数日間、電源を入れてなかった携帯を取り出す。暗い画面には能面のような顔が映っている。
一瞬手を止めながらも、すぐに電源を点ける。そして、着信履歴の中から目当ての人を探し出す。
もうこれが最後になるだろう。
『愛、君なのか⁉』
応答した
僕らは
狂三のおかげで事なきを得たが、その後は自分でもやり過ぎてると思う。。加害者を全員殺して死体を琴里経由で
「
ただ淡々と挨拶を返す。肉体と一緒に心まで作り変えてしまった気がする。
『本当に申し訳ないことをした。謝って済む問題ではないが、謝らせてくれ』
電話の向こう側からでも心からの誠意が伝わってくる。
「第一声が追及でも罵倒でもなく謝罪ですか。本当にお優しい方だ」
明らかな過剰防衛だ。何を言われても仕方ないと思っていたんだけど。
『君が怒るのも理解できる。彼らはそれだけのことをした。
私の監督不行き届きだ。どのような誹りも受け入れよう』
「
あんなのでもラタトスクには必要な存在だと一度目は見逃した。今思えば、あのとききっちり処理しておけばよかった。
『あの男も馬鹿なことをした。もう少し賢ければ、恐怖を知らずに済んだだろうに』
「そうですね。ラタトスクに相応しくない、愚かな男でした」
あの後、すぐにアメリカのラタトスク本部へ飛んだ。今回の首謀者たるローランド・クライトンを殺すために。
シェルターに隠れていたようだけど、そんなもの精霊の前では無駄だ。
あいつのデスクに生首を置いておいた。脅しの意味も込めて。
「他二人の馬鹿にも言っておいてください。同じ目に遭いたくなかったら大人しくしていろと。次、なんてものがあったらもう優しくする気はないです」
これでもあのゴミ屑相手にしてはだいぶ優しくした。拷問も何もなしで、すぐ殺してやったんだから。
『……伝えておこう』
ローランド・クライトンは本当に馬鹿な男だ。こっそり計画を立てたり、
残り二人の幹部、フレイザー・ダグラスとギリアン・オルムステッド。どっちか、もしくは両方が加担してたんだろう。
クライトンが上手く行ったら成果を横取り。ダメだったら吊るし上げて自分の株を向上ってところかな。
「さて
『今からでも戻る気はないかね?無罪放免とはいかなくても可能な限り便宜は図ろう』
「もう無理ですよ。僕も、ラタトスクも。溢れた水は器の中に戻りません」
僕は裏切ったラタトスクを信じられない。ラタトスクはあれだけのことを起こした僕を受け入れられない。
『そうか。本当に残念だよ』
「そうですね。僕も結構気に入っていたんですが」
嫌な思い出もそこそこあるけど、居心地のいい場所だった。人生懸けて立て直ししようと思えるくらいには。
『餞別代りだ。君に私のとっておきの秘密を教えよう。これは私とカレンしか知らないことだ』
そう言って
「十四年前ってまさか⁉」
『やはり君はその意味を理解できるのか』
あいつの正体に大きく近づいた。
《アポクリファ》か。ウェストコットは正体を知っていたのかもしれないな。
「最後の最後までお優しい方ですね。これから砂をかけて出ていく弟子に」
『大半の子供はそういうものだ。私も若いころはいろいろとやんちゃをした』
そんなレベルでは収まらない。それを理解した上で冗談ぽく流そうとする。
でもその声は痛々しい。
「さようなら、
次に出会うときは敵同士。殺さないといけなくなる。
『さようなら、愛。君の幸福を心から祈っているよ』
携帯を切って少し見つめる。そして覚悟を決めて手を開く。
携帯は重力に任せて地面に落ちる。そのまま足を上げて思いっきり踏みつぶす。
ぐしゃりと嫌な音を立てて修理できないほどバラバラになる。これはもう、使ってはいけないものだ。
♦♦♦
狂三が拠点にしている廃ビルの屋上。山の向こうから朝焼けの光が覗いている。
七罪と姉さんと狂三が集まっている。みんな僕の方を見つめながら。
「さて、意思確認をしておこうか。僕は狂三と始原の精霊を倒すため動く。二人はどうしたい?」
なんとなくついて来ること許容する気はない。そういう人はいざというとき役に立たない。
「そんな突き放すような言い方止めなさい。初めから一緒に来てほしいって言えばいいのよ。どこまでも一緒に堕ちてあげるから」
七罪が一歩前に出る。一切迷いがなかった。
「もう四糸乃に顔向けできないかもしれないよ?」
これからの行動は今までよりも残虐になる。ラタトスクっていう枷がなくなるんだから。
「四糸乃よりあんたを選んでほしいんでしょ?そうしてあげるわよ」
――僕と四糸乃を天秤にかけて悩んでもいい。でも、最後に絶対……僕を選んでくれないと嫌だ――
そういえばそんなこと言ったっけ。
「そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけどな……」
そういう気持ちでいてほしい。それだけの話だったのに、本当にそうなるなんて。
「どっちにしろ私の返事は変わらないわよ。何?ついて来てほしくないの?」
七罪は不機嫌そうに腕を組む。そんな言い方をされたら何も言えない。
「ううん、ありがとう七罪」
「初めからそれでいいのよ」
七罪は妥協するように鼻を鳴らす。本当、敵わないや。
「さて、折紙さんはどうされますの?わたくしとしてはどちらでも構いませんが」
狂三は目を閉じて風を浴びながら問う。本気でどっちでもよさそうだ。
「私はあなたについて行く。もう、あんな思いをするのは御免」
姉さんは静かに言い放つ。悲壮な思いが込められている。
姉さんは一度僕の家出を経験してる。僕が言うのもなんだけど、深い傷になってるだろう。
「士道さんと一緒にいられないよ」
「問題ない。士道はいずれラタトスクの魔の手から救い出す」
なるほど、そう考えたのか。士道さんをこっちサイドに引き込むと。
それはそれでありかもしれないな。
「二人の意思は確認した。僕のためにありがとう」
「そうね、感謝しなさい」
「家族だから当然」
二人は優しく肯定する。これで憂いはない。
「さあ、早速方針を決めようか。時間は限られてる」
太陽に背を向けて屋上の扉を開ける。僕はもう日向で生きていけない。
♦♦♦
修学旅行から帰宅した次の日。精霊のみんなは俺たちの家に集まっていた。
封印はまだできてないけど耶倶矢と夕弦が参加してる。その代わり、いつもなら集まる顔ぶれがいない。
折紙、愛、七罪。三人はあの日以来帰ってきていない。
「七罪さん……」
「愛……」
「憔悴。マスター折紙……」
いないメンバーのことを想って落ち込む四糸乃、耶倶矢、夕弦。完全にお通夜ムードだ。
「状況は昨日説明した通りよ。
ラタトスクの幹部が暴走して愛を脅迫。それを愛が返り討ちにした。
完全に私たちラタトスクの落ち度ね。本当にごめんなさい」
琴里は深々と頭を下げる。司令官として組織の泥を被らないといけないのか。
「三人は戻って来ないのか?暴走した奴らはその……」
「愛が一人残らず殺したわ。でも、戻ってくる気はなさそうよ。ウッドマン卿が別れの言葉を聞いたらしいわ」
言い淀んでいると琴里が先読みして答える。わかってたけど、心にずしんとのしかかる。
「元から愛たちはラタトスクを信じてない節があった。今回の件でラインを超えてしまったみたいね」
琴里は苦虫をすりつぶしたような顔をする。自分の不甲斐なさが悔しくて仕方ないんだろう。
「多分、三人が戻ってくることはないわ。次に出会うとしたら、狂三のように敵としてでしょうね」
誰も何も言えなくなる。最悪な雰囲気のまま話し合いはお開きになった。
♦♦♦
適当に家事をこなしていた。慣れてしまった作業の中では、いなくなった三人のことを勝手に思い出してしまう。
「もう、ダメなのか?」
三人はみんな俺より頭がよくて芯がしっかりしてる。大事なものために命を懸ける覚悟がある。
俺が説得するイメージができない。
「シドー、手伝うぞ」
すると十香が声をかけてくる。折角だから手伝ってもらおうか。
「じゃあ、俺が食器を洗うから拭いてくれないか」
「任せろ!」
十香は元気そうにどんと胸を叩く。
初めのころは食器を何枚も割ってたけど、今は慣れたもんだ。食器を拭いててきぱきとしまってくれる。
「なあシドー、愛たちのことで悩んでいるのではないか?」
「そうだな。何とかしたいと思ってるけど、俺にはなにもできそうにないから」
あの話し合いはわかってることを確認しただけで何も進まなかった。だからって、俺一人で考えても何の光明も見えなかった。
「そんなことはないと思うぞ。この前もアルなんとかとやらを追い払ってみせたではないか」
「それは夕弦が追い詰めてくれてたからだって。俺一人じゃあんなに上手くいかなかった」
俺は最後のおこぼれを拾っただけ。しかも、俺が遅すぎて偶然敵に見つかってなかったから不意打ちできたって悲しいオチだ。
「いいや、シドーは凄いやつだ。私が保証してやろう」
「ははは、ありがとな」
過度な評価をくれる十香に苦笑いで返す。なんでか十香の中で俺はスーパーマンになってるみたいだ。
「だからな、シドー。鳶一折紙を連れ戻してほしいのだ」
「折紙を?」
そこで仲良くしてた愛や七罪じゃなくて折紙が出てくるのか?
「やっと、仲間になれた気がしたのだ。背中を預ける関係にはなれずとも、同じ方向を向けたと……そう思えたのだ」
「十香……」
「私は今も、昔も、変わらず鳶一折紙のことが『嫌い』だ。でも、今の『嫌い』は昔の『嫌い』と、たぶん、少し、違う。だから、このまま終わるのは嫌なのだ」
そんな風に思ってたのか。確かに雰囲気が変わったのはなんとなく感じてたけど。
「なんとかしてくれ、シドー。無茶を言うが、私はもうそれしか思いつかないのだ」
十香は必死な顔で懇願する。
何とかする方法なんて思いつかない。どうにかできるなんて一ミリも思えない。
それでも、ここで応えなきゃ男じゃないだろ。
「任せろ、十香」
「シドー!」
十香がいつものように太陽のような笑顔を咲かせる。その顔を見てるだけで力が湧いてくる。
ああ、なんとかやってやるさ。それが俺の役目だ。
「くっくっく、臆しておるようなら活を入れてやろうと思っていたが。その必要はなかったようだな」
「確信。やはり、耶倶矢と夕弦の目に狂いはありません。シドーはやるときにやってくれる男です」
耶倶矢と夕弦が独特なポーズを取りながら現れる。
「耶倶矢、夕弦!どうしたんだ?」
仮宿にしてる精霊マンションに戻ったと思ってたのに。
「説明。シドーにお願いをしに来たのです」
「まあ、我が眷属が先に言ってしまったようだがな。流石、契約を交わした眷属よ」
二人も折紙たちを連れ戻してほしかったのか。仲良くしてたもんな。
「安心しろよ。俺が絶対連れ戻してやるから」
握りこぶしを作って虚勢を張る。絶対できるって自分に思い込ませろ。
「そうか、では我が力を貸してやろうではないか」
「請願。頑張ってください、士道」
二人は息を合わせて距離を詰める。二人の無駄のない動きに反応できない。
よく似た顔が俺の顔に近づいて来て、完全に密着する。唇の左右には柔らかい感触が伝わる。
同時に暖かいものが流れてくる。何度も経験した、霊力が俺の身体に封印されるときの感触だ。
「けだもの士道に服をはぎ取られた!」
「羞恥。もうお嫁にいけません」
同時に耶倶矢と夕弦の服が消える。二人のあられもない姿がはっきり目に映る。
「耶倶矢、夕弦、いやお前たち⁉」
慌てて自分の目を覆う。どうして二人が俺にキスするんだ?
「な~んてね。琴里から全部聞いてたし。これが二人とも救う方法ってやつでしょ」
「まあ、そうだけど」
状況に全然ついて行けない。よくわからないまま勝手に進んでいく。
「信頼。夕弦たちは士道なら何とかしてくれると信じています。だからこの力、士道に託します」
「夕弦……。ああ、任せてくれ!」
覚悟を新たに固める。俺を信じてくれるみんながいるんだ。
必ずなんとかしてやるさ。
「それはそれとしてさぁ。全裸ってひどくない?」
「それはお前たちが――」
あんまりな言い分に自己弁護する。どう考えても俺は悪くないだろ。
「追及。士道が服を剥ぎとって夕弦たちを傷物にした事実は変わりません。責任を取ってください」
耶倶矢と夕弦は手で大事なところを隠しながら迫ってくる。お前らそうなるってわかってやったんだろ⁉
「シドー、貴様何をしたのだ?」
十香が拳を強く握って震えている。怒っていらっしゃるようだ。
「いや、あの、十香さん?」
十香自身も経験してるはずなんだけど。俺が服を剥ぎとったって事実しか見えてないのか?
その後俺は台風の渦中に突っ込まれた。風の精霊だけに。
これにて八舞編終了です。ようやく第二部らしさが出てきましたてきました。ここからどうなるのでしょうか?美九編にご期待ください。
今回の裏話は七罪と折紙の内心について。
二人とも純粋に愛くんについて行きたい意思があります。それと同時に何か危ういと思っています。そのうち取り返しがつかないところまで行きそうと今回の行動を見て考えました。