ちなみに今回もコーデをAI生成しています。イメージの補強用によかったらどうぞ。
https://www.pixiv.net/artworks/132105554
七罪はクーラーの効いた部屋の中、ラフな格好でソファに転がっている。気持ちよさそうだ。
ここが私の定位置と言わんばかり。贅沢な家猫みたいだ。
「あ~、いいわね~。やっぱり、人類は一生家の中で過ごすべきなのよ。こんなクソ暑いのに、外へ出るなんて正気じゃないわね」
いつも通り過激な主張をしている。
基本的には七罪に賛成だ。でも今回はその主張に反対しないといけない。
「ねえ、七罪。旅行に行かない?」
ソファの背もたれの後ろから顔を出して七罪に声をかける。
「それって、ウッドマン議長から貰ったアレ?」
七罪は上半身を起こしてこっちを見る。そして、すぐに思い出したみたいだ。
先月、七罪と僕の誕生日パーティーで
「夏真っ盛りに行かなくてもいいじゃない?秋になって少し涼しくなってからにしましょう」
七罪は微妙に乗り気じゃない。家から出たくないみたいだ。
このチケットの行き先は九州の南の方の島。気温はさぞ高くなっていることだろう。
気持ちはわからなくもない。
「もうすぐ、DEMとの戦いが本格的になる。そうなったら、いつ落ち着いて旅行できるかわからないから。行ける内に行っとかない?」
僕たちは未来を掴むために戦わないといけない。今はただの休憩期間。
闘いの日々はすぐそこまで来てる。始まったら、ゆっくり旅行なんてできないと思う。
「……それもそうね。わかったわ、行きましょう」
七罪は納得してくれたみたいだ。身体をこっちに向けて話をする体勢になる。
「それで、具体的なプランは考えてるの?」
「目ぼしいところはピックアップしてある。ハイこれ」
まとめておいた文章をスマホで見せる。URLと写真つきで行きたい場所、宿泊先の候補を並べている。
「相変わらず用意がいいわね」
「超優秀なアシスタントがいるから」
フラクシナスのAI『MARIA』は情報収集・整理において最強の存在だ。そして
「クルーズに、天然洞窟、ヴィラね。結構いいじゃない。これなら人と関わらずに楽しめそう」
さらっと悲しいことを言う七罪。そんなに人と関わるのが苦手か。
友達もできたし、前よりは改善傾向にある。それでも、不特定多数の人はまだ無理なんだよね。
まあ、そう思ってプランを考えたんだけど。
「来週の終わりくらいから二泊三日で行くつもり」
「特に予定もないし、問題ないわね。準備しておくわ」
七罪は再びソファに転がり始める。足をバタバタさせてご機嫌そうだ。
「ああ、七罪。お願いしたいことがあるんだけど」
「何?」
七罪は大事なことを忘れている。このままでは少し面倒になるかもしれないことを。
♦♦♦
旅行先は小さな島だから船で渡るしかない。僕たちも近くまで飛行機で飛んで、船に乗る算段をつけた。
もともと隠れスポットのような場所だから、大勢の客は乗っていない。僕たちの他に五、六人程度だ。
「風が気持ちいいわね」
七罪の
「うん、強くも弱くもなくていい感じ」
七罪の言葉を肯定する。夏の暑さを和らげる心地よい風だ。
「いいデート日和になったじゃない」
「そうだね」
隣に立つ七罪の顔を見上げる。そこにはすれ違った人が二度見する美女がいる。
白いブラウスを着ていて、大胆なノースリーブだ。肩の部分はレースになっていて、白い二の腕が透けて見える。
ふわっと揺れるロングのプリーツスカートが大人っぽさを引き立たせる。すその星と月の刺繡が普段とは違い、控えめな主張をしている。
小さなかばんを肩から掛け、涼しげなサンダルを履いている。実用性がありながらも、しっかり服の雰囲気に合わせたようだ。
腕のリングと月がモチーフのイヤリングが輝いている。シンプルながらも七罪のセンスがわかる一品だ。
今日の七罪は大人モードだ。理由は単純で、中学生二人で旅行すると不審な目で見られるかもしれないから。
僕は百五十センチくらいだし、普段の七罪はそれより小さい。通報なんてされたら目も当てられない。
だから、七罪には変身してもらった。大人の姿でごまかすために。
「ねえ、愛はこっちの私、好きじゃない?あまり褒めてくれないけど」
七罪は人差し指を口元に当てながら視線を僕に合わせる。僕の愛情を確かめるかのように。
確かに、今朝褒めてからあんまり気持ちを外に出していない。
「全然好きだよ。どっちも七罪でしょ。僕は七罪を愛してる」
普段の姿の方が好きなだけで、こっちの七罪も大好きだ。でなければ、ずっとこっちの姿でいた最初の時期の乗り越えられなかった。
こっちはこっちで良さがある。普段より素直に望みを伝えてくれるから、叶えてあげたくなる。
それに、別人みたいに見えるけど根っこは一緒だ。真面目で努力家で寂しがりやなところが見え隠れしている。
最初のころ、気づいていることに、気づかれないようにするのが大変だった。
「素直な気持ちを伝えると怒るから控えてたんだけど」
「あんまり言われるのも恥ずかしいけど、言われないのも嫌なのよ。頭いいんだから、女心くらい汲み取ってちょうだい」
七罪は面倒な彼女の顔を全開にする。本当に扱いにくくて、かわいい彼女だ。
「それじゃあ遠慮なく。
もうね、最高だよ!ちゃんとこっちの見た目の良さを意識したコーディネートが素晴らしい!
普段の子供っぽい感じとギャップがある。大人のお姉さんって感じ。
バッグ、アクセサリー、サンダルもデザインの方向性が一貫させてるね。そっちの姿では珍しい清楚なイメージかな?
ポーズもあんまり身体を強調させるようなものは選んでないでしょ。僕のためかな?
七罪はかわいくあるべきだと思うけど、あんまり他の男を魅了しすぎるのもそれはそれで面白くないんだよね。
まあ、こんな美女を目立たないようにするほうが無理なのかもしれないけど。
口元が緩みそうなのをずっと我慢してた。とてもかわいいよ、七罪」
素直な気持ちをそのまま投げる。我慢していたことを言えて、すっきりした。
「そ、そう。その言葉、ありがたく受け取っておくわ」
七罪は腕を組んだまま笑みを浮かべる。余裕な振りをしているけど、口の端がぴくぴくしている。
こっちの姿の七罪も恥じらいはある。押して押して押し倒せばかわいい姿を見せてくれる。
僕は精いっぱいの強がりを見せる七罪を楽しんだ。これができるから、こっちの七罪の捨てがたい。
「お、お姉さんきれいですね。弟さんとりょ、旅行ですか?」
空気をぶち壊すように若い船員が話しかけてくる。声が上ずっていて、とても接客業の人間だとは思えない。
接客態度が崩れている理由は明白だ。男は鼻の下を伸ばして、七罪を品定めするような目で見ている。
今の七罪はモデルが裸足で逃げ出す絶世の美女。主張を控えめにしても視線を集めてしまう。
こっちの方が大衆受けするってだけで、普段も美少女だと思うけどね。少なくとも僕はずっと腕の中に抱いていたい。
「あら、ありがとう」
その言葉に対し、七罪はさらりと返す。僕の言葉への反応とは大違いだ。
その姿を見て暗い感情がちらりと覗く。七罪の心を動かせるのは僕だけなんだ……。
それがとても嬉しい。彼女が別の男になびく姿は見たくない。
「でも、訂正しなきゃいけないの。愛は弟じゃなくて彼氏よ」
さらに七罪は追撃を加えた。僕を引き寄せて腕の中に抱える。
しっかりと身体を密着させて、ただならぬ関係をアピールしている。ただ、身長差のせいで頭に胸が乗っかっていて不格好だ。
流石にこれは子供っぽ過ぎないだろうか?……少し恥ずかしい。
「え?」
職員は僕の方を見て目を丸める。どう見ても子供の僕が七罪の彼氏ということが信じられないのだろう。
「どーも、七罪の彼氏です」
棒読みで挨拶する。こいつに礼節をもって接する必要性を感じない。
田舎だから甘く見てたけど、かなり不快な船員だ。七罪のことも見てくれだけで評価しているし。
こっちの七罪からも良さはわかるだろうに。美しい身体を効果的に演出する立ち回りは一流のものだ。
動きの一つ一つに神が宿っている。お手本を死ぬほど見て、自分の体の動きをミリ単位で調整した努力が伺える。
「気が利くし、頭もいいし、何より私のこと大好きなのよ。今回の旅行も愛が手配してくれたの。私の水着姿が見たいからかしらね?」
七罪は僕のことを撫でながら惚気る。体勢は恥ずかしいけど、今回は大人しくされるがままにしておこう。
「お前の負けだ、馬鹿もん」
奥からやって来た白髪交じりのおじさんが若い船員を殴る。いかにもベテランと見習いって感じの日に焼けた。
「って~、何するんですか船長?」
「それは俺のセリフだ。お客様に失礼な態度を取るんじゃない」
若い船員は頭を押さえながら反抗的な目を向けたが、おじさんの一睨みで逃げて行った。見ていて結構すっきりした。
「失礼しました。仕事の覚えはいいんですが、美女に目がないもので。改めて活を入れておくので、ご容赦願いたい」
おじさんはこちらに向けて頭を下げる。その潔い姿には好感が持てる。
「いいですよ。船長さんの顔に免じて、何もなかったことにします」
「ありがとうございます」
いい年なのに中学生相手に頭を下げられる。見ていていい気持ちになる人だ。
「あの男に言っておいてちょうだい。最低でも半分は顔に視線を向けなさいって」
どこに目を向けていたかなんて言うまでもないだろう。そういう視線は女性に見えているものらしい。
「ははは、伝えておきます」
おじさんは苦笑いしながら了承していた。こんなこともありながら、島にたどり着いた。
♦♦♦
今回泊まるのはヴィラ、つまり普通の家みたいな宿泊施設だ。家具や日用品もそこそこ備え付けてある。
「電気も水道も問題なしと」
念のため確認をして回る。二泊するのに困ることはなさそうだし、ちゃんと掃除もしてある。
「プールまでついてるのね。金持ちの別荘みたい」
七罪はベランダにあるプールを見ている。少し小さいけれど、二人なら十分な広さだ。
「一回くらい入ってみてもいいかもね」
別でビーチに行くつもりだけど、こっちはこっちで楽しんでもいいだろう。
「何?本当におねーさんの水着が見たいの?」
七罪は蠱惑的に迫ってくる。こっちの七罪は本当に積極的だな。
「おねーさんはその姿に合う水着持ってるの?」
水着を三着も買ったけど、全部本来の姿に合わせたものだ。その姿には小さすぎる。
「私は精霊よ。水着ぐらい好きなものを用意できるわ。こんなところにASTもいないし、構わないでしょ」
七罪がイタズラっぽく笑う。ここまで言わせて断るほうが悪いか。
「じゃあ、今日はナイトプールにしようか。後で水張っておくよ」
「そう来なくっちゃ。水着のデザイン考えておくわ」
七罪はそう言って荷物を置きに行く。楽しそうで何より、かな。
♦♦♦
ケバブみたいな昼ご飯を食べて出かける。今日のためにタクシーを用意してある。
「本当、あんた段取りがいいわね。
半ば呆れたようにタクシーに乗り込む七罪。僕も後に続いて隣に座る。
そのまま発進する。目的地は少し先だ。
「いや、
道すがら、少し昔話をする。なんだかんだで七罪にも話していないことはいろいろある。
七罪と遊び始めたあたりで姉さんにデートの教えを受けた。女性のエスコートの基本はそのとき学んだ。
「……よくそれで、まともなデートプラン建てられたわね」
七罪は半目で僕のほうを見る。姉さんの暴走具合を知ってたらそういう目になるか。
何せ、初デートでホテルに連れていく人だ。疑うのも無理ない。
「大事なのは参考にする部分を選ぶことだよ。計画性や事前調査、店選びのセンスは一流だから」
人には得手不得手がある。姉さんは距離感が近すぎるけど、大人のデートのツボを押さえていると思った。
それらを整理して真似すべきところは真似した。あとは時間をかけて自分流に調整しただけ。
「相変わらず優秀ね」
「そうかな?多少頭が回るなら、誰でもできると思うけど」
特別なことをしたつもりはない。
「あんたの頭の中で基準が折紙や琴里になってない?あいつら超がつくほど優秀よ」
「……そうかもしれないね」
なんだかんだ、僕の周りにいた人全員優秀だった。ASTのみんなも姉さんには見劣りするけど、エリート集団だ。
いつの間にか僕の価値観おかしくなってたかな?修正しないといけないかもしれない。
♦♦♦
透き通った青い海。船着き場にはちょっと特殊な船が停まっている。
「予約してた鳶一です」
「お待ちしていました。こちらへどうぞ」
受付の人の案内に従って、簡易的な橋渡しを通って船に移る。船の中央は透明になっていて、船の真下がきれいに見えるようになっている。
「海の中の景色を見るのって、ダイビングだけじゃないのね」
「天気とか潮の流れに強く影響されるから、時間帯選びが大変なんだけどね。七罪はこっちのほうがいいでしょ」
七罪の性格的にマリンスポーツは合わないと思ってた。そういうのはみんなと一緒のときでいいでしょ。
「そうね、私はこっちの方が好みよ。わかってるじゃない」
「七罪の彼氏だからね」
ちゃんと肯定されて結構うれしい。僕の中の七罪のイメージは多分間違いないと思ってるけど、結局のところ本人しか答えはわからないから。
「胸張っちゃって。かわいいわね」
七罪は僕の頭をなでる。……こういうのは求めてないんだけど。
まあされるがままになってあげよう。七罪がそうしたいのなら。
船は間もなく海へ出る。船底の景色が一気に変わり、サンゴや魚の群れなんかが見えるようになった。
「見て愛、見たことない亀がいるわよ」
「ウミガメかな?」
七罪の指さす先では亀が優雅に泳いでる。甲羅がギザギザしていて、全体的にとげとげしている感じがする。
「あれはウミガメじゃなくてタイマイですね。日本じゃこの辺でしか見られない亀ですよ」
船員が解説してくれる。海にいる亀ってウミガメだけじゃないのか。
七罪も海の景色を楽しんでくれたみたいだし、僕自身の案外楽しめた。海の生物って面白いな。
♦♦♦
日が落ちかけた夕暮れどき、再びタクシーに乗って移動する。窓から目的地が見えてきた。
「あれは、神社?」
「星見神社って名前らしいよ。この島、星や月を信仰の対象にしてるみたい」
小高い丘の上に立つ鳥居が見える。形は典型的だけど、星と月が刻まれている。
「嫌いじゃないっていうか、むしろ私好みなんだけど。なんか性格を把握されてるみたいで、ちょっと不気味ね。この島が全体的に私の好みに合いすぎてるっていうか」
七罪はちょっと居心地悪そうだ。ラタトスク相手に心を読まれたからかな。
「まあ、今回の旅行先選んだの
「……カレンね」
七罪が僕と同じ予想にたどり着く。この行先を選んだのは多分、
車椅子生活で何かと不自由な
「なんとういか、世話にはなったんだけどね……」
七罪は神社の方を見ながら黄昏ている。あの人と何かあったのかな?
アメリカにいたときは、ちょこちょこ連絡とってたみたいだし。あの人のあの人で変わり者だからな~。
「星の形に剪定するなんて、器用なことするわね」
七罪の言う通り、境内の木々は星の形に整えられている。高頻度で駆らないといけないだろうに、すごいな。
「いや、本当、真似しようと思えない」
僕なら絶対途中で諦める。そっくりなレプリカ買って誤魔化すな。
「あっちに絵馬とか売ってるわね。折角だから、何かお願い事していきましょうか」
「いいね」
七罪も珍しくこういうのに乗り気になってる。是非そのまま楽しんでいただこう。
「願い事に決まったものはないみたいね。交通安全とか学問成就とか」
「まあ、信仰対象が星だからね。何でも叶えてくれるんでしょ」
「それじゃあ、私の願いを叶えてもらおうかしら」
七罪はすらすらと絵馬に文字を書いていく。
「何をお願いしたの?」
「来年も、愛と旅行に行けますようにって」
「……そっか」
簡単なようで難しい願いだ。それはつまり、DEMや崇宮澪との戦いを生きて越えないといけないんだから。
いつ誰がどれだけ死ぬかわからない戦い。それでも、生き残らないといけない。
「だったら、僕は七罪との関係が永久に続きますようにって」
「あらあら、独占欲丸出しね。私じゃなかったら引かれてるわよ」
七罪の隣で言葉通りに書いていく。その姿を見て、七罪は楽しそうにからかう。
「今更だよ。七罪がいたら僕はそれでいい」
覚悟は既に決めてる。死ぬまで七罪を愛するつもりだ。
「ふふふ、嫌いじゃないわよ。そんな子供っぽい愛が。あなたを受け入れられる、私の度量に感謝しなさい」
七罪は胸に手を当ててほほ笑む。こんな話題にさらりと返してくれる。
本当に、僕を受け入れてくれたこと、感謝してるよ。これ以上ないくらい。
♦♦♦
先ほどの神社の裏手。そこには小さなカフェが建っている。
「おしゃれなカフェね」
「さっきの神社の関係者がやってる店らしいよ。こっちも星と月のデザインがいっぱいあるでしょ」
名前なんて月詠だ。ここまで一貫性があると、素直に尊敬するしかない。
「予約の鳶一です」
「お席にご案内します」
ウェイトレスさんが案内してくれる。総席数がめちゃくちゃ少ないから、念のため予約を取っておいた。まあ、今お客さん僕たちだけなんだけど。
背後には青い海と雲が浮かぶ空が見える。開放感のあるテラス席だ。
「月見タルトでございます」
テーブルに置かれたタルトは、まるで夜空のように三日月と星が描かれている。
「女子受けよさそうな感じじゃない。スイーツもカフェも」
七罪はフォークを弄びながら景色とタルトを交互に見ている。まるで自分を女子の外に置くような言い方をしながら。
「七罪自身はどうなの?僕は世間一般の女の子じゃなくて、七罪の感想に興味があるんだけど」
七罪は一瞬驚いた顔を見せて、すぐに少しほほ笑む。
「結構好きよ。運動した甲斐があったわね」
七罪から悪い雰囲気は感じない。満足してくれたかな?
ここまで微妙な高低差があったからな。石造りの階段は車じゃ上がれなかったし。
「明日も期待してるわよ、愛」
そう言って七罪は紅茶を優雅に飲んだ。
「大丈夫、任せてよ」
微妙に虚勢を張りつつ、僕もタルトの最後の一口をほおばった。
♦♦♦
日も完全に沈み切った夜。ライトアップされた水面がゆらゆらと輝いている。
七罪の希望通り、プールの準備をした。本日最後のイベントだ。
「待たせたわね、愛」
着替えた、というか水着を作ったであろう七罪が姿を見せる。
夜会のドレスのような黒いビキニだ。長めのパレオがスカートのようにふわりと舞う。
ファッションモデルのような歩みでこちらに来る。観客への見せ方を意識した動きだ。
身体をくねらせて余すことなく水着と肢体を見せつける。しかし、わざとらしさは感じさせないライン。
「きれいだよ、七罪。今日しか見られないのがもったいないくらい」
「あら、愛の頼みならまた見せてもあげていいわよ。おねーさんにかわいくおねだりできたら、ね」
僕の言葉に七罪は冗談っぽく返す。いや、冗談じゃなくて本当に”かわいくおねだり”させられるかもしれないな。
頭の中で『そんなんじゃだめ。もっとかわいく』って言ってる姿が簡単に浮かぶ。……考えないようにしよう。
プールサイドに座って膝から先だけ水につける。どうせ明日も水遊びはするし、今日はゆったりとして休憩でいいだろう。
七罪が面白がって波を起こすと、こっちの足まで揺らされる。僕はされるがままになる。
「ねぇ、愛。私、迷ってたのよ」
「何を?」
「
七罪がぽつりとつぶやく。その言葉は、七罪が長い間悩んでいたことをにじませている。
「醜い自分の姿が嫌で、理想の自分を作り上げて演じてた。こっちならみんなチヤホヤしてくれた。本当の私に見向きもしなかった奴らが、こっちの私には必死な顔で優しくしてくれた」
その言葉には強い実感がこもっている。何度も実際に経験してきたことなのだろう。
「でも、あんたは違うんでしょ。こっちの私よりも、いつものちんちくりんで性格ひねくれてる私の方が好きなんでしょ」
「……七罪のイメージにだいぶズレがあるけど、その通りだよ。僕は普段の小さくて、気が利いて、素直じゃない七罪の方が好きなんだ」
星空を見ながら七罪の確認に答える。だいぶ前から本人に言い続けている通り、僕は理想の七罪じゃなくて本来の七罪が好きだ。
「だったら、こっちの姿はいらないんじゃないかって思ってたのよ。前と違って、本当の姿で人前に出られるようになったわ。
今更、愛以外の誰かをたぶらしたいとも思わない。愛が望まない姿なんて意味ないんじゃないかって……」
七罪は自分の胸の前で手を握る。僕よりもはるかに大きいはずのその姿が、とても小さく見えた。
「だから、愛がこっちの姿でデートするって言いだしたとき、ちょっと驚いたわ」
七罪の言葉の後、少しの静寂が流れる。プールの水がちゃぷちゃぷと遊ぶ音だけが響く。
「昼頃にも言ったけど、どっちも七罪でしょ。無理してなくさなくてもいいと思う」
なんとなく夜空に手を伸ばす。実体のないものをその手に掴むように。
「本来の七罪を押し込めてそっちの姿ばかりでいるのはよくないと思ってた。でも同時に、そっちの姿をないがしろにするのもよくないと思う。
七罪もその姿、気に入ってるんでしょ。僕は無理せず自然にいられること大事だと思うよ」
再び七罪の向き直り、しっかりと顔を見つめる。七罪は神妙な顔つきをしている。
「それにね、もったいないじゃん。どっちの七罪もそれぞれ違う魅力があるんだから。僕はどっちも大好きだよ」
紛れもない本音を告げる。それを聞いて、七罪は呆けた顔をする。
「ふふふ、何?もう一回口説き落とそうとしてるの?」
立ち直った七罪が軽口をたたく。普段の調子が戻ったかな?
「いいじゃん、何回口説いても。釣った魚には餌をやらないなんて、つまらないことを言うつもりはないよ」
「そうね。あんたは
七罪は泣き笑いしながらプールに入っていく。
「悩んでたのが馬鹿みたいじゃない。そういうことなら、早く言いなさいよ」
そして、水をかけてくる。やけくそに作り出された波は、身体全体を思いっきり濡らす。
「理不尽じゃない?今回は僕、悪くないよね?」
「いいや、あんたが悪いのよ。悔しかったら反撃してみなさい」
七罪はわざとらしくそう言っている。自分でも八つ当たりだってわかってるんだろう。
そういうことなら遠慮なく反撃させてもらう。二人しかいないプールで、はしゃぐ声と水音はしばらく途切れなかった。
デート回は基本的に書くのが大変です。いろいろ調査しないといけないし、話も長くなりがちなので。でも、その分楽しいですね。
さて今回の裏話は七罪とカレンの関係について。
アメリカ時代、ラタトスクへの窓口は愛君でした。しかし、愛君に話しにくい話題もいろいろあります。そういうときに七罪の希望を聞いていたのがカレンです。カレンは薄々七罪の本来の姿に気づいていました。