フラクシナスの一室で緊急の会議が行われていたわ。通信とはいえ、忙しい
まあ、一人を除いて烏合の衆だから、こんなに雁首揃えなくてもいいと思うけれど。私は司令官として、現場の責任者として、顔を出しているわ。
議題は勿論、愛の精霊化について。先日やっとの思いで報告書を書き上げ、すぐに会議の日程が決まったわ。
普段は腰の重い爺共が、信じられない早さで動いた。それほどに今回の議題は重要ということね。
「五河司令、今回の報告書は確認した。君のことは信頼しているが、あの内容は信じがたい。あの報告書に嘘偽りは一切ないと誓えるかい?」
話題を切り出したのは、ウッドマン卿。
私を疑っているように見せて、他の
私を守ろうとしてくれている。本当にお優しい人。
「ウッドマン卿の心中お察しします。私も自分の目で見た事実を信じられません。しかし、鳶一愛は霊装を身に纏い、天使を振るいました。間違いなく、精霊になりました。」
愛は精霊になった。それを私は映像で何度も確認し、皆からその時の話を聞いたわ。
「しかし、その後の検査で一切霊力の兆候が見られないと?」
「仰る通りです。」
人間が精霊になる。それ自体は私という前例がある。驚愕の内容だけど、まだ納得できるわ。
でも、今の愛には全く霊力が見られない。それが理解できない。
私は恐らく五年前に精霊になったわ。それ以来、精霊として生きている。
私は自分を人間だと思っているけど、あらゆるデータは私を精霊と言っている。少なくとも生物として、私は精霊に分類されるわね。
でも、愛は人間だと判断されたわ。相変わらず、
精霊だと判断できる要素は全くない。全く意味が分からないわ。
「封印と違って全く霊力が観測できない。そうだね?」
「はい。」
私も含めて、封印された精霊は霊力の大半を失うわ。それでも、僅かな霊力が身体に残る。
レーダーで観測できなくても、精密検査をすれば精霊だと判断できるわね。例え、全く霊力を使っていなくても。
でも、愛はそれと違う。本当に全く霊力が観測できなかったのよ。
「一体どうなっているんだね?今すぐに装置を確認した方がいい。故障していたら、今までの報告全てが信じられなくなる。」
カートゥーンに出てくる意地の悪い猫のような男、ギリアン・オムステッドが言及してくる。的外れなことしか言わないわね。
その程度のこともしていないと思われてるのかしら?随分と舐められたものね。
「装置の確認は済んでおります。士道と精霊たちのデータは、以前の検査と変わりありません。愛が特例だと思っております。」
努めて感情を込めないように事実を述べる。でないと怒りか呆れを込めてしまいそう。
「では、原因は何だというのだ?」
馬鹿丸出しの発言をするのはローランド・クライトン。何故、
とにかくうるさく吠えるだけで、脳みそが入っているのか怪しい。本能のままに行動する、犬未満の存在ね。
「それについてはまだ分かりません。ただ、愛の天使の能力ではないかと考えております。」
分かっていたら、こんな報告はしないわ。現状、推測すらできないほど謎な事態なのよ。
でも、他の精霊で見られない現象である以上、天使の能力が真っ先に候補へ挙がる。というより、それしか思いつかないのだけど。
愛は
うまく言えないけど、違う気がする。本質はもっと別のもので、その能力を使ってこの現象を起こしているとすると納得できるわ。
でも、こんなこと言っても揚げ足取りをされるだけ。後で、ウッドマン卿だけに話すつもりよ。
「映像を見ましたが、あの力は危険すぎる。もし、矛先が一般人に向けば甚大な被害が起こるでしょう。今すぐにでも攻略すべきだと、私は思いますよ。」
痩身の男、フレイザー・ダグラスが
本当は自分に危機が降りかかることしか考えていない癖に。しかし、言っていること自体はまともだから、反論できないのが悔しいわ。
「そうですね。しかし、鳶一愛は現状霊力がない上、
代わりに七罪を封印した方がいい。最低限、暴れないように楔を打ち込むのです。
彼が七罪を大事にしているのは、言動からも明らか。その七罪を支配下に置けば、実質彼を支配しているも同然と言える。」
オムステッドも同調しているわね。自分が悪者になりたくないこの男らしい、卑怯なやり方。
おまけに余計な尾ひれまでつけてくれちゃって。それが一番危険な行為だとどうして思い至らないのかしら。
「その通りです。今まで野放しにしていたのがおかしかったのですよ。今すぐに二体とも封印すべきです。」
クライトンも他の二人に合わせているわね。でも、何もわかってない発言をしている。
愛は封印できないから、七罪を封印って話を聞いてなかったのかしら?まあ、七罪も困難なことは変わりないのだけど。
「卿もそう思いませんか?攻略に乗り出しましょう!」
クライトンはそのままの勢いでウッドマン卿に促した。しかし、その意見は通らないわよ。
「君たちの意見も理解できる。しかし、それは現実的ではないのだよ。愛と七罪は親密な関係を築いている。二人のどちらを対象にするとしても、好感度を上げるのは難しいだろう。」
ウッドマン卿は
「卿は甘すぎる。弟子が相手だからと判断力が鈍っておりませんか?相手は封印していない精霊ですよ。」
愛はウッドマン卿に師事していた。私よりも長い間、二人を見ていたのよ。
どうして封印できないか、分からないわけないわ。
「確かに、私は彼のことを好ましく思っている。かつてないほどに優秀な子だからね。」
ウッドマン卿は愛のことを、孫のように大事にしている。愛がラタトスクに協力的なのも、この方の存在が大きいのでしょうね。
「しかし、それとこれとは別の話だ。彼はラタトスクに協力を持ちかけた時点で、七罪の封印を禁止している。それを破れば、彼らはラタトスクと決別するだろう。それが、一年間彼らを見ていた私の見解だ。」
ウッドマン卿は冷静に論理を展開しているわ。自分が絆されているわけではないと証明するために。
「そうなればどうなる?二人の精霊の刃が、どこに向かうかは分からない。彼らは君たちの喉元を狙うことを躊躇わないだろう。
彼は精霊化なしでも、
「そ、それは……。」
ウッドマン卿の静かな脅しは愚かな
愛はアメリカで山ほどの
愛は躊躇しないわよ。今日の記録を見せたら、ウッドマン卿を除いた
「しかし、このまま放置するわけには……。」
オムステッドが苦しい反論をしているわ。でも、言いたいことも分かるのよね。
私も封印したいと思っているわ。できるものなら。
「諸君らの心配は最もだ。だから、私が日本に出向こう。」
「卿自らですか⁉」
ウッドマン卿は大胆に出た。これは私も驚いたわね。
でも、いい策かもしない。
「私がラタトスクで一番、彼の信頼を得ていると思っている。勘違いでなければ、彼は私の言葉を聞いてくれるだろう。」
自信過剰ではないわね。むしろ控えめなくらい。
愛が
愛の才能も凄まじいけど、この方の協力なしではあれほど強くなれなかった。
愛もウッドマン卿には頭が上がらない。それだけ、愛にとってこの人の存在は大きい。
「そうだな……二か月ほどで仕事を片付けよう。その後はしばらく日本に滞在する。二か月の間は、愛と連絡を取って勝手なことをしないよう言っておく。それで構わないかね?」
「卿がそこまで仰るなら……。」
ウッドマン卿は本気で動いた。この人には感服するしかない。
「そういうわけだ。五河指令、準備をしておいてくれ。」
「了解しました。お待ちしております。」
私はウッドマン卿に最敬礼をした。
♦♦♦
琴里は
「ふん、いい気味よ。欲呆けたことばっかり言ってくれちゃって。これだから、現場を知らない脳足りんは嫌なのよ。」
ウッドマン以外のメンバーを、ことごとく罵倒している。シンにするのとは比較にならない勢いだ。
「……ふむ、上は面倒な意見を持っているようだ。」
「そうよ。実態も知らない癖に、愛を封印しろとか七罪を封印しろとか言ってくれちゃって。できるなら、とっくにやってるわよ。」
琴里は激しい鬱憤を吐き出す。仕方がない。
封印していない精霊を近くに侍らせる。その行為に一番苦悩しているのは琴里だ。
「あの二人は、士道を差し込む余地がないくらいべったりなのよ。しかも、とうとう付き合っちゃったんでしょ。封印なんてできるわけないじゃない。」
最近、愛は七罪と付き合い始めたと惚気ている。本人は幸せなのだろうが、琴里にとっては悩みの種だ。
なにせ、それは士道の好感度を上げることを困難にする。まだ付き合っていなかった以前なら、まだ言いわけができた。シンが七罪を奪い取ったとしても、『さっさと付き合わなかったのが悪い』と。それなら、愛も閉口したかもしれない。
でも、今は誰がどう見ても横恋慕になる。それを愛がどう思うか?……考えたくもないな。
士道に七罪を取られることを想像したとき、あの子は深淵の闇のような目を見せた。あの目は私ですら、平常心で見ていられない。
今七罪に手を出したらどうなるか分からない。馬鹿なことをしないで欲しいものだ。
「これは黙っておいて良かったわね。こんなことを話していたら、何を言われるか分かったものじゃないわ。」
琴里がぴらりと一枚の紙を出す。
「これは?」
「愛の精霊化したときの観測記録よ。」
それを受け取って内容を確認する。そこには様々なデータが記載されていた。
その中で一つ、目立つように色を変えている項目がある。
「……これは……。」
「わけが分からないでしょ。私も頭を抱えているのよ。どういうことなのかしら?」
そうか、こうなってしまうのか。私は理由が分かるが、琴里たちには謎のデータになってしまうな。
これを大勢に知られてしまうのは不味い。愛本人に伝えていいかすら分からない。
あの子は何を知っていて何を知らないのか、私も見当がつかない。
おそらく、自分のことはほとんど知らない。なのに、始原の精霊のことは知っている。
あの子の情報網は謎だ。何が起爆剤になるか分からない。刺激はなるべく減らすべきだ。
「琴里、これを今知っているのは誰だい?」
「私の他には、直接確認した椎崎とウッドマン卿だけよ。あと、副指令の神無月にも話しておこうと思ってる。……正直、あんまり広げたくないわね。」
不幸中の幸いだ。今ならまだ拡散を抑えられる。
「私も賛成だ。これは愛にも黙っておいた方がいい。もし、これを聞いたら……再び精霊化するかもしれない。」
「……あり得ない話じゃないわね。分かったわ。
愛と七罪も含めてこれは黙っておきましょう。いずれは知るかもしれないけど、わざわざパンドラの箱を開ける必要もないわ。」
そう、これは本当にパンドラの箱になりかねない。
あの子が暴走したら、本当に世界が滅びるかもしれない。それほどにあの子の力は恐ろしい。
他人の天使の能力を
比較的攻撃性の低い
それに、あの子は自分の天使を使わなかった。愛自身の身体を作り変えた、本来の天使の力を。
どんな能力か分からないが、軽視しない方がいい。もしかしたら、コピーよりそっちが厄介かもしれない。
その上、あの子の身体は未完成。完成したら、どれほど強くなるか?
天宮市が丸ごと焦土になる。それで済んだらいい方だ。
少なくとも、死神のように死をばら撒くのは確実。今回よりも事態がマシになることはあり得ないのだから。
「ウッドマン卿に感謝しないといけないな。七罪と鳶一折紙を以外で、愛の枷になれるのはあの人だけだ。」
暴走を抑える鎖が一本でも多く必要になる。
力で抑え込むことは難しい。愛の心を縛らないといけない。
本当は、七罪か鳶一折紙のどちらかだけでも引き込みたい。でも二人とも、ラタトスクを信用していない上に完全に愛の味方だ。
今はウッドマンの力を借りるしかない。それが一番マシな止め方だ。
「そうね。私も士道もそこまで信用されていないし。一番関係が深いのは四糸乃かしら。」
そうか、四糸乃もいるのか。
四糸乃は愛とも七罪とも良好な関係を築いている。四糸乃の言葉なら、愛を止められるかもしれない。
「でも、四糸乃を利用したと思われてはいけないな。純粋な四糸乃を利用したと思われたら、返って怒りを買う。」
「そうなのよ。あの二人はそういうのに目ざとく気づくわ。」
四糸乃なら愛を止められる可能性は高い。しかし、あくまで四糸乃の意思で止めないといけない。
操り人形にするのはダメだ。そんなことをすれば、返って怒りを買う。
愛が精霊化していなくても、二人の怒りを買うのは危険だ。その前提ですら、ラタトスクを潰す可能性がある。
「それに、保護対象の精霊に頼るのもどうかと思うし。もしものときはともかく、基本はラタトスクが対処するわよ。」
「……それがいい。」
ラタトスクは精霊を保護するための組織。上層部は利用を考えている人間が多いようだが、琴里はそうでない。
本気で精霊を安全に生活できるよう考えている。優しい子だ。
だからこそ、愛と七罪はある程度琴里に信を置いている。この関係を保たなければ。
「頭の痛い問題だね。」
「本当にね。」
私が
早めに愛を説得する材料を探さないといけないな。七罪から
地味に大事な情報が多い話になりましたね。ウッドマンが愛君の師匠というのも初公開でしょう。でも、今までのことを考えると納得できませんか?
さて今回の裏話について。愛君とウッドマンの関係について。
愛君はアメリカに行ってすぐウッドマンの弟子になりました。ウッドマンは残り少ない活動時間を使って、相手してくれたこともあります。この人が殺されたら、敵討ちしに行くくらいには尊敬しています。