オーバーロード17 支配の共鳴[上]異種族の恒久的平和の為の世界平定と忘れ去られた38人目の忘れ形見(最新16巻直後からルート分岐) 作:ぽきぷし
魔導国の威容を示すデス・キャバリエの隊列を市街地の外に留め、ラナーはわずかな従者――数体のデス・ナイトと見るからに洗練された一介のメイドであるユリ・アルファを引き連れ、徒歩でロブスト伯爵邸へと向かっていた。エ・ランテルでは見慣れて受け入れられつつあるアンデッドの兵士の一団だがロ・タリーの領民にとっては恐怖以外の何ものでもなかった。
かつてと変わらぬ、陽光を反射する黄金の髪。そして、背後に生えた漆黒の羽を携えた元王女の民に寄り添おうと道中民草に声をかけて慰撫するその姿に、避難民や領民たちは戸惑いと悲嘆、隠しきれない敵意と恐怖を向けて遠巻きに見ていた。
「人殺しの……魔物の仲間め!お前たちのせいで父ちゃんは…!」
突如、群衆の中から一人の少年が飛び出し、叫んだ。その手から放たれた石が、ラナーの白い額を直撃する。
一拍遅れて、周囲のデス・ナイト2体が盾を構えてラナーを庇うように立ち塞がり、背後からもう一体のデス・ナイトが禍々しい咆哮を上げ、剣を構えて少年に迫ろうとした。
「何て事を!ラナー様に謝りなさい!どうかお許しください!!この子には良く言い聞かせますので!どうかご慈悲を!!」
母親らしき女性がいきり立っていた少年の肩を引っ張り自分が前に出て両膝をついて必死で許しをこう。
デス・ナイトの一体が母親を少年から引き剥がそうと地面に剣を突き差し、手を伸ばすまさにその時
「……待ってください!」
鮮血が額を伝い、美しい顔を汚す。しかしラナーは、怒りに燃えるデス・ナイトを片手で制し、地面に膝をついて少年と同じ目線になった。
「お父様が……戦場で魔導王に殺されたのですね。……ごめんなさい。私がもっと賢ければ、この国を、貴方のお父様を守れたはずなのに……」
ラナーの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。駆けつけた領兵たちが少年を取り押さえ、厳罰に処そうとしたが、ラナーはそれを遮った。
「この子を放してあげてください。彼はただ、失ったものの大きさを叫んだだけ。……罪を問うなら、国を守りきれなかった統治者を、あるいは、民の声を聴き届けられなかった旧王家の血をこそ、咎めるべきです。彼らの非礼に対する罰は私が受けます。これから皆様は悪しき貴族とそれを御しきれなかった弱き王家の事を耳にするでしょう。民を守れなかった旧王家の血を引く者として魔導王陛下が皆様が暮らしやすい統治を行っていく手助けを、皆様や将来生まれてくる子供達が末代まで幸せに暮らせる様に、旧王国民が魔導国民として平和を享受できるように、魔導王陛下に与えられた新たな命を皆様の幸福を守る事に使い切る事が、私にできるリ・エスティーゼ王国への贖罪です。」
静かな、しかし広場全体に響き渡る声。その「慈悲」の演説に、殺気立っていた群衆は静まり返り、やがて嗚咽が漏れ始めた。人々は見たのだ。悪魔の国に下ったはずの王女が、今なお「黄金の姫」として自分たちの痛みを共有しようとしている姿を。彼らの中では、王女として自分たちの為に身を差し出した結果悪魔にされたのだという物語が自然と出来上がっていた。ラナーに軽く一礼して隊列に戻る三体のデスナイト。応急手当てをして何事もなかったかのように領民との交流を再開した頃に大慌てで領兵がやって来て領主館への案内の為同行する。一連の騒動を知りひたすら謝る領兵にラナーは領兵に対しても丁寧な対応と太陽のような笑顔を絶やさず気にしないように諭す。
そのラナーの視線の端で、デス・ナイト達は静かに付き従っいる。邪悪なデス・ナイトさえもラナーの慈悲の心に感じ入ったかのように従順に従う姿に住民は聖女が悪魔に堕ちてなお気高く、死の化身の様な怪物さえ心を動かされ従ったかのような英雄譚の一幕を幻視する。
――このデス・ナイトは、飛来する石を防ぐことなど造作もなかった。それを「あえて」受けさせ、王女に血を流させた。すべては、この街の民心を掌握するための、計算し尽くされたラナーの望む芝居(ステージ)の一幕に過ぎない。
そして、石を投げた少年とその母親もまた、人混みに紛れると、その輪郭を陽炎のように揺らし、二手に別れると中性的な40代前後の別の特徴のない人間へと姿を変えてそれぞれ人混みに紛れて消えていった。彼らは一連の美談の目撃者として酒場や市場で今回の一幕を広める役目がある。
領主館に到着したラナーを、ロブスト伯爵は複雑な表情で迎えた。
おそらく魔導王陛下の配慮で付けられた人間種らしきメイド、ユリの手によって処置され額に巻かれた簡素な包帯が、先ほど広場で起きた騒動を物語っている。
「ラナー様……。このような、愚かな領民のせいで……。即座に厳罰を科すべく捜索しているのですが見失ってしまったようです。領民にも彼らの素性を知る者がおらず…」
「いいのです、ロブスト伯。……憎しみは、ぶつける先がなければ消えません。彼らが私を叩くことで、少しでも明日を生きる気力が湧くのなら、それで構わないのです」
微笑むラナーの横顔に、伯爵は「これこそが、かつて自分が救いたいと願った王女の魂だ」と確信し、目頭を熱くした。
「それに少年が恐ろしいデス・ナイトの一団に怯まず投石するなど通常であれば考えにくい事です。魔導王陛下のアンデッドが王国民を虐殺させるように、何者かが唆した可能性もあります。誰も知らない母子が突然領内で騒ぎを起こしその後忽然と姿を消したとあればなおの事です。」
敗戦後の治安維持と移民受け入れ、物流の停滞に対する対策に奔走し他国の間者への警戒が疎かになっていた事に気付かされた伯爵は一瞬目を見開き苦虫を噛み潰した様な表情になる。これまでの伯爵領と違い人口の9割近くが消滅した現在、残存する旧王国領の中でレエブン領に次ぐ豊かな領地である。魔導国の情報を得ようと近隣国の間諜が大量に紛れている事は容易に想定できた事だ。エ・ランテルを穏便に統治している魔導王の怒りの沸点を探ろうと他国が敗戦国の民を扇動してけしかけるのはありうる話に思える。であれば、物流の要衝で人の出入りを奨励してきたこれまでの歴代の伯爵の統治を踏襲していただけの自分の落ち度である。
「なるほど、であればその工作員共々既に領外に出ているかもしれませんな。重ね重ね申し訳ありません。」
かくして、魔導国の臣下に領民が怪我を負わせたという頭の痛い事件の捜査が打ち切りになり、ラナーの善性のみがロ・タリーに広がる結果となった。
しかしラナーが最初にこのロ・タリーを、そしてロブスト伯を選んだのには、茶番を行う以外に明確な目的があった。
「伯爵。今日は、折り入ってお話があって参りました。……アインズ陛下は、旧王国の『良識』を試しておられます。国民が豊かな生活の為に貴方のような方が、これからの新秩序において担う役割を、魔導王陛下が旧リ・エスティーゼ王国民に何を求め、領主達はどのような役割を果たすべきかを……。密かにお話ししたいのです。今回の訪問の目的は、旧王国領の査察の他に魔導国からの最初の布告を告げる事です。」
ラナーの瞳に宿る、冷徹な知恵。ロブスト伯は、その美しさに毒が含まれていることなど微塵も疑わず、深く首を垂れ魔導国からの如何なる難題でもラナーの立場を悪くせぬ為にもやり遂げる決意に燃えるのであった。