ヒロインは七罪   作:羽国

63 / 147
船頭って船の先端の部分じゃないんですね。勉強になりました。誤字報告してくれた方、ありがとうございます。


強化合宿 ーー贋物の剣ーー

 真夏の陰キャを焼き尽くそうとする日差しの中、私はとぼとぼ歩いていたわ。霊装があるからそこまで苦しくないけど、気分的にね。

「おー、なつみー。こっちだ、こっち」

 十香が元気そうに手を振ってるわね。そういう元気なところは少し羨ましい。

「待たせたわね、十香」

「今日はよろしくだ、七罪!」

 訓練に意欲を見せる十香。どうして私が相手なのかしらね。

 いや、適任者が他にいないからってのはわかってるんだけど。指導なんて柄じゃないのよね。

 そもそも私、霊力の取り戻し方なんて知らないわよ。封印されたことないし。

「はぁ、気は乗らないけど、任されたからにはやるしかないわね」

 少しやる気を出して贋造魔女(ハニエル)を構える。このままじゃ戦いにくいから、大人の姿に変身する。

 髪はさらっさらのストレートになって、身体をチクチク刺さない。身長も一気に伸びて、一緒に背筋も伸びる。

 自信がどんどん湧いてくる。今なら先生役もこなせそう。

千変万化鏡(カリドスクーペ)――鏖殺公(サンダルフォン)

 いい加減、コピーするのも慣れてきたわね。普通の変身と同じ感覚で変身させられるようになってきたわ。

「さあ十香、準備しなさい」

 十香はピンク色のブラウスの上に不完全な霊装を顕現させる。士道から一部の霊力を取り戻したわね。

「ああ、行くぞ七罪」

 こうして、勝負が始まったわ。

 

 贋物の鏖殺公(サンダルフォン)と不完全な鏖殺公(サンダルフォン)の剣戟が繰り広げられる。二振りの剣が光を描き、火花を散らす。

 でも、一方が明らかに自由な剣線をなぞっているわ。()()()()()()も贋物、つまり私の方が優勢。

 何度も刃をぶつけ合って、そのたびに十香が押し負けている。今も鍔迫り合いの後、十香を大きく下がらせる。

 その隙を狙って、大ぶりの一撃を加える。十香は何とか自身の鏖殺公(サンダルフォン)で逸らしたけど、息が上がり始めているわね。

 今度は十香が鏖殺公(サンダルフォン)を振り下ろしてくるけど、あっさり止める。止められてしまう。

 本当はこんなことあり得ないのに。

「強いな、七罪。正直、想像以上だ」

「間違ってるわよ、十香。私が強いんじゃなくて、あなたが弱いの」

 なるべく冷たく言い放つ。十香が遠慮なく怒れるように。

「私は戦闘に向いてないわ。ちょっと工夫しているだけよ」

 十香を押しのけて剣を振るう。

 最初は右斜め下からの切り上げ。そのまま手首で切り返して切り下ろし。身体をひねって横薙ぎ。

 身体の動きをイメージ通りに修正する。理想の剣士の動きと同じに。

 全て十香は対応するけど、威力を相殺できていない。完全に力で負けている。

「この剣技は……まさか?」

「そうよ、十香。これはあなたの剣技――というにはお粗末だけど」

 ラタトスクの記録を見て再現した技。私が一番強いと思った剣士の劣化コピー。

 それでも十香は負けてしまうわ。単純に霊力が足りないから。

 限定霊装と完全な神威霊装じゃ戦力が全然違う。私ですら、十香に勝ててしまうのよ。

「贋物の天使とあなた自身の猿真似に負ける。これが今のあなたよ」

 しっかり狙って勢いよく突きを繰り出す。

「くっ!」

 十香は何とか鏖殺公(サンダルフォン)を盾代わりにする。けれど、そのまま後ろに吹き飛ばされる。

 何度も地面に叩きつけられて、十数メートル吹き飛ばされたところでようやく止まった。十香は苦悶の表情でよろよろと立ち上がる。

「無様ね、十香」

「…………」

 何か言いたそうにするけど、歯を食いしばる十香。言い訳、しないのね。

 私も見てて嫌になる。私が思う最強の剣士は、私程度に負ける存在じゃないのに。

「こんなんじゃ、DEMにはボロ負けね。私もエレンからは逃げるしかなかったんだから」

 十香は悔しそうに身体を震わせる。色々話していたけど、実感が湧いてなかったのかしらね?

 

「DEMが士道のことを知ったら……どうするか教えてあげましょうか、十香?」

「どう……するのだ?」

 十香は息をのんで聞いてくる。教えてあげましょう、現実を。

「殺すのよ、あなたたちを絶望させるために」

「な、何故だ⁉でぃーいーえむとやらは精霊の力が欲しいのではないのか⁉シドーを殺しても何も得られないではないか」

 十香は目を見開いて驚いているわね。まあ、DEMの考えてることなんて意味わからないわよ。

「それは半分正解ね。DEMはね、私たち精霊を絶望させてから力を奪いたいのよ」

「絶望?どうしてそんなことを……」

「別に深く考えようとしなくていいわよ。理解出来たらダメな考え方よ。反転した霊結晶(セフィラ)が欲しいみたいだけど」

 愛曰く、今私たちの中にある霊結晶(セフィラ)は本来の姿じゃないらしいわね。精霊本来の力を手に入れたいDEMは、私たちを反転させてから殺したいって。

 なんでそんな面倒なことしたいのかしらね?存在自体が害悪な奴ら。

「理由なんてどうでもいいわ。大事なのはDEMが私たち、精霊を絶望させたいってことだけよ。あなたを絶望させる一番の方法は、士道を殺すことでしょ」

「っ……その……通りだ」

 十香は苦悶の表情を見せている。

 十香自身わかってるんでしょうね。十香を絶望させるために士道はこれ以上ない存在だって。

「あなたには同情してるわ。わけもわからないまま命を狙われて、その地獄から助けてくれた人を好きになって、今度は助けてくれた人が命を狙われる。

 一人の人間が抱えるには重すぎる運命よ。あなたが悪いんじゃなくて、そんな状況を迫ってくる世界の方が悪いわ」

 十香には心の底から同情している。ただ、自分を救ってくれた人に惚れただけだものね。

「別に諦めてもいいわよ。誰も責めやしない。……そうしたら、士道は間違いなく死ぬでしょうけど」

「そんなの……いやだ!」

 十香は勢いに任せて突進してくる。でも、簡単に受け止められてしまう。

「私はどうなってもいい。だが、シドーは、シドーだけは……」

「だったら、その気持ちを力に変えなさい。気持ちだけじゃ、何も解決しないわよ」

 十香を払い除けて反撃に出る。

「士道を、惚れた男を殺されてから泣くの?あの時、もっと力があればって後悔するの?」

 十香は防戦一方。一撃一撃を辛うじて逸らし、なんとかしのいでる。

「私はそんなの嫌。失いたくないから、今死ぬ気で力を手に入れる。利用できるものは何でも利用する」

 渾身の一撃で十香を吹っ飛ばす。それでも、気持ちは収まらない。

「十香、あなたにはそれくらいの気概がないの?あなたにとって、士道はその程度の存在?」

 完全に悪役ね。明日から十香は友達だなんて思ってくれないでしょう。

 でもいいわ。これで十香が力を取り戻せるなら。

 

 次の瞬間、空間が割れるような音がしたわ。膨大な霊力が暴風となって吹きつける。

「ようやくお目覚めみたいね……」

 そこには本来の力を取り戻した十香が立っていたわ。

 紫紺の鎧は神秘を宿し、燐光を放っている。本来の力を取り戻した鏖殺公(サンダルフォン)はバチバチと力を溢れさせているわ。

 結界を張ってないと辛いくらいの圧倒的な霊力。《プリンセス》と呼ばれるのに相応しい、堂々とした佇まい。

 いや、これ本当に私と同じ存在?そう言うのがおこがましいというか、恐れ多いというか。

「感謝するぞ、七罪。お前がいなかったら、私は弱い私のままだった。弱いままなら、シドーは死んでいたかもしれない」

「いや、そんなの別にいいわよ。私も焚きつけるためにいろいろ、言っちゃったし」

 なんか戦士のオーラみたいなのを感じるんですけど。本当に十香なの?

 何か知能指数も上がってる気がする。霊力と一緒に知能まで封印されてたんじゃないの?

「これはほんのお礼だ。私の本当の剣を見せてやろう。構えろ七罪!」

 十香は鏖殺公(サンダルフォン)を上段に構える。その剣には周囲が歪んで見えるほどの霊力が集まってる。

「そんなのいらないわよ!っていうか、私そんなのまともに受けたら死んじゃうんだけど!」

 私は雑魚狩り専門の雑魚精霊よ。ゴリゴリの戦闘特化に太刀打ちできるわけないじゃない。

「行くぞ、七罪!」

「話聞いてないわね!」

 もしかして、さっきので怒ってる?あの十香が意地悪してる?

 ……って、既に振り下ろす直前だし。ああ、もうこうなったら自棄よ。

「はぁ!」

 十香の気合と共に、大人の姿の私を軽く超えるような巨大な斬撃が飛んでくる。空気が悲鳴を上げてるみたいに震えてる。

 それを贋物の鏖殺公(サンダルフォン)で迎え撃つ。

 いや、ムリムリムリムリ。腕千切れそう。

 でも、何とかしないと本当に腕斬れちゃう。死ぬ気で押し返せ、私!

「コン・チキ・ショウ!」

 何とか斬撃をかき消したわ。人間、追い詰められたら案外できるものね。

「はぁはぁ」

「うむ、素晴らしい剣裁きだったぞ、七罪!」

「そりゃどうも……」

 はー疲れた。もう二度とやりたくない。

「それじゃあ、次だ」

「つ……ぎ……?」

 満面の笑みの十香の真意がわからない。いや、わかりたくない。

「これはでぃーいーえむを倒すための訓練なのだろう。だったら次は七罪が力をつける番だ」

「いや、あの、それは……」

 何とか理由をつけて断りたいけど、言いわけが思いつかない。

 

――私はそんなの嫌。失いたくないから、今死ぬ気で力を手に入れる。利用できるものは何でも利用する――

 

 さっき自分で言った言葉が逃げ道を塞いでる。十香の方が百パーセント正論ね。

「あーもう、やってやるわよ。ぎゃふんと言わせてやるんだから!」

 できそうにもないことを口走る。今の十香には、勝つどころか一太刀浴びせることすら難しいでしょうね。

 そのまま鏖殺公を構えて十香に突進する。丁度、さっきと真逆の構図ね。

「その意気だ、七罪。私の剣、全て教えてやろう」

 十香は嬉しそうな笑顔で私を迎え撃ったわ。

 その後どうなったかなんて聞かないで頂戴。惨めになるから。

 

◆◆◆

 

「あーいだい。今日はもう動きたくない」

 私はベッドの上で転がってにいたわ。身体中の痛くて立ちたくない。

「擦り傷と打撲がほとんどかな。十香さんって案外器用なんだね。剣を使ってるのに斬り傷がほとんどないなんて」

「代わりに剣の腹の部分で何度も叩かれたけどね」

 十香は容赦なく私をボコボコにしてきた。ゴルフボールみたいに飛んだときは、変な笑いが出たわ。

 お陰で鏖殺公(サンダルフォン)の扱いはだいぶマシになったけど。

「放っておいても治るし、医療用(メディカル)顕現装置(リアライザ)を使ったらすぐに元気になるよ」

 愛は随意領域(テリトリー)を使って診断してくれる。本当に私の彼氏何でもできるわね。

「それじゃあ、愛がやって」

 できればラタトスクの奴らにはあんまり触られたくないわ。信用……できないし。

「僕は専門じゃないんだけどな~」

 苦笑いをしながらも愛はやってくれる。手つきに迷いはなくてとても安心できる。

 

 気づけば治療は終わってた。顕現装置(リアライザ)って本当に魔法みたいな技術ね。

「治療は終わったけど、まだ疲れが残ってそうだね。おまけでマッサージでもしようか?」

「あんた、そんなことできるの?」

 愛は唐突に言い始める。今までそんな話聞いたことないんだけど。

「簡単なものなら」

「ええと、じゃあ……お願い」

 背を向けて大の字になる。ちょっと恥ずかしいけど、愛ならいいわ。

 今日は甘えましょう。明日からまた訓練なんだし。

「んっ……ああ、いいわね~」

 強く押されるたびに何とも言えない刺激が走る。ギリギリ痛みにならない絶妙な感覚。

 的確にツボを突かれてるってわかる。

「人に無防備な姿さらして、身体をベタベタ触られるなんて正気じゃない――そう思ってたけど、想像より悪くないわね」

 人に見せられる身体とマッサージに行ける余裕のアピールって思ってたわ。

 ちゃんと効果あるのね。真面目にやってる人には心の中で謝っておきましょう。

「安心して、変なことなんてしないから」

 誠実さをアピールする愛。でも、ちょっとイラっとする。

 こいつ、自分の立場忘れてないでしょうね?

「別に、あんたならいいわよ。……私の彼氏はどれだけ臆病なのかしらね?」

 愛は真面目な場面では絶対に手を出そうとしないんだから。私がらしくないことするしかないのよ。

「あはは……ちゃんと魅力は感じてるから」

 言いわけ地味たことしか言わないわね。本当に先が長そう。

 

「マッサージ上手いじゃない。どこかで習ったの?」

 身体が軽くなってるってわかる。これが身体の凝りをほぐす効果なのね。

 初めてだけど、初心者の域じゃないと思う。愛の人生考えたら、そんな機会なさそうなのに。

「昔、一通り勉強したんだ。最近はやってなかったけど」

 また愛の知らない側面が出てくる。意外ね、愛がそういうことを勉強するなんて。

「何かきっかけでもあったの?」

「……姉さんに構ってほしかったんだよ。訓練ばかりで近づきにくかったから、話す理由を作るために。

 無理な訓練で何度も倒れてたから、丁度いいと思ったんだよね。変な小学生だったな~」

 自虐しながら寂しそうな声で話す愛。うつ伏せになってるから見えないけど、どんな顔をしてるのかしらね。

「これだけ上手なら折紙も喜ぶわよ。合宿中にやってあげればいいんじゃないかしら?ゆっくりと他愛のない話でもしながら」

「そうだね。ありがとう、七罪」

「……何のお礼かわからないわね」

 私は面倒な未来の家族に媚びを売っただけよ。ご機嫌な愛を見て、私も少し顔をほころばせたわ。




十香が不遇気味だったので、テコ入れしたいと思ってました。別に十香が嫌いとかそんなことはないので。ただ、愛くんと一緒に動かしにくい。

今回の裏話は千変万化鏡について。
ラタトスクの記録を穴が開くほど見返して、天使の扱いを練習しています。現時点で使える四種(五種?)の天使は結構うまく扱えます。ただ、本来の持ち主には技術的にも勝てないってだけで。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。