オーバーロード17 支配の共鳴[上]異種族の恒久的平和の為の世界平定と忘れ去られた38人目の忘れ形見(最新16巻直後からルート分岐)   作:ぽきぷし

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第一章:第006話 深緑の静寂、不戦抜牙の理

 エルフの森に構えられたスレイン法国軍、エルフヘルム攻略部隊の本陣は、かつてない戦慄に包まれていた。

「報告しろ! 第一線がなぜ停止している! 敵の反撃か!」

 天幕の中に指揮官の怒声が響く。だが、報告に訪れた伝令兵の顔は土気色に染まり、その膝は目に見えて震えていた。

「は、はっ! 王都外周……我が軍の進軍経路上に、突如として未知の『蒼の霧』が展開されました! これに接触した兵たちが、次々と……」

「次々とどうした! 毒か! 呪いか!」

「いえ……死傷者は出ておりません。しかし、霧に触れた者は一様に武器を落とし、戦意を喪失……いえ、深い眠りに落ちるかのようにその場に座り込み、指一本動かそうとしないのです!」

 指揮官は言葉を失った。

 当初、彼らはこれをエルフ王デケム・ホウガンの放った大規模な広域殲滅魔法、あるいは奴が隠し持っていた秘宝の類だと疑った。だが、デケムの魔法は常に傲慢で、破壊的であるはずだ。このような、静謐(せいひつ)でありながら抗いようのない「停滞」の理(ことわり)を、あの暴君が操れるはずがなかった。

「……番外席次様との連絡は?」

 参謀の一人が、絞り出すような声で問う。

「……現在、精神感応(メッセージ)が完全に遮断されております。王都に潜伏した漆黒聖典による目視で最後に確認された地点は6時間前の王城内部。……たった今、あの霧が発生してからはその者との連絡も途絶しました」

 法国の至宝、神人の末裔たる彼女が消息を絶つなど、あってはならない事態だった。

 最強のカードを失い、さらに眼前に広がるのは、自然の摂理を超越した『緑静のオーラ』の結界。偵察隊が遠方から目撃した光景は、戦慄すべきものだった。

 かつて泥沼の戦場だった場所は、今や透き通るような翠(みどり)の静寂に飲み込まれ、そこに踏み込んだ百戦錬磨の兵たちが、赤子のように安らかな顔で沈黙しているのだ。

「……何が起きている。エルフ王以外に、これほどの術者がいるというのか?」

 指揮官の問いに答える者はいない。

 彼らが直面しているのは、物理的な壁ではない。触れることさえ躊躇われる、圧倒的な格の違い――「始祖」の権能の一端であった。

 一方、王都内。

『緑陽のオーラ』によって活力を取り戻したエルフの民たちが、空を見上げて涙を流しているのとは対照的に、包囲側のスレイン法国軍は、ただ一歩も動けぬまま、その深緑の深淵を見つめ続けていた。

「全軍、進軍停止! 現在の布陣を維持し、包囲網を死守せよ! ……番外席次様の安否が確認できるまで、不用意な接触は厳禁とする!本国へはありのままを報告するしかあるまい。」

 苦渋の決断とともに下された命令は、事実上の敗北宣言に等しかった。

 スレイン法国という大国が、たった二人の介入者によって、完全にその牙を抜かれた瞬間であった。

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