真夏の陰キャを焼き尽くそうとする日差しの中、私はとぼとぼ歩いていたわ。霊装があるからそこまで苦しくないけど、気分的にね。
「おー、なつみー。こっちだ、こっち」
十香が元気そうに手を振ってるわね。そういう元気なところは少し羨ましい。
「待たせたわね、十香」
「今日はよろしくだ、七罪!」
訓練に意欲を見せる十香。どうして私が相手なのかしらね。
いや、適任者が他にいないからってのはわかってるんだけど。指導なんて柄じゃないのよね。
そもそも私、霊力の取り戻し方なんて知らないわよ。封印されたことないし。
「はぁ、気は乗らないけど、任されたからにはやるしかないわね」
少しやる気を出して
髪はさらっさらのストレートになって、身体をチクチク刺さない。身長も一気に伸びて、一緒に背筋も伸びる。
自信がどんどん湧いてくる。今なら先生役もこなせそう。
「
いい加減、コピーするのも慣れてきたわね。普通の変身と同じ感覚で変身させられるようになってきたわ。
「さあ十香、準備しなさい」
十香はピンク色のブラウスの上に不完全な霊装を顕現させる。士道から一部の霊力を取り戻したわね。
「ああ、行くぞ七罪」
こうして、勝負が始まったわ。
贋物の
でも、一方が明らかに自由な剣線をなぞっているわ。
何度も刃をぶつけ合って、そのたびに十香が押し負けている。今も鍔迫り合いの後、十香を大きく下がらせる。
その隙を狙って、大ぶりの一撃を加える。十香は何とか自身の
今度は十香が
本当はこんなことあり得ないのに。
「強いな、七罪。正直、想像以上だ」
「間違ってるわよ、十香。私が強いんじゃなくて、あなたが弱いの」
なるべく冷たく言い放つ。十香が遠慮なく怒れるように。
「私は戦闘に向いてないわ。ちょっと工夫しているだけよ」
十香を押しのけて剣を振るう。
最初は右斜め下からの切り上げ。そのまま手首で切り返して切り下ろし。身体をひねって横薙ぎ。
身体の動きをイメージ通りに修正する。理想の剣士の動きと同じに。
全て十香は対応するけど、威力を相殺できていない。完全に力で負けている。
「この剣技は……まさか?」
「そうよ、十香。これはあなたの剣技――というにはお粗末だけど」
ラタトスクの記録を見て再現した技。私が一番強いと思った剣士の劣化コピー。
それでも十香は負けてしまうわ。単純に霊力が足りないから。
限定霊装と完全な神威霊装じゃ戦力が全然違う。私ですら、十香に勝ててしまうのよ。
「贋物の天使とあなた自身の猿真似に負ける。これが今のあなたよ」
しっかり狙って勢いよく突きを繰り出す。
「くっ!」
十香は何とか
何度も地面に叩きつけられて、十数メートル吹き飛ばされたところでようやく止まった。十香は苦悶の表情でよろよろと立ち上がる。
「無様ね、十香」
「…………」
何か言いたそうにするけど、歯を食いしばる十香。言い訳、しないのね。
私も見てて嫌になる。私が思う最強の剣士は、私程度に負ける存在じゃないのに。
「こんなんじゃ、DEMにはボロ負けね。私もエレンからは逃げるしかなかったんだから」
十香は悔しそうに身体を震わせる。色々話していたけど、実感が湧いてなかったのかしらね?
「DEMが士道のことを知ったら……どうするか教えてあげましょうか、十香?」
「どう……するのだ?」
十香は息をのんで聞いてくる。教えてあげましょう、現実を。
「殺すのよ、あなたたちを絶望させるために」
「な、何故だ⁉でぃーいーえむとやらは精霊の力が欲しいのではないのか⁉シドーを殺しても何も得られないではないか」
十香は目を見開いて驚いているわね。まあ、DEMの考えてることなんて意味わからないわよ。
「それは半分正解ね。DEMはね、私たち精霊を絶望させてから力を奪いたいのよ」
「絶望?どうしてそんなことを……」
「別に深く考えようとしなくていいわよ。理解出来たらダメな考え方よ。反転した
愛曰く、今私たちの中にある
なんでそんな面倒なことしたいのかしらね?存在自体が害悪な奴ら。
「理由なんてどうでもいいわ。大事なのはDEMが私たち、精霊を絶望させたいってことだけよ。あなたを絶望させる一番の方法は、士道を殺すことでしょ」
「っ……その……通りだ」
十香は苦悶の表情を見せている。
十香自身わかってるんでしょうね。十香を絶望させるために士道はこれ以上ない存在だって。
「あなたには同情してるわ。わけもわからないまま命を狙われて、その地獄から助けてくれた人を好きになって、今度は助けてくれた人が命を狙われる。
一人の人間が抱えるには重すぎる運命よ。あなたが悪いんじゃなくて、そんな状況を迫ってくる世界の方が悪いわ」
十香には心の底から同情している。ただ、自分を救ってくれた人に惚れただけだものね。
「別に諦めてもいいわよ。誰も責めやしない。……そうしたら、士道は間違いなく死ぬでしょうけど」
「そんなの……いやだ!」
十香は勢いに任せて突進してくる。でも、簡単に受け止められてしまう。
「私はどうなってもいい。だが、シドーは、シドーだけは……」
「だったら、その気持ちを力に変えなさい。気持ちだけじゃ、何も解決しないわよ」
十香を払い除けて反撃に出る。
「士道を、惚れた男を殺されてから泣くの?あの時、もっと力があればって後悔するの?」
十香は防戦一方。一撃一撃を辛うじて逸らし、なんとかしのいでる。
「私はそんなの嫌。失いたくないから、今死ぬ気で力を手に入れる。利用できるものは何でも利用する」
渾身の一撃で十香を吹っ飛ばす。それでも、気持ちは収まらない。
「十香、あなたにはそれくらいの気概がないの?あなたにとって、士道はその程度の存在?」
完全に悪役ね。明日から十香は友達だなんて思ってくれないでしょう。
でもいいわ。これで十香が力を取り戻せるなら。
次の瞬間、空間が割れるような音がしたわ。膨大な霊力が暴風となって吹きつける。
「ようやくお目覚めみたいね……」
そこには本来の力を取り戻した十香が立っていたわ。
紫紺の鎧は神秘を宿し、燐光を放っている。本来の力を取り戻した
結界を張ってないと辛いくらいの圧倒的な霊力。《プリンセス》と呼ばれるのに相応しい、堂々とした佇まい。
いや、これ本当に私と同じ存在?そう言うのがおこがましいというか、恐れ多いというか。
「感謝するぞ、七罪。お前がいなかったら、私は弱い私のままだった。弱いままなら、シドーは死んでいたかもしれない」
「いや、そんなの別にいいわよ。私も焚きつけるためにいろいろ、言っちゃったし」
なんか戦士のオーラみたいなのを感じるんですけど。本当に十香なの?
何か知能指数も上がってる気がする。霊力と一緒に知能まで封印されてたんじゃないの?
「これはほんのお礼だ。私の本当の剣を見せてやろう。構えろ七罪!」
十香は
「そんなのいらないわよ!っていうか、私そんなのまともに受けたら死んじゃうんだけど!」
私は雑魚狩り専門の雑魚精霊よ。ゴリゴリの戦闘特化に太刀打ちできるわけないじゃない。
「行くぞ、七罪!」
「話聞いてないわね!」
もしかして、さっきので怒ってる?あの十香が意地悪してる?
……って、既に振り下ろす直前だし。ああ、もうこうなったら自棄よ。
「はぁ!」
十香の気合と共に、大人の姿の私を軽く超えるような巨大な斬撃が飛んでくる。空気が悲鳴を上げてるみたいに震えてる。
それを贋物の
いや、ムリムリムリムリ。腕千切れそう。
でも、何とかしないと本当に腕斬れちゃう。死ぬ気で押し返せ、私!
「コン・チキ・ショウ!」
何とか斬撃をかき消したわ。人間、追い詰められたら案外できるものね。
「はぁはぁ」
「うむ、素晴らしい剣裁きだったぞ、七罪!」
「そりゃどうも……」
はー疲れた。もう二度とやりたくない。
「それじゃあ、次だ」
「つ……ぎ……?」
満面の笑みの十香の真意がわからない。いや、わかりたくない。
「これはでぃーいーえむを倒すための訓練なのだろう。だったら次は七罪が力をつける番だ」
「いや、あの、それは……」
何とか理由をつけて断りたいけど、言いわけが思いつかない。
――私はそんなの嫌。失いたくないから、今死ぬ気で力を手に入れる。利用できるものは何でも利用する――
さっき自分で言った言葉が逃げ道を塞いでる。十香の方が百パーセント正論ね。
「あーもう、やってやるわよ。ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
できそうにもないことを口走る。今の十香には、勝つどころか一太刀浴びせることすら難しいでしょうね。
そのまま鏖殺公を構えて十香に突進する。丁度、さっきと真逆の構図ね。
「その意気だ、七罪。私の剣、全て教えてやろう」
十香は嬉しそうな笑顔で私を迎え撃ったわ。
その後どうなったかなんて聞かないで頂戴。惨めになるから。
◆◆◆
「あーいだい。今日はもう動きたくない」
私はベッドの上で転がってにいたわ。身体中の痛くて立ちたくない。
「擦り傷と打撲がほとんどかな。十香さんって案外器用なんだね。剣を使ってるのに斬り傷がほとんどないなんて」
「代わりに剣の腹の部分で何度も叩かれたけどね」
十香は容赦なく私をボコボコにしてきた。ゴルフボールみたいに飛んだときは、変な笑いが出たわ。
お陰で
「放っておいても治るし、
愛は
「それじゃあ、愛がやって」
できればラタトスクの奴らにはあんまり触られたくないわ。信用……できないし。
「僕は専門じゃないんだけどな~」
苦笑いをしながらも愛はやってくれる。手つきに迷いはなくてとても安心できる。
気づけば治療は終わってた。
「治療は終わったけど、まだ疲れが残ってそうだね。おまけでマッサージでもしようか?」
「あんた、そんなことできるの?」
愛は唐突に言い始める。今までそんな話聞いたことないんだけど。
「簡単なものなら」
「ええと、じゃあ……お願い」
背を向けて大の字になる。ちょっと恥ずかしいけど、愛ならいいわ。
今日は甘えましょう。明日からまた訓練なんだし。
「んっ……ああ、いいわね~」
強く押されるたびに何とも言えない刺激が走る。ギリギリ痛みにならない絶妙な感覚。
的確にツボを突かれてるってわかる。
「人に無防備な姿さらして、身体をベタベタ触られるなんて正気じゃない――そう思ってたけど、想像より悪くないわね」
人に見せられる身体とマッサージに行ける余裕のアピールって思ってたわ。
ちゃんと効果あるのね。真面目にやってる人には心の中で謝っておきましょう。
「安心して、変なことなんてしないから」
誠実さをアピールする愛。でも、ちょっとイラっとする。
こいつ、自分の立場忘れてないでしょうね?
「別に、あんたならいいわよ。……私の彼氏はどれだけ臆病なのかしらね?」
愛は真面目な場面では絶対に手を出そうとしないんだから。私がらしくないことするしかないのよ。
「あはは……ちゃんと魅力は感じてるから」
言いわけ地味たことしか言わないわね。本当に先が長そう。
「マッサージ上手いじゃない。どこかで習ったの?」
身体が軽くなってるってわかる。これが身体の凝りをほぐす効果なのね。
初めてだけど、初心者の域じゃないと思う。愛の人生考えたら、そんな機会なさそうなのに。
「昔、一通り勉強したんだ。最近はやってなかったけど」
また愛の知らない側面が出てくる。意外ね、愛がそういうことを勉強するなんて。
「何かきっかけでもあったの?」
「……姉さんに構ってほしかったんだよ。訓練ばかりで近づきにくかったから、話す理由を作るために。
無理な訓練で何度も倒れてたから、丁度いいと思ったんだよね。変な小学生だったな~」
自虐しながら寂しそうな声で話す愛。うつ伏せになってるから見えないけど、どんな顔をしてるのかしらね。
「これだけ上手なら折紙も喜ぶわよ。合宿中にやってあげればいいんじゃないかしら?ゆっくりと他愛のない話でもしながら」
「そうだね。ありがとう、七罪」
「……何のお礼かわからないわね」
私は面倒な未来の家族に媚びを売っただけよ。ご機嫌な愛を見て、私も少し顔をほころばせたわ。
十香が不遇気味だったので、テコ入れしたいと思ってました。別に十香が嫌いとかそんなことはないので。ただ、愛くんと一緒に動かしにくい。
今回の裏話は千変万化鏡について。
ラタトスクの記録を穴が開くほど見返して、天使の扱いを練習しています。現時点で使える四種(五種?)の天使は結構うまく扱えます。ただ、本来の持ち主には技術的にも勝てないってだけで。