ミケがアシュリーを倒した。これで戦況は一気にこっちへ傾いた。
「アシュリー!」
アルテミシアとセシルが私たちの牽制を振り切ってアシュリーに駆け寄る。抱きかかえるけど、一切反応がない。
あれだけの傷。戦闘続行は困難。
「士道、気を緩めないで。アルテミシアはまだ傷一つ負っていない」
「わかってる」
士道と一緒に武器を握る手を緩めずアルテミシアをじっと見つめる。アルテミシアはアシュリーから手を放してゆっくりと立ち上がる。
「よくも、アシュリーを」
「襲ってきたのはあなたたちの方。これは当然の帰結」
アルテミシアの恨み言を敢えて切り捨てる。彼女たちが悪くないことは重々承知している。
それでもアルテミシアの刃を怒りで鈍らせるために。少しでも勝率の高い行動を。
「はぁ~、ウェストコット様のお気に入りみたいだけど、拾ってきた奴はダメネ。戦いにスマートさが足りナイ」
赤と黒のワイヤリングスーツを着た女が仰々しい態度で独り言を話している。
彼女は確かジェシカ・ベイリー。DEMのナンバー3。
いまさら何をしようと言うの?アルテミシアどころかセシルにすら劣るかもしれないあなたが。
「もう面倒ダワ。お前たち、そこらにいる一般人ヲ殺しなサイ」
『了解しました、隊長!』
ジェシカはとんでもない指示を自分の部下たちへ出した。この女、正気?
「アンタタチのお友達を殺すワ。嫌なら大人しくしてなサイ」
片言の日本語で脅しをかけるジェシカ。DEM、ここまで非道な組織だったの。
「ちょっと、ジェシカ!いくら何でもそれは」
「黙りなサイ、アルテミシア!隊長はワタシよ!」
アルテミシアが食い下がるけど、ジェシカは一切聞く気がない。
「ソレトモ、あんたのお仲間の治療はイラナイのかしら?」
「それは」
ジェシカはアシュリーのことをニヤニヤと見ている。あれだけの怪我、
明らかにアルテミシアの足元を見ている。トップに似て部下も性格が悪い。
「ほら、早く武器を下ろしなサイ。お友達が死んでもイイの?」
ジェシカが言ってる間にもDEMの行動は止まらない。一人一人犠牲者が増えていく。
「わかったよ」
士道が天使を消し去る。そして両手を上げて武器を持っていないことをアピールする。
「士道、そんなことをしてはいけない」
「みんなの命には代えられないよ。悪いな、折紙。折角助けに来てくれたのに」
士道はきれいな顔で笑う。あなたのそういうところが好きになった。
誰かのために必死になって、命を懸けてしまう。そんな優しいところに。
でも、それは同時に士道の欠点でもある。自分の命をないがしろにしてしまうから。
「あなたが死んでも、DEMは止まらない。いずれ世界のどこかで人を殺す」
「かもな。でも、ここでみんなを守れる」
士道は手ぶらの状態で歩いていく。自分から殺されるために。
「そんなこといけない」
士道を止めるために駆け寄ろうとする。でも、その道をアルテミシアが阻む。
「悪いね。五河士道は殺さないといけないんだ」
「どいて!」
《エインヘリヤル》の刃を何度も振るう。その全てをことごとくいなされる。
「ミケ、士道を止めて」
「でも、折紙さん」
ミケは周りを見るばかりで動けない。優しいミケは人質と士道を天秤にかけられないでいる。
「真那!」
「すみません、折紙さん」
真那はセシルに足止めされている。士道がジェシカのもとに行くまでには間に合わない。
このままでは士道が――
「
戦いの喧騒が響き渡る会場。その中で小さな声が奇妙に響いた。
全身を凍てつかせるような冷酷な声。それはとても聞き覚えのある声色をしていた。
そして次の瞬間、まるで全てを呑み込むブラックホールのような闇が広がる。闇は一瞬でジェシカを呑み込んだ。
会場からジェシカはいなくなった。まるで、初めからそこにいなかったかのように。
会場にいる全員が呆然としている。目の前で起きた現象が理解できずに。
「今の何?確かに■■■■がそこに――あれ、誰だっけ?」
アルテミシアが■■■■の名前をつぶやく。しかし、まるでノイズが入ったように聞き取れない。
いや、私もおかしい。■■■■の名前を思い出すことができない。
ついさっき言えていたのに。それに顔もぼんやりとしてきた。
「どうやら成功したみたいだね」
会場の舞台裏から新たな存在が顔を出す。■■■■がいたはずの影から。
私によく似た顔立ち。
黒と白のドレス。合わせるような黒と白の螺旋を描く杖。
私の弟、愛だった。
「愛、あなた一体何をしたの?」
「ん~、最後の実験だよ。
愛は微笑を浮かべて楽しそうに語る。子供が玩具の自慢をするように。
「
今目の前にいた人の名前も顔も思い出せない。こんな奇妙なことが起こるだなんて。
「
愛は楽しそうに自身の天使の能力を語る。聞いていて嫌な予感がする。
「その究極系が
聞き終わってすぐ震えが止まらなかった。
その恐ろしい能力に。そして、そんなものを振るってしまった愛に。
「■■■■・■■■■はどうなったの?」
やはり名前が正しく発音できない。その言葉が何かに拒絶されているかのように。
「死んだよ。いや、その言い方すら正しくないかな?厳密にいうなら、存在しなかったことになったよ。
あいつが生まれたことも、DEMに入ったことも、今まで戦ってきた事実も全て」
愛の言葉。それは非常にあっさりとしていて、非常に残酷だった。
「あなた、自分が何をしたか……わかってるの?」
人殺しはまだ許容できた。過酷な精霊と
確かに■■■■・■■■■は非道な人間だった。一般人の命すら顧みない、兵士の風上にも置けない人間だった。
それでも、これは許容できない。死者を弔う気すらない、こんなやり方は。
「わかってるよ。でも、この女はそうした方が世界のためになる」
さっきまでの明るさを完全に引っ込めて語る愛。その目には先ほどのブラックホールのような闇が宿っていた。
「そんなこと……」
「ないって言うの?士道さんを殺そうとしたそいつが?どうせ過去もまともなことなんかしてないよ」
愛はとても正しかった。正しすぎて、周囲を傷だらけにしてしまうほどに。
「そうだとしても、あなたは人の道を踏み越えた!」
相手が非道だからって、それ以上に下へ堕ちることなんてない。
「姉さんの気持ちは理解したよ。やっぱりダメだね」
愛の呟いた言葉。それは最後の審判だった。
「さて、つまらない戦いは終わらせようか。
愛は天使を白く輝かせ、翼に変える。あれは八舞耶倶矢と八舞夕弦の天使。
風を操り、嵐で全てを破壊する天使を躊躇いなく使う。荒れ狂う風は、会場を蹂躙する。
そしてアルテミシアの前に立って、八舞耶倶矢と同じ矢を構える。
「なっ、速すぎる!」
あのアルテミシアが反応できない。それほどに早いというの⁉
「安心して、君は殺さないよ」
放たれた矢はアルテミシアの腹部を一割ほど削り取る。確かにあれなら
セシルも同じように対処する。非常に効率的で、残酷な戦い方。
「残りはこれでいいかな」
風をまとった鎖をステージの上から大きく振るう。人を浮かせるような豪風が吹き荒れ、一般人は壁の方に寄せ集められる。
「はい、これでお終い」
今度は風をまとった鎖が直接振るわれる。
まるで埃をちりとりで掃くかのような雑な倒し方。残っているのは私たち、ステージで戦っていた者だけ。
「さて、最後の話をしようか姉さん」
たった一人で敵を一掃してしまった愛。もう昔の愛には見えなかった。
その能力も、その心の在り方も。別人のようになってしまった。
「最後って、どういうこと?」
「姉さんはここに置いていく。士道さんのもとで平和に暮らしていてよ」
呼吸が浅く早くなる。胸の動悸が妙にうるさい。
「また、置いていくの?」
「……そうだよ。姉さんはここからの戦いについて来れない。力も覚悟もないなら、足手まといだよ」
思考がまとまらない。どうしてこんなときに冷静になれないの。
「待って、また一人になるのは嫌!」
口から出たのはただみっともなく情けない弱音。それでも、何も言わずにはいられなかった。
「大丈夫、姉さんはもう一人じゃないよ」
それが最後に聞いた愛の言葉だった。その言葉を最後に、私は意識を失った。
♦♦♦
再び目を覚ましたとき、まるで普通の家のような場所にいた。
フローリングの床。二人掛けのソファ。
観葉植物に、二人掛けのデスク。二人暮らしくらいは十分問題ない空間。
しかし、生活感が全くない。毛髪一つ落ちていないし、窓もない。
おそらく一般的な家に似せて作られた空間。ラタトスクならそのような場所を保有していもおかしくない。
とりあえずベッドから起きて考える。脱出すべき?
いや、この部屋を出てもラタトスクの施設から簡単に逃げられると思えない。逃げるなら目途が立ってから。
《ブリュンヒルデ》も取り上げられてる。手持ちの武器もないし、この状況はかなり厄介。
「起きたみたいだね」
ドアを開けて入ってきた村雨先生。片手にコーヒーを持ち、私のそばに置かれている椅子に腰を下ろす。
一瞬だけど、フラクシナスの壁が見えた。やはりここはフラクシナスの中。
「座った方がいい。話をしにくいだろう」
その言葉に促されて村雨先生の対面に座る。どうせ今の私にできることはない。
ならば情報を少しでも得た方がいい。何をするにも情報がなければ始まらない。
「これはどういう状況ですか?」
「ふむ、君は自分が何をしていたか覚えているかな?」
そこでようやく思い出す。今自分が置かれている状況に意識が集中して、今までのことを忘れていた。
「私は……」
愛と七罪と一緒にDEMの支社に行って。そこで士道が心配になって天央祭へ引き返して。
アルテミシアと戦って、最後には――
「愛に、置いて行かれ……ました」
震えそうな声で何とか言葉にする。でもその事実に押しつぶされてしまいそう。
「そうだね」
村雨先生は軽くうなずいてコーヒーに口をつける。その静かな肯定が現実を頭に叩き込んでくる。
また置いて行かれた。また頼りにされなかった。
足手まといと言われた。覚悟がないとまで言われた。
「うっ、うぅ」
勝手に涙があふれてくる。もう泣かないと決めていたはずなのに。
どうして私はこんなにも弱いの?どうしてあの子はあんなにも先を歩いているの?
「泣きたいのなら泣いても構わないよ」
「村雨先生……」
村雨先生は静かに私の肩に手を置く。まるで母親のように。
「私は、普通の幸せが欲しかった。家族で過ごし、何気ないことで笑う、ありふれた日常が欲しかった」
「そうだね」
村雨先生はただ優しくうなずく。
「お母さんもお父さんもいなくなった。私に残された家族はあの子しかいなかった。
余計な女がついていようと、精霊だろうと、ただ一緒にいて欲しかった。それだけで十分だった」
いろいろと思うところはあった。聞けば聞くほど複雑な事情を抱え込んでしまったことも理解した。
それでもよかった。ただ一緒にいることさえできるなら。
他の全ては全部妥協して受け入れた。鬱陶しい精霊さえも許容して見せた。
「どうして、その程度の幸せすら奪われるの。どうしてあの子は地獄に突き進まないといけないの」
この世界は残酷で不条理。その現実をまた叩きつけられる。
「私は、何を……間違えた?」
もう何が正しいかわからない。過去の自分を反省して改めたと思っていた。
できることは何でもやった。それでもあの子にとって、私は邪魔でしかなかった。
「折紙、君はよくやっていた。自分の身でできることを考え、最善を尽くしていた。君が間違えていたことなんて何もない」
村雨先生は頭を優しくなでる。母親が幼い子供にそうするように。
「誰が悪いとかそういう問題ではないさ。君も愛も必死に誰かを想ってすれ違ってしまっただけだ」
その言葉を鵜呑みにできるとは思えない。それでも、多少の慰めにはなる。
「昔から優しく聡い子だ。ただ少し不器用で気持ちを伝えるのが得意ではない。
少しコミュニケーションを学ぶべきだろう。君も一緒に」
何故かはわからない。でも、少し懐かしい気持ちになれた。
「今は悲しむだけでいい。後のことはまた考えよう」
「ぐすっ、は……い」
涙を流しながら答える。久しぶりに涙を流して泣いた。
♦♦♦
暗い闇の中。外の景色が映し出されている。
前は見ていてイライラすることも多かったけど、最近はずっと愉快だ。器の成長を毎日のように見ることができる。
前は分かれた
まさかずっと私の作った姿で生活してくれるとは思わなかったよ。おかげで常に霊力へ順応させているような状態だった。
やっぱりあの器は最高だね。私のためにせっせと頑張ってくれる。
器はこれからも私の天使を霊力を使い続ける。完成するのもそこまで遠くない。
「あと二か月くらいかな?」
今までの成長を見た感じ、だいたい完成の目途もついた。
楽しみだな~。この身体が私のものになったらまず何をしようか?
七罪とデート?お姉ちゃんとお風呂?
ショッピングもたくさんやってみたいな~。早く消えてよ、器。
さあ、遂に断罪覇王の奥義が公開されました。シンプルにイカれた技ですね。
今回の裏話はその奥義について。
チート技かと思いきや、そんなことありません。まず射程が短い。一分以上の溜めが必要。燃費は最悪。そして、連発していたらそのうち世界が崩壊します。
投稿日はいつがいい?
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