フラクシナス管制室の一番高い席。そこから琴里は僕たちを見下ろしていた。
腕を組んでふんぞり返り、チュッパチャプスをピコピコさせている。他のクルーは固唾をのんで見守っている。
「愛、今からあなたに任務を与えるわ」
重苦しく口を開いた琴里。僕たちの感想は……
「威厳を出したいのは分かるけど、さっさとやってよ。今日は時間かけてカレー作ろうと思ってるんだから」
『どうでもいい』の一言だ。琴里の威厳に興味はない。
「そういうことを言うんじゃないわよ。琴里も中学生なのよ。かっこつけたいお年頃なんだから」
七罪はフォローする振りして刺しに行ってる。扱いが子供に対するそれだ。
「あんたら私を何だと思ってんのよ!一応あんたらの上司よ!」
琴里は威厳を忘れてツッコミに回ったようだ。僕たちの扱いの雑さに物申している。
「いや、忘れてはいないよ。琴里は優秀な管理職だと思ってる。いつも胃をキリキリさせながら頑張ってるもんね」
「誰のせいよ!あんたのせいで、最近は胃薬が手放せないのよ!」
琴里は最早絶叫している。司令官って大変だな~(棒)
誰かさんのせいで、対処しないといけない仕事が増えてるだろうし。ストレスが原作の倍になっているかもしれない。
「ふふふふふ、あんたの余裕そうな顔も今日までよ。忘れてないわよね、私の我儘を聞いてくれるって話」
琴里は狂ったように笑っている。深夜残業中に頭がおかしくなった人みたいだ。
「そういえば、そんな約束したね」
僕は琴里とした約束を思い出していた。狂三と交渉するとき僕たちが我儘を通したから、今度は琴里の我儘を聞く約束だった。
「どんな内容なの?あんまりにもアホな内容なら却下するわよ。」
七罪は腕を組んで琴里に釘を刺す。僕たちにも聞ける我儘と聞けない我儘がある。
『七罪を封印させろ』とかだったら絶対に聞けない。そんなことするくらいなら、ラタトスクを潰した方がマシだ。
「安心しなさい、愛ならできることよ。
なるほど、難易度はかなり高いと言うことか。琴里の悪そうな顔がそう言っている。
「鳶一折紙をスカウトしてきなさい!」
琴里はチュッパチャプスをビシッと向けて宣言した。清々しいくらいのドヤ顔だ。
「……ふーん、考えたね」
正直、琴里がそこまで辿り着くと思ってなかった。琴里の評価を見直さないといけない。
これ以上ないくらい上手いカードの切り方をしている。僕もこれ以上の”我儘”は思いつかない。
「鳶一折紙か……。まあ、欲しい人財よね。
七罪は微妙そうな顔をしながら納得している。七罪も多分背景を読み取れているのだろう。
姉さんはラタトスクにとって、二つの意味で喉から手が出るほど欲しい存在だ。
一つは僕の近親者という意味で。
重要人物である僕を動かせる、数少ない一人。僕も琴里の立場なら、姉さんを囲うことを考える。
DEMにちょっかいをかけられないため。自分たちの駒にするために。
もう一つは単純に戦力になるから。
姉さんは超がつくほど優秀な
今はDEMとの戦いも控えている。戦力増強に姉さんを加えるのは妥当だ。
「ASTを抜けることも、どこかから聞きつけたんでしょ?それで、今のうちに引き込もうというわけか。」
姉さんはASTに辞表を出して、受理待ち状態だ。近いうちに無所属の
ラタトスクにとっては美味しい状況だ。これを逃す手はない。
「相変わらずよく回る頭ね。あんたたちもう少し馬鹿になってくれないかしら?」
琴里は苦々しい顔をしながら、こっちを見ている。内心を全部読み取られたのがよっぽど応えたみたいだ。
「生憎だけど、十香や四糸乃と違って純粋じゃないのよ。変な真似したら――分かってるわよね?」
琴里と七罪の間で火花が散っている。やっぱ仲悪いな。仕方ないけど。
「それで、姉さんをスカウトしてくればいいの?」
「そうよ、やってくれるかしら?」
琴里は嗜虐的な笑みを浮かべている。琴里としては返事はどちらでもいいのだろう。
YESなら姉さんを引き入れられる。NOなら僕らに負い目を感じさせられる。
面白くないな。その余裕そうな顔を引きつらせたい気分だ。
「ほぼ確実にできる。その代わり、一つ条件がある」
琴里の願いを聞いた上で、琴里にダメージを与える作戦を考えた。思わず、邪悪な笑顔になってしまう作戦を。
大事な身内を変な組織に引き入れるんだ。それ相応のおまけがあってもいいだろう。
姉さんが欲しいものなんて決まっている。琴里なら用意することは難しくないだろう。
琴里が多少嫌がっても首を縦に振らせてやる。姉さんのために。
「……胃薬の量を増やしておいた方がいいわよ、琴里」
七罪が思わず琴里に情けをかけた。嫌な予感がしたのだろう。
七罪の懸念は大正解である。僕の要求を呑んだ琴里は、胃に大穴を開ける羽目になった。
♦♦♦
最近姉さんに会うため、週に二、三回は実家に戻っている。この家で寝泊まりするのもそろそろ十回を越えそうだ。
そのついでにスカウトをすることにした。
気になるのは七罪がついて来ていること。スカウトに口出しする気はないみたいだけど、どういう意図があるのだろうか?
僕の監視?姉さんの様子見?まあ、何にしても七罪なら上手くやってくれるでしょ。
僕はスカウトに集中だ。真那を引き込んだ手腕を見せてやろう。
「というわけで、姉さんもラタトスクに入らない?
待遇は僕と同じで自由出勤。
給料はASTより遥かに上。検討してもいい内容だと思うけど。」
「……事情は理解した。悪い提案ではない」
姉さんは少し考えて、評価を下した。『悪くない』という評価が姉さんらしい。
ここで飛びつくのは浅慮が過ぎる。疑ってくれた方が僕も助かる。
「懸念点がある?」
「その通り。信用できる組織ではない。あなたの話を聞くと、問題点がある」
一度騙されたから、敏感になっているのだろう。ラタトスクという組織の後ろ暗い部分に。
「そもそも、精霊を保護して何を企んでいるの?精霊を無力化することが最終目的だとは思えない。精霊を利用することを企んでいる可能性が高い」
姉さんには僕の現状について、ある程度話している。それに関連してラタトスクについても話した。
短い期間でラタトスクの怪しさに気づいたみたいだ。やっぱり、察しがいいな。
「それは正解。上層部の大半は精霊を利用して、碌でもないこと考えてると思うよ。蠅がたかるような性格してるから」
「じゃあ、なぜ協力しているの?かなりリスクが高い筈」
「一番上と現場の管理職が、ある程度信用できるからだよ。二人とも個人的に関係があって、人となりを知っている。そこが仕事をしている間は、協力してもいいと思ってる」
「……組織が一枚岩でない以上、問題が起こる可能性は高い。背中を預けるのはダメ」
「背中を預けていないよ。あくまで利害が一致しているから協力しているだけ。その関係が崩れたら、いつでも離反するつもりだよ。」
元々、ある程度ビジョンが合う後ろ盾が欲しかった。僕が知る限り、該当する組織がラタトスクしかいない。
他の組織はDEMに侵食されている。アレに関わるなんて論外だ。
最悪、七罪と二人でも動き回る覚悟はある。でも、可能ならラタトスクとは協力関係を維持したい。士道のこともあるし。
「……七罪はどう思う?」
姉さんはいきなり七罪に話しを振った。挨拶以降、一言も話していないのに。
「あんたが気になっているのは、
「その通り。それで、どうなの?」
「そういうことなら、多分あんたの懸念通りよ。それが悪いわけじゃんだないけど、こういうときはちょっとね……」
何か二人で随分高度なキャッチボールを始めた。その場にいる僕は分からないのに、二人は通じ合っている。
この二人、仲が良いのか悪いのか本気で分からない。普段は微妙な空気を醸し出しているのに。
「私も必要?」
「そうね、正直そうしてくれるとありがたいわ。私一人だと手に余るから」
何の話をしているのか全くわからない。でも、僕が仕事をできていないことだけはよくわかる。
この二人だけで共有している何かを前提に話をしている?そんなものあったっけ?
姉さんは目を閉じて考えている。かなり真剣に検討しているみたいだ。
「……わかった。ラタトスクに入る。それ以外に選択肢がない」
目を開けてすぐ、姉さんは溜息を吐いて答えた。『仕方ない』という感情がありありと伝わってくる。
「悪いわね、鳶一折紙。あんただけはどうしても必要なのよ」
七罪も感謝と謝罪が混ざった言葉を伝えている。あの七罪が素直に感情を伝えるなんて……。
二人だけで会話が完結してしまった。僕は口を挟む余地すらなかった。
「どういう流れでそうなったの⁉まったく理解できないんだけど!」
あの頑固な姉さんが即断なんて信じられない。最後の言葉から考えて、何かに強制された感じだった。
姉さんの行動を強制できる存在?そんなものがこの世に存在するの?
「まあ、あんたのおかげというか、あんたのせいというか……」
七罪は頬をかきながら気まずそうにしている。何か僕に話しにくいことでもあるの?
「問題ない。お姉ちゃんに任せておいて。あなたは心配しなくてもいい」
姉さんは自信満々な顔をしている。なぜか知らないけど、”お姉ちゃん”として振舞うの好きだよな。
「そんなこと言われても……」
「はいはい、無事終わったんだからいいでしょ。鳶一折紙が自分の意思で決めたんだから」
七罪は無理矢理話を終わらせてしまった。琴里から奪い取って来た、切り札を切るまでもなく。
釈然としないままだけど、これ以上続ける雰囲気でもない。僕の微妙な不機嫌は、二人の甘やかしによって誤魔化された。
♦♦♦
愛はお風呂に向かった。今なら愛に聞かれず、話ができる。
相手は憎たらしい弟の同居人。(恋人なんて言っているけど、私は認めない)姉として弟の状況を報告させないといけない。
特にあの子を危険に晒しかねない話は絶対に。
「先ほどの話について確認しておきたい。愛はラタトスクを信用し過ぎている、間違いない?」
あの子は口で言うほどラタトスクを疑っているように思えない。生活基盤から装備まで、全て依存している。そして、かなり深い人間関係を築いているようにも見える。
「前置きなしでいきなりなのね。あんたら姉弟は本当に自分勝手なんだから。……まあ、いいけど」
《ウィッチ》は面倒くさそうにしている。これはあなたの義務。素直に洗いざらい吐くべき。
「あんたの言う通りよ。愛はラタトスクをかなり信用してしまっているわ。
上層部の奴らは嫌いだけど、それ以外には心を開いている。令音に恋愛相談を持ちかけたときは、正気を疑ったわね」
《ウィッチ》は疲れた様子で今までの状況を話した。やはり、こいつは愛のボディガード兼カメラとして有用。
常に一緒にいて小さな変化を見逃さない。情報を要約する能力も高い。
そして、その報告内容は想像より悪いもの。愛はラタトスクの人間に、心の内を話せるほどになってしまった。
「どうしてそこまで……」
「愛の性格としか言いようがないわね。身内認定した人間にはとことん甘くなるし、甘えた態度を見せるでしょ。
あいつは今、ラタトスクのクルーを無意識に身内認定してしまっているのよ。本当、どうかしてるわ」
ラタトスクのクルーを身内認定……。あの子ならやりかねない。
愛はミリィを中心にASTの隊員にも甘えていた。だからこそ、隊長も敵とわかった上で攻撃することをかなり嫌がっていた。
「……それは厄介な状況」
「本当にね。愛は自分で思っているよりも、ラタトスクに情が移っているわ。しかも自覚がないのよ。
あの組織、私から見れば社会の闇を煮詰めたダークマターに見えるんだけど。金と技術力がなかったら絶対に協力しなかったわね」
《ウィッチ》は嫌そうな顔をしている。しっかりとラタトスクに嫌悪感を抱いている。
悔しいけど、《ウィッチ》は愛より状況がわかっている。ラタトスクは利用するだけにしないといけない。
愛もこういう精神状態で関わって欲しい気持ちはある。それができる性格ではないけれど。
「いざというとき、ラタトスクを離反することをためらう可能性は?」
ラタトスクがあの子を裏切ることを考えないといけない。あの子の代わりに、周りにいる私たちが。
「覚悟を決めたら、ためらうことはないと思うわよ。愛は一度決めたら、本当に何でもやる。家族を捨てて海外に行く奴よ」
「…………」
愛は一度私の元から去った。
家族想いのあの子が、そんなことをして平気なわけがない。きっと身を引き裂かれるような気持だった筈。
それでもあの子は断行した。ラタトスク相手でも、きっと同じことをできる。
嫌な思い出からの結論だけれど、だからこそ信憑性は高い。
「でも、覚悟をするならきっかけが必要になる。ウッドマン議長を切るしかないと思わせるようなきっかけが」
「ウッドマン議長?」
「ああ、まだ聞いてなかったかしら?ラタトスクのトップで愛の師匠よ。
人格者で優秀な
《ウィッチ》の発言と愛の性格を考える。愛は優秀な人間を好む。
そういう意味では、ラタトスクのトップなら愛は気に入るのも納得できる。あの子を受け入れる度量があるならなおさら。
「ちょっとやそっとで切れる関係ではないということ?」
「アメリカに行った直後、愛はあんたと離れて傷心だった。そういう状況で、愛の才能を認めて弟子にしたのよ。戦闘技術の話も私生活の話も何でも聞いてくれてたわ。
愛も甘えていたし、ウッドマン議長も可愛がっていた。私も
正直、あんまり信頼できる相手じゃないと思うんだけど。DEMの出身だし」
なるほど、《ウィッチ》すら安易に疑うことを言えない関係だと。それほどに強固な師弟関係。
敢えて言わなかったけれど、隠れている言葉は理解できる。『家族のよう』、きっとそのような関係だったに違いない。
「愛は放っておいたらラタトスクに近づきすぎるわ。だから、少し距離を取らせていたんだけど、意味はあまりなかったわ」
「一体何をしていたの?」
「わざと嫌われる言動を取ったり、愛とラタトスクの前で『仲間じゃない』って言ったりかしら。」
小賢しくて性格の悪い《ウィッチ》らしくない手段。こいつならもっと有効な手段が取れた筈。
……やらなかった理由はわからないでもない。それ以上のことをするなら、愛に負担をかけることになるから。
「私たちが引き受けるしかない。あの子ができないことを」
「そうね。愛は人を疑うのが得意じゃないから。そういう汚いのは私たちの領分でいいわ」
愛を無理に矯正をする必要はない。あの子はずっと無理しているのだから。
「ん?なんで二人ともそんな険しい顔してるの?」
愛はきょとんとしている。しがらみに囚われていない、あどけない子供の表情。
「何でもない」
「そうよ。女の会話に首突っ込むもんじゃないわ」
「?……まあ、別にいいけど」
あなたはそれでいい。少なくとも今は。
「ところで、特典があるんだけど要らない?」
「特典?」
「姉さんを確実に引き入れるため、琴里と
愛はニコニコ笑っている。『褒めてほしい』という言葉が聞こえてきそうな表情をしている。
この子が私のために用意したものなら、喜んで受け取る。例えどんなものを渡したとしても、ちゃんと褒めてあげる。
「一体何?」
「士道さんとデートする権利を……」
その言葉を聞いたとき、思考より先に身体が動いた。最後まで言い終わらない内に愛の元へ移動する。
愛の頭を優しくなでる。最高のプレゼントへの感謝を伝えるため。
「やはり、あなたは姉想いのいい子。こんなに素晴らしいプレゼントはない」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいよ。僕もいいデートになるよう、アイディアを出すから」
頭をなでると、愛は照れながら笑っている。功労者にはしっかりお礼をしないといけない。
この子はお姉ちゃんに甘えるのが大好き。しっかり甘えさせてあげないと。
数分間、姉弟の時間を二人で楽しんだ。今日はとても素晴らしい日だった。
夏休み編でもほどほどに話は進めないと。折紙が純粋な
今回の裏話を。ウッドマンが愛君を見出した理由について。
愛くんは軽い気持ちで