狂三の襲撃がお遊びに思えるほどの戦闘が繰り広げられた。状況は次から次に変わっていった。
エレン・メイザースと鳶一折紙の襲撃。七罪の負傷。四糸乃の完全な精霊化。一日で起きたと信じられないほどの出来事だ。
そして、遂にあの子が力を見せた。あの白と黒のドレス型の霊装。圧倒的な霊力。
霊力が全く感じられないから、間違いなのかと思っていた。しかし、あの子はやはり私の思う精霊で間違いなかった。
そして愛は今、十香に背負われながらフラクシナスにいた。どうやら戦いの直後に気絶したようだ。
今は普段の姿に戻っている。霊力も全く感じられない。
「こいつをどうしやがりましょう?」
真那が問いかける。多くを語らないが、面倒な事情を分かっているのだろう。
愛はいきなりあれだけの力を見せた。当然、このまま帰すわけにはいかない。
そもそも、あの家に入ることはできない。
愛は家に山ほど罠を仕掛けている。愛も七罪も気絶している今、罠を解除できない。
長い沈黙が流れる。皆、いい案が浮かばないのだろう。
愛を安全に待機させる方法など存在しない。精霊の力がいつ暴走するか分からないのだ。
どこで寝かせても力の暴走に怯えないといけない。仮にシンとキスさせたとしても、封印など不可能だろう。色々な意味で。
「……近隣のラタトスクの施設の中で、最も周囲に人がいない場所に移動しよう。そこで、愛が起きるのを……待つ。」
これが一番被害を少なくできる方法だろう。扱いとしては意思を持った爆弾だ。
「しかし、放置するなんて……。」
神無月が難色を示す。確かに、放置するのは危険だ。
愛は今日、最も精神が不安定な状態だった。愛の感情値の推移は心電図のように酷いものになっていた。
起きて誰もいなければ、最悪そのまま再度精霊化する。
「……放置する気はないさ。私が一緒に行く。」
「一緒だなんて、危険過ぎます!」
椎崎が否定する。確かに危険な行為だ。
「仕方がないさ。誰かがやらないといけない。琴里が眠っている以上、愛から一番信用されているのは私だろう。」
反論はない。自惚れではなかったようだ。
「多少の医学も心得ている。これ以上の適任はないと思うがね。」
「……分かりました。でも、何かあったら必ず連絡してください。」
神無月が念押しする。やはり、私は同僚に恵まれているな。
「勿論だ。」
♦♦♦
私はすぐに愛を連れて、近隣の施設まで移動した。ここならフラクシナスまで左程距離がなく、何かあっても人的被害は出ない。
何かあったとしても少しなら誤魔化せる。一人で残ったのは、力を使うのに人目は邪魔だからという方が大きい。
「愛……。」
こうして見ると、ただの子供にしか見えない。これが先ほどDEMを蹂躙をしたのと同じ人物とは。
いや、彼も私と同じで不相応な力を与えられた存在だ。この子もただの子供。
「……なるほど。どうして、今まで霊力を感じないか不思議だったが、身体が霊力に適合できていないのか。」
愛の身体は完全に霊力に適合できていない。このまま霊力を流したら、自壊するだろう。
だから、霊力を封じてただの人間として生きているのか。こんなことができるなんて……
「もしかして、君の天使の能力なのかな?」
あり得ない話ではない。愛は謎が多い。
霊力が完全に観測できなくなる現象もそうだが、この身体も不思議だ。どう考えても
全身に霊力へ順応できるように、少しずつ変化させた跡がある。私の身体と比べると、先は長そうだが。
そして、脳にも何らかの形跡がある。
随分と無茶をする。一歩間違えたら死んでしまうだろう。
無意識なのだろうけど、この子らしい。とことん自分を顧みない。
しかし、代償を払っただけの力を得ている。いずれ、この子は手がつけられなくなる。
「本来は、君を殺した方がいいのだろう。」
私は同情だけでこの子に協力している。私の目的を叶えるため、この子は障害に成り得る。
本当に願いを叶えたいなら、シンと共に過ごしたいなら、私は今ここで愛を殺すべきだ。
……無理だな。君には恩がある。
士道を何度も助けてくれた。真那をDEMから救ってくれたのも君だ。それに、私は愛を殺す必要がない。
そんな相手を殺すのは不義理が過ぎる。私の前に立ち塞がらない限り、君を殺すのは止めておこう。
それに、私は何よりこの子に期待していることがある。
「私がシンと一緒に生きる未来で、君に祝福して欲しい。」
シンだけいればそれでいい。それは紛れもない私の本音だ。
しかし、全部斬り捨てて何も思わないわけじゃない。罪人には過ぎた願いだけど、少しくらいは欲張ってみたい。
七罪が最大の問題となるのだろう。でも私とこの子が協力するなら、何か策が思いつくかもしれない。
幸せな未来に思いを馳せながら、愛の頭をゆっくり撫でた。
♦♦♦
「あはははは、こんなに面白いことは初めてだよ。」
話し相手などいない、ただ一人の空間で、私は高笑いをしていた。
「こんな美味しい結果になるなんて、思いもしなかった。」
七罪を助けるためだった。ただ、七罪が
別に見返りを求めていたわけじゃない。愛ってそういうものでしょ?
七罪の危機なら、多少の危険は厭わない。だから、器が壊れる可能性を覚悟して力を使った。
それが、私の幸せに繋がった。『情けは人の為ならず』って本当だね。
「まさか、器の成長がこんなに一気に進むなんて。」
今まで長い時間をかけて器を育ててきた。器を壊さないように慎重に。
私の力は人間には強すぎるから、私が表に出るためにずっと頑張ってきた。
十余年かけてこの進行度だ。後何十年かかるのかと憂鬱だった。
でも、今回一気に進んだ。今までの十倍以上の速度で。
「きっと、霊力を流したからだ。それで一気に進んだんだよね。」
今までは少し霊力を起こして、少しずつ手を加えていた。そんなことをもうしたくないと思うほど、一気に進んだ。
こんな裏技があるなんて知らなかった。知らないままだったら、霊力を流すのはもっと先の話だった。私が表に出るのは五年以上遅れたと思う。
七罪のおかげだ。やっぱり、七罪は私の幸運の女神だね。
「しばらくは、今迄みたいにちょっかいをかけられないね。でも、そんなのどうでもいい。」
今回の無理で器にひびが入った。今少しでも霊力を使ったらひびが大きくなる。
時間をかけて治さないといけない。それまではただの人間になる。
でも、壊れかけた器を修復するときにも、成長が一気に進んでいる。完全に治る頃には、きっと進行度は今までの倍になっている。
霊力を流すのと違ってこっちはあまりやりたくない。器が壊れたら元も子もないから。
でも、不幸中の幸いだね。結果オーライだよ。
「器が治ったら、霊力をガンガン使わせないとね。」
器に小細工をするのはもう止めにする。そんなことしなくても、いずれ勝手に成長する。
私は手助けをすればいい。ちゃんと天使を使う手助けを。
後はピンチを作るだけ。七罪かお姉ちゃんのピンチを格好良く助けたいな。
「ああ、もう待てないよ、七罪、お姉ちゃん。一緒に何して遊ぼうか?」
幸せな未来に思いを馳せながら、何度も妄想を繰り返した。
独白を聞いた上で謎が増えましたね。伏線を回収した直後に新しい伏線をばらまくのがこの作品のスタイルです。話が進むたびにゆっくり回収するので、お待ちください。
さて今回の裏話をしましょう。今回は謎の精霊さんについて。
彼女は今まで愛君の活動の裏で暗躍してきました。良くも悪くも愛君に影響を与えています。彼女の存在がこの作品の要になります。『鳶一愛』の正体を知っているのは現在、令音&崇宮澪と彼女だけです。
因みに作者は『鳶一愛』以外のオリジナルキャラクターはいないという自身の過去の発言を忘れていません。どういう意味かは彼女の発言からある程度予想できると思います。