存在してはならなかった世界   作:真暇 日間

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絶対に存在してはならない世界3

 

 抱きついてきた先輩はかつてアタシが実験に使った人だった。実験と言ってもアタシが育てた食べ物をこの世界の人は受け入れられるのかっていうのの実験だったし、初めのうちは近くにいた雀とか鳩とかに材料の米とか麦とかを食べてもらって死なないことを確認して、それから自分で試して、といった風に順番にやっていったから安全性は確保できてると思う。

 それで安全がある程度確認できた材料を使って料理を作って、まずは家族に食べてもらった。好評だった。好評すぎて正直引くくらい好評だった。

 1回目に食べてもらった時には我を忘れて食べて、2回目は我を忘れはしなかったけどなんか泣いてた。お袋も弟も。

 それで自信をつけてきた頃、偶然にも繋靭帯炎に罹ってしまったオグリ先輩(ちっちゃい)を見つけてしまい、食べなきゃ治らないからと必死になって不味くないだけで美味しいとはとても言えない結構な高級栄養食を必死に流し込んでいた姿に流石に憐憫の心が湧いて、ファンだと言って沢山の牛すじ煮込みなどの靭帯に良さげな物を食べさせたのが、アタシの腰に左からくっついて左脚に足までがっつり巻き付けてしがみつくオグリキャップ先輩との出会いでありたった一度の交流だった。

 

 ちなみにオグリ先輩の脚は当日中に急速に回復して元気に走っていた事を知った。と言うのもその後のオールカマーで勝った後のインタビューでそんな感じのことを言っていたからだ。熱烈な告白もされたけど無視した。私にというより私の作ったご飯にだったから仕方ないですよねー。

 それからまたいくつか確かめて知ったんだけど、どうもアタシの料理を十分に食べるとかなりの速さで身体的な異常が治るらしい。骨折や繋靭帯炎なら早くて半日、遅くても三日程度で完治して走れるようになるみたいだし、なんとある程度であれば若返りのような効果も確認できた。ついでに言えばそうやって若返ったウマ娘はさらに食べることでアタシにも見覚えのある体格にまで成長する可能性もある。まあ時間が無くてそこまではやってないんですが。

 

 そういう訳で……まあ、言ってしまえば餌付けに成功してしまったわけですよ。基本的に味がやばかったり匂いがやばかったり刺激的な味(分厚いオブラートに包んだ表現)だったりするものしか食べていないこの世界の生き物の多くは体臭も結構アレ(大分控えめな表現)なんだけれど、アタシはこの世界の基準においては常識外に良いものを食べて育っているのでいい匂いがするらしい。同級生に抱き着かれて吸われたときになんかそう言われた。

 

「あの、オグリ先輩? これからアタシの教室に移動するんですけど……」

「……」スゥーーーー……

「無言で吸わないでいただいてもいいですか?」

「……いい匂いがするな」

「ありがとうございますでも今求めている返事はそれじゃないんですよ」

 

 まあ小さい分軽いし普通に移動できるからアタシはそこまで困らないんだけど、オグリ先輩が困るはずなんだけどな……?

 

 一応確認してみると、オグリ先輩はもういつでも卒業できる立場にいるらしい。ドリームトロフィーリーグに参加しているからまだ学籍は残っているけれど、なんなら普段はお仕事としてトレセン学園の外で色々やっていたりするらしい。社会に出てお仕事しながら学生ができるトレセン学園ってやっぱ凄いとこですわ。

 それでオグリ先輩は授業に出る必要もないのでアタシに引っ付いているらしいけれど、これどうしましょうかね……?

 

 とりあえずポケットから自作のカロリーバーを出してオグリ先輩の近くで振ってみると、匂いにつられたらしいオグリ先輩がパクっと食いついた。離れない。そのままカロリーバーを鉛筆削りに入れられた鉛筆のように結構な速度で呑み込んでいくが、ものすっごい笑顔を浮かべている。

 

 悲しい話をしようと思う。なんとこの世界には『美味しい』に当たる言葉が存在しない。あと『甘い』と言う言葉もほぼ使われることが無い。なにしろこの世界の食べ物は全てが不味いしなんだったら食べるだけで命の危険があったり刺激物のような物ばかりで甘味などとても感じることができない場合が多すぎたからだ。

 アタシもこの世界に生まれてから今まで生きてきて、アタシが手を掛けたもの以外の食べ物……食べ、もの……? ……に対して、そういった感想を抱いたことが一度たりともない。

 つまり今のオグリ先輩の口の中には完全なる『未知』が広がっているわけだ。前回の料理にはちゃんとした甘いものなんて入れてなかったからね。精々白飯。

 

「ッ! ッ!?! ッ!!!!」

「あーハイハイ御代わりはありませんよー」

「ッ!?!?」

「いやだってそれ一応アタシのおやつですし……あんまり多く持ってくるわけないじゃないですか」

 

 そんな砂漠で遭難している時に見つけた水のボトルの中身を目の前で全部捨てられたみたいな顔しないでも。いやまあわかりますけど。美味しくないですもんね。可能な限り味を無くして不味くないように作ってるみたいですけど不味くないだけで美味しくないから結局不味いんですよね。

 あれ、ただ片栗粉を水で溶いた団子に火を入れてできる無色透明のグミとゼリーとスープの入り混じった感じの触感に科学的に合成されたおかげで唯一まともに使える調味料である塩の味を付けただけの悲しい食べ物ですし。それでもこの世界においてはごちそうと言えてしまうものだと言うのだから度し難い。

 なお、塩も天然物だと苦みと渋みとエグみと異様な臭気が染みついているのでろくに使えない。科学的に作れるようになって漸くまともな調味料として使えるようになった。それまでは……うん。

 

 美味しいものに対しての語彙が皆無なこの世界に『美味』という概念を発生させ、広める。その為には十分な知名度と需要に対しての十分な供給が必要不可欠だ。

 とりあえずの目標は、農地を買う事。そしてそこで土壌改善と生態系改造をしてマズメシ成分を取り除き、美味しい野菜を作る事。可能ならトレセン学園を出て行こうとしたウマ娘を雇って美味しいご飯で釣って作業員にしたいかな。例外はあるけどウマ娘って真っ直ぐな娘が多いから。

 ……ちなみに、農業はあるけどどうやって収穫しようが不味いから最低限土が混ざりにくくするくらいの機械しか無い。収穫された食材()の多くは工場に送られて工業的に加工され、碌でもない味の食品とも言えない食品として世に出回ることになる。日本のはまだマシな味だと聞いて気絶しそうになった。安かった外国のも食べてみたけど一口で胃がひっくり返った。この世界において、食べ物で変な冒険はするべきではないと身にしみた。

 

 それじゃあ早速行動しよう。美食研究会でも作ってみようかな。

 

 





 Q.美食研究会……爆破とかします?
 A.しません。透き通った学園物じゃないので。

 Q.オグリはインタビューでどんなこと言ったの?
 A.「初めてだ。初めてのことだったんだ。『お腹がいっぱいになっているのにもっともっと食べたくなる』なんて、今まで生きてきた中で一度だってなかったんだ。
 わからないだろう。味があるのに嫌ではないんだ。匂いがあるのに鼻をつくのではなくもっと嗅いでいたいと思うんだ。食べてみないとあれはわからないと思う。あれはきっと神様の食べ物だったんだ。
 味は……すまない、私はあの味を表現できない。表現するための言葉を持っていない。複雑で、深みがあって、それでいて穏やかでこちらを誘っているような……ああ、そうだ。きっとそれは───
 『美しい味』だった」

 Q.ところで『結構な高級栄養食』って?
 A.詳しくはまた今度説明するけど味を可能な限り無くして食べにくい原因を可能な限り排除した栄養食。結構な値段する設定。

番外編のネタ(すぐ用意できるものに限る)

  • ナイスネイチャ+αのヒミツ(ウマ娘風)
  • ウィニングカラオケ(NN杯直後)
  • 『ハヤイ』という名の馬について
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