士道、いや士織が帰宅してから暫く経った。今は美九にあてがわれて部屋で七罪と姉さんと三人で集まっている。
「さて、第一段階は順調かな。士織さんは勝負を受けてくれたし、美九さんも機嫌がいい」
ここで躓いていたら話にならない。大きな一手を打つために、足場はしっかり固めておかないと。
「しっかし思い切ったことをするわね。士道を女にした上に、負けたら一生女にするだなんて。あれ本気?」
七罪は半目で私を見てる。士織ちゃんにした張本人が何を言ってるんだか。
「本気だよ。士道さんが美九さんの男嫌いを治せないようなら、女として攻略を継続させるしかない」
原作通り、美九のトラウマを克服できるならそれがベスト。無理ならば五河士織として攻略を半ば強引に継続させる。
「はぁ、折紙はそれでいいわけ?」
七罪は背後で黙っていた姉さんに問いかける。姉さんはいつも通りの動かない表情で答える。
「ラタトスクは信用できない。誘宵美九の方がまだマシ」
「……まあ、そうね」
姉さんの言葉に七罪も閉口するしかない。
ラタトスクは姉さんを人質に取った。首謀者と実行者は一人残らず殺したけど、ああいうゴミはまだ残ってる。
組織は下手に大きくするとかじ取りができなくなる。そして最終的にはあんな風に腐った部分が出てくる。
「美九さんは危険だけど、欲望に忠実。扱いやすいから、
美九は超が付くほどの女好きだ。全方位爆撃機扱いされてたくらいに。
今の美九の行動原理は歌と女しかない。わかりやすく誘導しやすい。
「私に欲情するような見境なしだものね。女なら何でもいいんでしょ」
美九は原作よろしく七罪を狙っている。私が盾になってるけど。
「美九さんが好きなのは美少女だけだよ。七罪も美少女だから狙われてるんだよ」
「はっ、どーだか?学校で目が肥えたからゲテモノを食べたくなっただけでしょ」
七罪がまたやさぐれてる。最近自信ができたと思ってたのに。
「士道はきっと精霊を封印し続ける。だったらラタトスクに代わる新しい支援者が必要。誘宵美九は悪くない選択肢」
士道が精霊を封印し続けるためには保護する財力が必要だ。一番いいのがラタトスクだと思っていた。
でも、セカンドプランがないわけじゃない。それが美九の家だ。
この豪邸は精霊全員プラスアルファで住むことができる。金銭面は七罪がいればどうにでもなる。
安全面が問題だったけど、天使の力で解決できてしまいそうだ。
「ラタトスクに士道を預け続けるくらいなら受け入れる。性別が変わるくらい」
姉さんの静かな覚悟が伝わってくる。
「……同感かな」
「まあ、仕方ないわね」
七罪と二人で同意する。私たちは士道の性別に大きなこだわりはないから、姉さんが反対しないならそれでいい。
「それに、性別が変わった程度で戸惑うような安い気持ちではない」
姉さんは堂々と真実の愛を宣言する。とても姉さんらしい。
「……一応聞いておくわ。士織を見てどう思ったの?」
「素晴らしかった。スカートを恥じらう姿も、ぎこちない動きも、変わらない優しさも。
士道が士織として生きていくなら、準備をしておかないといけない。女同士でも楽しめるように」
姉さんはうんうん頷いている。やっぱり、相手が士道なら何でもいいようだ。
「聞いた私がバカだったわ」
七罪は呆れた顔で姉さんを見ている。感情が一周していそうだ。
「あなたも無関係な話ではない。今は愛も性別が変わっている」
「……まあ、そうね」
七罪は余計なこと言いやがってって顔をしている。
相手が相手だから天使で姿を変えたのだ。案外簡単にできたから。
なんでか前と少し違うけど。髪もセミロングだし胸も姉さんより少し大きい。
「あなたの気持ちはたかが性別一つで変わるようなもの?だとしたら、私はあなたを愛の恋人として認めない」
姉さんと七罪が喧嘩してる。最近はあんまりそんな姿見なかったのに。
「色々ツッコミどころはあるけど、その話題待ってくんない?自分がわからなくなりそうだから」
七罪は頭を抱えて唸っている。悩みを抱えているようだ。
「女になった愛は嫌いということ?」
「嫌いじゃないから悩んでんのよ!愛なら女の子でも行けそうなのが怖いの!」
七罪は姉さんに当たり散らしている。そしてそのまま座り込んだ。
「女の子になった愛を虐めるの、楽しかったのよ。おかしくなっちゃったのかしら?」
七罪は床にのの字を書きながらぶつぶつ呟いてる。そういえば、そんなこともされたね。
私としては性別なんて些細な問題なんだけど。大半の人はそうはいかないよね、七罪も含めて。
「楽しそうですわね、愛さん」
バルコニーのカーテンが揺れた。緋色の夕焼けの光から異常に長い影が伸びている。
「驚きの登場しかできないのか、狂三?」
目を向けると狂三が影の中から現れる。くすくすと不気味な笑いをしながら。
「きひひひ、申し訳ございません。わたくしは皆さんと違って招かねざる客でして。このような形でご報告に参りましたわ」
いつも通り優雅に礼をする狂三。メッセンジャーの分身体だろう。
「それで、そっちは順調なのか?」
「一次襲撃は予定通り成功。ウェストコットとエレン・メイザースの目はイギリスの本社に向くことでしょう」
狂三にはイギリスのDEM本社を襲うよう頼んでいた。DEMからはいろいろと奪いたいものがある。
「それで、頼んでたものはどうだった?」
「こちらに。しかし愛さん、いったい何をなさる気でしょうか?」
狂三の影からは大量の人間があふれ出す。近未来的な武装を身に着けた奴ら。
DEMの
「狂三、知ってるか?致死量の毒は基本的に体重の一万分の一にも満たないんだ」
探偵ものでよく出てくる青酸カリことシアン化カリウム。致死量は二百から三百ミリグラム程度と、成人の体重と比べる遥かに小さい。
「回りくどいですわね。何をおっしゃりたいのでしょうか?」
もったいぶった言い方に狂三が焦れたようだ。
「組織でも同じことが言えると思わない?まあ見ててよ」
意識を集中して身体の中の力を手の中に集める。白と黒の光が手の中に収束する。
やがて光は杖という形になる。私の天使、
拘束されて芋虫みたい暴れている
「この天使はあり得ないほど扱いが難しい。だけど、私は気に入ってるんだ。アイディア次第で化けるから」
杖の先についた透明な球が混沌とした光を放つ。しばらくすると効果が表れた。
反抗的だった目の色が虚ろになり、さらに変わっていく。偶像崇拝でもするかのような瞳に。
「うわ、えぐ」
顔をしかめる七罪。
「非常に有効な戦術」
戦術としての評価をする姉さん。
「面白いことをしますわね、愛さん」
目を丸める狂三の分身体。
「さて、二次襲撃の準備を進めてくれ。こいつらを使ってな」
狂三に加工した
♦♦♦
フラクシナスの艦橋で反省会が開かれていた。みんな神妙な面持ちだ。
「すまん、完全にしてやられた」
最初から最後まで完全に愛たちのペースだった。俺はただ頷かされただけだ。
「今回ばかりは仕方ないわ。愛が本気で準備して仕掛けてきたら、対抗するなんてほぼ無理よ」
琴里は珍しく責めずに慰めてくれる。それだけ相手が悪かったってことか。
「しかし、面倒だね。現役アイドルを相手にステージで勝負しないといけない」
令音さんの言葉に頭を抱える。
勝負の内容は天央祭の一日目の最優秀賞。模擬店も大事だけど、ステージでも何かしないと厳しい。
「どうしましょう?」
「情けない声出すんじゃないわよ。とにかくできることは全部やるわ」
琴里が目を鋭くさせて宣言する。
「士道はその姿で学校に行って協力を募りなさい」
「この姿でか?」
今の俺は七罪に変身させられた女の子の姿だ。できればクラスの皆に見られたくない。
「他に誰がやるのよ?手続きはやっておいてあげるから、月曜から五河士織として登校しなさい」
「わかったよ」
悔しいけど反論が一切思いつかない。それしかなさそうだ。
「令音、可能な限りサポートするわよ。今すぐ準備を始めて」
「……確かシンの模擬店はメイド喫茶だったね。手は尽くそう」
令音さんが素早く対応する。電話から漏れ聞こえる声だけで学生レベルじゃないことはわかる。
なんだよ、メイド服のプロって。
「来禅高校のステージ発表は何だったかしら?」
「バンド演奏だったと思う」
山吹、葉桜、藤袴のアイマイミートリオが何か準備してたはずだ。
「へ~、よかったじゃない得意分野で」
「え?」
意味がよくわからない。しかし、琴里は手元のコンソールを操作してスクリーンに映像を流し始める。
『俺は口下手だから、
そこには俺が映し出されていた。中学時代の影がある自分を演出してた頃の俺だ。
「琴里、こんなもの残してたのかよ⁉」
「何かの役に立つと思ってね。ぷっ、よかったじゃない、ふふふ、披露する機会ができて」
琴里は笑いをこらえようとしてこらえきれず噴き出している。そんなに兄の痴態が面白いかよ。
『聞いてくれ。残酷な世界に捧ぐエチュード』
「止めろ~!」
髪をかき上げてつたないメロディを披露する過去の自分に殴りかかる。当然、映像は止まらないのだった。
◆◆◆
いつも通りの朝。朝ご飯を作って、二人分の弁当を用意して、洗濯をする。
変わらない光景だ。俺が女子の制服を着ていることを除けば。
カーディガンを押し上げる胸の感触。風が太ももの間を通り抜ける不安心感。
世界が全部違って見える。
「学校に行くぞ、シドー」
いつもと変わらない様子で接してくれる十香。嬉しいけど、今日はそれじゃあ困る。
「十香、学校では俺のこと士織って呼んでくれ」
「ぬ?どうしてだ?」
十香は純粋な瞳で問いかける。世間が全員十香みたいな性格だったらそんな心配要らないんだろうな。
「女装してるって思われたくないんだよ」
「そうか?わかったぞ、士織」
よくわかってなさそうだけど頷く十香。こういう十香に俺は助かってる。
「くっくっく、叡智が集う宿命の地へ向かう準備ができたようだな」
「翻訳。学校に行く準備ができたようですね」
後ろから声をかけられて振り向く。制服に着替えた耶倶矢と夕弦が立っている。
「おはよう。制服似合ってるぞ、耶倶矢、夕弦」
二人ともようやく色々な準備が終わったようだ。今日から来禅高校に通うらしい。
「貴様こそ似合っておるではないか、士織よ」
「絶賛。とてもかわいいですよ、士織」
「ははは、ありがとよ」
苦笑いで返す。本音は一ミリも嬉しくない。
「そろそろ行こうか」
「そうだな」
みんなに向けて移動を促す。転校生扱いだから、少し早めにいかないと。
「かかか、我らに付いて来られるかな?」
「全速。学校まで一瞬です」
耶倶矢と夕弦は競争しながらすぐに見えなくなった。
「もう行っちまった」
「うむ、速いな」
十香と顔を向き合わせて頷き合う。相変わらず忙しない奴らだ。
♦♦♦
「五河士織です。家の事情で半月ほどお世話になります」
黒板に五河士織と書いてクラスの皆の前で頭を下げる。気分はまるで転校生だ。
「五河さんは五河君の従姉妹だそうです。皆さん仲良くしてあげてくださいね〜」
タマちゃん先生が嘘の情報を補足してくれる。琴里がそういう設定にしたようだ。
クラス中の視線が俺に集まる。皆、
「背ぇ高~い。モデルさんみたい」
「十香ちゃんといい、時崎さんといい、うちの転校生美少女率高くない?」
「彼氏とかいるのか?いなかったら俺が立候補したい」
騒いでる声を聞いてる限り、ばれてなさそうだ。ホッと一息つく。
「はいはい、質問するのは休み時間にしてくださいね。そ・れ・と、転校初日に告白するような悪い子は生徒指導するのでそのつもりで」
タマちゃん先生がぱんぱんと手を叩くとみんな完全に静かになる。冗談めかしてるけど目が笑ってない。
タマちゃん先生こと、岡峰珠恵教諭二十九歳。婚活に負け続けた女の迫力には誰も抗えない。
「五河君はしばらく入院だそうなので、その席をつかってくださいね」
幸か不幸か慣れ親しんだ俺の席に座れる。十香が機嫌よさそうに手を振っている。
気分を切り替えて、いつも通り授業が始まる。先生には悪いけど、話をしっかり聞いている余裕はない。
メイド喫茶の方はラタトスクの力を借りつつ進めるとして。ステージ発表をどうするか考えないと。
忙しないけどやるしかない。みんなを美九から守るために。
愛くんが遂に本気で動き始めました。これから楽しくなりますよ。
今回の裏話は美九と愛くんの交渉内容について。
愛くんは美九に精霊のハーレムを作りたくないかと交渉を持ち掛けました。自分たちの言うことを守るのなら協力すると。いろいろと条件を出し合った結果、メイドとして三人が住み込むことに落ち着きました。
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