「う~ん。」
目覚めはあまりよいものでなかった。寝過ぎて逆にストレスが溜まってしまった感じだ。
僕どうしてこんなに眠ってしまったんだっけ?確か琴里のデートに七罪と一緒に混ざることになって……
頭が回転し始め、寝る前のことを思い出す。そして、反射的に飛び起きる。
「七罪!それに、姉さんも!」
琴里のデートの後、僕たちはDEMと戦った。そして、七罪が死にかけて姉さんが酷い目に遭わされた。
多分、僕はエレンとの戦闘後に気絶した。その後、一体どうなった?
周囲を見回す。見覚えのない場所だ。
フラクシナスじゃないのか?それともフラクシナス内の僕が知らない区画?
あれからどれくらい時間が経った?もう日が変わっているのか、それともまだ数時間しか経過していないのか?
既に一週間以上経過しているなんてないよな。……まさか、もう……。
とにかく、誰か近くにいないのか?状況を確認しないと。
「ああ、起きたのかい。」
扉を開けて令音さんが入ってくる。手にはマグカップを持っている。
「令音さん、状況を教えてください。あの後どうなりましたか?七罪と姉さんは今どのような状態ですか?」
「……落ち着きがないね。まあ、仕方ない。あれだけのことがあったんだ。」
令音さんは椅子に座ってコーヒーを一口飲む。その僅かな間すら、焦燥で自制が利かなくなりそうだ。
「一つずつ話そう。まずは、七罪について。健康状態に懸念は全くない。フラクシナスに送られた時点で治療は完璧だった。既に起きて君の帰りを待っている。」
「そうですか、良かった……。」
七罪は死の寸前まで行った。自分の目で治療したことを確認したけど、不安だった。
七罪が生きていて本当に良かった。そうでなかったらどうしようかと思った。
「それで、姉さんの容体は?」
「……ウェストコットの発言通り、あまりよくないね。」
令音さんはかなり言葉を選んで伝えている。相当悪いということか。
ウェストコットは姉さんが一週間で脳死すると言っていた。既に進行が始まっているのだろう。
「治療の術は見つかっていないということでいいですか?」
「……その通りだ。」
やはりそうか。あのウェストコットが、ウッドマン議長でも不可能と言ったのだ。きっとラタトスクでの治療は不可能だろう。
「日にちと時刻を教えて下さい。」
「……六月二十七日の十五時前だ。」
琴里とのデートは二十六日だった。ほぼ丸一日経過したのか。
残りの猶予は六日。いや、徐々に進行していると考えたら、すぐにでも手を打たないといけない。
五日も経過したら、死んでいないだけでベッドに眠ることしかできなくなっていてもおかしくない。
どうすべきか。
「色々考えているところ悪いが、先にしてもらうことがある。」
「こんなときになんですか?」
今は姉さんの対応が一番だ。後にして欲しい。
「君は自分が精霊になったことを覚えているかい?」
「覚えていますよ。」
僕は七罪を助けるために精霊になった。いや、謎の存在に精霊の力を借りたのか?
よく分からない。原作を全部読んだ僕ですら、あいつの正体が全く分からない。
しかし、僕が普通の人間でないのはほぼ確定だ。あいつは初めから僕の中にいたのだから。
「君には全身くまなく検査を受けて欲しい――と思っているが後にしよう。……だから、その目を止めてくれ。」
「はい。」
僕の苛立ちを察してくれたようだ。起きて一番最初に見たのがこの人で良かった。
僕は今冷静でいられない。他の人だったら、ここまで平和的な会話にならなかっただろう。
「流石にこのまま開放するわけにはいかない。血液検査と簡単な面談はさせてもらう。その後は一時的な自由を認めるよう琴里に交渉する。これで納得してくれるかい?」
「分かりました。」
腫れ物扱いされていることはよく分かる。あれだけの力を見せたのだから仕方ないか。
それに自分でも感情が不安定な自覚がある。このままではダメだな。
「でも、その前に七罪に会わせてください、二人きりで。でないと何も話せません」
今、僕だけで動くとダメになりそうだ。危険なことになると思う。
七罪と話がしたい。一緒に作戦を立てる相棒としても、精神を安らげてくれる相手としても。
「……琴里に聞いてみよう。」
令音さんは可能な限りの誠意を見せてくれた。この人には後でお礼をしないといけないな。
♦♦♦
僕の願いは聞き届けられた。というより、令音さんが琴里を説得したのだと思う。
令音さんの話を聞く感じ、そう思う。琴里が嫌がっていたニュアンスは伝わった。
今の僕は何がきっかけになるか分からない爆弾だ。下手に刺激を与えたくないのは分かる。
でも、今七罪に会わせない方が危険だ。今の僕に思考力は残っていても、冷静さは残っていないから。
自分は壊れかけていると自覚がある。外面だけ繕っていても、内面はボロボロだ。
僕はこのままだと周囲を巻き込んで勝手に自滅する。その前に軌道修正しないといけない。
令音さんは、それをなんとなく理解していると思う。だからこそ、意見を押し通してくれた。
現在はフラクシナスの会議室の前。この中で七罪が待っている。
「今回は監視させてもらうけど、構わないね?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
二人きりで会話することまで許されたのだ。今回ばかりは譲らないといけない。
重要なことを話さなければいいだけだ。それくらい注意することはできる――と思う。
扉を開けて部屋に入った。中では七罪が自分の髪を弄りながら待っていた。
水色の病衣を着ている。七罪も家に帰れていないようだ。
「あ、来たのね。待ってたわよ。」
七罪は普段と変わらない様子で迎えてくれる。まるで、何事もなかったかのように。
僕は一目散に走り、七罪に抱き着く。もう、零れ落ちないように力強く。
「七罪、良かったよ。……本当に、もうダメかと思った。死んじゃうんじゃないかって……。」
涙が勝手に出てくる。もう何も繕えなくなってきている。
自分が仮面を被っているかどうかすら分からない。心の中はぐちゃぐちゃだ。
「……心配、かけたみたいね。悪かったわ。私はここにいるから、安心しなさい。」
「うん。」
七罪は頭を優しく撫でてくれる。七罪のぬくもりを感じる。それだけで心が安らぐ。
少しの間そうしていた。僕が落ち着くまで、七罪は何も言わずにそのままの姿勢でいてくれた。
「もう、大丈夫。」
「そう?撫でて欲しくなったらまた言いなさい。少し恥ずかしいけど、その顔が見れるならやってあげてもいいわ。」
優しげだけど、悪戯っぽさもある笑顔をしている。やっぱり、七罪は変わったな。いい意味で。
「……七罪はどこまで聞いてる?」
照れくさいから真面目な話に切り替える。その雰囲気を察して、七罪も真面目な顔になる。
「多分、全部聞いてるわ。DEMとの戦闘で起こったことも。鳶一折紙がどんな状態かも。愛が精霊になったことも。」
並べた情報から考えて、本当に全部聞いたようだ。昨日の今日だから、事情を全部知っている人は少ないだろう。
多分、色々な人に聞いて回ったな。あの七罪がそんなことをするなんて。
「何から、話せばいいのかな?」
色々とあり過ぎて何から話せがいいのか分からない。姉さんのことを話すにも、いくつか前提を整理しないといけない。
「一つだけ確認するわ。」
「何?」
「あんたは自分が精霊だって隠していたの?」
七罪は僕の目を見て真剣に問う。僕の心を見透かそうとしているようだ。
「誓ってそんなことはない。あの瞬間まで何も知らなかった。」
今までずっと普通の人間だと思っていた。原作知識とある程度の
こんなことになるなんて想像もしなかった。まさか、精霊になるなんて。
「……それならいいわ。愛の力が何なのかも含めて話し合いましょう。」
七罪はあっさりと引き下がる。嘘はないと判断してくれたのかな?
愚直に信頼しているわけじゃない。相手を見て、信を置けるか判断した上で信頼している。
それがとても嬉しい。
「それは帰ってからにしよう。ここではラタトスクに聞かれる。」
この部屋はラタトスクの監視がある。突っ込んだ話になりそうだし、七罪以外に聞かせたくない。
「……そうね。」
七罪もすぐに察してくれた。やっぱり頼りになる相棒だ。
「じゃあ、先に鳶一折紙の件を話しましょうか。」
一番話したい話題になった。これなら、気をつけたら原作知識なしで話ができる。
「まず、姉さんは危険な状態だ。すぐにでも対処しないと、取り返しがつかなくなる。」
「何か当てはあるの?まさか、DEMに行くなんて言わないでしょうね。」
七罪が先に釘を刺す。僕が危険な方向に突っ走らないよう。
「言わない。DEMに行ったところで、姉さんも僕も駒として都合よく使われるだけだ。良くて真那と同じレベルの扱いだろう。」
DEMは危険極まりない組織だ。今回嫌というほど学んだ。
ウェストコットの誘いに乗ったところで、碌な結末は待っていない。行く意味がない。
割と大事にされていた真那でさえ、魔力処理をされて残り十年未満の寿命だ。まして、今僕は精霊の力を持っているとウェストコットにばれている。
二亜のように実験道具にされるのが落ちだろう。姉さんを治さない可能性も高い。
行かない方がマシだ。僕の命の価値を無視した上で。
「……よかったわ。そこまで暴走していたら、どうしようかと思っていたから。」
だいぶ心配されていたみたいだ。七罪はほっと一息吐いている。
「流石にそこまで馬鹿じゃないよ。」
「普段のあんたを見ていると信用ならないわね。どうせ、自分が大事だから止めたわけじゃないんでしょ?」
「……。」
相変わらず鋭い。姉さんが助かるなら、僕が自分の命を捨てると理解している。
「まあ、その話は後にしましょう。それよりも今は鳶一折紙を助ける策よ。悠長に待っていられない。何か策はあるの?」
七罪は話題を元に戻す。姉さんを助ける計画を立てようとしている。
あれだけ殺意を向けられたのに。僕の為、だよね。
やっぱり、七罪は優しい。だからこそ、僕も甘えてばかりいられない。
「策はある。危険だけど、勝算はあると思ってる。」
DEMに行くという選択肢は初めからない。だから、別の策を考えていた。
こんな状況でどうにかできる手段は一つしか思いつかなかった。でも、姉さんを助けるために必要な一手だ。
「聞かせなさい。」
「時崎狂三に力を借りる。
「なるほどね。あの女の能力なら、DEMよりもちゃんと鳶一折紙を治すことができるわね。それこそ、魔力処理をされていなかった数日前まで。」
「その通り。」
DEMに行っても、魔力処理は取り返しがつかない。一週間の命でなくなっても、姉さんは既に数十年単位の寿命を失ってしまった。
でも狂三なら、それをなかったことにできる。姉さんを完全に戻すことができる。
「ただ、あの女の手を借りるリスクは分かっているのよね?私たちはつい最近、あの女と戦争したばかりなのよ。」
その懸念が真っ先に挙がるだろう。僕たちは狂三と全面戦争をしてから一週間と経っていない。
DEMに比べたらマシというだけで、決して友好的な相手ではない。狂三はこっちの命を狙っている。
「だから、時崎狂三が食いつく餌を用意する。」
そんなことは百も承知だ。僕は無理をしても、無謀な挑戦はしない。
ただ懇願しても弾丸を返されるだろう。時崎狂三が遺恨を捨てて取引に応じるような、美味しい餌を用意する必要がある。
僕はそれに足るものを持っている。狂三が欲しくてたまらないものを。
「その餌って何?」
「始原の精霊に関する情報だ。」
七罪は目を丸くした。ずっと隠してきた情報を交渉材料にすると決めたから。
姉さんのためなら多少のリスクは覚悟しよう。これが僕なりの責任の取り方だ。
ヒロインなのに随分久しぶりの台詞です。こんなに七罪の台詞がないのは初めてですね。
さて裏話をしましょう。七罪が誰に戦闘の話を聞いたのか。
一番最初は四糸乃です。そこで大概のことは理解しました。そこで愛君が精霊化したことを聞いて、フラクシナスのクルーを問い詰めました。説明を聞いて映像の確認もしました。七罪が起きたのは朝なので、結構活動的に動いています。