健康な七罪を。』
「……。」
目を閉じてイメージする。ずっと一緒にいた七罪の姿を。かけがえのない大事な存在を。
僕は取り戻す。絶対に放したりしない。ここで失って堪るか。
「
イメージは現実を侵食する。無残に切断されていた身体は、初めからそんなことなかったように綺麗になる。
胸に耳を当てると、弱いながらも心臓の音がする。呼吸も小さいけど、確かに聞こえる。
顔色はあまりよくない。出血多量によるものだろう。
『このままだと失血死しちゃいそうだね。私が治してあげるよ。』
「え?」
僕も
『このままでも多少は使えるからね。君は動かず待っていてよ。』
謎の存在の言う通りにする。僕はただ七罪を見つめながら待っていた。
「え?」
すぐに変化は訪れた。七罪の身体が輝き、土気色だった顔が血色のいい肌色に戻った。
再び胸に耳を当てると、心臓がしっかりとした鼓動に戻りつつあるとが分かった。ちゃんと血液が流れている。一体何が起こった?
「何をしたんだ?」
『君に教える意味ある?』
冷たくあしらわれた。僕に今の現象を説明する気はないようだ。
さっきから思っていたけど、謎の存在は僕への当たりが強い。僕は明確にどうでもいい存在と思われていそうだ。
でも、何故か七罪を丁寧に扱っている。七罪のためなら協力関係を構築できる。今はそれで十分だ。
「七罪……本当によかった。」
手の中の七罪はただ眠っているだけに見える。僕が分かる範囲で異常はない。
七罪は危機を脱した。本当に死んでしまうとしか思えなかったけど、なんとかなったみだいだ。
奇跡――ではなさそうだけど、僕が想像もしなかった現象によって助けられた。気にはなるけど、色々考えるのは後にしよう。
まだ、問題がないと確信できたわけではない。フラクシナスで確認してもらった方がいい。
フラクシナスに運ぶため、七罪を抱き上げる。華奢な腕だけど、人を簡単に持ち上げられるくらいの力がある。
これが霊力の影響か。知識としては知っていたけど、こんなにも万能なものなのか。
「七罪をフラクシナスまで連れていく。飛べるか?」
『それくらい、霊力があったら誰でもできるよ。勝手にやって。』
やっぱり冷たい。でも、ヒントは得られた。
霊力はこの全身を巡る力のことだよな。おそらく霊力を使って本能的に飛べるのだろう。
普段、
飛行機のような推進力を持って、自由自在に空を舞う自分を思い描く。その想像はそのまま現実になった。
「これは凄いな。」
子供の落書きがそのまま顕在化しているような、あり得ない現象だ。
飛行速度は普段の倍以上。そして、意識した瞬間にはもう飛んでいる。
精霊はこんな感覚で力を使っていたのか。これなら皆強くなるわけだ。
先ほど《ノルン》を使って飛んでいた場所まですぐに戻ることができた。残りの
「《ウィッチ》と未確認の精霊を確認。攻撃準備!」
未確認の精霊。今の僕はそう見えているのか。
「悪くない、かな。」
七罪を守れるなら、僕が人間であるかどうかはどうでもいい。むしろ七罪と同じ精霊になれて少し嬉しい。
姉さんにどう思われるかだけが不安だけど。
「
これだけ使うと天使の扱いにも慣れてくる。七罪のような熟練した使い方はできないけど、奇抜なアイディアならいくらでも出てくる。
今は空中。殺し方はいくらでもある。
今度は敵を全て陶器の皿に変えてやった。空に浮いているだけの割れ物は、重力に任せて自由落下する。
当然、地面に落ちて粉々になる。パンパンと耳に刺さる高い音が何度も聞こえた。
変身が解けたとしても、生きていけるわけない。元の形が分からないほどバラバラになったであろうから。
むしろあのままの破片の方がマシだと思う。ぐちゃぐちゃのミンチになるよりは。
『あははははは、いいね。ゴミくずみたいな奴らだったけど、本当にゴミになっちゃった。いい気味だ。』
「……。」
こいつはかなり性格が悪いな。聞いているのが僕じゃなかったら、不快感まみれになるぞ。
これを聞いて賛同気味な僕も、だいぶダメな気はする。でも、自覚があるだけましだと思うことにしよう。
気分を切り替える。変なことを考えている場合じゃない。
七罪のことを除いても今は戦闘中だ。四糸乃たちはまだ戦っている。
七罪を預けて戦闘に戻らないといけない。ほとんど距離がなくなったフラクシナスに向けて飛んだ。
フラクシナスは不可視化を解いて空に待機している。
インカムはちゃんと生きているだろうか?取り出したインカムを耳につけて、令音さんに話しかける。
「令音さん、愛です。中に入れてください。」
『……君は誰だい?』
「……え?何を言って――そうか!」
言っている途中で気づいた。僕が同一人物に見えないのか。あまりにも見た目が変わり過ぎているから。
霊装を身に纏い、性別まで変わっている。髪も少し伸びているし、顔も変わっているかもしれない。
よく考えたらDEMの
「鳶一愛です。」
『愛?君は……愛なのかい?』
『そんなわけありません。あの精霊は危険です。絶対にフラクシナスへ入れてはいけません。』
令音さんの声を遮って椎崎さんの邪魔が入る。必死の声で僕の言葉を否定している。
信用されていない。厄介なことになったな。これでは今まで築いてきた信頼が消えたようなものじゃないか。
今から『僕が精霊になりました』と懇切丁寧に説明するか?一体誰がそれを信じる?
霊力の兆候すらなかった僕がいきなり霊力を持ちましたって。信じる方が怪しいぞ。
……だったら、初めから信用なんかなくても七罪を引き取ってもらう方向で行くか。問題はあるけど、これが一番上手くいきそうだ。
「信じて貰えないのは残念です。だったら、七罪だけでもお願いします。」
「……七罪だけなら、妥協点としては受け入れるべきかな?」
令音さんは引き取る意思を見せている。できれば無理な手は使いたくない。このまま引き取って欲しい。
『村雨解析官、騙されてはいけません。七罪ちゃんが本物だという保証はありません。罠という可能性が高いです。だって……』
「七罪を引き取ってくれないなら、フラクシナスを堕としますよ。」
「な⁉」
椎崎さんの声を遮って脅しをかける。今は時間をかけて争っていられない。
本当に堕とす気などない。でも実行するだけの力はある。
これなら信用など関係ない。信用できな相手から七罪を回収するの、と自分たちの乗る船を堕とされる。どちらがいいかの二択を選ぶだけだ。
「あまり長く待つつもりはありません。十秒以内に決めてください。」
言葉と同時に霊力を
『……七罪を回収しよう。フラクシナスを堕とされるより遥かにマシだ。いいね?』
『……わかりました。』
椎崎さんは渋々受け入れた。後で椎崎さんには謝った方がいいな。
「七罪をよく見えるようにしてくれ。」
七罪を見えやすいようにフラクシナスに向けて掲げる。しばらくすると、七罪は転送された。
これで大丈夫だろう。さあ、次は戦場だ。
「この力があれば、エレンを……。」
『ちゃんと殺してやろうね。七罪を傷つけたこの世の汚物を。』
「……。」
肯定の代わりに戦場に向けて飛び出した。
愛君に
さて裏話をしましょう。今回は愛君の倫理観について。
愛君は殺人に対して基準を設けています。なあなあでやると無意識に堕落するから。ざっとまとめるとこんな感じ。
七罪or折紙に危害を加える者→絶対殺す(精霊は考慮の余地あり)
ラタトスクメンバーやASTに危害を加える→ブラックリスト入り
殺人者→積極的に殺さないけど、別に殺してもいい
一般人→できれば殺したくないけど、必要に迫られたら殺す
ラタトスクメンバーやAST等の身内判定→七罪や折紙が反対の天秤に乗ってない限り、殺さない
七罪&折紙→自分が死んでも殺さない