オーバーロード17 支配の共鳴[上]異種族の恒久的平和の為の世界平定と忘れ去られた38人目の忘れ形見(最新16巻直後からルート分岐) 作:ぽきぷし
side:魔導国 ナザリック地下大墳墓 地下第九階層 執務室
酒宴も終わり、帝都の灯が静かに眠りへ向かう頃。
ナザリック第九階層。
魔導王執務室。
玉座ではなく執務机へ腰掛けたアインズは、椅子へ深く身体を預けていた。
「……終わったな」
静かな声だった。
向かいへ腰掛けるレスタトは苦笑する。
「お疲れ様でしたな、陛下」
「……疲れた」
思わず漏れた本音だった。
「まさか、あの場で”会社”などと言ってしまうとは……。」
「予想より《緑静の波動》が効きましたかな?」
「いや、レスタト爺のせいじゃない」
アインズは頭を掻いた。
「まさか俺が一番口を滑らせるとは……。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
少しして。
レスタトは真面目な表情へ戻った。
「さて。」
「反省会と参りましょう。」
「ああ。」
アインズは姿勢を正した。
「まず確認ですが。」
「転移者である事を開示した件。」
「後悔は?」
アインズは少し考えた。
「……ない。」
即答だった。
「多少予定より早くはなった。」
「だが。」
「これからスレイン法国を糾弾する以上、ぎりぎりまで隠し続けるより良かったと思っている。」
レスタトも静かに頷いた。
「私も同意です。」
「今回失ったものより。」
「得たものの方が遥かに大きい。」
「まず。帝国は完全にこちら側へ引き込めました。」
アインズも頷く。
「ジルクニフは賢い。秘密を知った以上、不用意に敵対しないだろう。」
「ええ。そして彼は”理解しよう”とする人間です。そこが重要でした。」
レスタトは続けた。
「陛下は自ら秘密を共有した。これは信用ではありません。投資です。」
アインズは小さく笑う。
「ジルクニフも同じ結論へ辿り着くだろうな。」
「ええ、恐らく。彼なら必ず。」
沈黙。
やがてアインズは口を開いた。
「……ただ。」
「問題もある。」
「ありますな。」
「転移者という情報が帝国から漏れる可能性。」
「今後接触する他国へ、プレイヤー関連勢力へ届く危険。」
一つずつ確認する。
レスタトは落ち着いて答えた。
「ですが。致命的ではありません。」
「何故だ?」
「本当に危険な情報。」
「ギルド。ユグドラシル。ワールドアイテム。」
「それらは一切話しておりません。」
「……確かにな。」
向こうが知ったのは『異世界人』という一点だけ。
「六大神。八欲王。魔神。この世界に散逸される伝承の延長です。それだけでこちらの切り札へは届きえません。最も秘すべきナザリック地下大墳墓の正確な位置にさえどの勢力も辿りつかない」
アインズは少し安心したように頷いた。
「今後も話す相手は選ぶ。既に傘下にある優れた二人の統治者に対して我々の優位性の一端を示し従う事の利点を理解させられたはずだ」
「ええ。」
「ですが。」
レスタトは少し笑う。
「私は今回。」
「陛下らしい外交だったと思います。」
「俺らしい?」
「はい。恐怖だけで従わせるより。共に歩む理解者を増やしたい。そう望まれたのでしょう?」
アインズは静かに笑った。
「……否定はできない。この世界で一人でも話の通じる相手が増えるのならば、その方がいい。」
レスタトは満足そうに頷いた。
「それで宜しいのです。」
「ナザリックだけで世界を統治する事は出来ても。」
「世界を理解する事は出来ません。」
「その為の理解者。その為の友好国。その第一歩です。」
アインズは机上の地図へ視線を落とす。
帝国。
竜王国。
都市国家連合。
評議国。
聖王国。
「……次は。」
「都市国家連合ですね。」
「ああ。」
アインズは地図の北東へ指を置いた。
「情報が少ない。」
「接点もない。」
「だからこそ。」
「今から動くことに価値がある。」
レスタトは微笑した。
「クアゴアですな。」
「うん。」
「彼ら以上の窓口はいない。」
クアゴア王は。
既に複数の都市国家連合との交易経験を持つ。さらに。現在は都市国家連合の一員でありながら魔導国に仕える勢力。最適だった。
「命じよう。都市国家連合へ赴き。魔導国との正式な外交窓口を築けと。友好。交易。そして。スレイン法国への経済的圧力について説明する。参加を強要はしない。賛同。あるいは静観。それだけで十分だ。」
レスタトは満足そうに笑う。
「流石です。敵を増やさず。味方を増やす。まさしく陛下の望まれる統治です。」
アインズは少し照れ臭そうに笑った。
アインズは少しだけ視線を落とした。
「……元いた世界は。」
それだけ言って口を閉ざす。
(世界は。もっと息苦しかった。だから。せめて。ここでは。皆がもう少し生きやすい世界を作りたい。)
その言葉に。
レスタトはそれ以上尋ねなかった。
「だからこそ陛下は。」
「力だけで従える世界ではなく。」
「法と理解で続く世界を望まれている。」
アインズは苦笑する。
「……そんな大層なものじゃない。」
「皆が無駄に苦しまない方がいい。」
「それだけだ。」
「承知致しました。」
「では。」
「次なる一手を。」
「始めましょう。」
side:魔導国 ナザリック地下大墳墓 地下第十階層 玉座の間
転移の魔法が発動した瞬間、世界の質感が変わった。
次の瞬間。
クアゴア王は膝をついていた。
言葉が出ない。冷や汗が止まらない。
視界いっぱいに広がるのは、理解の範疇を超えた空間だった。
黒曜石の床は鏡のように光を吸い込み、天井は遥か遠く、見上げるだけで首が痛むほど高い。
その空間に、静寂が満ちている。
生物の気配がないはずなのに、圧だけがある。
“存在してはいけない場所”という直感だけが、確かにあった。
「ようこそ、ナザリック地下大墳墓へ。面をあげ楽にせよ」
静かな声が響く。
玉座に座すのは、アインズ・ウール・ゴウン。
その姿を見た瞬間、クアゴア王は本能的に理解した。
「発言を許可します。」
純白のドレスを纏った悪魔が告げる。
「……っ。この度は偉大な地にお招きいただきまして…」
恐怖の対象は眼前の超越者だけではなかった。
周囲に立つ存在。
同胞を単身屠り続けた紫のドレスを纏った少女。
沈黙する巨躯の冷気を纏った蟲の骨格を持つ戦士。
その他、自分では推し量れない実力を備えた多くの臣下の視線だけで魂を測るような圧。
一体だけでも自分では歯が立たないかもしれない屈強なアンデッドの数えきれない黒鎧の兵卒達が一糸乱れず列をなし埋め尽くしている。
その全てが、「ここが世界の外側」であることを告げていた。
「まず安心してほしい」
アインズが言った。
「今からする提案に対してどう返答しようとも、貴殿およびクアゴア種族に不利益となる扱いをする意図はない」
その言葉に、クアゴア王は僅かに顔を上げる。
「今回ここへ呼んだ理由は一つだ」
アインズの声は淡々としていたが、妙な重みがあった。
「都市国家連合との外交窓口として動いてほしい」
「……外交、窓口……?」
理解が追いつかない。
だが次の言葉で、その意味が一気に具体化する。
「クアゴア王は、既に都市国家連合で住民として受け入れられていると聞いている」
「その知識と立場を利用し、魔導国との正式な接触を仲介してほしい」
クアゴア王は息を呑む。
「……我々に、そのような役目を?」
(何故だ。我らは戦士。外交など……。)
周囲の視線がわずかに動いた。
拒絶か、と錯覚する一瞬。
だがアインズは首を振る。
「拒否権はある。貴殿が気が進まないのであれば、一から使者をだし外交を呼びかけるまでだ」
その一言で、空気が変わる。
「これは命令ではなく依頼だ。貴殿の種族にとっても利益がある提案であると自負している」
レスタトが静かに補足する。
「都市国家連合において、クアゴア種族の地位はまだ限定的ですな?」
「……はい」
「ならばこれは、単なる外交ではありません」
レスタトは穏やかに笑う。
「“公式な国家間窓口の地位”です」
クアゴア王の表情がわずかに揺れる。
「魔導国は、貴殿らを単なる従属種族として扱うつもりはない」
アインズが続ける。
「交易相手として。あるいは同盟対象として。信頼に足る隣人として扱う意志がある」
沈黙。
その言葉の意味を理解するまで、少し時間がかかった。
ナザリックの圧倒的な空間。圧倒的な存在達。その中心で告げられる“尊重”。常識が揺らぐ。自らに役目を与えようとする魔導王。
(何故だ。戦に敗れた我らを外交に用いるというのか。力だけで支配する方が、遥かに容易であろうに。それとも……。)
「……我々は、価値があるのでしょうか」
思わず漏れた言葉だった。
アインズは一拍置いてから答えた。
「価値を感じぬ者を。わざわざこの玉座の間に招くと思うか?」
「僭越ながら、アインズ様の見出された価値とは。力だけではありませぬ。?自国民からの信頼。他国との信用。育まれる技術。積み重ねた歴史。そして未来への可能性。国家とは、それら全ての総和です。。」
短い。だがそれ以上に明確だった。
「今後、大陸は大きく動く。都市国家連合、竜王国、帝国、そして魔導国。それぞれが単独で存在する時代ではない」
アインズの視線がわずかに上がる。
「昨晩も語った通り。我々が望むのは征服ではない。共存の形を築くことだ。」
クアゴア王は息を呑む。
「……共存、ですか」
「そうだ」
レスタトが静かに頷く。
「その第一歩が、都市国家連合との正式な接続です」
アインズは続ける。
「この先、経済的な圧力や封鎖的手段を用いる可能性はある。ただしそれは破壊ではなく調整だ。賛同を求めることはあるが、強制はしない」
「最終的には貴殿の選択だ」
クアゴア王は、ゆっくりと周囲を見た。
自分は今、“滅ぼされる側”ではない。 “交渉の入口に立たされている”。
その事実に気づいた瞬間、再び背筋が冷えた。
同時に、奇妙な理解も生まれる。
(この国は……力で従わせるだけの国ではない)
アインズが静かに言った。
「貴殿の役割は重要だ。都市国家連合と魔導国の最初の接点になる」
「その成果次第で、貴殿の連合内での地位もまた上昇するだろう」
「クアゴア種族そのものの評価にも繋がる」
レスタトが柔らかく補足する。
「これは取引ではなく、未来の構築ですな」
クアゴア王は、深く息を吐いた。
「……理解しました」
そして、ゆっくりと頭を下げる。
「その役目、お引き受けさせていただきます」
その瞬間。ナザリックの地で、魔導国とクアゴア種族の間で小さな“合意”が成立した。
それは支配ではなく、契約でもない。
クアゴア王はまだ知らない。
今日交わされたこの小さな約束が。
やがて都市国家連合を動かし。
異種族共存という未踏の秩序を生み出す。
その最初の礎となることを。