「始まったか」
フラクシナスでは喧騒が響く。五河指令が奮闘しているのだろう。
こうしてはいられない。こういうときのために私は戦場に出てきたのだから。
「カレン、私は行くよ」
絶対にエレンは出てくる。
あの子の相手は私がしなといけない。この命を賭してでも。
「エリオット、この戦いが終わったら温泉などいかがでしょう?日本の温泉は人気がありますよ」
「……それはいい。ここ最近忙しない日々だったからね。ゆっくりするのも悪くない」
カレンは素晴らしい提案をしてくれる。明日にかすかな希望を持つことができる。
「約束しましたよ」
カレンは力強い瞳で見つめる。昔から押しの強い子だ。
「努力するとしよう」
約束することは難しい。レディとの約束を破ると後が怖いからね。
『努力だけでは困ります』
突如として遮られる。愛の声によって。
「どうしたんだい、愛?許可もなしに連絡とは君らしくない」
『それに関しては申し訳ございません。緊急なので、MARIAに繋いでもらいました』
この艦を司る人工知能か。そんな存在と仲良くされたら、セキュリティなどないも同然だね。
「別に責めているわけではない。君のすることだ、火急の用なのだろう」
『はい。お願いがあります。
「どうしてだい?エレンを倒せるのは私だけだと思うが」
エレンは強くなった。正真正銘、世界最強の
精霊でも拮抗できない。私が出なければ倒せないだろう。
『ええ、
「……君は本当に何でも知っているね」
昔から知り過ぎるほどに何でも知っていた。精霊のことも、三十年前の事件も、私の内心でさえも。
エレンと戦うときは私が死ぬとき。その覚悟すらも見透かしていたのか。
『あなたに死んでもらっては困るんです。カレンさん一人で
「……痛いところを突いてくる」
あの欲深い小僧どもは私がいなくなったら好き勝手するだろう。精霊に価値を見出していても、人として扱っている者は一人もいない。
今でもその行動は目に余る。カレンや五河指令には荷が重いのは事実だ。
「だが、エレンはどうする?彼女は強敵だぞ」
放置すれば、精霊を全員殺してもおかしくない。それだけの力を持っている。
策はあるのか?
ラタトスクを出し抜いたこの子なら。期待を持って返答を待つ。
「僕と七罪の二人でエレン・メイザースを、最強の
「ほう、ずいぶん危ない賭けに出たな、愛」
期待以上に大きく出た。エレン・メイザースを倒すとは。
「そんな、無理ですよ。姉さんとの実力差はよくわかっているでしょう?」
愛の言葉を否定するカレン。愛とエレン、どちらの実力もよく知っているからこその言葉だ。
「姉さんを倒すなんてそんな方法――まさか」
しかし、気づいたようだね。愛がエレンに勝利する方法に。
「
エレンにも勝てるだろう。しかし、その代償は決して軽くない。
完全にシンクロし切ったら、
「人として死ぬ気ですか、愛?」
カレンの言葉で一瞬の沈黙が訪れる。君はどう答える?
『安心してください。そこまで危ない橋を渡る気はないです。安全とは言えませんが、分の悪い賭けとは思いません』
愛は宣言した。自身を捨て石にする気はないと。
「そうか。ならば君を信じよう」
「エリオット⁉」
私の言葉にカレンは目を見開く。そんなにおかしいことかね?
「男が覚悟を見せたんだ。老人がしゃしゃり出る場面ではないだろう?」
「っ、…………わかりました。エリオットの眼を信じましょう」
カレンは渋ったが愛に任せることを選んだ。君は本当にいいパートナーだ。
『
「聞こうじゃないか」
彼は十分にラタトスクに貢献している。我が儘の一つや二つ喜んで叶えよう。
『ラタトスクとアスガルド・エレクトロニクスの後継者として僕を指名していただけないでしょうか?』
その言葉は正直、信じられないものだった。願って止まないことだが、諦めていたことだ。
「君はラタトスクのことが嫌いではないのかね?」
ラタトスクはいい組織ではない。不本意ながら、代表たる私自身そう思っている。
『ええ、あまり好きではありません。だからこそ、自分の手で状況を立て直します』
「……君の口からそんな言葉が聞けるとは」
君には本当に驚かされてばかりだ。
『結局、一番いい選択ラタトスクの庇護下で暮らすことなんです。そのためなら、努力は惜しみませんよ』
「政府に影響力を持つ組織だ。私の推薦があった所で簡単に代表の椅子には座れないよ」
ラタトスクは大きくなり過ぎた。私の意思だけで好きにはできない。
『アスガルド・エレクトロニクスにもラタトスクにも、ある程度のコネクションがあります。欲深いだけの老害に政治ゲームで負ける気はありませんよ。
十五年耐えてください。それだけあれば、十分です』
啖呵を切る愛。夢を見ているわけでもなく、冷静に判断して言っている。
「くっくっく、そうか。十五年でラタトスクを支配するか。それなら長生きしないといけないな」
笑いがこみ上げてくる。なかなか愉快な日だ。
この子はどこまでも未来を見ている。先の短い老人には眩しすぎる。
「いいだろう。エレン・メイザースを退けた暁には、君を私の後継者として指名する」
『ありがとうございます。必ず、倒して戻ります』
その言葉を最後に通信は切られた。
「よろしかったのですか?」
「構わないさ。元々、精霊のために作った組織だ。あの子が後継者なら、言うことはあるまい。不服かね?」
カレンは一緒にラタトスクを創設した同士だ。彼女に不満を言われたら流、石に引き下がらないといけない。
「いいえ、エリオットがそうおっしゃるのであれば」
カレンは目を閉じて答える。その口元は笑っていた。
♦♦♦
「あんなこと言って良かったの、愛?」
すごい発言してたわね。自分がラタトスクのトップになるとかそんなことを。
「前から考えてはいた。できればやりたくなんてなかったんだけど」
「まあ、そうね。ストレスで胃が穴だらけになりそう」
琴里見てたらあの組織が大変なのはわかるし。そのトップはとんでもない負担でしょうね。
「それに僕、人動かすのあんま得意じゃないんだよね。琴里や
「私は別にあんたが向いてないとは思わないけど」
愛って信じて背中を預けるのは苦手だけど、人を駒みたいに動かすのは得意。メリットを提示して自分の思い通りに動かしてる。
組織のトップとしては悪くないんじゃないかしら。それに、実はそこそこ人気あるし。
もう少し落ち着いた方がいいとは思うけど。中学生だし、なんとでもなるでしょ。
「とにかく、気長に頑張るよ。高校卒業したら、またアメリカかな」
「今度は二人で住む家探さないといけないわね。向こうの家は無駄に広いのが多くてあんま好みに合わないのよ」
なるべく自然に一緒に住むように誘導する。どうせ愛もそのつもりでしょけど、釘は刺しておかないと。
「七罪って本当に部屋の隅とか狭いところとか好きだよね」
「なんか落ち着くのよ。陰キャやぼっちなんて大半はそんなもんよ」
よかった、ちゃんとそのつもりで考えてそう。手続きのときにはまた口を出してやるんだから。
「さて、じゃあ未来の楽しい話をするために邪魔者は排除しようか」
「ふん、エレンなんかに邪魔されたくないのよ」
絶対にエレンは倒す。私たちの幸せのために。
♦♦♦
ホテル街から少し離れた丘の上。海がよく見るその場所で、そこで愛は周囲に
一般人は気づかないでしょうけど、それ以外は気づくでしょうね。魔力を溢れさせてるんだから。
ほら、予想通り
陣形とるために一瞬止まったわね。今よ。
「
隠れて攻撃する。愛は囮でもあるんだから。
全部まとめてモアイ像にしてやるわ。そのまま海の中で反省してなさい。
ただ、残念ね。一番肝心な奴が残ってる。
「《ウィッチ》、相変わらず厄介な能力ですね。あなたの前で雑兵は役立たない」
こっちをしっかり見ながら話してる。隠れても無駄みたいね。
「そうね。数だけ揃えても全部まとめて変身させるだけよ」
岩から姿を戻しながら話す。愛の方に攻撃がいかないように。
「まあ、別に構いません私一人いれば十分です。
《アポクリファ》。何をしようとしているかは知りませんが、あなたの好きにはさせません」
レイザーエッジを構えてこっちを見据える。傲慢なエレンでも、愛の行動は見逃せないみたいね。
「させると思う?他人の彼氏に手を出そうとしてるんじゃないわよ」
「ほぅ、あなたたちは恋仲になりましたか。それは都合がいい。
あなたをもう一回斬れば、《アポクリファ》は再び精霊化するでしょう。そのときこそ
エレンは悪そうな顔で笑ってる。ウェストコットとは違う意味で性格終わってるわね。
このセリフも愛に聞こえるように言ってるんでしょうし。怒らせて集中を乱すために。
「『カモがネギを背負って来た』。この状況を日本のことわざではそう言うのでしょうか?」
「間違ってるわよ、
懇切丁寧に説明してやる。言葉のチョイスも状況の理解も間違ってるエレンに。
「奇妙な表現ですね。それではまるで私が焼かれるようではないですか?」
「そう言ってるんだけど、理解できなかった?五十過ぎてるみたいだし、脳の老化が著しいのかしら?」
とにかく煽り倒しておく。自分より悪いやつには何言っても心が痛まないから。
年のこととか素の体力ないこととかの知ってるのよ。気にしてるみたいだし。
「……本当にあなたたちは人をイラつかせますね」
青筋立てて怒ってる。こめかみをぴくぴくさせててわかりやすい。
煽りに弱いっていう愛の話は間違ってないみたいね。こいつの地雷もつついておきましょう。
「あら、ウッドマン議長と違って精神年齢は低いみたいね。ちょっとは年相応の落ち着きを身に着けたら?」
追加で煽ったら言葉より先にレイザーエッジが飛んできた。
やっぱり真那より重いわね。
「よく回る舌ですね。耳障りなのでとっとと切り落としましょう」
「論戦で負けたらすぐに手が出るのね。人として最低の部類よ」
とにかく精神を揺さぶる。真正面から勝てる相手じゃないんだから、少しでも嫌がらせしないと。
「黙りなさい」
そうして再び刃が振り下ろされる。愛の準備が整うまで、時間稼ぎしてやるわよ。
♦♦♦
ギリギリの剣戟が続く。エレンの攻撃を何とかやり過ごしてたまに一撃入れる。
なんとか戦いを成立させられてる。綱渡りだけどもうちょっと維持しないと。
「ふむ、確かに悪くありません。ジェシカには勝てるでしょう」
エレンは私の強さの品評をする余裕がある。私の攻撃を受けながら目を細めて
当然、そのジェシカとやらはこいつより弱いんでしょうね。
「しかし、その程度です。あなたは真那よりも弱い。真那があなたに負けたことが腑に落ちません」
エレンが当たり前のことを言う。騙し騙し戦ってるだけなのに、真那に戦闘技術で勝てるわけないじゃない。
ただ、闘いが上手いやつが勝つんじゃないのよ。どんなことをしても、相手を戦闘不能にしたやつが勝つんだから。
天使に思いっきり霊力を込める。そして大きく振りかぶる。
エレンは攻撃を予見してレイザーエッジを横に構える。
私程度の攻撃は受け止める自信があるんでしょうね。その油断が致命的な隙よ。
「
エレンの目が大きく見開かれる。
当然放たれる攻撃も斬撃じゃない。生物も物体も関係なく変身させる光がエレンを襲う。
それでも流石世界最強の
チッ、あと少しだったのに。
「危ないところでした。それが真那を下した戦い方ですか」
エレンは冷や汗をかいてこっちを見てる。初回で決められなかったのは痛かったわね。
「変身させたらチェックメイト。後でマリアナ海溝にでも沈めておいてあげるわ」
いくらエレンでも
「卑怯な戦い方ですね」
「最高の賛辞ね。卑屈に最低に陰湿なやり方で勝つ。それが私たちの流儀よ」
エレンの吐いた毒なんて痛くも痒くもないわ。私たちは誇り高い戦士じゃないんだから。
何してもとにかく勝てばいいのよ。それだけが唯一の正義。
「この外道が!」
「それはあんたたちのことでしょ」
突っ込んできたエレンの攻撃を身体を逸らして躱す。そして、次は
そして身体を起こしながら横薙ぎに振るう。エレンに炎の嵐を浴びせる。
「この程度の攻撃、
エレンが防御から回避に切り替える。それと同時に
勘のいいやつね。攻撃じゃなくて目晦ましだって気づくなんて。
ただ、この程度で終わりじゃないわよ。
「
耶倶矢の天使に変身させて突っ込む。
そしてエレンに触れる直前に変身を戻す。エレンの目前で
「
超至近距離での攻撃。これでどうかしら?
「くっ!」
エレンが身体をのけ反らせて躱す。どこの洋画よ。
私は慣性に任せてエレンを通り過ぎる。
距離を置いたところで振り向いたら当然エレンは無事。かなり疲れていそうだけど。
「《ウィッチ》。あなたのことを過小評価していたようです。あなたは非常に厄介な精霊です」
エレンは眉間に皺を寄せて刃を構える。
「そりゃどうも。世界最強の
適当な感じで返す。舐めていてくれた方が都合よかったんだけど。
天使の奥義を馬鹿みたいに使った戦い方よ。もう既にガス欠寸前。
ただ、時間稼ぎは十分みたいね。
「やっぱり私に戦うのは向いてないわ。こんなバトル漫画みたいなのは本職に任せましょう」
「な⁉」
エレンが後ろを振り向く。それと同時に太陽の光そのものみたいなレーザーが照射される。
エレンは
不意打ちとはいえ、あのエレンが真っ向勝負で負けた。
「何ですか、その力は⁉」
ぼんやりした顔の愛がそこにはいた。
七罪はそこそこ戦えるのにいきなり即死技をぶちかましてきます。例えるなら、ポケモンのキノガッサみたいなものですね。テクニシャンでそこそこ叩けるのに胞子蒔いてくる。
今回の裏話は愛くんとラタトスク(アスガルド・エレクトロニクス)との関係について。
愛くんは現場寄りの人間から人気があります。目についた問題はすぐに解決に動くんですよね。だからこそ、円卓会議にはあんまり好かれてないんですが。