オーバーロード17 支配の共鳴[上]異種族の恒久的平和の為の世界平定と忘れ去られた38人目の忘れ形見(最新16巻直後からルート分岐)   作:ぽきぷし

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オーバーロード17 支配の共鳴 清書版投稿始めました。大幅加筆版です。
地道なモモンガ名義


第一章:030話 狸の皮算用――富まされる者と、より富む者しかいない甘美で優しい経済支配【後編】

 

 

 エチゴヤによる八本指の組織改革は、ただちに、感染症のごとき速度で広がり実行段階へと移行した。八本指が積み上げてきた「経済の血流データ」に基づき、王女ラナーが僅か一日二日で整えたパイロットルートの上へ、魔導国の圧倒的な資源と労働力が旧王国領へと怒涛の勢いで投入されていった。

 第一の施策は、「インフラ整備と物流コストの極限的な引き下げ」である。

 かつて盗賊が横行し、整備不良で馬車が立ち往生していた主要街道には、アインズの召喚したスケルトンやゾンビといったアンデッド兵士たちが整然と配置された。彼らは暗闇を見通し、疲労を知らず、食事も睡眠も必要としない。街道から盗賊や魔獣は一瞬で一掃され、旧王国全域の輸送安全度は歴史上類を見ない水準へと跳ね上がった。

さらに、破損した道路の補修作業や巨大物流倉庫の建設には、重機の代わりとして大型のデス・ナイトやスケルトン・ワーカーが投入された。本来なら数年と莫大な人件費がかかる舗装工事や大倉庫街の建設が、破竹の勢いで進んでいく。

 第二の施策は、「アンデッド労働力による圧倒的低価格生産」である。

 魔導国が直営する農地、採石場、鉱山、大規模伐採場には、無数の低位アンデッド作業員が投入された。二十四時間三百六十五日、不眠不休で働き続ける彼らが生み出す木材、石材、鉄鉱石、基礎的な穀物の生産コストは、人間のそれと比較して数十分の一という異次元の安さに達した。

 旧王国の職人や小事業者は、当初「アンデッドの作った材料など不吉で使えるか!」と恐れをなしていた。しかし、八本指改め「魔導国商業代理人」たちが持ち込む材料のあまりの安さと、品質の完璧な均一性に、背に腹は代えられず手を出すのだ。一度その味を占めれば、もう以前には戻れない。「人間の木こりが命がけで森に入り、高い輸送費と中間マージンを上乗せして売っていた高価な木材」など、誰も買わなくなるのだ。

 そして第三の施策が、「金融とプラットフォームによる完全なシステム組込み」である。

 旧王国の小規模な工房や商人に対し、エチゴヤの設計した「魔導国相互扶助融資」が提供された。

「事業大きくしたいんやろ? ほなら魔導国がめちゃくちゃ安い金利で金貸したるわ! その代わり、仕入れは全部魔導国の公認ルート使って、商品の保管も魔導国の倉庫使いなはれ! ついでに万が一の事故に備えて魔導国の運送保険入っといたら完璧やで~!」

 あまりにも条件が良かった。いや。正確には――条件が良すぎるように見えた。

 商人たちにとって、これまで事業を拡大する最大の障害となっていたのは、資金だった。新しい工房を建てたい。職人を増やしたい。仕入れる原材料を増やしたい。遠方の都市へ商品を売りに行きたい。だが、そのためには先に金が必要になる。借金をすれば高い利息を払わなければならない。遠方へ商品を運べば盗賊や事故の危険がある。大量に仕入れれば保管場所が必要になる。売れなければ、そのまま在庫と借金だけが残る。

 それらすべてを、魔導国は一つずつ解決していった。低金利の融資。安価で安定した一次産品。整備された道路。大量のアンデッドによる物流。魔導国の倉庫。運送保険。そして、各地の市場価格を収集し続ける情報網。商人が欲しがっていたものが、最初から一つの巨大な仕組みとして用意されていたのである。

 商人は涙を流して感謝し、契約書にサインした。誰も、その契約書が自分たちの商売を魔導国の経済網へ繋ぐ最初の一本の糸になるとは思っていなかった。

 だが――。それは確実に始まっていた。

 これまで「10」の利益を生み出していた商人の事業は、魔導国の物流網、安価な一次産品、倉庫、金融、保険といった各種の仕組みを利用することで、その事業規模そのものが大きく拡大していった。従来と同等、あるいはそれ以下の労力とリスクでありながら、以前の倍――「20」の利益を生み出せる事業へと成長したのである。

 商品を安く仕入れられる。大量に仕入れても、魔導国の倉庫へ預けられる。必要になれば、魔導国の物流網によって遠方へ運べる。事故が起きても、保険によって損失を抑えられる。さらに資金が必要になれば、低金利の融資を受けられる。以前ならば、商人一人では背負いきれなかった事業上の危険が、一つずつ魔導国の仕組みによって吸収されていく。

 だからこそ。商人たちは、以前よりも大胆に商売を拡大できた。仕入れる。売る。儲ける。さらに仕入れる。新しい店を出す。新しい職人を雇う。新しい市場へ進出する。そのたびに、魔導国の物流を使う。魔導国の倉庫を使う。魔導国の金融を使う。魔導国の保険を使う。

 そしてその「20」が、そのまま商人の手元に残るわけではない。仕入れには魔導国の公認ルートを使う。商品の保管には魔導国の倉庫を使う。輸送には魔導国の物流網を使う。事故に備えれば、魔導国の運送保険を利用する。事業資金が必要なら、魔導国の金融網から融資を受ける。つまり。商人が「20」という利益を生み出すほど、その利益を生み出すための仕組みそのものを、魔導国が握っているのである。

 そうして生まれた「20」の利益の一部は、仕入れ代金、倉庫代、物流費、保険料、金融利息、各種手数料という形へ姿を変えながら、少しずつ魔導国へと還流していく。

 最終的に。商人の手元に残されたのは「12」。

 だが、それで不満を抱く者はいなかった。なぜなら。以前の商人が「10」の利益を得るために負っていた労力と危険を大きく減らしたうえで、それまでより「2」も多い利益を手にしているからだ。以前より安全。以前より楽。以前より大きな商売ができる。そして以前より儲かる。

 商人からすれば、魔導国へ「8」を支払っているという感覚よりも――。魔導国のおかげで「10」が「12」になった、という実感の方が遥かに強かった。だからこそ。彼らは喜んで、その仕組みを使い続けた。そして、一度その便利さと利益を知ってしまえば。わざわざ、以前の不便な商売へ戻ろうとする者などいなかった。

 相手を貧しくして富むのではない。相手を豊かにすることで、それ以上に自らが富む。それがエチゴヤの経済思想だった。

 そして――。この構造は、商人だけに留まらなかった。

 領主たちもまた、領内の商業活動が活性化することで、大きな恩恵を受けることになった。魔導国によって道路が整備される。アンデッドによって農地が開墾される。農作業、採掘、伐採、運搬。これまで人間種の労働力だけでは到底維持できなかった生産活動が、圧倒的なアンデッド労働力によって次々と拡大していく。生産量が増えれば、市場へ流れる商品も増える。商品が増えれば、商人が動く。商人が動けば、都市間の取引が増える。取引が増えれば、街道を行き交う荷車が増える。そして。取引が増えれば、領主が得る税収もまた増えていく。

 これまで「15」程度だった領地経済が、魔導国の仕組みを取り込むことで、その経済活動全体として「30」に相当する規模へ膨れ上がっていく。倍である。単純な生産量だけではない。農産物。木材。鉱石。加工品。工房製品。商業取引。物流。金融。それらが連鎖することで、領地そのものが生み出す富の総量が、以前とは比較にならないほど大きくなっていく。

 だがその「30」が、全て領主の懐へ入るわけではない。領内で商人たちが得た利益。そこから生まれる新たな取引。増加した生産。拡大した物流。新たに発生する金融。そして、それら全てに関与する魔導国の各種事業。領地経済が拡大すればするほど、魔導国の仕組みを利用する機会もまた増えていく。

 魔導国の物流網を使えば、その対価が魔導国へ流れる。魔導国の倉庫を使えば、保管料が魔導国へ流れる。魔導国の金融網から融資を受ければ、利息が魔導国へ流れる。魔導国から供給された一次産品を使えば、その代金が魔導国へ流れる。魔導国の保険を利用すれば、保険料が魔導国へ流れる。

 そうして。領地にもたらされる経済効果が「15」から「30」へ倍増する一方で、その拡大した経済活動から魔導国へと還流する分が差し引かれ、領主自身が得る領地収入は「20」に落ち着く。

 従来の「15」から「20」へ。領主たちの手元に残る収入は、確実に増えている。彼らにとっては、実に三割を超える増収である。しかも、その増収を得るために、自らが新たな危険を冒す必要はない。商人たちが儲かる。商人たちが商品を買う。商品が売れる。領内の生産が増える。取引が増える。人が集まる。街が栄える。アンド税収が増える。領主自身が剣を抜く必要もない。新たな街道を自分で建設する必要もない。農地を自分で耕す必要もない。金融網を一から作る必要もない。物流網を整える必要もない。それらを、魔導国がやってくれる。

だからこそ。領主たちは、魔導国に感謝した。自分たちだけでは決して生み出せなかった「30」という巨大な経済効果。その中から、「20」もの収入を得られている。魔導国へ還流している「10」よりも。自分たちの手元に新たに増えた「5」の方が、遥かに目立っていた。

 そして――。その恩恵は、領主や商人だけのものではなかった。

 農民たちにもまた、奇妙な変化が起き始めていた。圧倒的なアンデッドの労働力が流入したことで、従来の農地では農作業に従事する機会を失った多くの農民たち。旧来の感覚であれば、それは失業であり、生活基盤の喪失だった。

 だが。人口の九割減によって生じた旧王国領には、途方もないほどの空白が残されていた。誰も耕していない土地。誰も管理していない農地。かつて村が存在していた場所。かつて人々が暮らしていた土地。そこへ、魔導国はアンデッドを投入した。誰も耕せなかった土地を開墾する。荒れ果てた土地を整える。灌漑設備を作る。道路を通す。倉庫を建てる。そして。その土地を管理する者として、人間の農民たちを配置する。

 農民たちは、以前のように自分自身の肉体を酷使して土地を一から開墾する必要がなくなった。アンデッドが土を耕す。アンデッドが石を運ぶ。アンデッドが木を切る。アンデッドが水路を掘る。人間は、その指揮を執る。作物を選ぶ。収穫時期を判断する。品質を管理する。そして、生産された作物を市場へ送り出す。それは農民から仕事を奪うだけの政策ではなかった。人間にしかできない仕事へ、農民たちを移していく政策でもあった。

 そして何より。これまでなら、一人の農民が一生をかけても開墾できなかった広大な土地が、アンデッドの労働力によって次々と農地へ変えられていく。その土地を任される者が必要になる。管理する者が必要になる。収穫を管理する者が必要になる。交易を行う者が必要になる。加工する者が必要になる。つまり。新しい土地が生まれるたびに、新しい仕事が生まれていく。

 旧王国領は、人口の九割減によって生じた大量の空白領という名の新天地と、無尽蔵ともいえるアンデッド労働力によって、誰もが次代の地主、農場主、商店主、職人として大成できる機会が転がる、奇妙な土地へと変貌しつつあった。

 昨日まで何もなかった土地に。今日、道ができる。明日には畑ができる。その次には家が建つ。人が集まり。市場ができ。商店が生まれ。そして街ができる。まるで。死者の軍勢が、生者の未来を築いているかのように。

 その光景を見た者たちは、次第に理解し始めていた。魔導国の支配下に入るということが。必ずしも、貧しくなることを意味しない。むしろ逆なのだ。魔導国の仕組みに参加すればするほど。生活が楽になる。商売が大きくなる。土地が豊かになる。仕事が増える。収入が増える。税収まで増える。

 だから。

「魔導王様はなんて寛大な御方だ! 我々貧しい商人を救ってくださった!」

「魔導国のおかげで、こんなに安く商品を仕入れられる!」

「この街道があれば、今まで行けなかった街まで商売に行けるぞ!」

「荒れ地だった場所が、もう畑になっている!」

 街のあちこちで、商人が、職人が、農民が、魔導国を称賛する声が上がった。そして。同時に、領地を治める生き残った領主たちもまた歓喜した。領内の商業活動が活性化したことで名目上の税収が跳ね上がり、旧王国の復興が目に見える形で進み始めたからである。

 商人が儲かる。農民が働く。職人が仕事を得る。都市が栄える。領主の税収が増える。誰もが、以前より豊かになっていく。それは確かに、魔導国による慈悲であった。少なくとも――。彼らの目には、そう見えていた。

 しかし。彼らは誰も気づいていない。その豊かさを生み出すために必要なものが、少しずつ魔導国へ集約されていることを。

 商人の利益が増えれば、その利益を生み出した仕入れ、倉庫、物流、保険、金融の一部が魔導国へ還流する。領主の税収が増えれば、その税収を生み出した商業活動そのものが魔導国の物流網や金融網へ接続されている。農地が増えれば、そこで生産された農産物が魔導国の流通網へ乗る。街が栄えれば、そこへ運び込まれる商品が魔導国の物流網を通る。商人が事業を拡大すれば、魔導国の金融を利用する。事故が起きれば、魔導国の保険を使う。商品が増えれば、魔導国の倉庫を使う。人が増えれば、魔導国の市場へ接続する。

 そうして。一つ。また一つ。経済活動の根幹が、魔導国の仕組みへと繋がっていく。

 誰かから強引に奪ったわけではない。剣を突きつけたわけでもない。奴隷にしたわけでもない。契約を拒めば殺すと脅したわけでもない。ただ。魔導国の仕組みを使った方が、儲かる。便利である。安全である。楽である。だから、自分たちの意思で使う。自分たちの意思で契約する。自分たちの意思で依存する。

 そして――。気づかぬうちに。自らの事業と領地経営の根幹を、「魔導国のプラットフォーム」へと委ねていったのである。それは支配という言葉から、あまりにも遠かった。だからこそ。誰も、それを支配だとは認識しなかった。むしろ。彼らは魔導国へ感謝していた。魔導王へ感謝していた。自分たちを豊かにしてくれた偉大なる支配者として。

 そして魔導国の仕組みから離れる理由を誰も持たなくなっていた。なぜなら―。一度、その仕組みの中で得られる利益を知ってしまえば。それ以前の世界へ戻ることは、あまりにも不便で。あまりにも危険で。そして、あまりにも貧しかったからだ。

 誰もが豊かになる。誰もが利益を得る。誰もが魔導国を称賛する。その一方で。魔導国は、誰もが必要とするものを握っていく。物流。金融。保険。倉庫。生産。情報。そして市場。それら全てが、一つの巨大な経済圏へと繋がっていく。そして、その中心にいるのは――。魔導国だった。

 相手を貧しくして富むのではない。相手を豊かにすることで、それ以上に自らが富む。それこそが。エチゴヤ=Tゲバー=ロストチャイルドの描いた、最も甘美で、最も優しい支配だった。

 そして。その支配に気づく者は、まだ誰もいなかった。

 そして――エチゴヤが顕現してから、わずか三日後。

 ナザリック地下大墳墓の第九階層にて、エチゴヤは再びアインズとレスタトの前に立っていた。卓上に広げられたのは、緻密極まりない「魔導国第一次経済圏・中期収益シミュレーション試算表」と、整備された流通ネットワーク図である。

「アインズ様アインズ様、これ見てくださいな!」

 エチゴヤは肥えた指で、試算表に並ぶ数字の羅列をパシパシと叩いた。

「ラナーはんが『たった二日』で各地を回って整えてくれた表側の導線と、八本指の裏データ。そこにワシがアンデッドの大集団と志願した職人どもをブチ込んで、三日で『経済基盤の骨組み』を完成させましたわ! これがその将来予測シミュレーションです!」

「……シミュレーション、だと?」

アインズは提示された羊皮紙の束を手に取り、そこに書かれた驚愕の数値に目を見張った。

「へい! 今はまだ基盤を打ち込んだ段階ですがな、この整備したインフラと超低価格の一次産品、それに相互扶助融資(プラットフォーム金融)が噛み合い出せば……『二週間後』には旧王国の主要都市で魔導国の物流網が主流になる可能性が高い。『一ヶ月後』には、他国からの商品が価格競争で大きく不利になることが予測されます!」

「む、むう……」

 アインズは玉座の中で、内心冷や汗を流していた。

(……えっ、マジで!? たった三日で基礎工事と組織作りを終わらせて、数週間後からのかなり高い確度での黒字化までシミュレーションしたのか!? サラリーマン時代の感覚で言えば、新規事業の立ち上げからインフラ整備、人員配置、そして数週間~数ヶ月後の損益分岐点(BREAK-EVEN POINT)の突破と市場支配へのロードマップを、たった72時間で作り上げたようなものだぞ……! エチゴヤ、恐ろしすぎる経営参謀だな……! しかも、これの恐ろしいところは、魔導国に従順な領地や、焦土化して魔導国が直接アンデッド労働力を投入した『支配者不在の領地』の方、下手に古い権利を主張する領主の領地よりも遥かに急速に繁栄してしまう点だ。数週間もすれば、その格差を見て他の領主も自ら頭を下げて魔導国のシステムへ参加を乞うことになる……!)

「それにしても、エチゴヤ……」

 アインズは疑問を隠しきれず、低く重厚な声で問いかけた。

「お前が顕現してからは、まだ三日しか経っていないはずだ。いくら八本指の資料とラナーの準備があったとはいえ、この世界の複雑な社会情勢や地理、市場の癖をこれほど短期間で完璧に把握し、淀みない計画を立てられるものなのか?」

「ガハハ! 流石はアインズ様、お目の付け所が違いますな!」

 エチゴヤは肥えたお腹を揺らして笑うと、自身の胸元を太い指でトンと叩いた。

「実はですな、ワシらTゲバーの英霊は、レスタト様がこの地に降り立った時から――幽世(かくりよ)の座におりながらも、ナザリックの敷地内や建国された魔導国の領土、それに支配下におる手下の感覚に乗っからせてもらって、その範囲の出来事を観察させてもらってましたんや!」

「……何? 支配下の領土や人物だと?」

「へい。さすがに魔導国の外や未踏の他国までお見通し……とはいきまへんがな。ナザリックの建造物の中や、魔導国の境界線の内側、あとは支配下におるラナーはんや八本指の幹部どものお側なら、まるで自分の目や耳のようにナマの状況を覗き見ることができましたんや!」

 そう語るエチゴヤの横で、レスタトが深く頷いた。

「左様でございます、アインズ様。我ら英霊の知覚は、魔導国の『支配権が及ぶ領域・人物』と固く紐づいております。国外の動向までは窺い知れませんが、魔導国の領内と支配下の者が収集した内部データや市場の動きであれば、顕現前から正確に把握・分析することが可能だったのです」

(……はえええええ!? じゃあ何か!? こいつら召喚される前から、ナザリックの監視カメラや魔導国の領内ネットワークにアクセスして、範囲内のナマ情報を全部盗み見てたってことかよ!?)

 アインズは心の中で叫び、深淵なる骨の身体を震わせた。

 つまりエチゴヤにとって、この「顕現してからの三日間」とは、一から調査を始めた期間などではない。魔導国の領域内と支配下の者たちが持ち寄る最新情報を、高次元の座から「社内LANで全データ閲覧・分析」していた蓄積を、肉体を得た途端に現場へ出力しただけに過ぎないのだ。

(恐ろしすぎる……! 範囲限定の監視ネットワークとはいえ、魔導国内のデータ解析能力がズバ抜けてるぞ……! 逆に言えば、魔導国の外の情勢については今から調査が必要ってわけか。なるほど、これなら納得だ……!)

 アインズが社会人としての圧倒的敗北感と妙な納得感を噛み締めていると、エチゴヤは老獪な笑みを深め、卓上の地図の端――ルナ=カサスへと肥えた指を滑らせた。

「そういうわけですから、ワシの頭の中にあるんは『魔導国領内と支配下の完全なデータ』ですわ。ここから先、他国の不確定要素や想定外の妨害が入れば数字は多少動きますが……せやけどな」

 エチゴヤはニタリと口の端を切り裂くように笑った。

「ワシらが握っとるんは、身内から吸い上げた『現実の経済基盤』そのものです! これを足がかりに、今度は外の連中を巻き込んで領外へ経済圏を広げていきますんや!」

「アインズ様がクアゴアの王に命じれば、数日後にルナ=カサスで最初の正式な交易交渉が始まりますわな。他国の使節やら都市連合の欲深~い大商人どもは『魔導国をどうやってうまくだまして安く買い叩いたろか』と浅はかな皮算用を立ててますわ。けどな、ワシらがルナ=カサスで突きつけるのは、この『すでに動き始めた経済基盤と、それを基にした将来予測シミュレーション』です!」

 傍らで控えていたレスタトが、静かに頷く。

「なるほど。交渉の場において『これから始める事業』ではなく、『すでに動き出している経済基盤』を提示する。そして、その延長線上にある未来を示し、参加するか、取り残されるかの二択を迫るわけですな」

「ハハッ! レスタト様、まさにそれですわ!」

 エチゴヤはガハハと肥えた腹を揺らした。

「あいつらがどれほどズル賢かろうが関係あらへん! ルナ=カサスでの交渉が決まった瞬間から、この先、数週間をかけて生まれる経済的な優位性が、そのまま大陸全土へ波及していきますわ! 相手に『うわ~得した!』って喜ばせて笑顔で感謝させながら、二度と魔導国から抜け出せんようにしたりますわ!」

 アインズは静かに骨の手を挙げ、力強く頷いてみせた。

「見事だ、エチゴヤ。お前の描いた盤面……実によく練られている。私が意図していた『武力によらぬ世界平定』の極めて重要な柱となるだろう。私はルナ=カサスでの交渉の推移を、実に愉しみに見守るとするよ」

「へい! 毎度おおきにアインズ様! 期待は絶対に裏切りまへんで! ワシの商人のプライドに懸けてな!」

 エチゴヤは揉み手をしながらへこへこと頭を下げた。その双眸には、これから「大陸全体」という巨大な市場を料理しようとする、獰猛な商人の欲望の光が爛々と宿っていた。

 武力による激しい破壊でもなく。恐怖による悲惨な圧制でもない。誰もが豊かになり、誰もが魔導王の慈悲に感謝し、笑顔で手を叩きながら――知らず知らずのうちに魔導国の不可視の檻の中へと組み込まれていく。

 甘美で、優しく、そして一度足を踏み入れれば絶対に逃れられない。

 魔導国による「経済世界支配」の真の第一歩がいま、静かに踏み出された。

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