そして、ひと段落がつき三々五々とみんな散っていく。僕は部屋に残って待っていた。
久しぶりの再会を楽しむために。
「待たせたね、愛。君に会うため日本へ来たのに、なかなか時間が作れなくて済まない」
「いえ、忙しいのも僕たちのためですから」
精霊を、僕や七罪を守るために身を粉にして働いてくれている。礼を言いこそすれ、文句など出ようはずもない。
「相変わらず、早熟な子だ。昔はもう少し遠慮がなかったのだが」
「……忘れてください。昔の話です」
アメリカに行ったばかりのころは精神的に余裕がなかったからな。姉さんと喧嘩別れした直後だった。
高性能な
その後、技術者の人たちとたくさん交流してた。交流しすぎて、カレンさんに止められたっけ。
よくもまあ嫌われなかったものだ。一時期はほぼ毎日通ってたから。
「そうだね。一年半も前の話だ」
「…………」
気まずくなって口を尖らせる。ええ、十四歳の僕にとって、一年半前は昔ですよ。
「あなたが、エリオット・ボールドウィン・ウッドマン?」
後ろから姉さんが近づいてくる。会議の後も残ってたみたいだ。
鋭い目で
「いかにも。何か聞きたいのことがあるかな、お嬢さん?」
そんな態度にも
「あなたがアメリカにいた愛のお世話を?」
「私は彼に情報の対価を支払っただけだよ。そんな大層なことはしていないさ」
明らかに対価を越えた恩恵を受けてたんだけど。衣食住に困ったことはなかったし、修行のためのわがままも聞いてもらった。
でなければ、
「そう。……感謝している。弟を守り育ててくれたこと」
姉さんは深々と頭を下げる。そういうことをするとは思わなかったから、驚いてしまった。
姉さんはただでさえラタトスクを信用していない。その首魁に頭を下げるなんて。
「でも、それもこれまで。これからは私が守る。愛のことを」
頭を挙げながら、
「ちょっと姉さん、それは……」
「愛は少し黙っていて。あなたは甘すぎる」
姉さんを止めようとしたけど、逆に制された。その顔を見ると何も言えなくなった。
「……いい家族を持ったな、愛」
「ええ、自慢の姉です」
その言葉に少し心を惑わせながらも素直に応える。暴走しがちだけど、優しくて愛情深い人だ。
「
私は未来ある若者を育てるだけ。その先は愛が決めることだ」
姉さんに優しく厳しい視線を向ける
「あなたはどうして愛に入れ込むの?」
「私たちは間違えた。過ちを犯し、世界に取り返しのつかないことをしてしまった。
私たちと同じ間違いを犯してほしくないのだよ。君たちには」
空間震という災害が発生するようになり、精霊が暴れている。毎年、どれだけの街と人が被害に遭っているか?
責任を感じずにはいられないのだろう。
「《ブリュンヒルデ》を間違ったことに使うつもりはない」
静かにつぶやいた言葉はよく響いた。過ちを犯した姉さんだからこそ、
「ああ、それでいい。それで十分だとも」
「一人にしてあげた方がいい。彼女には一人で考える時間が必要だ」
「……わかりました」
経験上、よく知っている。僕はこういうのに不向きだ。
歩いて出ていく姉さんの後姿を見送った。思いつめて変なことにならないことを心から祈る。
♦♦♦
フラクシナスを出て、まっすぐ家に帰ってきた。家族のいないマンションが私を出迎える。
家の扉を開けて、ほとんど無心で仕掛けている罠を解除する。
そして、とにかくすることを探す。余計なことを考えないように。
そういえば、まだ修学旅行用の荷物を準備していなかった。今から始めたら丁度いい。
荷物を片付けながらでも思考は案外できてしまう。無意識のうちに自身の不満と向き合ってしまった。
わかっている……つもりだった。私はただ愛と、意味のない時間を積み重ねただけだと。
ずっと向き合ってこなかった。煩わしいと思ってしまったことも一度や二度ではない。
訓練の邪魔をされるのに憤りを感じていた。どうしてお父さんの復讐を邪魔するのかと、思っていた。
私は間違っていた。ただあの子は、家族の時間を持ちたかっただけ。
失ったものばかりに縋って、手の中にあるものをないがしろにしたのは私自身。だからこそ、この現状は自業自得。
私はあの子の姉であっても、理解者ではない。それが嫌というほどわかった。
七罪は私よりも愛に信頼されている。……不本意ながら、それは納得できる。
彼女はどこまでも愛に寄り添う覚悟をしている。最早、狂気の領域と言ってもいい。
だからこそ例外として扱うことができた。相手が悪いと。
しかし、あの男は違う。大事に扱っていても、常識の範囲。
勝てるはずだった。勝たなければいけなかった。
しかし、私自身が負けを認めてしまった。愛のためになっているのは私よりあの男だと。
「どうして……」
過去に戻れるのならやり直したい。そうすれば、私もあの子の一番に……。
無意味な思考は止まらない。過去に戻れるとしても、私が選択を選びなおす権利などない。
間違えを受け入れて積み上げていくしかない。幸いにも、機会は与えられているのだから。
♦♦♦
トリプルチェックを終えて、《ノルン》を装着する。これで準備は万全だ。
摸擬戦のためのフィールドに立つ。普段の倍の出力で展開された
反対側にいるのは金髪の若い男性。黄金のCRーユニットがよく似合っている。
槍を肩に担いで、鼻歌を歌っている。余裕を感じさせる態度だ。
しかし、決して油断しているわけではない。
その周囲に溢れんばかりの魔力。そして洗練された
相変わらず、格の違いを感じさせられる。まだ本気になっていないのに。
「来たな、愛」
僕の姿を見てにやりと笑う。それだけで多くの女性を虜にするのだろう。
「お待たせしました、
努めて冷静に返事をする。高ぶる気持ちを必要以上に出さないように。
武者震いが止まらない。圧倒的強者に挑戦できる、数少ない機会。
絶対に得るものを得て終える。その覚悟を胸の奥にしまった。
♦♦♦
「摸擬戦、ですか?」
「ああ、そうだ。エレンと戦うことになるだろうから、少し感覚を取り戻したい。相手をしてくれるかい?」
「それは構いませんが、先生はその、時間が……」
そんな貴重な残り回数をここで使うなんて。
「エレンを相手にウォーミングアップをする方が危険だよ。それに、成長した君の力をこの身で確かめておきたい」
「……わかりました。全力でお相手させていただきます」
多分、全部建前だ。久しぶりに稽古をつけようとしてくださっている。
全力で挑む。失望させることのないように。
♦♦♦
『ウッドマン卿、愛君準備はよろしいでしょうか?』
スピーカーを通して神無月さんの声が聞こえる。審判を務めてくれている。
『いつでもいいぜ』
マナを扱う
普段の落ち着いた態度とは打って変わり、少し荒っぽい顔を見せる。しかしながら、深い知性も併せ持っているバランスの良さを感じる。
これが
「こちらもいつでも構いません」
十二機の
どこから不意打ちされても問題ない。そのような手は使わないだろうけど。
『それでは、始め!』
神無月さんの声がフィールド中に響き渡る。僕の挑戦が始まった。
槍を緩く構えている
「ふっ」
一瞬で三機の
「あれは……」
目視にて確認すると、ほとんど溶解した
出力はそこまで高くないとはいえ、
恐ろしいまでの魔力出力。そして、それを最大効率で運用する技術。
凄まじいな。思わず息を呑む。
「
だが、
槍を担いでゆっくりと話に興じる
そして、実戦を意識したアドバイス。僕の癖の問題点を指摘する重要なものだ。
「ご忠告感謝します。それでは、攻め方を変えましょう」
壊された分の
あんなことを繰り返してたら戦闘が続行できなくなる。方針を変えないと。
今のでわかった。
攻撃を全部避けないといけない。そのためにどうするか。
「ほう、姿を消すか。魔力まで探知できなくするとは、ずいぶん器用になったじゃないか」
「全方位攻撃って手もあるが、それはスマートじゃねえな。さて、どうしようか」
陽動を仕掛けて、本命を当てる隙を作る。でないと攻撃は通らないと思った方がいいな。
(一から四号機、モード《ウルズ》。
自動制御に切り替えて
ここで大技を仕掛けてもダメージは期待できない。周囲を警戒する余力が残っているのだから。
どうやっても攻撃をすると魔力を発してしまうし、高速で移動すると
ここからだ。
(五から八号機、モード《スクルド》)
別の四機を完全制御状態にして先生の付近に展開させる。邪魔をさせるために。
先生が避けた攻撃の軌道を変えて再び攻撃を当てる。届く前の攻撃の速度を変えて避けにくくさせる。
収束させて貫通力を上げる。魔力を後込めして威力を上げる。
姉さんと戦った時の再現だ。これならさっきと違って対処しにくいだろう。
「ああ、まあ……悪くはねえよ」
でもこれなら隙を作れるか?攻撃の密度を上げようとしたそのとき。
「ただ、俺が相手なら悪手だな」
急にレーザーが飛んでくる。距離があったから簡単に避けることができたけど、完全に油断してた。
先生はレーザーを打つ様子がなかった。速射したのか?
「レーザーを調整するのがお前だけの特権だと思ったら――大間違いだぞ」
違う。
自分の出したレーザーを調整するのとはわけが違う。
エレンの理不尽さを彷彿とさせる。いや、技術に関してはそれ以上か。
「凄まじいですね。自分の未熟さが嫌になりますよ」
「おいおい、
僕が現時点で追いつけると思う方がおかしい。それでも……
「僕には時間がないんです。今、力がないと、何も守れない」
DEMとの戦いは目と鼻の先。そのとき、七罪と姉さんを守れる力が必要だ。
このままじゃダメだ。少しでも力を手に入れないと。
「……そうか。じゃあ、いいことを教えてやる。
お前は搦め手に頼り過ぎだ。もっとシンプルに力を振るってみろ。お前は卑屈になるほど弱くねえよ」
先生は頭をこっちをじっと見つめながら諭す。僕の内心を見透かすように。
「でも、僕と
「そのための
口を吐いて出た反論。それはあっさり叩き落された。
♦♦♦
二人の戦闘の余波を防ぐための
私と神無月と真那とカレン。この四人で戦いを見守ってた。
「あの兵装の真価?いったい何のことでいやがりましょうか?」
真那が首をひねる。二人の会話の意味がわからなかったみたいね。
「あんた、
「……違うと?」
真那は嫌そうな顔をしながら私を見る。私にものを教わるのがい嫌なのね。
はあ、面倒。
カレンにパスしましょうか。私よりも設計したこいつの方が詳しいし。
カレンにアイコンタクトを送って説明を促す。カレンは少し呆れた様子で、引き受けたわ。
「
「兵装で
真那は訝し気に眉を潜める。へぇ、アレの真似事する馬鹿が他にいたのね。
「ええ、私も
こいつって
まあ仕方ないけど。倫理観捨ててもできないような、イカレた兵器だし。
「じゃあ、どうやってそんなことできるようにしてるんでいやがりますか?」
「使用者の脳を事前にスキャンして、限りなく本人に近いAIを
「は?」
カレンの小難しい説明が理解できなかった――そういう顔じゃなさそう。まあ、そうなるでしょうね。
私も初めて聞いたとき顎が外れそうになったもの。
「いや待ってください。AIと自分の脳を接続?そんなことが可能なんですか?」
「できます。できてしまいます。愛以外にもできた
真那の質問に対して、カレンは動じずに答えてる。そして、神無月に視線が集まる。
「ええ、
神無月は苦々しい顔で答えたわ。できれば使いたくないって。
「一体、どんな弊害があるんでいやがります?」
「……AIと接続していると、まるでAIと自我が溶けて混ざっていくような感覚に陥ります。気持ち悪いですよ。あの自分が人でなくなっていくような恐怖は」
神無月は吐き気を抑えるように口元を抑えてる。私は味わったことないけど、よっぽどなのね。
「あいつ、あの兵装を普段使いしていやがりますよね?」
真那は化け物でも見るような顔で愛を見てる。久しぶりね、その目。
「ええ。私もなんで愛があれを平気な顔で使えているかわかりません。才能……なのでしょうか?」
カレンも複雑そうな顔で見てるわね。こいつ自身、いろいろと思うところがあるんでしょう。
「まあ、あいつが無理している様子もないし、おかしくなってもない。力が必要なのも事実だし、今は黙認してるって感じね」
開発からしばらく経って、問題がいろいろわかってきた段階で私は愛を止めた。でも、あいつは使い続けた。
多少のリスクは覚悟してるって。大喧嘩の末に、折れるしかなかった。
「色々と工夫は凝らしました。今なら、人間のまま精霊を超えられるかもしれません」
カレンが愛を見ながら、つぶやく。こいつなら、愛の身体に最大限気遣って設計してくれたんでしょうね。
全員固唾を呑んで見守る。頼むわよ、愛。
♦♦♦
みんな
最初は何が違うのか悩んだ。どこがおかしいのか必死に考えた。
でも、わかったのは自分が人間の常識から外れていることだけ。そういうものだと理解する方が早かった。
僕は化け物でいい。七罪と姉さんをを守れるなら人間である必要性なんてないじゃないか。
そこからはだいぶ楽になった。枷が外れたように自由に考えることができるようになった。
多分、
『鳶一愛』の解釈を広げるんだ。自分という存在を定義づけして、それを満たすなら『鳶一愛』としてしまう。
僕はまだ
自身の周囲に
それが僕以外の限界ラインだから。でも、僕は越えられると知っている。
アラートを止めてシンクロ率を上げる。どんどん自分という存在が希釈されているような感覚が訪れる。
気持ち悪いとは思わない。むしろ、抵抗感がないことこそ恐怖だ。
この先まで行ったとき、それは『鳶一愛』なのかわからない。
いや、恐れるな。どうなろうと、七罪と姉さんを守る意思があればそれは『鳶一愛』だ。
溶け合え、混ざり合え、一つになれ。そして掌握しろ。
十二個連結したAIは海のように大きいけど、所詮僕のコピーだ。その水は僕によく馴染むはず。
取り込んで僕という存在を大きくしろ。それが新しい力になる。
♦♦♦
再び目を開いたとき、世界が違って見えた。自分が世界に溶けてしまったような、世界が僕で染まってしまったような一体感。
僕は何をしていたんだっけ?何をしたいんだっけ?
「愛、大丈夫か?」
誰かが問いかけている。愛って誰のことだっけ?
とりあえず、あの人のもとに歩いてみようか。他にすることもないし。
身体を動かすと違和感を感じる。この動きはとても不自然だ。
重心の位置がずれてる。もうちょっと左にした方が重力の抵抗を受けない。
足はもっと着地点を意識して体重を変に動かさないように。肩の力はもっと抜いて。
うん、だいぶ良くなった。これでもうちょっとマシに動くでしょ。
あの人武器持ってるな。だったら僕も武器を振るった方がいいかな?
周りでずっとふよふよしてる僕の手足。何かできるかな?
イメージすると光線が出た。これなら武器になりそうだね。
早速試しに撃ってみる。爆発してすごい音が出た。
背後の壁に穴が開いてる。あんなにあっさり壊れてもらったら困るんだけどな。
それにしても、あの人に当たらなくてよかったな。いきなり当てるのは失礼だから。
あれ、僕そもそもなんで失礼って思ったの?あの人のこと知ってたっけ?
え~と、よく知ってる人だった気もする。もうちょっと考えてみよっか。
溶けて完全に分散していたものが凝集する。薄まり過ぎていた人間性が蘇る。
冷静になって寒気がする。あまりの精神性の変化に。
僕は何をしていた?僕は何になっていた?
とにかく、今すぐ
一斉に緊急停止を行う。周囲に浮いていた
「はぁはぁはぁ」
怖かった。何をしでかすのかわからない自分自身が。
「お前は、愛か?」
「大丈夫です。辛うじて、ですが」
一歩間違えたら戻ってこれなかったかもしれない。これは精霊の力とは違う怖さがある。
摸擬戦はその時点で終了となった。僕は新たな爆弾を抱えてしまった。
愛君が愛用している装備がまともなわけないです。実は周囲がドン引きするほどのイカレ装備でした。
さて今回の裏話はウッドマンの内心について。
なんでこんな危ない装備を強化したのか?理由は愛君を精霊にさせないためです。どうせ力を求めるので、せめて