『どうしてあんな勝負を仕掛けてんのよ!あんた素人でしょ!そんな場所に来ているような奴に敵うわけないじゃない!』
「いや、勝負を仕掛けたのは俺じゃなくて折紙なんだけど……」
琴里の言葉は俺じゃなくて折紙に向けてほしい。俺はあんなにビリヤードが上手そうな奴と勝負したくない。
確かに馬鹿にされたことはかなり悔しい。俺は折紙の金魚の糞扱いだった。
でも、俺が勝てるビジョンなんて浮かばない。無様でも逃げた方がマシだ。
『士道、そこから逃げちゃいなさい。あとはラタトスクがなんとか……』
『ちょっと待って琴里!』
逃げるこことを勧める琴里の言葉を遮って、愛が会話に割り込む。
『士道さん、その勝負受けた方がいいですよ』
「どういう意味だよ、愛?」
急に変なことを言い始めた愛に、思わず変な顔になってしまった。愛は折紙と少し違う意味で場を乱す。
『負けたとしても、最悪、その店に出入りできなくなるだけです。そもそも、その男に士道さんと姉さんの行動を制限する権利も力もありません。
ノーリスクで名誉挽回するチャンスですよ。受けた方がいいですって』
「……どうせもう二度と会うことはない相手だ。そんな奴から何を思われていてもどうでもいいさ」
愛の独自の視点からの指摘には驚かされることも多い。だが、今回は刺さらなかった。
『悔しくないんですか?あれだけ馬鹿にされて』
「…………」
愛の言葉は見ないようにしていた傷を暴き出した。俺自身あの言葉が応えていたことに今気づいた。
『僕は我慢できませんね。”五河士道”という人間を過小評価されていることに』
愛の言葉には怒りの感情が込められている。俺が馬鹿にされたことを自分のことのように怒ってくれている。
「買い被り過ぎだ。俺はそこまで言ってもらえるような男じゃない」
愛の怒りは嬉しい。訂正できるものならさせたいけど、あの男の言葉は正しいと思えてしまった。
『いいえ。悲劇の渦中にいる人へ寄り添う姿勢、絶望的な状況でも諦めない精神力、とっさの対応力。士道さんにはいいところが沢山あります。
あなたは発展途上。これから大きな器になるのに、今卑屈になってどうするんですか?
僕はあなたのことを尊敬しています。大事な姉を任せたいと思えるくらいには』
「愛……」
愛は言っちゃ悪いけど、かなりのシスコンだ。そんな奴が折紙を任せたいと言うなんて……。
素直に伝えられた言葉に胸が熱くなる。そんなことを思ってくれていると、考えもしなかった。
「俺のこと、嫌いじゃなかったのか?」
愛とはいつも口論してばかり。ずっと嫌われているものだとばかり思っていた。
『士道さんの主義が僕の主義と合わないだけです。その人が真剣に考えて出した結論なら、否定する気はありません。
姉さんが好きになったのがただのボンクラなら、応援なんかしません。士道さんが芯のある素晴らしい人間だから、応援しているんです』
「……そうか」
やっぱり、変わった奴だ。でも、嫌いにはなれないな。こんなに好意を露わにしてくれるんだから。
『何かあっても僕が対処します。勝負してきてください、全力で』
流石にここまで言われて逃げるほど臆病者じゃない。
「なあ、愛?」
『なんでしょう?』
「この勝負に勝っても、俺のためにしかならない。それでも、やっていいんだな?」
これは完全な俺のエゴだ。俺のエゴに他人を巻き込んでいる。
『やってください。そういう士道さんを僕も姉さんも望んでいます』
「わかった、勝負してやる!」
俺も覚悟が決まった。
『ちょっと、士道。何決めてるのよ。愛に乗せられてるじゃない』
琴里が弱弱しく止めようとする。流され気味な俺にストップをかけてくれたんだろうな。
本当に悪い兄ちゃんだ。妹に面倒な役回りをさせて。
「悪いな、琴里。乗せられてるのはわかってるけど、俺も挑戦したくなったんだ」
俺は覚悟を決めてビリヤード台に向かった。
『あー、もうわかったわよ。好きにしなさい』
琴里は諦めたようで、投げ槍に言ってきた。
♦♦♦
ビリヤード台に俺と折紙、そして金髪の男が集合した。ピリピリとした空気が肌を刺す。
周りの客は面白い催しでも観るかのような雰囲気だ。軽食片手に席をこちらに向けている人までいる。
「逃げると思ってたんだが、まだ残ってたか」
金髪の男の視線は俺の方に向いている。嘲笑を織り込んだ視線は、火の点いた心の燃料になる。
「覚悟ができたからな。やれるだけやってやるよ」
「はっ、気に入らねえな。実力がない癖に粋がりやがって。徹底的に叩き潰してやるよ」
男の目が獰猛な獣のようになった。向こうもスイッチは入ったみたいだ。
「それで、勝負の内容は?」
「ナインボールだ。テメーらもさっきやってたから、ルールはわかるだろ。
そっちは二人連続で打っていい。どっちか一人でも九の球を落としたらそっちの勝利だ。」
折紙の質問に対して、金髪の男は簡潔に答える。
勝負の内容はシンプルなナインボール。その名の通り、九の球を落とした方が勝ちというものだ。
そして、与えられたハンデはびっくりするほどこちらを有利にする。
「つまり、こちらだけ毎順二回打つということ?」
折紙の言う通り、このままなら俺たちは相手の倍の回数打てる。ビリヤードは自分の手番でしか得点できないから、普通は勝負が成立しないほどのハンデだ。
「そうだ。どうせまともに打てもしない奴がいるんだから、丁度いいハンデだろ?むしろ、ファールして俺にチャンスをくれるかもしれないなー」
折紙の問いに対して、金髪の男は挑発するように、語尾を上げて笑い返す。俺は本当に舐められているようだ。
「あなたは自らの発言を後悔することになる」
最早視線だけで人を殺せてしまいそうな折紙の瞳。普段なら止めるけど、今は俺も応援する側だ。
「そうだな。すぐにルール変更を要求させてやるよ」
俺もこの男には怒ってるんだ。その余裕な態度を崩してやる。
「これだけハンデをやったんだ。ブレイクショットは俺が貰うぞ」
「構わない」
折紙は金髪の男に先行を譲った。あれだけ大口を叩く男の実力はどれほどのものか。こぶしを握りしめて見守る。
「嬢ちゃんは教科書通りのきれいな打ち方をする。基本はあれでいい。ただ、こういう変わった打ち方もあるんだぜ」
男は左足を軸にして身体を振り子のように揺らす。そして球に集中して、何度もタイミングをはかる。
観戦している客も含め、店内は静寂に包まれる。男の体重移動の音だけが聞こえる。
やがて、大きくキューを引いて身体全体で球を強く叩いた。カンと大きな音を立てて球はぶつかり、ビリヤード台の中で暴れまわる。
球が壁に何回当たった後も勢いがなかなか消えない。
そう思っていると、赤い球が勢いよくポケットした。このままだと、次もこの男が打つことになってしまう。
手玉が落ちてくれることを心の中で祈る。
しかし、手玉ではなくむしろ青い球が落ちてしまった。手玉は程よい場所で止まり、次打つのも困らない。
完全に都合のいい状況を金髪の男は作り上げてしまった。
「二つも落ちたか。今日は運がいいな」
金髪の男は今のショットの結果を見て、笑みを浮かべる。とても満足そうだ。
しかし、こちらは戦慄してしまった。実際にナインボールをしていた身としては、目の前の光景が信じられない。
「一番最初って、球を落とすよりも次に打ちやすい形にするのが目的なんじゃないのか?」
「それが定石の筈。ブレイクショットで球を二つも落とすのは、おそらく普通ではない」
折紙も俺の意見を肯定して、険しい目をしている。
最初は一から九までの球が固めておいてあるから、上手く転がらない。狙った所に移動させるなんて相当な難易度だ。
それをいきなりやってのけた。あの男、言うだけあってめちゃくちゃ上手い。
「確かに、ブレイクショットで無理にポケットを狙うのはいいことじゃない。下手すると、手玉を落として無様を晒すからな。
だが、土壇場で勝負できない奴は二流。こういう選択肢もあって初めて一流だ」
俺たちの会話を聞いていた金髪の男は持論を語る。説教臭いけど、アレの後だとかっこよく思えてしまう。
「さて、どんどん行こうか」
金髪男の番が続く。その後、男は連続で四回も打ち続けた。
「さあ、嬢ちゃんの技術を楽しませてもらおうか」
金髪の男は壁に身体を預けて、ビリヤード台を楽しそうに見つめる。折紙はそれを一瞥してから、球に集中しなおす。
残っている球は九を含めて四つ。次、あいつに回したらこのゲームは負けると思っていい。
折紙と俺の番で九の球を落とさないといけない。ここは大事な一手だ。
折紙は壁に向かって手玉を打ち出す。壁にぶつかって反射した球は、最も小さい六の球にぶつかる。
そのまま六の球は真っ直ぐ転がり、穴に落ちる。
これで次も折紙の番だと安心したのも束の間。勢い良く転がり過ぎた手玉はビリヤード台の反対側まで転がっていく。
なんとか穴には落ちなかった。でも、九の球の近くで止まってしまった。
「ちょっと強く突きすぎちまったなー。このままじゃ次にポケットするのは難しいぞ」
「くっ!」
金髪の男の言葉を聞いて、折紙も悔しそうにする。
よっぽど器用に打たないと九の球に当たってファールになっちまう。でも、九の球に当てないよう頑張って打ったら、球を落とすことは狙えない。
折紙でもこの状況の打開は無理だ。何とか次の七の球に軽くぶつけるのが精一杯だった。
「士道、ごめんなさい。たった一球しか落とせなかった」
「いや、運がなかっただけさ。折紙は十分やったよ。後は任せろ」
軽く手を叩いて順番を交代する。折紙の頑張りは無駄にしない。
キューを出して構える。
折紙が球の位置を調整してくれているから、かなり打ちやすい。真っ直ぐ転がしたら、そのまま一番小さい七の球に当たって落とすことができる。
「さーて、まっすぐ転がすことはできまちゅかー?くっくっくっ」
金髪の男が馬鹿にする言葉をかけてくる。イラっとするけど、無視して集中する。
球の中央より少し下に当てて真っ直ぐ打ち出す。七の球にぶつかった手玉はバックスピンして俺の方に戻ってくる。
そして、壁際で止まった。次の八の球を何とか狙える位置だ。
なんとかイメージ通りにできた。さっきのファールだらけとは大違いだ。
「流石にあんよはできるみたいだな。まあ、その程度のレベルの奴が、その状況で頑張れるかは見ものだが」
金髪の男はまだ俺を馬鹿にしている。
「あんよができるだけの赤ん坊が怖いことを教えてやるよ」
自分で減らず口だとしか思えない言葉を吐く。こんなの強がりでしかない。
あれがただの基本というのは事実だ。俺は真っ直ぐ転がしただけ。
一方、次はビリヤード台のど真ん中に止まっている八の球を落とさないといけない。手玉との位置関係を考えたら、相当器用に転がさないと八の球を落とせない。
軽く汗をぬぐって、次の位置で構える。頭の中で軌道を描くけど、さっきと違って思い通りに転がるイメージができない。
喉が痛いぐらいに渇く。手を震えないようにするので精一杯だ。
「士道、落ち着いて」
キューが球から離れているタイミングで、折紙が俺の肩を叩く。ハッとして振り向くと、心配そうな折紙の顔があった。
「折紙……」
「肩に力が入り過ぎている。そのままでは本来の実力を出すことなんてできない」
折紙は真剣に話す。目を離さないでしっかりと。
「……あの男の言葉に踊らされる必要はない。士道は、確実にできることをするだけでいい」
「え?」
「士道は頭が固くなっている。あの男の真似なんてできないし、そんなことをする必要性はない」
折紙は何かを気付かせるようとしている?俺はもしかして何か見落としているのか?
改めて状況を見つめなおす。ビリヤード台の前面をじっくりと。
そこで、ようやく気付いた。俺は難しいことをする必要なんてなかったと。
「ありがとう、折紙。視野が狭くなってたよ」
「よかった。今の士道の実力なら、問題なく勝てる。」
折紙は柔らかい言葉で応援をくれた。その言葉を聞いて勇気が湧いてくる。
肩の力を抜いて大きく位置を変える。微妙に斜めに当てたら、大丈夫だ。
適度な力をかけて手玉を打ち出す。イメージ通り、斜めに八の球にぶつかった。
そして、八の球はコロコロと角に向かって転がっていた。
その先にあるのは九の球。折紙を阻んでいた九の球は、連鎖で落とすのには絶好の位置にある。
八の球はこつんと九の球に軽く当たる。当然、九の球はゆっくりと動き出す。
そのまま静かに転がり、穴に吸い込まれていく。カランという音が静かな店内に響き渡る。
「九の球が落ちた?ってことは……」
目の前の事実が信じられない。何が起こったか理解しているのに、心が追い付かない。
「私たちの勝利」
「や、やったー!勝ったんだ、俺たち」
折紙の勝利宣言にようやく『嬉しい』という気持ちがわき上がってくる。ガッツポーズを取って、勝利の喜びを噛みしめる。
「嘘……だろ……」
金髪の男は茫然としている。馬鹿にしてた奴の手で負かされたのが信じられないみたいだ。
「チクショウが、ふざけやがって。こんなことがあるかよ」
男は立ち直ってすぐに怒りを露わにして、壁を殴りつける。腹に据えかねてるみたいだ。
「その発言はおかしい。あなたは士道が勝利する可能性を認識していたはず」
「ああ?」
折紙の指摘に金髪の男は鋭い眼光を返す。しかし、折紙は全くひるまない。
「あなたほどの実力者が、あの勝利法に気付かないわけがない。だからこそ、士道を挑発してそこに意識を向けないようにしていた。意識しての行動かは分からないけれど」
「………………」
男は黙り込んだ。少し挙動不審になっている。
図星を突かれてか、無意識の行動を指摘されてかは分からない。でも、折紙の指摘は間違ってなさそうだ。
「約束は守ってもらう。士道に謝って」
折紙は有無を言わせぬ口調で謝罪を要求する。そのために勝負を仕掛けたのだから。
「二打とも今日始めたばかりの素人とは思えないものだった。あれを見て見ぬ振りしたら、競技者失格だな」
金髪の男は天井を見ながらひとり呟く。その言葉は男の心からの言葉としか思えない。
「……悪かった。お前は何の取り柄もない男じゃなかった」
男は少しためらいながらも、しっかりと頭を下げた。見た目よりも、律儀な奴みたいだ。
「あんたは強かったよ。ハンデなしじゃ絶対に勝てなかった。色々言う権利はあると思う。
ただ、もうちょっと周りに優しくなってもいいんじゃないか?誰でも最初は素人なんだから」
こいつのことはあんまり嫌いになれない。口は悪いし行動は褒められたものじゃない。
でも、それだけビリヤードに真摯に向き合ってるってことだと思う。それがいい方向に行ってくれたらなってのが俺の願いだ。
「そう……だな、悪かった。俺はもう少しで芽を潰すところだった」
金髪の男は憑き物が落ちたようにさわやかな顔をしている。その後、少しの間ビリヤードを教えてくれた。
♦♦♦
「なんとか、勝ったわね」
琴里は自分の席でだらんとしている。ずっとヒヤヒヤしてみていたからな。
「……ふむ、琴里とは対照的に君は終始落ち着いていたね。シンが勝利するとわかっていたのかい?」
令音さんが尋ねてくる。僕の態度が気になったようだ。
「勝つ可能性は低いと思っていました。でも、士道さんにはあの男の認識を覆すだけの実力はありましたから」
「……ほぅ」
令音さんは興味深そうにしている。僕は言葉を続ける。
「ビリヤードは基本が八割です。真っ直ぐ打つことと反射を利用すること。これができれば十分ゲームは成立します。
士道さんはそれができていました。地力は姉さんと大差ありません」
「……なるほどね」
あの男のような技術は、どうしても状況を打破できないときの最終手段だ。初心者はやらなくていい。
物事はなるべく単純に成立している方がいい。ビリヤードに限らず、ありとあらゆることに通じる真理だ。
「折紙が上手く見えるのは鋼の心臓のせいよ。あいつ、感情で腕が鈍らないから。視野も広いし」
七罪が姉さんについて言及を加える。
七罪の言う通り、姉さんの技術はメンタルに影響されないし、状況判断もできる。結果、再現性が上がって上手く見えてしまう。
「それでも、勝利できたのは士道さんの上達速度の賜物です。バックスピンによる位置調整や連鎖といった、地味に難しい技術を使っていましたから」
士道さんの見せた技術は細々としていて目立ちにくい。金髪が見せたような派手さはない。
しかし、大事なことだ。勝利には欠かせなかった。
「さあ、デートもとうとうクライマックスですよ」
この瞬間のために僕も姉さんも全力を尽くしたんだ。期待しようじゃないか。
♦♦♦
あれから約一時間後。俺たちは、カウンター席に並んでディナーにしていた。
もうすっかり遅い時間になっていて、窓の外では星が輝き始めている。そろそろ帰らないといけないな。
「ごめんな、折紙。折角のデートなのに、最後の方は変な感じになっちまって」
デートという今日の予定なんて、頭から完全に抜け落ちてしまっていた。流石にないな――そう思ってしまう。
「そもそも、勝負を仕掛けたのは私。士道は何も悪くない。それに……」
「それに?」
折紙は俺を気遣う言葉に続けて何か話そうとしている。一体どんな話だろうか?
「士道に惚れ直した。新しい士道の魅力が見られて、私も満足している」
「そ、そうか……」
あまりに火力の高い言葉にドキッとしてしまう。ストレートな好意は効果が強すぎる。
「士道、今日はどうだった?」
折紙はこちらの真意を推し量るように見つめる。
「本当に楽しいデートだったよ。ありがとう、折紙」
今日のために折紙が必死に準備してくれたことはわかる。それだけあって、とても楽しかった。
ドキドキヒヤヒヤさせられる場面も多かったけど、それも含めて楽しい一日だった。また、こんなデートをしてみたいと心から思う。
「……そう、とても嬉しい」
短い言葉だけど、折紙の気持ちが伝わってくる。溢れんばかりの幸せそうな感情が。
「士道、頑張ったご褒美が欲しい」
「ご褒美って……っ⁉」
折紙の方に向き直って、その意図がわかった。
折紙は唇に指を当てている。キスをして欲しいって、意味……だよな。
「わかったよ。今日はデート……だもんな」
「その通り。デートの最後は、そのように締めるもの」
折紙の肩を軽く抱きしめて、唇を見つめる。折紙は目を閉じて、待っている。
今までキスをしたことは何度もある。でも、それは全て霊力の封印のためだ。
こんな風に、純粋な意味でキスをするのは初めてだ。そう思うとドキドキが加速する。
手に力を入れると、折紙の肩に力が伝わる。しかし、折紙は抵抗を見せるどころか俺の背中に手を当てて強く求める。
「来て」
短くも強い想いの籠った言葉に背中を押される。そして顔を前に進める。
ゆっくりと近づいて唇を合わせる。じっくりとする度胸なんてないから、本当に一瞬触れるだけ。
それなのに、今までのキスと同じくらい心を揺さぶる。唇を合わせていた時間は過去一番短いのに。
唇が火傷したみたいに熱くなる。この瞬間を刻み込むような熱だ。
互いの息遣いが耳に響く。混ざり合って、一つになったみたいだ。
心臓のうるさい音はずっと聞こえる。でも、俺一人の分じゃない。
折紙も同じようにドキドキしている。触れた部分を通して折紙の鼓動が伝わってくる。
「これ以上ない、報酬……だった」
やがて折紙は目を開けて静かに微笑む。とても満足そうな笑顔だ。
俺の背中に添えていた手を滑らせて胸に当てる。俺の心臓に触れるように。
折紙とは思えない妖艶さがある。
「俺も、メチャクチャドキドキしたよ」
その目線を見ていられずに顔を逸らしてしまった。このまま見ていたら、どうにかなっちまう。
色々と大変なデート回でした。折紙の行動がGPTのポリシーに引っかかったり、思い付きでいれたビリヤードの勉強したり。まあ、いい話になったかと思っています。
今回の裏話。愛くんの士道への印象について。
愛くんは士道に主人公や正義の味方としての活躍を期待しています。それは『その方が都合がいいから』という側面もありますが、それ以上に『士道が人間的に好きだから』というのが大きいです。
愛くんはシンプルに芯の強い人間が好きなんですよ。自分の願いに殉じる人間なんて大好物です。こいつヤベーな。