体育が終わった後、私と愛は若干遅く帰っていた。更衣室の人が少なくなった方が都合いいからね。
「何なのよ……何なのよ何なのよあの子はッ!せっかくこの私が!綾小路花音が構ってあげようとしてるのに、それをことごとく無視してッ!」
そうしたら、変な女が叫んでた。あの昔の少女漫画から抜け出てきたような姿はなんなのかしら?
「いや別に無視してたわけじゃないと思いますけど。どっちかっていうと花音さんの方が四糸乃さんの言葉を無視していたような」
「黙らっしゃい!」
その言葉を聞いてピクリと反応する。あいつの言ってる相手って四糸乃のことなの?
二人で物陰に隠れて様子を見る。
「もぉう我慢ならないわ……そんな態度を取るならこっちにも考えがあるんだから」
「えぇ……何するつもりですか?」
付き添いの女子が面倒くさそうに返事をしている。こいつは全く乗り気じゃないみたいね。
「そんなの決まってるじゃない。私を舐めた罪は何より重いわ。んもう徹底的に嫌がらせしまくって、二度と学校になんてくるもんかー!ってレベルのトラウマをうえつけてあげるのよ!」
「うっわぁ……やめた方がいいと思いますけどねぁ……」
「うるさいわね!やるったらやるのよ!」
そう言いながら、イジワル女は付き添いの女を引っ張っていった。
「どうする七罪?」
「止めるに決まってるでしょ。四糸乃をあいつの毒牙にさらす訳にはいかないわ」
あのイジワル女は四糸乃に嫌がらせするって言った。影で動く奴らを処理して、四糸乃の学校生活を守らないといけない。
「それに……」
「それに?」
「止めてあげないと、あいつ自身も可哀そうでしょ」
あいつは四糸乃をどうにかしたいから、イジメようとしているようには見えない。構ってほしいのに構ってくれないから、ちょっかいかけようとしてるだけじゃないかしら?。
自分がどう見えているのか、自分で気づけてない哀れやつよ。
古い鏡を見てると叩き割りたくなるわね。ちょっと労力かけてでも。
「優しいね、七罪は」
「愛……?」
呟いた言葉は寒気がするほど冷たかった。縦ロールが去った方を、虫でも見るような目で見ているわ。
「承認欲求が強いのに感情を抑えられないから、出しゃばり過ぎて嫌われる。中途半端に優秀で周囲には理解されない。
だから、勝手に自分のイメージを美化して殻に閉じこもる。自分の問題を自覚せず、負担を周囲に押し付けている。
大嫌いだよ、ああいうの」
愛の言葉には怨嗟すら籠っている。耳に響く綺麗な声が、一層恐怖をかきたてる。
「愛、言い過ぎよ。確かに性格悪いけど、そこまでじゃないでしょ」
「……そうだね。あの子はまだ、やり直せるかもしれない」
愛はそう言って黒い感情を収めたわ。
「お願いだから、あんなの止めてよ。心臓に悪い」
緊張してた身体から力が抜ける。あんな感情はただの中学生に向けていいものじゃない。
「……ごめん、七罪。
それで、どう処理する?この身体でも
「私がやる。愛は見てて」
イジワル女に対する言葉選びが怖い。殺しはしないでしょうけど、トラウマくらいは残しかねない。
愛に手出しさせちゃいけないわね。
「……了解、頼んだよ」
愛はそう言って更衣室に向かった。何があいつの癇に障ったのかしら?
♦♦♦
「それで、一体何するんですか?」
長い付き合いのお友達、小槻紀子が私の作戦を聞いてくる。よくぞ、聞いてくれたわね。
「ふっふっふ、今から何の時間かわかるかしら?」
「お昼ご飯の時間ですね」
「そうよ、お昼ご飯の時間よ。待ちに待った弁当の一番大事なおかずを奪ってしまう。そうすれば、四糸乃さんはがっかりして、学校にも来れなくなるわ」
ああ、なんて恐ろしい作戦かしら。自分で言っていて恐ろしくなるわ。
「いや、弁当のおかず一つでそこまでがっかりする人なんて、いないと思いますけど」
「するでしょ。四糸乃さん純粋そうで、何ごとにも一喜一憂してるし。弁当のおかず取られたら、午後の授業が手につかなくなるくらい落ち込むはずよ」
今日一日四糸乃さんを観察してた私の目に狂いはないわ。きっとそうなるに決まってる。
「本気で落ち込ませたいなら、弁当全部台なしにする方が確実じゃないですか?弁当箱丸ごと隠しておくとか」
「な、なんて恐ろしいことを言うのよ。そんなことしたらお腹空いて死んじゃうじゃない!」
確かに四糸乃さんにはトラウマを背負ってもらうつもりよ。でも、あんまりにも酷いことしたら可哀そう。
「そうですか……」
紀子ったらどうしてそんなこと思いつくのかしら。恐ろしい子。
体育も終わって、これからはお昼の時間。みんな弁当を取り出してるわ。
四糸乃さんもご機嫌な様子で弁当を取り出してるわね。チャンスよ。
四糸乃さんが蓋を開けて、中身を楽しく見ているその瞬間。一番おいしそうなおかずを奪ってやるのよ。
そして、私の弁当の中で一番微妙な高野豆腐を代わりに置く。完璧ね。
四糸乃さんが予想通り弁当を開けて顔を輝かせている。一番おいしそうなのはハンバーグね。
そこに箸を伸ばす。そこでおかしなことに気づいた。
「綾小路さん、ポッキー……ですか?」
「え?」
四糸乃さんに指摘されて手元に戻す。すると、本当に私の持っていた箸がポッキーになっていた。
これじゃあ、ハンバーグを掴めないじゃない。一体何が起こったの⁉
「私にくれるん……ですか?」
「あらあら、優しいのね」
「ええと、そうよ。あげるわ、感謝しなさい」
四糸乃さんとウサギの人形の言葉に思わず上げちゃった。どうしよう、これじゃあお弁当食べられない。
気を落として自分の席に戻る。ないことがわかっている箸のケースを開けると……。
「ポッキー⁉」
ケースにはポッキーがぎっしり詰まってたわ。確かにさっきまで空だったのに。
これなら箸の代わりになるかしら?ポッキーを箸みたいに使ってお弁当を食べる。
「うう、食べにくい」
ポッキーなんてすぐ折れちゃう。高野豆腐なんて掴んだらふやけて折れちゃったわ。
最後の二本になるころ、ポッキーで弁当を食べるのが上手になった。なんでこうなるのよ!
♦♦♦
愛と二人でお弁当を食べる。
愛の分も作ったのは当然私。愛には今日いきなり行くって教えたから。
「もうちょっとやるかと思ったけど、案外いい子ちゃんだったわね」
話題は当然あのイジワル女について。色々と行動を予測して対策してたけど、案外簡単に終わったわ。
あいつが持ってた箸をポッキーに変えて、持ってたポッキーを箸のケースに詰め変えただけ。
「……そうだね。感情に任せてるだけで、計画性も行動力もない。あんなんじゃ何もできずに損をするだけだよ」
評価が容赦ないわね。愛がこんなにも感情に振り回されてるのも珍しい。
「あんた、どうしてあいつのこと嫌いなの?」
「……この世で一番見たくないものに似ているから」
愛は静かに呟く。その言葉は嫌悪感に満ちていたわ。
愛が見たくないほど嫌いな相手?
ウェストコットやエレン?他には
いや、待って。愛がこんなにも嫌う相手って……もしかして。
答えを確認するために愛の顔を見る。愛は罰の悪そうな顔をする。
……そういうことなのね。
「は~、めんどくさいわね」
「こればっかりは仕方ないんだよ」
愛は居心地悪そうに返事をする。自分でも、決していいことじゃないってわかってるんでしょうね。
「でも、そんなに似てるかしら?」
私から見るとあんまり似ているように見えない。多少似てるかなって思うけど。
「似てたんだよ、昔はね」
「ふ~ん」
そう言う愛の顔は、苦虫を百匹噛み潰したように苦々しいものだったわ。
♦♦♦
「なんだったのかしら、あれは?」
よくわからない現象で四糸乃さんにイタズラができなかった。
「それで、まだ続けるんですか?」
「当ったり前じゃない!この程度でへこたれるような綾小路花音じゃなくてよ!」
「はぁ、そうですか……」
一回失敗したくらいで諦めていたら、お姉さまに顔向けできないわ。一度決めたことはやり遂げないと。
「ふふふ、今度こそ四糸乃さんが恐怖で立てなくなる作戦を考えたわよ」
「……一体、何するんですか?」
紀子が聞きたくて仕方なさそうにしているわね。教えてあげましょうか。
「次の授業は何かしら?」
「理科の授業ですね。確か、中和実験をするんでしたっけ?」
紀子が顎に手を当てて思い出す。
「そう。そして、実験ではフェノールなんとかっていう薬品を使って中和を確認するのよ」
「フェノールフタレインですね。アルカリ性になるとピンク色になる指示薬です」
「そのフェノールフタレインを、こっそりこれに入れ替えてやるのよ」
準備しておいた瓶を紀子に見せる。紀子は目を真ん丸にしているわ。
「これは?」
「水よ。これに入れ替えたら、中和できても色が変わらないわ。四糸乃さんは実験が終わらず、泣くことになるの」
そのまま、もやもやした気持ちのまま授業を終える。トラウマものね。
「やっぱり花音さんですね。塩酸を四糸乃さんにかけるとか言い出したら、どうしようかと思ってましたが」
「いや、怖いこと言わないでよ」
塩酸なんかかけたら大けがしちゃうじゃない。絶対ダメよ。
♦♦♦
「各自、必要なものを前の机へ取りに来なさい。フェノールフタレイン溶液は一つしかないから、前の班から回していく。塩酸に二、三滴入れて次の班に回しなさい」
理科の実験は四人一班に分かれてやるわ。四糸乃さんは隣の実験班。
丁度いいわ。これなら仕掛けやすいもの。
「四糸乃さん、入れにくそうだから代わりに入れてあげるわ」
ここで水を入れてやるのよ。これで実験は台無し。
「綾小路さん、ありがとう……ございます」
四糸乃さんはかわいらしく微笑んでいる。そんな顔していられるのも今だけ。
私に向かって笑うのが嫌なら泣いていればいいのよ。
四糸乃さんには気づかれないように水を入れることができたわ。
「はい、これで大丈夫ね。次の班に回しておくわ」
「いい子ね、花音ちゃん。優しい子はモテるわよ」
ウサギの人形がお世辞を言ってくる。ふん、そんな言葉で手を緩めてあげないんだからね。
準備ができた班から、塩酸に水酸化ナトリウム水溶液をいれて、中和をしていく。上手くできたら透明な溶液がピンク色に変わるはずね。
でも、四糸乃さんの班はずっと透明のまま。実験が終わらない恐怖に怯えるといいわ。
「あっ、ピンク色になりました」
「え?」
隣から四糸乃さんの嬉しそうな声が聞こえる。そんなわけないのに。
「嘘でしょ⁉」
自分たちの机を離れて四糸乃さんの机を見に行く。そこには薄いピンク色になったビーカーがあったわ。
どういうことなの?
「見てみて、花音ちゃん。よしのんのお耳とおんなじピンク色だよ~」
「そ、そうね」
混乱する頭でウサギの人形にそう返すのが精一杯だったわ。
意味もわからず、私は自分の机に戻ったわ。あんまり他の人の机にいても怒られちゃうし。
「花音さん!」
「何、紀子?」
「私たちのビーカーどれだけ水酸化ナトリウム水溶液を入れても色がつかないんですけど」
「え?」
紀子の慌てた様子を見て、自分の班のビーカーを見る。ギリギリまで水酸化ナトリウム水溶液を入れたのに、全く色がついてない。
「いや、だって私たちの班は間違いなくフェノールフタレイン入れたわよね?」
「そのはずですけど……」
紀子も困惑してる。二人揃って見間違えたの?
先生に言ったら、フェノールフタレインを追加してくれたわ。でもなぜかダメだった。
私たちは色が全く変わらないまま、授業が終わっちゃった。
♦♦♦
「――綾小路花音!決してあきらめないことが美点よ!」
胸に手を当ててはっきりと宣言するわ。
「しつこいところが欠点ですよね」
「うるさいわね!」
まだ終わってないわよ。日本には三度目の正直ってことわざがあるんだから。
「それで、諦めない花音さんは一体どんなあがきをするんですか?」
「あがきじゃないわよ!今度こそとっておきの作戦を考えたんだから!」
その呆れた顔をあっと驚かせてやるんだから。聞いて恐怖しなさい。
「次は美術の時間よ。今までの感じからして、デッサンになるわ」
「まあ、そうでしょうね。それが何か関係あるんですか?」
紀子は何も気づいてないみたいね。やっぱり、こんな天才的発想ができるのなんて私くらいのものよ。
「そこで四糸乃さんを推薦するのよ。そして、言うのも憚られるような恥ずかしいポーズをとらせるの。そうしたら、四糸乃さんはクラス中の笑いものよ」
ふふふ、今から涙を流して震える四糸乃さんの姿が想像できるわ。
「それ、四糸乃さんが断ったら一発で終わりじゃないですか」
「断らないわよ。あの子いい子だもん」
「むしろ、褒めてるんだよな〜」
うだうだ言ってる紀子を連れて美術室に向かったわ。さあ、今度こそ綾小路花音の恐ろしさを教えてあげるのよ。
◆◆◆
「はい、それではデッサンを行います。誰かみんなのモデルになってくれる人はいますか?」
来たわ。これで四糸乃さんを推薦したら予定通りよ。
「はい、先生。せっかくなので四糸乃さんをデッサンしたいです!次いつ会えるかわかりませんし」
「だそうだけど、四糸乃さんどうかしら?」
先生と一緒にクラスのみんなが四糸乃さんを見つめる。これは断りにくいでしょ。
「ええと、じゃあ、やらせていもらい……ます」
「あらあら、よしのんの魅力にメロメロなの〜?もう、仕方ないな〜」
ウサギの人形のおふざけでクラスのみんなに明るい笑いが巻き起こる。まるで、クラスの人気者ね。
そんな顔をしてられるのも今の内よ。これからその顔は恥ずかしさで真っ赤になるんだから。
四糸乃さんはみんなの前に出ていろいろとポーズを取ってるわ。ここで私が
「四糸乃さん、アイドルみたいなポーズして~!」
あの子はかわいいけど、派手なのは得意じゃないでしょ。
「ええと、アイドル……ですか?」
「そうよ、手でハートとか作ってみたらどうかしら?」
私は手でハートを見せる。前時代のアイドルのような恥ずかしいポーズを。
もう少しで押し切れる。そう思ったときだったわ。
「うふふ、しょうがないな~花音ちゃんは。そこまで言うなら見せてあげようじゃない、よしのんのセクシーポーズを!」
ウサギの人形は手を挙げてそう宣言したわ。そして、くねくねとポーズを取り始める。
私がやったハートのポーズもやって見せる。全然ハートができてないけど。
「あははは、おもしろ~い」
「でも、かわいい~」
全然、四糸乃さんを笑いものにする空気になってない。むしろ、人気が上がってるじゃない。
みんな本気でアイドルみたいにかわいいとは思ってない。でも、モノマネ芸人みたいな面白さがある。
それがあのひょうきんな感じと合ってる。
「みんな、かわいいよしのんをちゃんと書いてね♪」
そう言ってウサギの人形はばっちりポーズを決めたわ。四糸乃さんとセットでデッサンのモデルとして注目の的になっちゃった。
なんでこうなるのよ!
♦♦♦
「どうしてこんなことになってるのよ!」
「そう言われても……」
放課後、誰もいなくなった教室で、私は紀子に愚痴を言っていた。
意味がわからない。私の作戦が全部失敗してしまったわ。
「あんたのお粗末なイタズラくらい、簡単に妨害できるからよ」
そう言いながら、教室に入ってきたのは鳶一さんと鏡野さん。二人とも冷めた目で私のことを見てる。
「なによ?」
「少しは考えて発言したら?君のイタズラが全部、失敗するように工夫しただけだよ。ちょっとよしのんの力は借りたけど」
鳶一さんがよく通る声で話す。その意味を考えてみる。
「まさか、今日のことは全部あなたたちが⁉」
「ふん」
そう言うと、鏡野さんは腕を組んで鼻を鳴らす。私の言葉を肯定するように。
「そ、そんな……嘘よ!だってほぼ即興よ⁉私が何やるかなんてわかるはずないわ!」
人の心を読めるエスパーでもないと無理じゃない。私が考えたことを先読みして対策するなんて。
「……わかるわよ。だってあんた――私と思考形態そっくりなんだもん」
「はえッ⁉」
鏡野さんは私の全てを見透かすように目を向けている。心が全部さらけ出されているような気分になる。
「結構簡単に読めたよ。だって、七罪のれっ……」
「あんたは黙ってなさい!」
何か話そうとした鳶一さんの頭を鏡野さんが叩く。お母さんみたいに。
それを見て驚いてしまう。鳶一さんの方がしっかりしてそうなのに。
「とにかく、あんたの邪魔をしてたのよ。少し、言いたいことがあったから」
「言いたい……こと?」
まさか先生に言いつけるとか?それとも、四糸乃さんをイジメようとしてたことをクラスのみんなにばらすの?
そんなことしたら、明日からイジメられちゃう。あの日々に戻るのはイヤ。
「あんた、色々と下手過ぎなのよ。友達が欲しいならもうちょっとやり方を工夫しなさい」
「へ?」
何を言ってるの?友達が欲しい?
そんなこと、思ってたわけじゃ……。
「自覚ないの?とにかく構ってほしかったんでしょ?四糸乃のことが好きになったから」
鏡野さんは呆れたような目で見つめてくる。どうしようもない子供でも見るような目で。
「そんなわけないじゃない。私はただ身の程知らずな子に立場を教えようとしただけよ」
そう、これは正しいことなのよ。私のことを無視して楽しそうにするなんて許されるわけないんだから。
「後ろにいるあんたは気づいてたんじゃないの?」
「まあ、花音さんは素直じゃないですから」
後ろを振り返ると、紀子が苦笑いしている。紀子、そんなこと思ってたの?
もしかして、私は四糸乃さんと友達になりたかったの?
四糸乃さんと一緒にお喋りして、遊んで、仲良くする日々を想像する。いい……かもしれない。
でも、わからない。自分でどうしたいのか、どうしていいのか。
あんなことしちゃったし。今更友達になんてなってくれるわけ……。
「はあ、ここまでだといろいろ通り越して憐れみになっちゃうね」
「鳶一……さん?」
鳶一さんは頭をかきながらこっちに歩み寄ってくる。
「いい、綾小路さん。大事なのはギブアンドテイクだよ」
「ぎぶあんどていく?」
鳶一さんは何か話し始めた。
英語よね?どういう意味かわからないけど。
「何かが欲しかったら、こっちも何か渡さないといけないんだ。
君は我儘が過ぎる。自分は特別、自分だけ話したい、自分だけ見て欲しいって意識が前面に出過ぎてる。
すごいって思って欲しかったんでしょ。話を聞いて欲しかったんでしょ。自分を見て欲しかったんでしょ。
だったら、相手のして欲しいこともしてあげないと。自分勝手なだけじゃ、いずれ周りから人がいなくなるよ」
そう話す鳶一さんの目は大人みたいだったわ。見ているだけで変になる優しくて怖い目。
「そんなこと、言われ……たって」
「じゃあ、一人で生きていく?誰とも喋らず、誰とも仲良くできず、ただ孤独に生きていく?
お似合いかもしれないね。君が今の君のままなら」
その言葉は聞いてるだけでぞわぞわする。口調は穏やかで丁寧なのに、胸に深く突き刺さる。
これから一人?中学生の間も、高校生になっても、大人になってからも。
そんなの……。
「嫌!絶対嫌!」
耐えられない。そんなな暗くて寂しい生活。
「だったら、頑張らないと。ちゃんと受け入れてもらえるように」
鳶一さんの声が温かいものになる。
「でも、どうすれば……」
わからない。考えたこともなかったから。
「まずは、相手がして欲しいことを考えるんだ。相手のことをよく見て、話を聞いて、何をしてあげたら喜ぶか。
その意思さえあったら、結果は後からついてくる。頑張ってみよう?」
鳶一さんは優しく手を握って私の目を見つめる。お姉さんみたいに。
「うん」
無意識に言葉が出た。鳶一さんに操られたみたいだったわ。
「ふふ、悪くない顔になったね。それじゃあ、しっかり実践してみようか。入っておいで、四糸乃、よしのん」
教室のドアが開いて、四糸乃さんが入ってくる。ずっと話を聞いてたの?
「四糸乃、あなたはこいつにどうして欲しい?」
鏡野さんは四糸乃さんに問いかけるわ。それを聞いて、四糸乃さんは笑顔で話し始めた。
「おともだちに、なって……欲しいです」
「え?」
全部聞いてたのよね。
「私がイジメようとしてたのに。なのに、どうして……」
「私は今まで、あまり人と関わらずに……いました。学校で、楽しそうにしている士道さんや十香さんを、羨ましいと……思ってました。学校に来たら、お友達ができるか……ドキドキしてました
だから、今日はとても楽しかったです。勇気を出して、学校に来て、よかったと思いました。お友達もたくさんできました」
胸に手を当てて話す四糸乃さんはとてもきれいで、とてもかっこいい。
「花音さんもお友達になってくれませんか?花音さんとも仲良くしたい……です」
四糸乃さんが左手を伸ばす。その手を見て、息をのむ。
「ほら、四糸乃はお友達になって欲しいってさ」
鳶一さんが肩を叩く。いいのよね、この手を取っても。
「ふつちゅかものですが、よろしくお願いします」
四糸乃さんの手を取って頭を下げる。これでいいのよね。
「う~ん」
「何言ってんのよ、あんた!」
「花音さん……」
「あらあら」
「?」
それぞれに変な反応をされたわ。私、何かおかしいことした⁉
♦♦♦
「はぁ、疲れたわ」
ソファに勢いよく飛び込んで身体を預ける。本当に一日中、色々あって大変だったわ。
「お疲れ、七罪」
愛が鞄を机に置いて隣に座る。こいつはまだまだ元気そうね。
「やっぱり学校なんてろくなもんじゃないわ。四糸乃には悪いけど、もう一度行きたいと思えないわ」
「でも、七罪笑ってるね」
「っ⁉」
自分の口元に手を当てて確認する。口角が上がってる⁉
「楽しかったんじゃないの?」
「ふん、そんなわけないじゃない」
「……ふふふ、そうかな?」
未だ女の子のままの愛は楽しそうに笑ってる。そのわかってますって感じの顔が気に入らないわね。
「四糸乃以外のお友だちができたのはよかったんじゃない?」
「……悪いとは思わないわね」
あの後、私と花音の友達になった。
まあ、心の底から悪い奴じゃなさそうだし。四糸乃が言うなら、一緒に遊んであげてもいいわね。
「あんたも花音のお友達なんだけど、忘れてないわよね?」
「忘れてないよ、私自ら提案したんだから」
愛は意味ありげな笑みを浮かべる。
こいつは自ら花音の友達になることを申し出た。正直、何考えてるか怖いわね。
「あんた、何考えてるの?あいつのこと嫌いじゃなかったの?」
変なこと考えてるんじゃないでしょうね?
「私はね、あの子に少し期待してるの。七罪と四糸乃にいい刺激をくれるかもしれないって。
でも、今のままじゃダメ。しっかり人との付き合い方を覚えてもらわないと」
「それは……」
大変そうね、花音。
愛はちゃんと教えてくれると思う。でも、かなりスパルタだから。
「頑張って、花音」
これから、鞭打たれる花音に同情した。禊としては過剰になりそうね。
「ところで、愛」
「何?」
勇気を出して愛に話しかける。
いつもの軽い調子で聞き返す愛。余計緊張が増したわ。
こいつ、わかってるでしょうに。声色がちょっと違うのよ。
「今日一日、その姿でいてくれない?」
「別にいいけど、どうしたの?」
愛はさらりと女の子の時間延長を受け入れる。本当にその姿に抵抗ないのね、こいつ。
「えっと、もうちょっと今のあんたを見てたいから……」
結局、答えは出ない。女のままでも愛を求められるかどうか。
だから、今は保留。もうちょっと、自分の気持ちを確かめたいわね。
「……いいよ。『私』を見たくなったら、いつでも言ってね」
愛は女の子っぽいポーズを取って笑う。本当にかわいいと思う。
私が道を踏み外したら、愛のせいよ。
色々新しい顔が見れて楽しい体験入学でした。またこういうのをいずれ書きたいですね。
今回の裏話。どうやって実験で花音を撃退したのか?
四糸乃の方はフェノールフタレインを後からこっそり入れました。後から入れたら何も問題ないことに気づかない花音なのでした。
そして、花音側はにやったこともシンプル。レモン汁を少し入れただけです。数ミリ入れたら、中学の実験レベルでは中和しきれなくなります。