「今日は皆さんに新しいお友達を紹介します。入ってきてください」
四糸乃と愛の間に挟まれて教室に入るわ。まるでドナドナされる牛のように。
好奇の視線に身体を貫かれて、ずっと気持ち悪い。私こういう――死ぬほど嫌いだったわ。
「い、五河四糸乃……です。皆さん、よろしく……お願いします……」
四糸乃が少したどたどしくしながらも、ぺこりと頭を下げる。四糸乃の可愛さにひれ伏した愚民共が賞賛の拍手を送る。
次は私の番。嫌味で短い自己紹介をして嫌われる。そうしたら、それ以上誰も話してこない。
大丈夫。過呼吸一歩手前の呼吸をして言葉をひねり出す。
「き……つみ……す。……しの……あいで……だけ……ちと……くする……ないから」
ひねり出したつもりだった。でも、ほとんど掠れて自分でも何言ってるか分からない。
身内以外と話すのなんて、久しぶり過ぎて全然うまく喋れない。
ははは、私はやっぱりコミュ障なのよね。普段、偉そうにしていても一歩外に出たらこれだもの。
ちゃんと聞き取れなかったから、より一層視線が強くなる。ああ、早く消えてなくなりたい。
「鏡野七罪です。四糸乃の付き合いで来ただけで、あなたたちと仲良くするつもりはないから」
「え?」
隣から私が言うつもりだった言葉が聞こえた。そっちを見ると、女の子に変身させた愛が凛としている。
「緊張してツンデレになってるみたいです。上がりやすい子だから、優しく接してあげてください」
愛は続けて私の自己紹介を代行してくれた。勝手にフォローまでつけて。
「私は鳶一愛です。七罪や四糸乃とは仲良くしています。よろしくお願いします」
そのまま自分の自己紹介に繋げる。長い間ラタトスクとの付き合いを押し付けてきただけあって、場馴れしてるわね。
「は~い、三人ともありがとうございます。体験入学という形なので一日だけですが、皆さん仲良くしてあげてくださいね」
『は~い』
教師の言葉に従って、元気よく返事をする生徒たち。
「……っ」
その大音量を聞くと、ビクッとなってしまう。
何でこんなに無駄に威勢がいいのかしら?返事なんて最低限の声量で十分だと思うんだけど。
「大丈夫、落ち着いて」
隣の愛が肩に手をかける。顔を見上げると、目配せをしてくる。
「愛……」
「あの子たちは物珍しい相手に興味を持っているだけ。怯える必要はないよ」
それだけ言って壇上から降りた。
なんなのよこの感情は。私はどういう目で今の愛を見たらいいのよ。
ちょっとかっこいいじゃない。今のあいつは女の子なのに。
♦♦♦
空いた席は全部離れ小島。四糸乃とも愛とも話すことは難しいわ。
だから、顔も知らない奴らが話しかけてくる。せめて、琴里に話しかけてほしいと思う日が来るとはね。
話しかけてくるやつとは視線を合わせず、返事もしない。こうしている内に、そのうち誰も話しかけてこなくなったわ。
私は人と関わるストレスに悩まなくて済む。向こうも私なんかと話をする必要がなくなる。ウィンウィンね。
「七罪!」
そう思っていたら邪魔が入ったわ。後ろから人形のように抱かれる。
感触が違っても、抱き方が一緒ね。見なくても誰かすぐわかるわ。
「何よ、愛……っ⁉」
後ろを見ると、予想通り愛がいたわ。でも、その後ろにぞろぞろと沢山引き連れている。
それを見て、身を竦めてしまう。その視線一つ一つが私を貫くレーザーのよう。
「何でそんな奴ら引き連れてきたのよ?」
愛にだけ聞こえるように小さい声で話す。それを聞いて、愛は嫌な予感のする笑顔になったわ。
「七罪を布教しに来た」
「………………は?」
ちょっと何言ってるかわからない。脳が理解を拒んでる。
「七罪のいいところを知って、好きになってもらうために連れてきたんだ。ここにいる人は私の話を聞いて、七罪に興味を持ってくれた子だよ」
心の底から楽しそうに話す愛。当事者の意見は完全に無視した上で。
「だぁ~、チクショウ!そうよね、あんたは愛よね!」
油断してた私が悪かったわ。こいつは手綱を離したら、好き勝手に暴れ出すような奴よ。
「何をいまさら?」
きょとんとした顔が余計に腹立つ。性別や見た目が変わろうが、そういう性格は変わらないってことね。
「優しい……?」
「気配りができる……?」
愛が引き連れてきた奴らが、訝しげな目で私を見ているわ。どうせ、愛に嘘を吹き込まれたんでしょ。
「あんたら。愛に何言われたか知らないけど、そんなの……もごもご」
『そんなの全部嘘だから、騙されるんじゃないわよ』――そう言うつもりだったのに、途中で愛に口を塞がれたわ。
「も~、素直じゃないんだから~。最初はもっとわかりやすいアピールをしなきゃ、クラスの人気者になれないよ」
「ふはふほひんひほほひはんへ、はりはふはい」
『クラスの人気者になんて、なりたくない』そう言ったつもりなのに、愛以外には全然伝わらない。
「ゲームソフトについて話したら、次遊ぶ日までに用意して、『遊ぼう』って言ってくれたの誰だっけ?」
こいつ、昔の話を引きずり出してきて。
それじゃあまるで、気が利く奴みたいじゃない。あの時はただ遊び相手が欲しかっただけよ。
「四糸乃と三人でご飯食べたときは、豪華な料理を作ってもてなしてたっけ?」
あんたも一緒に作ったでしょ。あのとき食材切ったのほとんど愛よ。
「ゲームソフト……羨ましいな」
「中学生なのに、料理できるの?」
ほ~ら、変な誤解が生まれた~。
「何か追加したいことがあれば聞くけど?」
愛が口を塞いでいた手を離して聞いてくる。鈴の音のようなソプラノボイスが余計腹立たしくさせる。
あんたの作った張りぼて、今すぐ叩き壊してやるわ。私の心の安寧のために。
「私、ゲームばっかりやってるゲーム廃人よ」
「プロ級の腕前だよね。ランキング上位になってるゲームいくつあったっけ?」
悩む素振りも見せずに切り返してくる。相変わらず、頭の回転が速いわね。
「料理なんて上等なものじゃないわ。精々野菜炒めしか……」
「中華鍋振るう七罪の動画あるよ。皆にも見てもらいたいね」
愛の持つスマホからは、私がチャーハン作ってるときの動画が流れてる。既にクラスの奴らが遠目に見ちゃってるじゃない。
「ゲーム一緒にやろう。いや、教えて鏡野さん」
「あのチャーハンすごい美味しそう」
「鳶一さんとはどんな関係なの?ちょっと取材させて」
クラスの奴らに囲まれて言葉をかけられる。こいつらは愛に騙されてしまったわ。
こいつらは私の虚像を見ている。私はそんな期待に応えられない。
「あ……ぇうあ……え」
声にならない声しか出ない。どうしたらいいの。
「は~い、そこまで」
愛が人の波をかき分けて私の横に陣取る。私を守るみたいに。
「七罪の良さはわかってもらえたみたいで嬉しいよ。でも、七罪はあんまり人付き合いが得意じゃないの。ゆっくりお願いね」
柔らかい口調だけど、有無を言わせない喋り方。その雰囲気に呑まれて、全員少し大人しくなった。
「さあ、七罪。おしゃべりしようか」
「……感謝なんてしないわよ」
これは全部愛が引き起こしたこと。マッチポンプでかっこいいと思うような、チョロい女じゃないんだから。
♦♦♦
次の時間は体育という名の虐待ね。体育会系のマウントのために存在するような時間。
運動嫌いを無理矢理走らせて、悦に浸る体育教師。無様をさらすたび、笑う同級生。
馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって!
体育なんて、情報との選択授業にしたらいいのよ。そうしたら、『体育という授業の問題点』ってレポート作ってあげるわ。
「七罪、聞きたいことがあるんだ」
メラメラと体育に対する憎悪を燃やしていたとき、背後から愛に話しかけられる。
「何なの、愛?」
不機嫌を露骨にアピールして聞き返す。
今回に限っては愛も敵よ。こいつは運動ができる側の人間なんだから。
「何考えてるかは予想がつくけど、それは置いておこうね。私は女子更衣室で着替えていいの?」
「……ダメだけど、そこしかないわよね」
体育をするなら、当然体操服に着替えないといけないわね。
でも、こいつに私以外の下着姿なんて見せたくない。四糸乃なんてもっての外。
愛もその辺を理解してるから私に許可を取りに来てるのね。どうしようかしら?
「七罪がダメって言うなら、適当にトイレの個室で着替えてもいいよ」
「そんなイジメみたいなこと、させられるわけないじゃない」
イジメの辛さは私自身がよく知ってる。あんな気持ち、絶対愛にさせたくない。
「じゃあ、どうしたらいい?」
「……あんたは更衣室にいる間、ずっと目を閉じてなさい。私が適当にサポートするから」
言っててだいぶ無理があると自覚してしまう作戦。でも、こんなのどうすりゃいいのよ。
「ふ~ん。よろしくね、七罪」
愛は意味深な笑みを浮かべたわ。何考えてるのかしらね、こいつ。
♦♦♦
「はい、これが上ね」
「うん。ありがとう、七罪」
愛の手を引いて、更衣室の隅の方に誘導したわ。ここなら離れてるから、変に思われないでしょ。
しかし変なやつね。目を閉じたままなのに、笑みすら浮かべて余裕な態度。
女の子にして辱めるつもりだったのに、いつも通り困らされている。大人しくなる様子も全くないわ。
愛の思い通りになってるのは面白くないわね。イタズラ、してやりましょうか。
胸揉んだら驚くかしら?愛って敏感だから、いいかもしれない。
そう思って手を愛の胸に伸ばしたわ。
「あぅ」
軽く揉んだら、愛は少し色っぽい声を出す。……もうちょっとだけ。
別にいいわよね。愛には苦労させられてるし、性別が変わろうと恋人なんだし。
痛くないように優しく。控えめな胸(でも私より大きい)を揉み続ける。
「あっ、ダメ」
愛は嬌声を出して悶えてる。正直、すごいかわいい。
何なのかしら、この感情は。
もっと聞きたい。そう思ってしまった自分がいる。
「七罪、今は……ダメ。皆、近くにいるから」
「はっ⁉」
言われてすぐに周囲を警戒する。
わかる範囲でこっちを露骨に見ている奴はいないわね。運がよかったわ。
よく考えたら見られている状態で胸揉むなんて、ただの痴女じゃない。頭おかしいわ。
……何やってるのかしら、私ったら。こんなことをするなんて……。
「もう、七罪。こんなときに……反則だよ」
弱弱しく抗議する愛。こんな姿を見せるなんて。
背筋がゾクゾクするわ。このままだと踏み外してしまいそう。
「わるかっ……」
謝ってこの気分を忘れてしまおう。――そう思ったときだったわ。
「やるなら二人のときにね」
愛はいつものように優しく微笑んだ。あろうことか、私の行為を肯定したのよ。
目を見開いたわ。だって、今までの愛の態度を考えると意味がわからないもの。
「私と
今まで何度求めても、受け入れてくれることはなかった。大人の私も子供の私も関係なく。
それなのに、どうして今。訳がわからない。
「う~ん、この姿ならいいかなって思ってる」
「どういう意味よ?」
愛が男か女かで何か変わるって言うの?だったら、なあなあで放置なんてできないわよ。
「……七罪が受けなのは抵抗があるけど、私が受けならいいかなって思えた。……ディープな話はまたにしよう」
愛は話を無理矢理切り上げて着替え始めた。相変わらず、愛の考えていることはよくわからない。
ただ一つだけ言えることがあるわ。
「その姿なら、いい……のよね?」
小さく呟いた言葉は多分隣の愛にも聞こえていない。横目に見えた愛はいつもと違う姿で、いつもと同じように微笑んでいる。
自分自身の感情に戸惑ってしまう。どうすれば……いいのかしら?
♦♦♦
体育の内容はドッジボール。本来なら、死ぬほど嫌な状況に追い込まれてたでしょうね。
なんとなく最後まで内野に残って、クラスの注目の的。取れるわけもないボールを取れって要求されて、当たったら露骨にがっかりされる。
そんな時間になってたでしょうね。愛がいなかったら。
「次いくよ~。それっ!」
愛は軽い調子でボールを投げる。そのボールは全力で警戒していた相手チームの裏をかく。
最前線で警戒していた運動部を無視して、後ろの油断していた奴らに向かう。よくもまあ、あんなバナナみたいな軌道を描けるわね。
そんな予想外のボールを避けられるわけもなく、あっさり一人外野送りにしたわ。あいつ、
「鳶一さん、覚悟~!」
ゴリゴリの運動部が愛に向かって剛速球を投げるけど、それも無駄。
「ほいっ」
愛はそのボールを上下で挟んで左足を軸に回転する。そのまま勢いを殺さずにカウンターを繰り出したわ。
投げた直後の運動部は避けられずに直撃。あっという間に二人持って行ったわ。
そんな感じで、私たちのチームは愛のプレーだけで勝てちゃう。負けることなんて絶対ない。
だから、私はコートの中心で傍観者になってた。運動音痴の私が混ざっても邪魔なだけだし。
暇になった私はじっくり考えてた。女の子になった愛について。
視線の先で愛はクラスの奴らの中心になってる。序盤に出しゃばった分、サポートに徹するよう立ち回って。
本当にいつも通りの愛。だからこそ、余計わからなくなる。
私は今のあいつが好きなのかしら?
正直、よくわからない。ただなんとなく女は男を好きになるものだって思ってたから。
男の愛が好き。これは絶対に間違いない。
私が見限った私を、わざわざ拾い上げて肯定してくれた。だから、今の私がある。
愛は私が死ぬまで傍にいてもらう。そのためならなんでもする。
愛が女の子だったら?私が好きになった、全力で私を肯定してくれるところは何も変わってない。
でも、女の子。かっこよくて頼りになっても女の子。
そんな相手を何の迷いもなく受け入れられる?それができるくらい、私は人間出来てない。
そのまま考えててもダメな気がする。ちょっと視点を買いましょうか。
愛以外の男はどう?例えば士道だったら。
昔だったら、愛に出会う前の私なら好きになってたかもしれない。結局、私は誰かに受け入れて欲しかっただけだから。
相手が女の子だったら?
四糸乃は女の子だけど、正直付き合いたい。問題は私ごときが四糸乃と付き合うのなんて想像もできないことね。
となると、十香や琴里?……ないわね、絶対に。
でも、これ女の子がダメなのかしら?単に好みに合わないだけな気もするわね。
「七罪!」
「……愛?」
ふと気づくと、愛の顔が目の前にあった。今すぐキスできそうな距離で。
「どうしたの、ボーっとしちゃって?試合終わっちゃったよ」
「え?」
相手コートを見ると、慰め合ってた。ぼろ負けしたみたいね。
「大丈夫?体調に問題あるなら、保健室に行く?」
愛は心配そうに聞いてくる。その顔を見ていると、心臓の音がよく聞こえる気がする。
「ちょっと考え事をしてただけ。大丈夫、体調は悪くないわよ」
愛から顔を背けてコートを出る。こんな顔、見られるわけにはいかないわ。
というわけで、七罪が同性愛で悩む回でした。価値観がぶっ飛んでる愛くんと違って、七罪は普通に悩みます。ゆっくり答えを出してもらいましょう。
さて、今回の裏話は愛くんの身体の特殊性について。
愛くんは神経系が異常発達しています。その結果、五感が鋭い、思考速度が速い、身体を精密に動かせるといった特性を持っています。身体能力はそこまで高くないんですが、この特性を利用してチートもどきなことをしています。