林の中、刃と脚がぶつかり合う。一瞬も気を抜くことができない、実力の拮抗した戦い。
「強いですね。アルテミシアが殺すのを躊躇うのも理解できます」
相手はセシル・オブライエン。イギリスの対精霊組織、SSSの元隊員でアルテミシアの仲間。
彼女とアシュリー・シンクレア、レオノーラ・シアーズはたった三人でASTの基地に襲撃を仕掛けた。
奪われたアルテミシア・アシュクロフトの脳内情報を取り戻すために。
「どうしてこんなことに」
刃を振るう度、むなしさがこみ上げる。
アルテミシアと一緒に四人で暮らしている。そう聞いていたのに。
「……?すみませんそのような顔をされる覚えはないのですが」
やはり、記憶を操られている。私のことも、ミケのことも……。
殺し合いをしたけれど、最後は理解し合えた。その記憶も、出会いからなかったことにされている。
「あなたたちはDEMに洗脳処理を施されている。思い出して。あなたたちがDEMに反旗を翻したことを」
DEMは都合のいい駒を用意したかった。だから、優秀な彼女たちを洗脳した。
「何を言っているのかわかりません、ね」
返答の代わりに足技を食らう。かぎ爪の鋭い切っ先が槍とぶつかり合う。
「DEMは長い間眠っていたアルテミシアを救ってくれた。感謝してもし切れません」
「それはマッチポンプ。DEMこそアルテミシアを眠らせた元凶」
記憶に揺さぶりをかける。記憶を弄っている以上、どこかしら齟齬が生じているはず。
そこを突けば記憶が戻るかもしれない。そうでなくとも動揺くらいは。
「なんでそんな出まかせをポンポン思いつくのかしら?」
「以前、あなたたちが言っていたこと。アルテミシアを眠りから覚ますため、あなたたちはSSSを辞めて遠い日本を訪れていた」
セシルに動揺は見られない。想定よりも強固な洗脳が施されている。
これで無理なら戦闘中は記憶が戻らない。今は諦める。
「安心して。あなたたちの尊厳と覚悟は私が取り戻す」
「一体、何を言っているのですか?意味がわかりません」
セシルが不思議そうに蹴りを繰り出す。それを《エインヘリヤル》の柄で受け止める。
「今のあなたではない。仲間のために命を懸けたあなたに言っている」
「私が、アルテミシアのため、アシュリーのため、レオのために命を懸けてないとでも!」
怒りを込めて蹴りが続く。
彼女の仲間に対する気持ちは強い。だからこそ利用された。
「命の懸けどころを間違えていたら何の意味もない」
DEMは許せない。絶対に。
♦♦♦
攻撃がなかなか当たらない。全ていなすか避けられている。
この状況は不味い。時間をかけたら不利になるのは私たちの方。
何故なら、夜刀神十香は二人の
「貴様ら、でぃーいーえむに操られているのだぞ」
「精霊の話なんて聞く価値ないね」
一人はアルテミシア・アシュクロフト。私の知る限り、エレンの次に強い
彼女の脳を参考にしただけで、
今も夜刀神十香を相手に互角、いやそれ以上の勝負をしている。まともに勝負が成立するだけでも異常だというのに。
「そうだぜ。どうせ不利だから出まかせ言ってるだけだろ」
そして、アシュリー・シンクレア。セシルと一緒にASTの基地を襲撃した一人。
アルテミシアは劣るものの、近接戦闘においては目を見張るものがある。二人の戦いに参加できている。
その攻撃の鋭さは刻々と増している。アルテミシアの相手をしながら戦える相手ではない。
どう見てもこちらの戦力を削るつもり。夜刀神十香が殺されたら、戦況は一気に向こうへ傾く。
早くセシルを倒して援護しないといけない。それなのに、戦況は膠着している。
セシルの恐るべきはその知覚能力。
そして何より彼女自身の冷静な判断力。どのような攻撃をしても崩せない。
「あなたは《プリンセス》に加勢したいんでしょ?させないわよ」
「ちっ!」
相手のしたいことを読んで、させないように立ち回る。目立った強さはないけれどやりづらい。
膠着がただひたすら続く。どうすればいい?
突如、突風が吹き荒れる。台風の中にいるかのような状況に敵味方関係なく身を固める。
「かかか、苦戦しているようだな。助太刀してやろう、十香」
「応援。助けに来ました、マスター折紙」
八舞耶倶矢と八舞夕弦。いいタイミングで来てくれた。
霊装をまとっているところを見ると封印はできていない。しかし、共闘はできるということ。
精霊が戦力として加わるなら戦況はひっくり返る。私たちの有利に――
何かおかしい。何なのこの違和感は?
何か見逃している?……そう言えば、士道を狙撃した狙撃手は?
このメンバーの誰かが士道を撃った?違う、別の敵がいる。
彼女たちの仲間はもう一人いた。狙撃の名手、レオノーラ・シアーズが。
何故、初撃以降一度も撃っていない?私が狙撃手ならどうする?
下手に撃つと警戒されて当てにくくなる。ここぞというタイミングまで撃たず、存在を忘れさせる。
だとしたら、このタイミングは絶好の機会。八舞夕弦と八舞耶倶矢は目に見えない敵へ意識が向いていない。
周囲を探る。そして、魔力を極限まで抑えて潜伏している存在を見つける。
銃口は八舞夕弦に向いている。
「八舞夕弦、避けて!」
狙撃銃でこの至近距離。当たれば精霊でも死ぬかもしれない。
ここで精霊が討たれる。それだけはいけない。
「ちっ」
レオノーラは苦し紛れに弾丸を放つ。その段階になって八舞夕弦はようやく気付く。
対応に動いているのは私だけ。この状況での最善手は――
八舞夕弦の射線上に自分の身体を割り込ませる。可能な限りの
弾丸は
「ちっ、またかよ」
アシュリーが毒吐く。やはり、精霊を殺すための戦略。
「マスター折紙、大丈夫ですか?」
八舞夕弦がこっちに駆け寄る。そんな場合ではないのに。
「問題ない。急所は外している」
貫かれたのは右腕と脇腹。
この程度の痛みは慣れている。流石に戦闘は難しいけれど。
「無茶をし過ぎです。士道もマスター折紙も」
「あなたたち精霊は貴重な戦力。この状況で失うわけにはいかない。あなたたちが死んだら、救えるものも救えなくなる」
悔しいけれど、私は精霊よりも弱い。私が残るより、八舞夕弦が残った方が生存率は高い。
冷静に状況を判断しただけ。士道のように優しさからくるものではない。
「私のことを思うなら敵を倒して。帰還くらいは一人でしてみせる」
流石に体の動きが鈍い。体重移動すらまともにできていない。
このままここにいても足手まといにしかならない。
「マスター折紙……。わかりました」
八舞夕弦は言うことを聞いてくれた。
昨日から過ごした時間は無駄でなかった。この傷すらも力に変換される。
「激怒。許しません」
霊力が嵐となって渦を巻く。これならば、アルテミシアを倒せる。
「私の代わりに士道を、愛を、守って」
それだけが私の望み。精霊の手を借りてでも、私が戦う理由。
♦♦♦
戦闘艦同士の戦争が繰り広げられている。フラクシナス艦橋は対処のためにてんてこ舞い。
「神無月、
「承知しました!」
「各員、ミストルティンの用意をしなさい。一気に畳みかけるわよ」
「了解!」
それでも戦況はこっちの有利。それもこれも、外で戦ってる二人のおかげね。
『マナ、マナ、マナーーー!どうしてウェストコット様を裏切ったの!』
DEM執行部のナンバー3、ジェシカ・ベイリー。元々は真那の次席にいた
間違いなく強敵。だけど、相手が悪かったわね。
『先に裏切ったのは人でなし社長の方です、よ!』
真那はジェシカ・ベイリーを相手しながら、他の
元々席次から考えて真那の方が強かった。それに愛との
明らかに真那が有利だし、いずれ倒せるでしょうね。そして、真那に戦力が行かないようにもう一人も頑張ってる。
『悪い子にはお仕置きしちゃうよ~』
人を攻撃してるというよりは環境そのものが変わってる。あそこではそれなりのレベルがないとまともに戦えない。
相手はDEMの
強すぎる。四糸乃一人いるだけで戦況が覆る。
実際、この戦争が有利なのも四糸乃の活躍が大きいわ。艦も
どうやら、DEMは眠ってた獅子を起こしちゃったみたいね。いや、眠ってたウサギかしら?
「司令、折紙ちゃんから連絡が入りました。負傷したので回収してほしいそうです」
椎崎が連絡を報告する。とても重大な報告ね。
「そうしてあげたいのはやまやまなんだけど」
あの折紙が負傷って言ってる時点で軽い怪我じゃない。腕一本なくなっててもおかしくない。
すぐにでも回収しに行きたい。でも、流石にそこまでの余裕はない。
派遣できるような人間もいないし。どうしたらいい?
「司令、クライトン氏の派遣された部隊から通信が来ています。繋ぎますか?」
今度は箕輪が叫ぶ。あの馬鹿の部隊が?
「……繋いで頂戴」
一応、雲の上の上司よ。無下にできないし、緊急事態かもしれないわ。
『五河指令、鳶一折紙の件は把握している。我々から部隊を向かわせてもいいぞ』
時間がないのはわかるけど、無礼なやつね。上司に似たのかしら?
それになんでこいつ、折紙のことを知ってるの?私たちも今聞いたばっかりだし、通信のタイミングからして盗み聞きしてたわけじゃないでしょ。
でも、タイミングがいいのは事実。私たちは今手が離せない。
「申し出、ありがたくお受けします。折紙をよろしくお願いします」
「了解した。すぐに向かわせよう」
失礼な男はすぐに通信を切った。一兵としては優秀かもしれないけど、部隊長としてはダメなやつね。
流石にラタトスクの不利益になるようなことはしないでしょう。
私、というかウッドマン卿に借りができるかもしれないけど。背に腹は代えられないわ。
私はこの選択を激しく後悔することになる。無理してでも自分の部下を向かわせていれば、あんなことにはならなかったかもしれない。
亀裂はどんどん広がっていた。それでも、まだ立て直しはできるはずだった。
これが最後の引き金となった。ラタトスクにとって最悪の事件の。
♦♦♦
夕弦の世界には耶倶矢と夕弦しかいませんでした。分かたれたときから、ずっと勝負しながら生きてきました。
耶倶矢と笑い合って、ときには虐めて遊んで、何度も本気で勝負して。
心からそう思っていました。
きっかけをくれたのは愛と七罪でした。
近くに夕弦たちの同じ精霊がいることを知って、会ってみたくなりました。あの二人が世界を変えました。
あのとき、二人に出会えて本当に良かったと思っています。そうでなければ、夕弦たちの世界は狭いままだったでしょうから。
愛と七罪が人間社会の知らないことを教えてくれました。勝負以外にも面白いことが沢山あると教えてくれました。
世界に彩りができました。耶倶矢とずっと一緒の人生も悪くありませんが、この感動がないのは少し寂しいです。
そして、昨日出会ったマスター折紙。愛の姉君であるあの方も、いろいろ教えてくれました。
大人の色香の出し方。恋愛の駆け引き。
そして、デート思い出。心を揺らす、非常に魅力的なものでした。話を聞いていて、夕弦もそんな経験をしてみたいと思ったのです。
夕弦にとって大事な恩人なのです。だからこそ――
「激怒。許しません」
七罪を、士道を、マスター折紙を傷つけた罪。許せるはずがないのです。
「レオ、切り替えて!数を撃って牽制するのよ!」
その声に慌てて銃を構える黒髪の麗人。また誰かを撃とうというのですか。
「牽制。させると思いますか?」
「ひっ!」
一瞬で距離を詰めて
「いやいやいやーー、何?何されてるの?」
悲鳴を上げる麗人を無視して落下。風を裂いて雲を突き抜け音よりも速く。
「落下。反省してください」
「へ?」
地面に激突する直前、Uターンしながら麗人を手放しました。地面に激突し、爆発したような地響きが広がります。
クレーターというのでしたっけ?あのような穴のことは。
「畜生、レオ!」
小さな少女が感情のままに突っ込んできます。しかし、話になりません。
「愚鈍。夕弦に攻撃を当てたいなら、愛くらいの速さは出してください」
「かはっ!」
軽くかわして横から蹴りを入れます。メキメキと嫌な音が聞こえ、思わず足を引っ込めそうになります。
でも、こいつらは大事な友達を傷つけました。容赦してはいけません。サッカーボールのように吹っ飛び、木々をへし折ってようやく止まりました。
「これが《ベルセルク》。生きたサイクロンという話は強ち間違いじゃないね」
残った敵の一人、金髪の女性が睨みつけてきます。先に手を出したのはそっちなのに、何を言っているのでしょうか?
「レオとアシュリーが一撃で⁉そんなわけ……。精霊の強さが、そんなに離れてるなんて……」
もう一人、茶髪の女性が震えながら慄いています。次に狙うべきは彼女でしょうか?
「夕弦、なんかちょっと怖くない?」
耶倶矢が肩に手を置いてきます。瞳を揺らしながら。
この程度で満足したというのでしょうか?だとしたら、耶倶矢らしくない。
「否定。全然、足りません。もっと痛い目を見せて反省させるです」
もう手を出す気が起きないくらい徹底的に。
「そ、そう。わかった、一緒にやったげる」
「感謝。耶倶矢と夕弦が揃ったら、負けることはありません」
耶倶矢は理解してくれました。これで何も怖くありません。
「レオとアシュリーを回収したいのですけど」
「見逃してくれないだろうね」
二人の敵が何やら相談をしています。そんなこと許しません。
最速の八舞を出し抜けるなどと思わないでください。
その瞬間、炎が世界を包みました。耶倶矢も、夕弦も、十香も、そして敵も。
サウナにいるかのように熱くて仕方がありません。霊装に守られていなければ焦げてしまいそうです。
「かっこつけたのに遅れて悪い」
「シドー!」
炎の向こうから現れたのは士道です。この炎のドームを出したのは士道だったのですね。
敵を逃がさないための作戦でしょうか?でも、何故夕弦たちまで一緒に?
「逃がさないように閉じ込めたつもり?この程度の炎で逃げられないなんて思わないでね」
金髪の女性は天使の力に打ち勝つ自信があるようです。
「いいや、そういう意味じゃない。あんたらにはできたら撤退してほしい」
「困惑。何を言ってるのですか?」
士道は矛盾したことを言いだしました。敵を閉じ込めて撤退してほしいなんて。
「一体何のつもりなのかな?」
金髪の女性は尋ねます。当然の疑問です。
「ここであんたと全力で戦ったら誰かが死ぬかもしれない。俺はそんなの嫌だ。
だから気絶してるあんたらの仲間を連れて撤退してくれ」
士道は言い放ちました。夕弦たちが死ぬかもしれないと。
「否定。そんなことはありえません。人間に八舞が負けるなど」
士道の言葉を止めようと動きます。しかし、逆に止められしまいました。
夕弦の半身たる耶倶矢に。
「夕弦、ちょっと聞いてみよう」
耶倶矢は上目遣いで見つめてきます。そんなかわいい目で見られたら、否定できません。
「……承認。最後まで聞きましょう」
士道がどうするのか?興味がないわけではありません。
「もし、撤退しないって言ったら?」
金髪の女性は睨みながら聞いてきます。
「そのときは全力で戦うさ。少なくとも、気絶してるあんたら仲間くらいは道連れにしてな」
士道は脅しをかけました。このまま戦えば間違いなく被害者が出ると。
見たところ仲が良いようですし、効果的かもしれません。
「君、名前は?」
「五河士道」
「その名前、覚えたよ」
金髪の女性は吐き捨てるように言いました。苦虫を山盛り口に詰め込まれたような顔をしています。
「セシル、アシュリーをお願い。私はレオを連れて帰る」
「わかったわ、アルテミシア」
茶髪の女性が再起動したように動き始めました。そして二人とも仲間を抱き上げます。
その瞬間炎のドームは解かれました。夕弦たちは敵が去っていくのをじっくりと見守りました。
「あ~、疲れた。慣れないことなんてするもんじゃないな」
士道は全身の力を抜いて尻もちをつきます。先ほどの交渉をしたのと同じ人物に見えません。
「シドー、かっこよかったぞ!最後まで戦い抜くヒーローみたいだ」
「そんな覚悟ないって。はったりが上手く決まっただけだよ。」
十香に駆け寄られた士道は情けないことを言っています。はったりだったのですか。
「でも、上手くいって良かったよ。夕弦、暴走気味だったし」
「疑問。そのように見えましたか?」
夕弦が冷静さを欠くなど。そのようなことはないと思いますが。
「だよね!なんかいつもの夕弦らしくなかったし」
「耶倶矢まで……」
夕弦の一番の理解者は当然耶倶矢です。その耶倶矢に言われたのなら、そうかもしれません。
士道。もうちょっと、あなたと一緒にいてみたくなりました。
士道たちの視点だと物語はきれいにまとまりましたね。
今回の裏話は折紙の意識について。
皆さんもご存じの通り、折紙さんは意地っ張りなので精霊のことを素直に認められません。だから、結構心を許しているのに昔のままみたいな言動を取ろうと無駄に頑張っています。自分に言い訳しないと素直に動けないんですよね。