オーバーロード17 支配の共鳴[上]異種族の恒久的平和の為の世界平定と忘れ去られた38人目の忘れ形見(最新16巻直後からルート分岐) 作:ぽきぷし
会食の間で円卓を囲むのは、ラナーとロブスト伯、そして魔導国の「戦闘メイド」であり現在はラナーの補佐官を務めるユリ・アルファである。
魔導国の心臓部ナザリックでは、陛下に仕える者は役職や能力に関わらず等しく平等である。ラナーが「ユリ様も同席を」と促すと、ユリは眼鏡を指で押し上げ、凛とした態度で席に着いた。
「毒見の役目もありますが、私は調理も担当いたしますゆえ。魔導国発展に寄与するべく現地の食材、そして調理法を学び、糧としたいのです。伯爵、同席を許可いただけますでしょうか?」
「も、もちろんですとも、ユリ様。我が領に国内外から流れてくる食材と食文化が、魔導国発展の参考になれば幸いです。」
視察の来た元王族とそのお付きのメイドが同列である魔導国独自価値観に戸惑いながらも伯爵も、ユリの真摯な眼差しに敬意を抱いた。
ラナーは白いソースのかかった野菜を口に運び、ふと遠い目をする。
「伯爵……ガゼフ様から聞いたことがあります。彼が幼い頃、生まれ育った村が盗賊に襲われ、絶望の淵にいた村を支援し救い出したのが近領であった貴方の騎士団だったと。そして、行き場を失った彼を拾い上げ、騎士見習いとして剣の手解きをさせたとも。」
ロブスト伯の手が止まる。その瞳には、かつて己の庭で一心不乱に木剣を振るっていた、泥臭くも真っ直ぐな少年の姿が浮かんでいた。
「……左様でございます。我が領は他と比べて犯罪も少なく余裕がある分、騎士団も活躍の機会の少ない為に、襲われたという僻地の村の援助と逃亡した盗賊団の討伐を指示いたしました。自分のような苦しむ者を助けようと剣をとった彼は誰よりも努力家でした。私の騎士団で鍛錬を積み、瞬く間に領内随一の腕前となった。その才が、こんな辺境で埋もれてはならない……そう思い、私は彼を王都へと推薦したのです」
「ガゼフ様は最後まで感謝していましたよ。『ロブスト伯がいなければ、私は今頃野垂れ死んでいた。ようやく一端の騎士として伯のお役に立とうという時に王都の御前試合に推薦して活躍の場を与えてくださった』と。幼い頃に不条理な暴力に苦しみ『弱者が助けを求めた時に現れ、危険を承知で命を張る』戦士の理想像を抱き、戦士長となってからもそうあろうとした彼だからこそアインズ陛下も彼を高く評価されたのです。」
ラナーは静かに言葉を継ぐ。
「陛下はカルネ村でガゼフ様と出会った際、彼の瞳に宿る『護るべき民の為に敵に立ち向かう不屈の精神』と『恩義を忘れぬ心』に、種族を超えた友誼を感じられました。ガゼフ様もまた。陛下の圧倒的な力を持ちながらも、苦しむ民草に見返りを求めず救うその姿に感服していた。魔導王陛下の実力の一端と人柄を唯一知っていた彼は生前、父にエ・ランテルを明け渡し、無益な戦いを避けられないかと強く主張していたのです。」
伯爵の顔が歪む。愛弟子の訴えが、王国の腐敗によって握りつぶされたという事実に。
「ですが、スレイン法国が糸を引く旧王国の貴族たちは、その忠言を『臆病者の、不忠者の戯言』と切り捨てた。そして帝国は、アインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者を建国という表舞台に引きずり出すことで、力の強大さを計るとともに王国を崩壊させる引き金を引かせたのです。伯爵、ガゼフ様は無駄死にさせられたのです。彼と魔導王陛下が手を取り合って帝国と法国の魔の手から王国を護る未来もあったというのに。貴方が育てたあの英雄は、魔導王陛下と共に法国の策略を打ち破り志を同じくできるかもしれない友を得たというのに、王国の統治者の無能と傲慢さによって、陛下という自らの命を救った友と刃を交えざるを得なかった……。」
ラナーの言葉は、伯爵の心に「悔恨」という名の火を灯した。
「伯爵、私と共にガゼフ様の想いを継ぎませんか? 彼が愛したこの地を、魔導国の加護のもとで復興させるのです。そして、彼が守ろうとした民に、真の敵が誰であったかを教える……。それが、彼を見出した貴方の果たすべき責務ではないでしょうか」
ロブスト伯は深く、深く頷いた。
「ラナー様、この老骨にできることなら、何なりと。ガゼフが愛したこの国を、そして彼が夢見た魔道王陛下の正義を、私がこれ以上穢させはしません。」
ユリ・アルファは、食卓に並ぶ料理を記録しながら、これまでに主人の置いた布石とラナーのその完璧な活用ぶりに静かな感嘆を覚えていた。
「魔導王陛下が自国民に求めるものは、国民が命や寝食の心配をせずに健やかに平和に暮らせる社会です。魔導王陛下の臣下がこの度偶然会敵し自衛の為に捕縛した法国の者と以前カルネ村を救った際に捕縛した者から、スレイン法国がリ・エスティーゼ王国建国以前から人間種存続の為に行ってきた悪行、王国を帝国に併呑させ対亜人種の防壁に利用すべく画策してきた事が明らかとなりました。その他にも様々な工作を周辺国家に行ってきた証拠が上がっています。アインズ・ウール・ゴウンという魔法詠唱者があの日カルネ村に訪れなければガゼフ様は帝国兵のフリをした法国の精鋭に討たれ、王である父は激怒し帝国と本格的に戦争をする事になったでしょう。過去7年に亘り毎年行われたカッツェ平野での手緩い侵攻で王国貴族は油断し切っていただけでなく、作付け期や収穫期を狙っての侵攻の度に徴兵していた王国は年々収穫量を減らし豊かであった耕作地の土地は痩せていっていました。豊かな耕作地が強みのはずの王国が食料自給率の低下で飢えに苦しんだ末に、帝国と通じていた一部の貴族領以外の王国民は帝国民あるいは法国民の下位の奴隷同然の立場で数世代過ごす未来が待っていたのです。」
悲しげにラナーはユリに目配せし魔導国の印の施された表紙の冊子を受け取りロブスト伯爵に手渡す。
「これはエ・ランテルの都市長とレエブン侯と共に算出した具体的な王国の未来予測と魔導王陛下がこの地でカルネ村で民草を救ってから魔導国を建国し王国を滅ぼすに至った経緯と周辺国の動きです。これらの事実とガゼフ戦士長と魔導王陛下の友誼、それに反して争う運命となった悲劇、敗北し停戦していたにも関わらず跡目を継いだ男爵の三男が権力に酔い、魔導国が自力で生産した聖王国への支援物資の略奪というあり得ない停戦協定違反。それによって王として苛烈な対応を決断した魔道王陛下の苦難、王族の愚かさと貴族の卑しさの犠牲となった900万人近い民草。この悲劇において最も讃えれるべき魔道王陛下の友、戦士ガゼフストローフ様の英雄譚を、王への忠義によって護国の為に尊敬する友に敵わずと分かっていながら刃を向けざるえなかった悲劇を、板挟みとなり蘇生を拒否せざるえなかった英雄の魂の詩を、国をあげて創作し、旧王国民の文化振興の名目で大々的に残存する各領地に求めよといった布告です。吟遊詩人や演劇作家がこれらの資料をに基づき各々が創作活動を行い各領地が競って演奏・公演し、約一月ごとに各領地の選抜された作品の品評が行われ優秀作品の創作者には報奨が、作品を輩出した領は街道の優先的な整備や魔導国の生産・発掘した穀物や鉱物の購入の際の割引などが約束されます。魔導王陛下の歓心を買う為にも自領発展の為にも大いに励むでしょうが、戦士ガゼフ・ストローフ様の始まりの地であるロ・タリーであれば若き日のガゼフ様の逸話なども盛り込んだ非常に素晴らしい独自の作品を創作できる事と思います。」
ロ・タリー領と亡きガゼフに配慮された非常に魅力的な心遣いではある。しかしロブスト伯爵がどうしても看過できない点が残っていた。
「ご配慮は感謝致しますが、自領発展の為とはいえかつての王族を悪様に言うような作品の創作をせよとおっしゃるのでしょうか?何も進んで悪者にならずとも、ラナー様がかねてより王国の為に私財を投じ民のための政策を行なってきた事は私でさえ存じております!」
「いいえ。この度の悲劇の元凶は豊かな国を治めながら発展させられず、貴族の専横や腐敗、他国の工作を許した歴代の王家の失策です。税を徴収し国民の安全を保障するはずの王族がこの様な事になるまで手を打てなかった以上、一番の責めは降嫁していない現存する唯一の王族である私が負うのが筋でしょう。だからこそ魔導国の新たな統治に賭けるのです。人間種の守護者を嘯き魔導国建国以前から暗躍していきた大陸の癌を、異種族共存共栄を標榜する魔導国が見逃さず事はないでしょう。諸悪の根源であるスレイン法国につけ入る隙を与えぬ為にも生き残った旧王国民が団結せねばならないのです。その為に魔導王陛下の望む文化振興を成し真実を全国民に知らしめていただきたい。」
一息ついてラナーは優しく微笑み言葉を続ける。
「それに魔導王陛下は何も魔導国賛美の演目を創作せよと強要している訳ではありません。この国で生まれこの国の為に戦い亡くなった友、ガゼフ様を本心から悼むお心から始まった布告です。その為に事実に即して魔導国が取らざるをえなかった戦争という悪行により生じた犠牲者、残された者の悲しみなども包み隠さず語っていただいて構わないと仰せです。しかし、かの御方の強大な力を用いれば民を全員アンデッドにして労働力に変える事も旧王国領を灰燼に帰す事も容易いでしょう。そうしないのはガゼフ様の様な強く気高く生きようとする生者の魂の輝きを尊ぶ、生者を慈しむお心を持ち合わせておられるからに他なりません。そして行く行くは、ロブスト伯爵さえ許してくださるのであればロ・タリーの広場に等身大の護国の英雄、ガゼフ・ストローフ様の銅像を同じく友誼を結ばれているドワーフ族の職人の助けを借りて建造したいとも仰られていました。」
「それ程までガゼフ殿の事を買ってくださっておられたとは…。承知いたしました。ガゼフ殿と親交のあった元騎士団長などを始め、このロ・タリー領総出で聞き取り、ガゼフ殿の英雄譚を後世まで語り継がれる様々な逸話を添えて王国貴族の罪とガゼフ殿が守ろうとした王国民に迫るスレイン法国の脅威を含めて全力で創らせ、広めてまいります。そして、スレイン法国に利用されるような者が現れラナー様のお立場を悪くさせぬよう全力で多種族共存という魔導国の国是を広めてまいります。」
「一番最初にガゼフ様に所縁のあるロ・タリー領を訪れる事ができて良かったです。数日中に他領にも布告は伝わり競争となります。すぐに検地しながら次の領地に布告を伝えに行かねばならないので、これで失礼させていただきます。大変美味しいお食事をありがとうございました。物流が途絶えてる最中にこれ程の歓待をしていただいて申し訳ありませんが先を急ぎますので、残りは皆様でお召し上がりください。」
結局ラナーへの信奉と魔導国への恐怖から王族の宴会規模の豪奢な食事を提供してしまっていた自分達の浅はかさを恥じながらラナーのさり気ない配慮にも感動するロブスト伯爵邸の者達は一同揃って屋敷から徒歩でデス・キャバリエを止めてある領壁の外に向かうラナー一行を頭を下げ見送るのであった。
「必ず我が領からガゼフの名誉を讃えるもっとも相応しい英雄譚を生み出させるのだ。これだけお膳立てされた中でガゼフの死に報いねば、何の為の貴族かとガゼフに呆れられてしまうからな。幸い人の行き来の多い我が領には多くの芸術家の往来があった。戦後他領への移動を躊躇い燻っている者が酒場を探せば多く見つかるだろう。ガゼフを知る者は引退していようとも引っ張り出して彼との思い出を書記官に記させよ。衛兵は布告してまわるついでに芸術家に領主館に集まるように声をかけてまわれ。素晴らしい作品を作らせるだけではダメだぞ?聴衆の前で何度も演じさせて練度を上げさせ民にラナー様の希望する物語を広めるのだ。その中で特に評判の良い作品には私からも報酬をだすから推薦に足る作品を仕上げさせてくれ。」
ロブスト伯爵は先程の会話を思い返す。一方的に次期国王に相応しいのではと王都から伝わる噂で信奉していただけの自分がラナーとこれ程長く会話を交わした機会は初めてであった。予想通りのいや、予想以上の聡明さと慈悲深さであった。悪魔に姿が変わっても、人間である旧王国民への慈愛の心に一点の変化はなく魔導王陛下から仕事を任された事で王都でただ王女として政に深く関われず才を腐らせていた頃より生き生きとさえしている気がした。
(ラナー様が信じて仕える御仁なのだ、私もアンデッドという偏見を捨てて魔導王陛下の人柄を信じてみよう。臣下として王命に従い民を豊かにする、これまでとやる事にそう違いはない、毎度政争に明け暮れて冷やかしのような侵攻をされてきた王国が強大な軍事力の後ろ盾を得て飢えと無縁となったと思えば、大きすぎる犠牲の末に訪れた『強大な独裁者の庇護の下での平和』は我が領民にとって必ずしも不幸な物でないかもしれないのだから。)
ラナーの演じた、慈悲深く儚げな元王女の嘆願という毒が最初の被害者の心を蝕んだ成果に満足しながら、ラナーとユリはデス・キャバリエに乗車する。
「失礼します。」
乗り込むや否やユリは治癒魔法でラナーの傷を完治させ頭に巻いていた包帯を回収する。
「ありがとうございました。ユリ様、今日中にレエブン侯爵領まで向かい道中の領地で同じような機会があれば寸劇をその都度行って行きます。バランス様も見事なお芝居でした。ご協力感謝いたします。この調子で次もお願いします。」
先に乗車してラナーを待っていた、品のあるスーツに身を包んだ中性的で印象に残りづらい中年の人間の姿をした異業種の変化した姿。投石する少年と庇う母親を演じた魔物に対しても深く感謝を述べる。
「いえいえ。飛んでくると分かっている拳大の石に何の予兆も感じさせずに当たってみせるラナー様の演技力には遠く及びませんよ。政府を批判する扇動は散々してきましたが、統治者を賞賛する側は思えば初めてかもしれません。私の様な矮小な者の働きがアインズ様のお役に立てるなんて!この先旧王国民がどこまでスレイン法国に悪感情を抱く人の群れになるのか楽しみです。」
「ご謙遜を。魔導王陛下の望まれる成果を出すには現存する旧王国の人間の意識をスレイン法国への悪感情に染める必要がありますから。二度目以降は退屈に感じるかもしれませんが、どうかよろしくお願いしますね。ビクトリアス=Tゲバー=バランス様。」
謙虚な言葉と裏腹に爛々と輝かせた自信にあふれた姿で、かつていくつもの種族に溶け込み自らの住まう国を戦禍に巻き込ませたトリックスター、己の信条と享楽の為に他者と交わり他者を破滅させる正義の煽動者、ドッペルゲンガーと異なる変身スキルを行う種族『シェイプシフター』の霊体、ビクトリアス=Tゲバー=バランスはラナーの描く筋書きに大いに満足して楽しげに微笑み返した。性別も種族も自在の魔物の英霊。霊魂の存在する位相と現世を自在に行き来し顕現できるTゲバーの名を冠する複人格(サブキャラクター)の初仕事は、ラナーと共に旧王国民の心を魔導国に相応しい従順な群れに染め上げる事であった。
追加設定:
ロ・タリー領及びロブスト伯爵(独自設定、オリキャラ)
兼ねてから恵まれた土地を代々収めてきた伯爵は王家に二心を抱かない心情的には王族派閥であったが、地方の伯爵に過ぎず、争いの少ない領地であった為、治安維持程度の領兵しか持たず、中央の政治に関わらない中立の地方貴族であった。
愛国心を持ち合わせるラナー派と言える良識ある平凡で善良な良き伯爵だが、これまで行動を起こす事もなく、ガゼフを中央に推薦した他は取り立てて特筆すべき功績もない昼行燈である。
ビクトリアス=Tゲバー=バランス(オリキャラ)
転移により進化したレスタトの種族スキルにより同時に顕現や分霊での活動が可能となったレスタトの吸収した魂の一つ。フレーバーテキストにも記されている集合英霊群のレスタト複人格の一つで異業種であるシェイプシフターのだった英霊。