焼きそばのソースが焦げる匂い。学生たちが必死に商品をアピールする声。
その中で俺はプラカードを持って宣伝を続けていた。
「メイドカフェ☆RAIZEN、いかがですか~?ご主人様、お嬢様のお帰りをお待ちしています」
道行く人に声をかけてビラを渡す。一人一人が悪くない顔で受け取って目を通してくれる。
この見た目のおかげなんだろうな。男の大半は露骨に反応がよかった。
目的は果たしてるから良しとしよう。
「あら士織さん、奇遇ですね」
宣伝をしていると声を掛けられる。今回の勝負相手、美九だ。
後ろには美九と同じ制服を着た女の子を引き連れている。これだけ人がごった返しているのに、美九の近くだけ人が寄り付かない。
まるで大名行列だ。
「おはよう、美九。今日は絶好の勝負日和だな」
「ええ、士織さんが私のものになるのに相応しい日です」
美九は当たり前と言わんばかりに俺を自分のものみたいに言う。嫌味でも煽りでもなく、自然にそう思っている。
「悪いがお前のものになる気はないぞ。そのために準備したんだからな」
「ええ、素晴らしい衣装です。是非、残しておいてくださいね。その衣装で士織さんにお茶を淹れてほしいですから」
美九はメイド服を見て熱っぽく微笑む。いちいち人の地雷を踏まないと気が済まない性格のようだ。
「折角だから、一緒に少し回りませんか?」
「随分余裕だな。勝負を決めるのが一日目の最優秀賞だってのに」
「だってぇ、私の勝利は決まってるじゃないですか。だったら必死に頑張るよりも、士織さんと楽しいひと時を過ごしたいじゃないですかぁ」
美九は猫なで声で誘ってくる。俺の腕に絡みつきながら。
「少しくらいいいじゃないですか。ステージまではまだ時間がありますし、愛さんたちもどこか行っちゃって暇なんですよぉ」
美九が人差し指でお腹のあたりを撫で上げる。指がそのまま美九の欲を現しているようでぞわぞわする。
ただ、それよりも恐ろしいことがあった。『どこか行った』だって⁉
「美九、愛たちはどこに行ったんだ?」
こんな大事な日にどこか行ったってことは、また何か企んでるんじゃないか?
「さて、どこだったでしょうか?士織さんがデートしてくれたら思い出すかもしれません」
美九は悪戯っぽく微笑む。教えてほしけりゃデートしろってことか。
宣伝は結構したし、既に人の流れができる。俺たちのステージ発表もまだ先だ。
「わかったよ。デートしようか」
「本当ですか?やりました、士織さんとのデートです」
飛び上がって嬉しそうにはしゃぐ美九。この姿だけなら平和的なのに。
「では早速行きましょう。いろいろ良さそうなお店、探しておいたんですよ」
「ちょっと待ってくれ。流石にプラカードは置いていくから」
美九に手を引かれて文化祭デートと洒落込む。こんなに女の子に引っ張られるデートは初めて――でもないな。
♦♦♦
『それで美九とデートしてると?士道にしてはいい判断じゃない』
耳元から聞こえてくるのは琴里のありがたいお言葉だ。今回の行動は琴里のお眼鏡に適ったようだ。
『美九の好感度は是非上げておきたいところだし、愛の行動を放置するなんて論外。士道はそのまま美九のご機嫌を取りつつ情報をさぐりなさい』
「りょーかい」
そんなことを話していると商品を買いに行っていた美九が戻ってくる。両手にはストロベリーとチョコバナナのパフェがそれぞれ握られている。
「ありがとな、買ってきてくれて」
「いえいえ、士織さんのためですから」
美九は俺の前にストロベリーのパフェを置きつつ向かいに座る。スプーンですくって舌の上に乗せると冷たさと甘さが口いっぱいに広がる。
この身体、甘いものを求めてる気がするんだよな。スイーツが普段より美味しく感じる。
女の子は甘いものが好きって言うもんな。
「う~ん、美味しいですねぇ。このままお店が出せちゃいますよ~」
美九は身体を震わせて美味しさを表現する。我が儘なお姫様もこの味には大満足してるみたいだ。
「……ストロベリーも美味しそうですね」
美九はストロベリーパフェと俺の顔を交互に見ながらつぶやく。何かを期待するように。
『なにぼーっとしてるのよ、このボーフラ。そんなわかりやすいアピールされたらノータイムで一口差し出しなさい』
「いや、でもそんなことしたら」
間接キスになっちまうじゃねーか。
「うふふ、どうしましたか士織さん?」
美九は楽しそうに俺のことを見ている。俺の戸惑いも羞恥心も全部わかっていそうな顔だ。
『ほら、とっととやりなさい。相手はそれをご所望よ』
「あー、もうわかったよ」
スプーンの上に苺と生クリームをたっぷり乗せて美九の元に差し出す。
「よかったら一口どうだ?」
「あら、嬉しいですねぇ。では遠慮なく、あ~ん」
美九は口を控えめに開けて俺のスプーンを口に迎え入れる。差し出したスプーンにはクリームが全く残っていなかった。
「う~ん、最高ですぅ。お腹いっぱい食べたいくらいに」
美九は妖艶に笑う。美味しかったのは本当にパフェなのか?
「お返しです。士織さんもどうぞ」
美九も同じようにバナナとチョコをスプーンに乗せて差し出す。当然、美九が食べていたスプーンを使って。
「い、いただきます」
もう今更躊躇っていられない。目を閉じてスプーンにかぶりつく。
ドキドキして正直味なんてわからない。こういう経験はあんまりないんだよな。
「うふふ、いい食べっぷりでしたよ」
「そりゃどうも。それで、そろそろ話してくれる気になったか?」
愛のことを聞くためにデートしてるんだ。そろそろ聞かせてもらいたい。
「あ~ん、デート中に別の女の子のことを聞くなんて。士織さんはダメな子ですねぇ。でも、さっきのかわいい姿に免じて教えてあげますぅ」
美九はくねくねとしながら話を続ける。
「愛さんはDEMに行くらしいですよぉ。なんでも、女の子を攫おうとするゴミクズが社長だとかぁ」
「DEM、だって⁉」
その言葉に目を見開く。想像していた中でもかなり過激な答えが返ってきた。
DEMは世界を股にかける大企業だぞ。そんな場所に少人数で攻め込むなんて。
『あいつはやりかねないわね。元々アメリカでDEMの支社を破壊しまくってた奴よ。七罪と二人で』
「嘘だろ⁉」
あいつ、そんなことやってたのかよ。相変わらず過激な奴だな。
「今は愛さんのことはいいじゃないですか。それよりデートを楽しみましょう」
美九はデート中に別の話題を挟むことに眉を潜める。今考えても仕方ないか。
『情報を引き出せただけで十分よ。後はこっちに任せてデートに集中しなさい』
「りょーかい」
そのまま俺は美九とのデートを再開した。
♦♦♦
あれからもいろいろと出店を回り、美九の機嫌を取る。そのおかげもあって美九の機嫌は良さそうだ。
『いい感じね。好感度ももうすぐ封印可能なレベルまで達するわ』
琴里が観測結果を教えてくれる。見立ては間違っていなさそうだ。
ただ一つだけ大問題がある。小声で琴里に問いかける。
「美九って男嫌いなんだよな?」
『そうね。男を見た瞬間にゴキブリ未満の好感度になるくらいには』
思った以上の急降下だ。ジェットコースターでもそんな勢いで下がらない。
「俺、元に戻っても大丈夫なのか?」
出会ったときから美九は俺へ好意的に接していた。多分、
男に戻ったら、何を言われるんだろうか?
『……パッドとカツラを用意しておくわ』
「おい!」
思わず素で突っ込んじまった。俺に女装しろって言ってんのか?
「士織さん、どうかしましたか?」
そのせいで美九の前で変なこと言っちまった。何とか取り繕わないと。
「あ~、いや。どうして美九は男の人が嫌いなのかなって」
折角だし聞いておこう。何かのてがかりになるかもしれない。
「だって、汚らわしいじゃないですか。頭の中は性欲でいっぱい。傲慢で不遜で自分のことしか考えてない、最低最悪のこの世の汚物」
美九の顔はひどく歪んでいた。まるで、男に恨みがあるみたいに。
「どうして、そんなに男のことを嫌うんだ?過去に何かあったのか?」
何もないのにそんな感情が生まれると思えない。美九が男を嫌うような何かがあったとしか。
「……何もないですよ。ただただ、男なんて口に出すだけで汚染されてしまうような醜い生物が大っ嫌いなだけですぅ」
美九は機嫌を悪くして歩いて行ってしまう。
「おい、美九待ってくれよ」
美九を追いかけて隣に立つ。同時にぼそりと呟いた言葉が辛うじて聞こえた。
「誰が好きなものですか。私から声を奪った奴らを」
「え?」
「なんでもありません。気にしないでください」
美九はそのまま足早に歩く。わかりやすく不快感を顔で表現しながら。
『ここらで止めておきなさい。美九が男を嫌いな理由は気になるけど、これ以上機嫌を悪くされたら困るわ』
「わかったよ」
美九、お前の過去に何があったんだ?
時間も十分に経過した。そろそろ美九も俺たちもステージの準備をしないといけない。
「名残惜しいですが、楽しみは後に取っておきましょう。また明日楽しみましょうね、士織さん」
美九はご機嫌な顔で手を振る。デートはお楽しみいただけたようだ。
「美九、俺はお前との勝負に勝つぞ。唇にリップクリーム塗って待ってろ」
「あら、情熱的な告白ですね。気持ちだけ受け取っておきます。
士織さんはキスができない代わりに、別の方法で可愛がってあげますから。楽しみにしててくださいね」
美九は嗜虐的な笑みを浮かべる。その顔をしながらたくさんの女の子を食ってきたんだろうな。
そんなことされてたまるか。絶対に封印してやる。
♦♦♦
DEM日本支社に用意された
「ちっ、こんなときに限って社長もエレンもいないのかよ」
アシュリーが文句を言ってる。本当は二人がこの作戦の中心だったからね。
「仕方ないよ、イギリスの本社が襲撃されたんだから。むしろ、作戦を続行できただけ凄いと思う」
レオがアシュリーをなだめてる。レオの言う通り、今DEMは大変な状況に陥ってる。
十日前、《ナイトメア》の本社襲撃。あれでウェストコットさんとエレンはイギリスに戻らないといけなくなった。
加えて今さっき入った通信。《ナイトメア》が今日また襲撃を仕掛けてきたって。
一応作戦は決行するけど人数は当初の予定の三分の二。おまけにエレンという大きな戦力もいない。
「どうせなら止めちゃってもいいんじゃねーか?」
「精霊がこんな無防備な場所に大勢集まる。そのような機会が次いつあるかわかりませんから」
アシュリーの言葉にセシルが答える。セシルの言う通り、これは大チャンスなんだよ。
天宮市のイベント、天央祭。学生として生活してる五河士道や《プリンセス》、それに新たに転校したという《ベルセルク》。
さらに、改めて霊力を観測すると《ディーヴァ》まで。これだけの精霊が不用意に集まっている。
誰か一人でも殺せたら大金星。実行するだけの価値はある。
「行くよ、みんな。武器の手入れは終わったよね?」
最終確認をする。
「勿論だぜ、アルテミシア」
元気よく答えるアシュリー。
「うん、弾の装填も問題なし」
狙撃銃を持ちながら目を閉じるレオ。
「いつでも行けます」
目を光らせるセシル。
みんな調子がよさそう。これなら精霊だって怖くない。
「アルテミシア・アシュクロフト。アナタ、指揮しないでくれる?この場を任されたのはワタシよ」
「ごめんね、みんなとは付き合いが長いから」
アデプタス・ナンバー3のジェシカ。今日この作戦の指揮を執るリーダー。
アデプタス・ナンバー2が裏切っちゃったから、エレンの次に強い人。この前勝っちゃったんだけど。
「ふん、ウェストコット様に少し気に入られたからって、イイ気にならないでヨネ」
ジェシカは顔を背けて去っていく。いつも機嫌悪そうなんだよね。
「なに、あいつ。感じ悪いわね」
セシルがジェシカの背中を見ながらボソッとつぶやく。仲間のこと悪く言っちゃダメなんだけど、あんまり強く言えないな。
「本当、DEMってプライド高いやつ多いよな。エレンの奴もプライドの塊だし」
アシュリーが頭の後ろで手を組みながらぼやいてる。ちょっと不満みたい。
「仕方ないよ、DEMで
DEMは世界中から選りすぐりのエリートが集まってくる。一人一人がどこかの元トップなんてことが普通にある。
まだここに入ってからあんまり経ってないけど我が強い人が多い気がする。ジェシカが特別ってわけじゃない。
「私たちはほどほどに付き合っていこう。地雷を踏みたくないし」
レオが暗い顔をしてる。ネガティブなところは相変わらずだな。
「それでさあ、天央祭を襲撃するのはいつだっけ?」
アシュリーが気分を変えるように話す。もう我慢できないみたい。
「十五時だよ。そのタイミングで最優秀賞の発表があるらしいから、精霊も集まると思う」
作戦開始まであと数時間。もう少ししたら基地を出ないとね。
五河士道、《ベルセルク》、今度は前みたいにいかないよ。あなたたちの首は私たちが貰うから。
♦♦♦
会場のボルテージが最高潮になっている。待ちきれずにペンライトやうちわを振る観客がちらほら。
それもそのはず。次のステージ発表は、誘宵美九の生ライブだ。
顔出しNGな上、限定ライブも限られた人間しか入れない。そんなアイドルの姿を今日限り拝むことができる。
盛り上がらないわけがない。明らかに遠くから来た人が大勢集まってる。
「これが俺たちの相手か」
俺たちはこれを相手に勝たないといけない。緊張で胃がひっくり返りそうだ。
『ビビってるんじゃないでしょうね?そんなんじゃ勝てるものも勝てないわよ』
耳に着けたインカムを通して琴里が発破をかけてくる。相変わらず兄遣いが荒い司令官様だ。
「ふん、ただの武者震いだよ」
『そう、それはよかったわ。こんなところで怖気づいてるようなら、キツイのお見舞いしてやろうかと思ってたから』
琴里の声と一緒に風切り音が聞こえてくる。多分、シャドーボクシングでもしてるんだろう。
琴里と話をしていると舞台の幕が上がった。そこには最強のアイドルが立っていた。
万人受けする見た目の良さ。客の心をわしづかみにするダンス。
なにより心に訴えかけてくる歌声。ひとたびステージに立てば、美九は素晴らしいアイドルだった。
客の歓声も凄まじい。倒れてしまうんじゃないかと思うほど盛大に盛り上がってる。
ただ、心のどこかでつっかえてるものがある。これが本来の実力じゃないと思ってしまった。
俺が一生かかっても真似できるようなものじゃない。才能の上に積み重ねられた努力の跡が見える。
ただ、声に込められた人を魅了する力。それが美九の本来のパフォーマンスを塗りつぶしてる。
これは歌じゃない。『盛り上がれ』っていう命令だ。
「お前の本当の歌声、聞いてみたいよ」
心からそう思った。
♦♦♦
ステージ前の最終チェックの時間だ。コードをいくつか試して音の調子を確かめる。
胸を押さえるといつもより早い鼓動を感じる。もう緊張しちまってる。
「大丈夫、やれることは全部やった。後は全力をぶつけるだけだ」
自分自身に言い聞かせる。死ぬような思いで必死にやってきた。
過去に戻ったとしてもこれ以上の選択はできない。そう信じろ。
「ふっ、相手は魑魅魍魎の世界を生きてきた
「呼応。胸が高鳴ります。楽しい勝負になりそうです」
耶倶矢と夕弦は不敵な笑みを浮かべている。本当に勝負大好きだな。
「士織、見ているぞ。美九に負けないステージを見せてくれ」
十香が控室から出ていく。それに手を振り返し、拳を握り締める。
負けてたまるか。みんなを美九のお人形にしないために。
美九が盛り上げた会場の熱はまだ冷め切っていない。あのときほどの勢いはないけど、それでも観客は期待の目で俺たちを見ている。
気圧されそうになるけど、歯を食いしばって弱気は抑え込む。今は音を楽しむだけだ。
ギターの弦に指をかけ、いつものコードを形作る。耶倶矢のドラムが始めのリズムを生み出し、曲がスタートする。
照明が俺たちを照らし、観客の目が集まる。
緊張してとっさに思考がぶっ飛ぶ。出遅れた――そう思ったのに指は勝手にギターを鳴らしていた。
夢に出てくるほど練習したこの曲。意識するまでもなく、演奏できるようにいつの間にかなっていた。
俺のギターは暴走気味で、ときどき半拍ほど早くなっている。でも観客側からはミスと取られていない。
夕弦のベースが縫い目をフォローして、良質なアレンジとして作り変えてくれているからだ。結成して十日のバンドとは思えない。
夢みたいだ。こんな演奏を、俺がやっているなんて。
少しずつ緊張にも慣れてきて、観客席を見る余裕が少しだけ出てくる。その中には手をぶんぶん振って楽しむ十香がいた。
今回の裏話は十香のポジションについて。
原作と違ってバンドに参加せずメイドカフェの方をメインでやっています。理由は以下の通り。
①折紙がいないから反抗心が湧かない
②原作よりも練習時間がないから士道(士織)は構う余裕がない
③十香自身が頼まれた仕事を受け入れている
まあ、いろいろあったわけです。
投稿日はいつがいい?
-
月曜夜
-
火曜夜
-
水曜夜
-
木曜夜
-
金曜夜
-
土曜昼
-
土曜夜
-
日曜昼
-
日曜夜