レースは滞りなく始まり、滞りなく終わった。当然のようにアタシは勝利し、当然のようにさっさと帰った。いつもの世界ならフランスの料理もそれなりに楽しめるんだけど、この世界だとそういう楽しみなんて皆無だからね。いや本当に。
まあでもいいや。なんと言うか、報われたし。
「お疲れ」
……うん、本当に疲れた。思ってたよりも長かったし……すごく待たせちゃった。
「待つのには慣れてる。それに、諦めないでひたすら進み続ける姿も良いものだった」
はは、まったく……もう少し、待っててね。ちゃんと根付かせないといけないみたいだからさ。
「ああ、知ってる。のんびりしてるさ」
ん。
……じゃあ、そうだね。日本に帰る前に、ちょうどフランスにいることだしシャルルマーニュの十二勇士にレースの参加意思があるかの確認だけでもしようかな? 確か一時的にグリフォンの力を得ることができる装備品を持ってる人がいたはずだから、その人達なら落ちても大丈夫なはずだし。
参加するならするでいいし、しないならしないでいいけど、誘わなかったからって文句言ってくる人もいるからね。面倒だけど。
その姿は、アタシの知るネイチャの姿ではなかった。
アタシの知るネイチャはいつだって神様みたいで、人の姿をしているのに遥か雲の上にまで伸びる山のように雄大で、深い深い海の底のように知り難くて、無数の星の集まりの果てより遠いものだった。
けれど今のネイチャは違った。
アタシが知るどの時と比べてもしっかりとした存在感がある。
頂上の見えない山のようではなく、頂点を見ることができる大岩のようで。
深い深い海ではなく、とても大きな飛び込み用のプールのようで。
遠い遠い宇宙の果てのようではなく、空に浮かぶ月のようで。
言ってしまえば───人間にも理解できる
しかしそれが何を意味しているのかを理解できている存在はいったいどれだけいるのだろうか。しっかりとした存在感、あるいは圧力を感じることができるようになったみんなは、ネイチャが本気で凱旋門賞を走ろうとしていると思っている。それについては間違いは無いだろうけれど、前提が違う。
理解するどころか認識することもできないようなあまりにも巨大な存在だったネイチャが小さくなったことで、その存在感を認識することができるようになったということ。それはつまり、全力のネイチャに比べれば遥かに弱くなっているということでもある。
ネイチャは多分、本気で走りはする。ただそれはネイチャの基準で作られた何らかの制限の中での話で、ネイチャの全力ではないんだろうとアタシは思った。
スタートする。いつもの通りにネイチャが加速して、いつもの通りにラップを刻む。
スタート直後の200mを11.0で駆け抜けて、次の200mを10.0で。そして残りの2000mをそれぞれ9.9で。見慣れてしまったネイチャの速度。これを維持すれば2400mを二分きっかりで走り抜けることになる。今現在ではネイチャにしか許されていないだろう圧倒的な速度。これをどうにかするにはそれこそ全員がネイチャ以上の速度でスタートダッシュを決めてネイチャを完全にバ群の中に押し込めるしかないけれど、あのスタートにそんなことができるわけがない。何もしないでもネイチャが勝つのは間違いない。
違うのは、ネイチャが普段は一切使おうとしない領域を使っている事だろうか。
スタート時、突如として甲高く響くエンジン音。『領域』を扱える者にしかわからないその音が、トルクを上げていくようにどんどん高音に変わっていく。それはスタートの瞬間にネイチャを前へと弾き出すのに使われ、溶け消えた。継承領域『
次々に『領域』が切られていく。その中のいくつかは明らかに見た覚えのあるもので、それも状況に合わせて改造されているらしい。継承領域『窮極帝王歩法』
レースの終盤で出るような最高速度を引き上げる『領域』が常時複数展開され、残り200m地点で出すようなスパートによって消費され続けるスタミナを様々なスキルと『領域』によって回復し続けている。
継承領域『ワクワクプレリュード』継承領域『ゲインヒール・スペリオル』継承領域『ハートピュリフィケーション』
継承領域『黄金の不沈艦』継承領域『アナタハ・コナイデ』継承領域『驀進王』
瞬きをしていないにも拘らずほんの一瞬ずつぶつ切りになる意識。そして切られた意識に差し込まれる見慣れない光景。次々に移り変わるその映像は、十分以上に機能する領域が開かれた証。そしてその領域のほぼ全てがネイチャ一人によって開かれていた。
半分を駆け抜けた所で発動してみせた『領域』は既に300を超えている。そのうちの大半が美食研究会の会員のもので、食べることでスタミナ回復をしているようなものばかり。一部は回復ではない物もあった気がするけれど、速度を上げることに関しては見慣れない『領域』が使われることが多いようだった。
そしてネイチャ一人だけが最終直線に入ったところで、それまでテレビで間接的に見えていた『領域』の様子が変わる。さっきまで使っていた物とは違う、技術で再現したものではなく本能で扱うような、濃度と密度があまりに違う『領域』。
ただでさえ異常なほど速かったネイチャがさらに加速する。継承領域『空駆ける英雄』
1ハロン10.0を切って、なお速度が上がる。継承領域『舞い踊る勇者』
最後の1ハロンを8秒で走り切って、ネイチャは文句のつけようもなく一着でゴールした。
テレビ越しにもわかる。ネイチャの体温が凄いことになっている。ネイチャの周囲で陽炎が揺らめき、空気が僅かに歪んでいる。まるで蜃気楼のように。
ひょい、とヤカンに入った水が客席から差し出された。そこに居たのは一度も見たことのない人で、なんとネイチャよりも背が高い。
ネイチャはそれを何のためらいもなく受け取ると、ゆっくりと頭から浴び始めた。
途端に吹き上がる水煙。ネイチャの身体を伝ううちにあっという間に水が蒸発していく。少しずつ体温が下がっているのか濡れている部位が増えていき、大きなヤカンから水が無くなる頃にはふくらはぎまでは濡れているようだった。
……太陽の光を受けて輝く白い煙と、それを全身で纏うネイチャ。今のネイチャはまだ只人の状態であるにもかかわらず、祈りを捧げてしまいたくなるほどに美しい。
いつの間にか、他のウマ娘もゴールしていた。ネイチャはそれを確認すると誰よりも先にターフを去った。
この日、千年後まで破られることの無いだろう大記録がフランスの地に刻まれた。
Q.バケモンですか?
A.否定材料がないんだよなぁ……。
Q.どんだけ領域使ってんの?
A.まあ、それなり以上に深く関わった相手の領域は魂に刻まれるのでね。魂ごと移動できるなら持ってこれてもおかしくないでしょ。知らんけど。
領域の名前などは以前書こうとして自ボツした小説のキャラのものを再利用しました
次の作品は……?
-
ヒロアカ寝たいだけ
-
ヒロアカ非寝たいだけ
-
ブルアカ非寝たいだけ
-
ウマ娘旧作
-
なんか適当に