『愛を怒らせた⁉』
インカム越しに琴里の声が響く。珍しく……もないけれど、大きな声を出して驚いている。
「ああ。君との間を取り持つつもりだったが、余計なことをしてしまったようだ。すまないね」
「いや、令音のことだから下手を打ったわけじゃないんでしょ」
「……今回はそうとも言いづらいね」
琴里の信頼が今回は心苦しい。この件に関しては出過ぎた真似をした自覚がある。
「一体、何言ったの?」
「琴里との仲直りは早い方がいい、とね」
「ん~、まあ煙に巻こうとしてる感じに聞こえるわね。『大事なこと黙ってたくせに』って思うかも。……そこまで怒るかは疑問だけど」
琴里は悩ましそうに声を上げる。
「……かなり怒っていたよ。七罪が止めるくらいには」
正直、今までの関係に甘えて考えていた。
元々気難しい子だ。石橋を叩いて渡るくらいの気持ちでいるべきだったかもしれない。
「私の蒔いた種だし、今回は運が悪かったわ。作戦行動は続けてるみたいだし、面倒ごとが片付いたら二人で謝りに行きましょう」
琴里は私に気を遣い敢えて軽い調子で話す。それほど簡単な事態ではないとわかっているだろうに。
「そうだね。今度は誠心誠意頭を下げて許しを請うとしよう」
そうでなければ、示しがつかない。
「……本当、あいつとはただの友達として出会いたかったわ」
琴里の独り言が響く。ラタトスクの司令官として出会わなければ、良い友人でいられただろう。
「心から同意するね」
ただの■として過ごすことができたらどれほど幸せだっただろうか?いや、出会いの時点から叶わない妄想か。
「悩んでても仕方ないわね」
パンと小気味のいい音が響く。頬でも叩いたかな?
「切り替えて頂戴、令音。DEMいつ攻めてきてもおかしくないわ。それまでに耶倶矢と夕弦を攻略するわよ」
「ああ、わかっている」
太陽が照りつける海を見る。そこで激しい波が起こっている。
熟練サーファーのように乗りこなすよく似た顔の少女たち。ボードごと波に飲み込まれる士道。
私と違ってとても楽しそうだ。存分に楽しんで、仲を育んでくれ。
♦♦♦
白波が上がり、飛沫が顔にかかる。その上を自由に踊る二人組。
「ふっ、案外簡単なものだな」
「同意。
耶倶矢と夕弦は波に乗って華麗な宙返りを決めている。とても、今日が初めてとは思えない。
「うぉぉぉ、落ちる~」
一方、士道は残念ながら波に乗れずボードから落ちてしまった。初心者ならば仕方のないこと。
早急に救助活動を行わないといけない。これは恋人である私の義務。
待っていて士道。私の人工呼吸で助けてあげる。
士道を目指して全力で泳ぐ。しかし、ミサイルのような速度で移動する影に邪魔された。
「大丈夫か、シドー」
その正体は夜刀神十香。精霊の力で物理法則を捻じ曲げ、私より先に士道のもとへ辿り着いた。
「ああ、助かったよ。ありがとな、十香」
「うむ、大事なくてよかったぞ」
私のポジションを奪い取り、士道と密着する夜刀神十香。これ以上好き勝手させるわけにはいかない。
インカムを通して連絡を行う。相手は私がサポートをする精霊、八舞夕弦。
「あなたに作戦を伝える。これで士道を篭絡する」
『傾聴。お聞かせください、マスター折紙。士道を篭絡する作戦を』
八舞夕弦は精霊にしては聞き訳がいい。
上手く利用して、私がラタトスクのバックアップを受ける。そして、士道と楽しい時間を過ごす。
♦♦♦
「確認。士道、サーフィンは上手くなりましたか?」
夕弦が波打ち際で休んでいる士道に問いかける。
「全然だよ。みんなと違って上達しないな」
士道は首を振っている。精霊たちと比べて自信を失っている。
「士道の上達が遅いわけではない。他の三人の上達速度が異常なだけ。士道はむしろ平均より早い」
士道にフォローを入れる。
「だよな!なんか技っぽいの決めてるし、十香たちが上手すぎるだけだよな!」
士道は急に元気になる。その気持ちも理解できる。
「既に下手なプロを凌駕している。基準にしない方がいい」
精霊には圧倒的な身体能力を制御するための能力が存在するのかもしれない。
……いや、七罪にそんな能力はない。単純にこの三人がおかしいだけ?
「提案。そんな上手な夕弦からの指導、受けてみませんか?」
夕弦は士道に向けて手を差し伸べる。士道はそれを見て少し赤くなっている。
異性の濡れた水着姿は非常に扇情的。先ほどまでサーフィンに集中していたから、落ち着いた今それがよくわかる。
流石、私が身体の魅せ方を指導しただけはある。その豊満な胸部を余すことなく利用している。
「いいのか?」
「首肯。勿論です。士道のためとあらば、いくらでも教えましょう」
あと一押し。そう思ったところで邪魔が入る。
「あー、また夕弦が抜け駆けしてるしー」
八舞耶倶矢が気付いた。相変わらずいいところで横槍を入れる。
「何夕弦とばっか話してんのよ士道?」
「いや、夕弦にサーフィンを教えてもらおうかと」
士道の腕に絡み、駄々をこねている。あんなに密着してうらやま……、不適切この上ない。
「なんだ、シドーはこんなところにいたのか」
後ろにはセコンド……らしい仕事をしていない夜刀神十香もついている。これがサポートするくらいならスマートフォンの方がマシ。
「さーふぃんを教わりたいのなら私と耶倶矢にすればいいのだ。鳶一折紙なんかよりも上手く教えてやるぞ」
夜刀神十香は無駄に自信を持っている。どこからその自信が来るのか?
「あなたは人に教えることができない」
「何故そんなことが言えるのだ、鳶一折紙。私だってさーふぃんはできるぞ」
確かにサーフィンは異常に上手い。しかし、致命的な欠点がある。
「あなたの波乗りは異常な膂力を前提にしたもの。士道が同じことをしても波に乗れない」
「なに~!」
普通の人間は一瞬水の上を蹴ってバランスを取り直すことなんてできない。常識外もいいところ。
「加えて、あなたの説明は擬音が多く論理性に欠ける。私たちが指導をする方が士道のためになる」
「そんなことはないぞ!」
空虚で見ていて哀れになる。だったら、この場で証明するだけ。
「今ここでサーフィンのコツを説明して」
「ええと、それはだな。まず高い波を見つけたら向かっていくのだ。あとはお腹と足にぐっと力を入れてこんな感じで乗るのだ」
夜刀神十香は波に乗るときのポーズをとる。基本の姿勢から離れすぎていて、どうしてこれでバランスがとれるのか理解できない。
「これなら聞かない方がマシ。下手過ぎる」
こんな指導を受けていたら士道が溺れてしまう。やはり、私が手取り足取り教えるべき。
「何だと~!」
負け犬の遠吠えが心地いい。どう考えてもこの場は私が有利。
しかし、決着はディベートでは決まらない。その決着は士道に委ねられる。
「シドー、私たちに教わりたいのだろう?」
「私たちに教わるほうが効率的。厳正なる判断を、士道」
士道は渋い顔をする。何を悩む必要があるのだろうか?
「順番に教わるよ。折角大勢いるんだし、いろんな人に教わりたいな。
それでいいだろ。なあ、耶倶矢、夕弦?」
「」
「仕方がないのでそれで手を打ってあげましょう。」
士道の優しさが出てしまった。敗北者にも機会を与えてしまう優しさは魅力的だけど、少し残念でもある。
でも、攻略はまだ始まったばかり。チャンスはいくらでもある。
♦♦♦
潮の香りと士道たちの喧騒を遠くに感じる。丁度いい距離感かしら。
島特有の背の高い木の陰。そこで愛は休んでいたわ。
木に背中を預けて空を見上げてる。ラタトスクでサンドイッチを奪い取って来てからずっとこのまま。
それでも
「少しは落ち着いた?」
「……どうなんだろうね」
心ここにあらずって感じ。視線はずっと遠くを見てる。
こんなの折紙と喧嘩したとき以来かしら?
「殴って悪かったわね」
あの場を収めるため……ってのは言い訳ね。私も手が出たのはちょっとどうかと思うし。
「いいや、むしろ感謝してる。あれで多少はマシになったから」
……何考えてるかわからないけど、自己嫌悪してるのはわかる。目が淀んでるから。
「らしくないじゃない。感情的に動いてミスするなんて。あんたは感情的だけど、どこか冷静な奴だと思ってたわ」
とにかく立ち直る手掛かりを探さないと。このままだと悪い方向に行っちゃいそう。
「感情で動くのはダメ、だよね」
「ダメじゃないわ。あんたは無理に心を押し込めようとするから。……でも、あれはダメね」
取り返しがつかないから。私が相手なら、好きにすればいいんだけど。
「何がそんなに嫌だったの?琴里たちに秘密にされてたの、そんなに気に食わなかった?」
膝を曲げて僕に目線を合わせる。本当、ちょくちょく子供みたいに接してるわね。
「僕が本当に大事なのは七罪と姉さんだけ。あとはいざとなれば切り捨てる」
「……うん」
否定しようか迷ったけど、今はそのときじゃない。最後まで聞いてからにしましょう。
「だからね、琴里たちにもそうされても、何か感じちゃダメだったんだよ。秘密ごときで心乱されてちゃ、ダメだったんだよ!」
「愛……」
少しずつ声を荒げていく愛。その非現実的なイメージに言葉が出なかったわ。
「裏でどれだけ酷いこと考えてたとしても、ほくそ笑んで利用し返す。それくらいの気概で、いた……はずだったんだよ」
最後は弱弱しく立ち消えるように口を閉じる。そのまま膝を抱えてうずくまる。
まるで泣いてる子供みたいに。いや、実際のそうなってるわね。
「あんたはそこまでドライな関係を求めてたの?」
「ドライな関係しか成立しないでしょ。こんな嫌な奴……傍にいてほしくないと思う」
思ったよりも重症だったわね。そこまで嫌われてないと思うんだけど。
「琴里も、士道も、令音さんも情に厚い人だから、どれだけ嫌な奴相手でも嫌な顔は見せない。心で舌打ちしても本人には見せない。
だから、人の心がわからない僕程度は騙せてしまう。僕の周囲の人の大半はそうでしょ?」
「……あんたってほんっとーに自己評価低いわよね」
微妙に否定しづらい。ていうか、私も結構似たようなこと考えてるし。
でも、愛の認識は間違ってる。それだけははっきり言えるわよ。
「琴里に騙されてるって知ったとき、ショックだった。令音さんが後押ししたって聞いたときも。そんな
愛は一人で語り続ける。懺悔するみたいに。
「そんな器用な対応できると思ってたの?あんた向いてないのよ」
ちょっときつめに追及する。自分の状況がちゃんと見えてなさそうだから。
愛は甘えたがりで身内認定したらとことん甘い。おまけに人の気持ちも自分の気持ちも汲み取れてない。
今までなんとなく誤魔化してきたけど、限界が来てる。私から見ると、破綻寸前としか思えない。
「できるできないじゃない!やらなきゃいけないんだよ!
……じゃないと何も残らない。蹂躙しつくされて、全部奪われてお終いだ」
愛は絶望的な未来を知ってる。精霊みんな死んじゃう未来や反転して世界を滅ぼす未来。
そんな未来は絶対に来させちゃいけない。それはわかる。
「でも、その前にあんたが壊れそうよ。あんた自分で思ってるほど強くないんだから」
「……」
歯噛みして悔しそうにする愛。
愛はとんでもない作戦を思いつくし実行できてしまう。けど、平気でいるわけじゃないのよ。
平気な振りしながら心をすり減らしてる。それなのに琴里たちは勿論、自分すら騙してる。
「それでも、僕が止めないといけない。崇宮澪とDEMを止めないと、異物の僕に生きる価値なんてないんだよ」
ずっとそんな内心でやって来たのね。
愛を追い詰めてるのは誰でもない愛自身。自分で自分を地獄に突き落とそうとしてる。
「あんただけが無理することないわよ。そのために私がいるんだから。押しつぶされそうなら頼りなさい」
「七罪……」
泣きじゃくった顔で顔を上げる愛。こんな子供が一人で世界の危機を救おうとしてるのがおかしいのよ。
「何があっても私はあんたの味方だから。それだけは忘れないで」
「………………うん」
愛はゆっくりとうなずいた。小さな子供みたいに。
こいつはよく見てないとすぐ折れる。だから、何があっても隣にいないと。
誰でもない、私自身のために。
さあ、そろそろ勝ち戦闘の気配が近づいてきましたね。作者はこの後の展開、結構楽しみにしていますよ。
今回の裏話は多分気づいた方が現れたであろう矛盾について。
最初から常々申し上げている通り、『鳶一愛』が影響を与えないと原作から変化しないシステムになっています。なんで『鳶一愛』が生まれていない十四年前に原作と違う行動とっているキャラがいるんでしょうね?