オーバーロード17 支配の共鳴[上]異種族の恒久的平和の為の世界平定と忘れ去られた38人目の忘れ形見(最新16巻直後からルート分岐) 作:ぽきぷし
第一章:027話 西方よりの使者
side:カルサナス都市国家連合 中央評議都市《ルナ=カサス》
カルサナス都市国家連合。
それはアインズウールゴウン魔導国の北東に隣接する属国バハルス帝国の更に北東部に存在する、十二の都市国家から成る若き連邦国家である。
成立から、わずか二十八年。
人間、獣人、亜人、有翼種、水棲種、果ては知性のあるスライムなどの異形種まで含めた二十を超える種族が一つの国家を形成している。
その成立の経緯は崇高な理想の実現のためではない。
様々な種族が生存のために選択した必然の結果である。
都市国家連合の国土の北東には高位吸血鬼五家が支配する『夜の国』。
南東には無数の凶暴な魔物が跋扈する『魔境』。
この二つの脅威に挟まれたこの地では、単独種族の国家は長く持たなかった。
夜の国の吸血鬼は、西方の集落の生者を恒常的な狩場として扱い、人間や獣人を攫い、血を奪い、奴隷として血液袋として飼育した。
南東の魔境からは魔物が溢れ、村落は周期的に消滅した。
その間、各種族は限られた資源を巡って争い続けた。
水源、鉱脈、森林、牧草地。
昨日の敵は隣人であり、明日の敵もまた隣人であった。
だがやがて現実がそれを否定する。
争っている間にも、夜の国は捕食を続け、魔境は領域を拡大する。
敵は隣ではない。
外側にいる。
二十八年前、六つの都市の十を超える種族が共闘して夜の国の軍隊を撃退し、その流れで雪崩れ込んできていた魔境の魔獣から都市を防衛した事を契機に締結された十二都市防衛同盟を前身として都市国家連合は成立した。
当初は軍事同盟に過ぎなかったが、生存競争の中で役割は強制的に分化していく。
人間は政治と外交。
狼獣人は巡察と傭兵。
猫獣人は流通と市場。
狐獣人は契約と金融。
犬獣人は農業と畜産。
兎獣人は索敵と測量。
ハーピーは空路偵察と伝令。
リザードマンは河川と湿地管理。
ダークドワーフは鍛冶と築城。
ゴブリン・オークは労働と建設。
スライム群体は浄化と廃棄処理。
そして一年前に鉱山を求めて移住をしてきた流民のクアゴア族は鉱山開発と街道開拓。
いずれも「適性」のみを考慮しての役割分担ではない。「生存の結果」である。
つまるところ、カルサナス都市国家連合はアインズの描く多種族共存を成した理想国家ではない。
弱者が単独で死ぬことを避けるために、相互依存を強制された国家である。
連合評議会。
各種族の人口比や国家に対する貢献度などから割り振られた議席に応じた評議会議員が十二都市国家と種族代表として国家運営に関して評議する場。半円状に並ぶ円形議場で今期の定例評議会は開かれていた。
「続いて、東部開拓局および鉱山開発についての報告を。ペイリユーロ殿、前へ。」
議長の声は淡々としていた。
立ち上がったのはクアゴア族代表――ペイリユーロ王。
都市国家連合へ移住して一年。アインズの発案により氏族王の下へ再編されたクアゴア族は、一度は一万体にまで減少した。しかしその後、各地の同族を受け入れ、積極的な繁殖政策を進めたことで勢力を回復する。
さらに、魔導国から下賜された未知の鉱石を取り込み、氏族王は以前とは比較にならぬ強靭な個体へ成長した。その威光に惹かれるように約一万三千体のクアゴア族が集結した。
彼らは帝国に隣接する第八都市の狼獣人が主体となった大規模な傭兵団の仲介を通じてそのまま第八都市へ編入され、帝国国境地帯および南東の魔境地帯の開拓に投入されている。
「第一、第二開拓街道、全線開通」
「第五、第六坑道群、発掘量七割増、新鉱脈確保」
「東部魔境外縁部における居住区画、一次構築完了」
「今月より外縁集落建設、着手予定です」
報告が終わると同時に、議場の空気が揺れた。
ダークドワーフ代表が低く呟く。
「……我々の標準工期を明確に下回っている」
「地下での採掘に限れば、我々より遥かに上だ」
その評価は冷静であり、同時に明確な序列の提示でもあった。
「第八都市は今後ダークドワーフ族の工廠が増え発展するでしょうな」
「受け入れたのはシルバ団長でしたな。流石、良い嗅覚をお持ちで」
だが次の瞬間、人間代表の一人が口を開く。
「今回の功績は重く評価する。だが忘れないでいただきたい。彼らは敗者だ」
空気が変わる。
「かつて西方で住処を追われ敗れた種族だ。滅ぼされなかったのは運が良かっただけだろう。唯一安定している西方から厄介ごとを呼び込みかねぬ」
獣人の代表が鼻を鳴らす。
「敗者なら敗者らしくこのまま地下で働かせればいい。数が一万を超える種族であろうとも、議席を与えるには時期尚早。地上の政治に口を出す必要はない」
その言葉に、議場の空気が冷えた。
ペイリユーロは反応しない。
「定例報告は以上となりますが、緊急に検討すべき議題があります。第八都市に隣接するバハルス帝国の西に興った国、アインズウールゴウン魔導国の外交大使と魔道王陛下よりの国書を預かりましたので提出いたします。国交樹立及び交易の呼びかけとうかがっております。」
「かつてこ我らクアゴア族は魔導国に敗れました」
「滅ぼされてもおかしくはありませんでした」
「ですが、魔導王陛下は我らを生かし、住処を与え、仕事を与え」
「そして都市国家連合への移住を認めてくださいました」
「今ここにいる一万三千の同胞は、その結果です」
「強制ではありません。我ら自身の意思でここへ来ました」
猫獣人代表が細めた目で問う。
「周辺国を凄まじい速度で侵略しているアンデッドの国を信用しろと言うのですか?」
「はい」
即答だった。
「私は滅ぼされた側です」
「だからこそ言える」
「魔導王陛下は、力だけで支配する御方ではありません」
「我らは魔導国と敵対したフロストドラゴンの従属種族でありながら、慈悲により生かされ、国家間外交の窓口としてここに立っています」
「それが答えです」
重苦しい沈黙。
その時。
「笑わせるな」
低い声が議場へ響いた。
立ち上がったのは連合評議会警備隊長。
身体的に都市国家連合の種族で一二を争う強者であるミノタウロス・ケンタウロス混合氏族代表であり一際巨漢の戦士――ガルム。
身長はペイリユーロの倍以上。屈強な牛の上半身を支えるのに不足ない、筋骨隆々たる人間の下半身。
都市国家連合に仕える軍人では間違いなく最強とされる戦士だった。
「穴掘りイタチが外交の真似事だと?」
「敗者が語る理想など聞く価値はない。誇りは捨てたか、クアゴア」
議場がざわめく。
ペイリユーロは静かに答えた。
「誇りならば、ある」
「だからここへ来た」
ガルムは鼻を鳴らす。
「ならば証明しろ」
「弱者の言葉は軽い。決闘を申し込む」
議長が立ち上がる。
「ガルム隊長!」
「ここは評議の場です!」
「だからこそだ」
ガルムはペイリユーロを見下ろした。
「勝てば貴様の話を聞こう」
「敗者の王よ。貴様の価値は本当にあるのか?」
彼は大剣を肩に担ぎ、議場を見下ろした。
「ここで証明しろ。我と戦え」
議場がざわめく。
議長が制止しようとするが、狼獣人代表シルバが手を上げた。
「止める必要はない」
周囲が驚く。
シルバは静かに続けた。
「我々は爪と牙を持つ戦士を、意味もなく侮りはしない」
「敗れ続けて団結した我々には同志としての絆が多少ある。しかしクアゴアの戦士の戦いを我々は知らぬ。ならば結果で語らせればいい」
議場の空気が決まる。
ペイリユーロは静かに言った。
「武器は不要だ」
その言葉に護衛隊長の目が血走る。
「……後悔するなよ」
side:カルサナス都市国家連合 中央闘技場
評議会と時期を合わせて開かれる事もある武闘会の会場に使われる闘技場は普段、中央都市の衛兵の練兵場として使われており様々な種族の体格に適した多様な武器と防具が一通り整備済みで保管されている。
観衆は議員の他に各都市から護衛に随行していた傭兵、衛兵、評議内容を知らされた役人や耳の早い有力な商人。都市国家連合の中枢が自然と集まり見守る中、二人は対峙した。
決闘の場に立つミノタウロスの護衛隊長ガルムはダークドワーフの鍛えたアダマンタイト製のクレイモアを構える。
「最後の忠告だ、武器を取れ」
ペイリユーロは首を振る。
「必要ない」
開始の合図。
護衛隊長が踏み込む。
大剣が振り下ろされる。
地面が割れるほどの一撃。
だが次の瞬間。
ペイリユーロはその刃を“掌沿わせるだけ”で逸らした。
空気が止まる。
「なっ……」
護衛隊長の動きが一瞬止まる。
皮や肉を断つ音も金属音も鳴らない。
代わりに響いたのは、鈍い“圧潰音”。
刃は皮膚に食い込まない。
まるで岩肌を叩いたかのように、刃が滑り逸れる。
「……なに!?」
ガルムの声が揺れる。
次撃。
横薙ぎ。
さらに斬り上げ。
斬撃、斬撃、斬撃。
だがすべてが“逸れる”。
皮膚に刃が立たない。
まるで攻撃そのものが拒絶されているかのようだった。
ペイリユーロは一歩も動かない。
ただ受け流すだけ。
ガルムは判断を変える。
最短距離。
最も防御の薄い一点。
喉元。その場で限界までしゃがみ込み、極々近距離からクレイモアを逆手に構え、突き上げる。
「これで――!」
突き刺さる。
はずだった。
しかし。
“ゴンッ”
鈍い衝突音。
刃は喉元で止まっていた。
皮膚にすら届かない。
まるで小枝を鉄板に突き立てたかのような感触。
そして――
アダマンタイト製のクレイモアに、亀裂が走る。
「……っ!?」
次の瞬間。
刃が大きく欠けた。
刃こぼれ。致命的な損傷。
ガルムは即座に剣を手放す。
判断は速い。武器は死んだ。
ならば次は肉体。巨体が組みつくように飛びかかる。
固いのであれば関節を折る、呼吸を止める、相手を無力化する手段はまだ無数にある。だがその瞬間。
ペイリユーロの姿が“消えた”。
いや、違う。速すぎて見えなかった。
既に背後に立ち獲物の反応を眺めていた。
おそらく掴みかかりに振り上げた腕の下、脇から普通に背面へと回り込んだのだろう。
ガルムの死角をなぞるように移動している。
そして――
爪が走った。
軽い。
あまりにも軽い動き。
だがその軌跡は正確だった。
首。
一周。
手首、✖️印。足首、✖️印。
肘膝股などの四肢の関節。全てに爪が走っていく。
そして――正中線。
縦一閃。
「……っ、なにを……」
ガルムの声が途切れる。
遅れて、皮膚に“線”が浮かぶ。
じんわりと滲む血。
深くはない。
だが確実に刻まれている。
まるで――
獲物の解体手順の見本線。
観客席が凍りついた。
身体の異変に慄き両膝をついた獲物に対して、ペイリユーロは最後に右手を伸ばす。
その手がガルムの角を掴む。その瞬間。
手が白く発光した。
「……っ!?」
次の瞬間。
角が“溶けた”。
音もなく。熱もなく。ただ消失する。
根元だけが黒く炭化し、残る。
「あがああああああああああああああああああああ!!」
絶叫。
角の根本に残った焼けるような痛み。
それが神経を焼き切る。
誰の目にも完全に勝敗が決していた。
静寂。
ペイリユーロは一歩下がる。
そして、懐から一つの瓶を取り出す。
魔導国産、バレアレ作ポーション。
紫色の液体。それを無造作にガルムへ振りかける。
液体が触れた瞬間――
変化が起きた。
身体中に刻まれた傷口が閉じて出血が止まる。
焼けた角すら根元から再生し始めた。
「……な、んと……」
ガルムの声は掠れていた。
ペイリユーロは静かに言う。
「魔導王陛下より賜った治療薬だ。魔導国を軽視して命を散らすのではなく、皆を生かすために決闘に応じた」
ガルムは崩れ落ちる。絶叫も痛みももうない。
ただ、理解だけが残っていた。
――勝てない。
ではなく。
――比較の対象ですらない。
誰も言葉を発しない。
都市国家連合最強格の戦士が。
一方的に。
“壊されずに敗北した”。
ペイリユーロは静かに口を開き、誰もが目を背けたくなる残酷な現実を告げた。
「誤解を招いていたなら謝罪しよう。我は強い。少なくとも、この国の戦士に後れを取ることはない。しかし、そんな我でさえ、魔導国では戦力として数えられぬ。その事実を重く受け止めてほしい」
ペイリユーロは国書を掲げる。
「これが魔導国です。他国に存在しない未知のポーションを創造する技術力とそれさえ不要なほど圧倒的な軍事力、我々はその一部を知っているに過ぎません」
「それでも話をする価値はあると、私は判断しました。彼の国がその気になれば、大陸平定すら容易になし得るでしょう。しかし、帝国は自ら属国となる道を選び、対等に交流していた王国は致命的な盟約違反により、ひと月とかからず滅びました」
ペイリユーロは国書を静かに掲げた。
「貴方達は二十八年前、対話できる者同士が手を取り合うことで生き延びた。ならば今、対話を求めてきた国家の声を聞かぬ理由がどこにあるのです」
静寂。
誰一人として言葉を返せなかった。
やがて――
議長が静かに立ち上がる。
「……連合評議会は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国との正式外交を承認する」
その宣言は、円形議場の隅々まで静かに響いた。
「数日以内に、友好国を迎えるに相応しい外交の場を整える。差し当たって、迎賓館へ魔導国の使者殿をご案内申し上げよう」
その瞬間、鎖国により強大な外敵から身を守ることだけを考えてきたカルサナス都市国家連合は、初めて、自らより遥かに強大な国家と対話する決断を下した。